64.神殿見学?
***
午後、私がスミスくんの本の補修作業を手伝っていると、申し訳なさそうなヘラルドさんがやって来た。
「アンズさんにお客様なんですが…」
「お客様?誰ですか?」
「ワム大神官なんです、困りましたね」
困惑顔のヘラルドさん。
激励会の夜会で、大神官と喧嘩をしそうになった事はグレイには話してあって、それはヘラルドさんにも伝わっている。
「大神官が?なぜ?」
「私にも分からなくて……」
「うーむ、でも、大神官を追い返す訳には行かないですよね、ご用件をお聞きしてみます」
「いやあ、良かった、拒絶されたらどうしようかと思っていたんですよ」
私の返事を聞くや否や、ヘラルドさんの後ろから大神官が現れた。
「ワム大神官、勝手に入って来られるのは困るのですが、」
「心配で、覗いてしまったんですよ」
困惑するヘラルドさんに構わず、大神官はぐいぐいと勝手に補修作業中の机に座り、にこやかに私を見る。
「こんにちは、アンズ殿」
「こんにちは、ワム大神官」
私はちょっと硬い返事を返した。
「そのように構えないでいただきたい。先日は失礼な態度を取ってしまい、申し訳ない。
この度は、先日の非礼を詫びて、是非、本日、アンズ殿に神殿に足をお運びいただければ、とお訪ねしたのだ」
ワム大神官はにこやかに、そのように言う。
でも、にこやかだけれでも、仄暗い悪意みたいな物が透けて見える。やっぱり嫌な奴っぽいぞ。
私は無邪気な小娘ではないので、「わあ、じゃあ、お言葉に甘えて」みたいな感じで、ほいほい足なんか運ばないわよ。
「こちらまでご足労いただいただけで、充分です。もう気にしてませんし」
「いやいや、そういう訳には参りません。お詫びも兼ねて、是非、神殿の見学もしていただきたいんです」
大袈裟に首を振る大神官。
「いえいえ、でも、今日の今日は、業務中ですし、」
「私は、来週より西部の疫病の件で現地に参りますので、本日しか予定が合わないのですよ。聖女様の神殿の見学となれば、お仕事の融通もきくでしょう?」
ワム大神官はにこやかなまま、断りにくい圧をかけてヘラルドさんを見る。
「うーん、まあ、もちろんそちらは優先していただくべき事ですが、」
ヘラルドさんは言い淀み、私に顔を寄せて、こそこそ聞いてきた。
「どうします?何とかお断りしましょうか?」
「でも、断るとヘラルドさんの立場的に具合悪いですよね?」
相手は神殿を代表する大神官なのだ。
「まあ、私の事は、どうとでも」
「そういう訳には行きませんよ。お世話になってますし、神殿で何かされる事はないだろうから、嫌味でも聞いて帰ってきます」
うん、そうしよ。と私は決める。
大神官が思っていたより、立派らしい事を知ったばかりだし、私への敵意はあるけど、害意までは無さそうだ。チクチク言われるだろう悪口とか、当て擦りを聞き流してたらいいんじゃないかしら。
出来たら、私が治癒魔法を見下してる、みたいな誤解も解きたい。
「業務の方は何とかなりそうです。喜んで行かせていただきますね」
私は大神官に微笑む。
「光栄ですな、では、早速」
「あ、お待ちください、ワム大神官」
立ち上がった大神官をヘラルドさんが止める。
「何ですか?」
「こちらの、スミス司書もご一緒してもよろしいでしょうか?研究熱心な子でして、前から神殿の見学もしたいと言っていたんです」
「えっ?えっ?」
慌てるスミスくんを押し出すヘラルドさん。
「ね、スミスくん、行きたかったよね、神殿。ね!」
ヘラルドさんの精一杯の圧力がスミスくんにかかる。私を心配して、スミスくんだけでも付けてくれようとしてるみたいだ。
迫力はないけど、精一杯なのが伝わる圧力。
「あー、えーと、はい。もし、宜しければ僕も一緒にいいです、か?」
何かを察してスミスくんがヘラルドさんに合わせる。いい子だわ。
そして、一緒に行けるなら心強いしありがたい。
「構いませんよ、もちろん」
大神官は穏やかにそう答えた。
そうして、私とスミスくんは、心配そうなヘラルドさんに見送られて神殿の馬車に乗った。
そして馬車の中。
早速、ワム大神官は、チクチク言ってくる。
「そうそう、令嬢達の奇病に治癒魔法が必要なくなり、その親達からの神殿への寄付が大幅に無くなったんですよ。本当に神殿としては痛手です。これ以上、治癒魔法を軽視するような流れは作らないでいただきたいですな」
「はあ、」
そんな事を言われても…と私は思う。
だって、そもそも、あの奇病は治癒魔法では治らない。
治癒魔法が根本的な解決方法にならない病気なら、他の治療法にアプローチするのは自然な事で、他の治療法があるなら、当事者としてはそっちの発展にお金を掛けよう、となるのも自然よね。
私個人としては、治らないと分かってる奇病に、けっこうな値段で治癒魔法をかけて、寄付までお願いしていたのなら、それはそれでどうか、と思うのよ。
まあ、バイオレット嬢の以前の食生活が出来るような令嬢なら、きっと裕福だろうし、お金はなんとかなったんでしょうけどね。
いろいろ思う所はあるけれど、ここでヒートアップしてまた喧嘩しそうになっても困るし、今は、大神官のホーム、神殿に向かっているので大人しくしておく事にする。
私は曖昧な微笑をたたえた。
隣のスミスくんは、私と大神官の険悪な雰囲気を察したようで、沈黙を保っている。
ごめんね、スミスくん。でも、心細いしこのまま付いて来てね。
その後も、親指病の事についてもチクチク言われ、治癒も浄化も行えるリサちゃんの偉大さを説いた後、私には何も出来ない事をネチネチ言われ、何だかなあ、と思いながら私は馬車に揺られた。
***
神殿に着く。
馬車から降りた私達を、素直そうな青年が迎えてくれた。
「大神官様、お帰りなさいませ。おや?こちらは……まさか!」
「ああ、ジェンキンくん、こちらは紫黒の聖女、アンズ殿だよ。城でお会いしてお話している内に、神殿の開かずの部屋に興味を示されてね」
ん?開かずの部屋?何それ、聞いてないわよ。
「アンズ殿、こちらは、副神官のジェンキンくんだ」
不気味な語感の、開かずの部屋、に戸惑う私に大神官は問答無用で、出迎えた青年を紹介してきた。
「初めまして!アンズ様、副神官のジェンキンです!お会い出来るなんて、光栄です。
令嬢達の奇病について、治癒法を確立させたのはアンズ様なんですよね?素晴らしい事です。治癒魔法ではどうする事も出来なかったあの病を治療するなんて、本当に奇跡です。僕は治癒魔法とナリード伯爵の財団の新しい病へのアプローチ法、双方が高めあって、様々な病に苦しむ人達を救っていけたら、と考えていまして、アンズ様にはずっとお会いしたいと思っていたんです。食事に目を付けられたのは、何故ですか?ずっとお聞きしたくてですね!」
わお、何だか、ぐいぐいと憧れの眼差しで迫ってくるジェンキンくん。真っ直ぐな瞳が眩しい。
「ジェンキンくん、お話はそれくらいにしたまえ、アンズ殿は、開かずの部屋に興味があるのだからね」
ばっさり、ジェンキンくんを遮る大神官。
だから、開かずの部屋って何かしら?
「すみません、つい興奮しました。開かずの部屋、ですね!」
「そうだよ、アンズ殿はご自分ならきっと開けられるだろうと、仰っている」
「「……」」
大神官の言葉に、驚いて顔を見合わせる私とスミスくん。スミスくんが、「大丈夫、アンズさんは絶対にそんな事言ってませんよ」という顔でふるふると首を振る。
そうよね。
「あの、大神官、開かずの部屋なんて今、初めて、」
「ええ!そうですよ!200年前にお現れになった二代前の聖女様が使われていた資料部屋です!さぞご興味がおありでしょう、さあさあ、ジェンキンくん、ご案内してあげなさい」
「はいっ!こちらです!」
強引な大神官に、やる気満々のジェンキンくんに引き渡されてしまう私。
えええぇぇ。
二代前の聖女様の資料室?
そして、開かずの部屋、なのね?
「あの、聖女様の資料室なのに、なぜ、開かず、なのかしら?」
大神官は無視して、私は案内してくれるジェンキンくんに聞いてみる。
「あれ?聞いてないですか?」
「ええ、詳しくは聞かないまま来てしまって、」
ええ、何なら、その部屋の存在は一切聞かないまま来ているのだよ。
「そうでしたか!開かずの部屋は、二代前の聖女様の個人的な資料室だったんです。部屋の前には、鍵と思われる仕掛けがあるのですが、それを操作して開けていたのは聖女様だけで、聖女様が儚くおなりになられた後、誰もそれを開けられないんですよ」
「そんなお部屋、勝手に開けていいのかしら?」
ダメじゃないかしら?
「200年も経ってますしね、今では手に入らない貴重な資料があるかもしれませんし、事あるごとにいろいろ試してるんですけど、全然開かないんです。今日、開くかもしれないとなると、ワクワクしますね!あ、でも、アンズ様は魔法は使えないんですよね?お手伝いはしますので、何でもお申し付けくださいね!!」
元気いっぱいで、そう答えるジェンキンくん。
勝手に開けていいのかあ、残念。
そして、開けるのには、魔法を使わなくちゃダメなのかしら?
じゃあ、私がそこを開けるのは絶望的じゃない?
ちらり、と大神官を振り返ると、ニヤリ、と嫌な笑顔を返された。
性格悪い。
「あの、ジェンキンくん、まだ、開けられるかどうかは、分からないわよ」
「あっ、そうですね、変なプレッシャーを与えてしまいすみま、」
「いやいや、ジェンキンくん、アンズ殿は謙遜されているだけだよ、大丈夫、開くよ」
ニヤリ大神官。
ぱあっと顔を輝かせるジェンキンくん。
ええぇ、やだ。
この人、やだー。
私はうるうるとスミスくんを見る。
スミスくんが、「アンズさんは、悪くないですよ」とうるうる見返してくれる。
開かずの部屋への道すがら、大神官が「紫黒の聖女、アンズ殿が開かずの部屋を開けてくださるようだよ」とたくさん宣伝してくれやがるので、道行く一行には興味津々の神官達がどんどん加わっていく。
ジェンキンくんのように、憧れの眼差しで私を見てくる人と、大神官みたいに、敵意ある目付きをする人と半々くらいだろうか。
えー、なにこれ。
まるで、公開処刑じゃない。
すっかり、暗い気持ちで私は歩みを進めた。




