7.ロイ君の義父になるはずだった人
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ライズ商会代表、モス・ライズは屋敷兼事務所である建物の執務室で、白いものの交じりだした頭を抱えて、朝からため息をついていた。
「、、、はあ」
昨日、娘のフローラの元婚約者、ロイ・アンダーソンが聖女様の従者であった女と結婚した。
寝耳に水の結婚話だった。このつい1週間前に、蒼白な顔をしたロイ・アンダーソンがライズ家にやって来て、フローラと共にその突然の、娘のフローラではない女との結婚の報告を受けた。
ロイを責める気にはなれなかった。彼とて、どうしようもない事態だったのだ。
聖女様の従者なる女にはメラメラと腹が立ったが、女がロイを望んだ訳ではないらしいと聞き、やるせなさだけが募る。
ロイは、もはや歩けているのが不思議なくらい覚束ない足取りで帰っていった。
フローラは3日間泣き続けていたが、気丈な娘だけあって4日目には腫れぼったい目で商会の手伝いに復帰した。
フローラとロイの結婚を祝福していた従業員全員がお通夜みたいな雰囲気の中、明らかに空元気ではあったが娘は笑って働いていて、私がこっそり涙で袖を濡らす羽目になった。
こんな事になるなら、さっさと交際を認めて結婚させておくんだった、と己の強情が腹立たしかった。そうだ、私さえ強情を張らなければ、今頃2人は幸せな新婚生活だった筈なのだ。
昨日のロイと女の婚姻の日も、もちろんそれを知っているのに、いや知っているからこそフローラはがむしゃらに仕事に励んでいて、私はまた涙で袖を濡らした。
私を責める事は一切してこない娘に、とにかくまたやるせなさだけが募る。
何でもっと早くに結婚させておかなかったんだ、、、、と頭をかきむしり、何度目か分からないため息をついた時だった。
ばんっと扉が開いて、フローラが血相を変えて入ってきた。
「お父様!すぐにドレスを用意してください、真っ赤な扇情的なもので!」
「ええっ、何だ急に!?」
「あの、アホ、聖女様の従者様に私の事、しゃべっちゃったみたいなんです、サイファが私をすぐに連れて来るようにと命令されたと帰ってきました」
私は事態を飲み込むのに、少しかかる。
「、、、、、、」
「何だって!?何やってるんだロイは、昨日は初夜だろう?」
思わず言ってしまった“初夜”にフローラが傷付いた顔をする。しまった。
「大丈夫です、お父様、もう吹っ切れておりますので」
顔色を変えた私を見て、フローラは言う。
嘘だ、そんな顔で吹っ切れてる訳ないだろう、と思うがそんな事は言えない。私はぐっと奥歯を噛み締める。
そこへサイファが、「お嬢様、こちらはどうですか?」と深紅のサテン地に黒のレースが施され、胸元がしっかり開いたデザインのドレスを持って駆け込んで来た。
「うん、いいわね、サイファ、これで行くわ」
フローラはするすると服を脱ぎ出すので、私は慌てて顔を背ける。
「フローラ!いくら親の前でもそんな事は止しなさい、それに何だそのドレスは?お前の趣味は全然違うだろう」
「時間がないんです、お父様、、、、、奥様は私本人をすぐに連れて来いと仰ったそうです。きっとすごくお怒りなのでしょう。もしかしたら初夜でロイは何かやらかしたのかもしれません」
フローラが、“奥様”と言う時にぐっと詰まったのが分かって辛くなる。衣擦れの音が落ち着いたので顔を戻すと、深紅の戦闘服のようなドレスに身を包んだ娘が居た。
「お前、そんな服で一体どうする気だ?」
「奥様の前で、ロイをこっぴどく振ってきます」
「、、、、え?」
「未練たらたらのアイツをしっかり振ってやるんです、もう私とは縁も何もないんだと、奥様に訴えて、高笑いして帰ってきてやります。ロイは無自覚天然たらしだから、こてんぱんに振られ、雨に打たれてびしょ濡れの子犬のようなロイを奥様は放ってはおけないでしょう」
「そ、そうか?でもそれだとお前1人恨まれるじゃないか」
「構いませんっ、ロイには幸せになって貰いたいんです!」
フローラの目に涙が浮かぶ。なんて健気なんだ。
「しかし、、、聖女様の従者はかなりヒステリックな女なのだろう、お前を罪に問うかもしれん」
フローラの頼みで、ロイの結婚相手の女については、何とか城内のつてを頼っていろいろ情報を集めたのだ。かなり厳格に管理されていてあまり正確な情報は得られなかったのだが。
「でも、ご自分の悪口を言った侍女達の舌を切るのは反対なさったんでしょう」
「それとて、真偽は不明だ」
「ヒステリー女という事も不確かです、とにかく、行って参ります、止めても無駄です」
娘はそう言い残すと、ドレスの裾を少し上げて、カッカッと勇ましい足音で出ていった。
サイファが私にぺこりとお辞儀をしてすぐにその後を追う。
部屋に1人残された私はただただ、娘の無事を祈るだけだった。




