61.結婚式!
「………」
神殿にて、ウェディングドレスに身を包んだ私を見て、グレイが言葉を失っている。
ドレスは一緒に選んだけれど、試着の時は追い出されていたので、ドレスを着た私を見るのは初めてなのだ。
雰囲気で、感動しているのは分かる。
分かるけど、ちょっと大袈裟じゃない?
そんなにかしらね?恥ずかしいな。
ドレスは首もとから手首まで、しっかり覆われた露出のないデザインで、生地は黄みがかった白いシルク。裾や手元には金糸の刺繍が入っていて、確かにとても素敵で、身にまとってテンションは上がる。
「………アン、本当に綺麗だ」
しばらくの絶句の後、やっとこさ、喋れるようになったグレイ。
「でも、グレイの方が色気があります」
新郎姿のグレイは、本日もばっちり決まっていて、色気がすごい。
「アンも、中々そそるが」
「そうですか?露出ないですよ」
「だから、余計に」
柔らかく笑って、おでこにキスされる。
「余計に?」
「ぬが、、いや、いい。緊張はしていないんだな」
「まあ、2回目ですし」
ええ、私、ロイ君と結婚してたので、結婚式は2回目なんですよ。
ロイ君との時は、準備も何もなかったし、立ち会いの方々は、何やらそうそうたる面々らしい上に知らない人ばっかりで(何なら、ロイ君もほぼ知らない人で)、緊張を通り越して訳の分からない状況だったから、あれに比べれば、今回はぐっと余裕がある。
私の、2回目という言葉に、グレイは、むっと顔をしかめた。
そんな顔されてもなあ、2回目は2回目だよ?
「愛する人とは、初ですよー」
そう付け足すと、ご機嫌が直った。チョロいわね。
そんな、意外にチョロいグレイと結婚の誓いを行う。
祭壇の前で、永遠の愛的なものを誓うのは、やっぱり神聖で厳かな気持ちになる。
もはや訳が分からなかったロイ君の時とは違って、ちょっと感動してしまう。
私、この人と結婚したんだなあ、と隣のグレイを見上げてしみじみと思う。
お父さん、お母さん、そして少しの友人達よ、私、結婚したよ。
異世界に来て、もうすぐ1年、結婚するとはね。しかも、侯爵と。
何だか、ふわふわしてて変な感じだけど、幸せになるね、だから願わくば心配しないでね。
私は祭壇の上に鎮座する女神の像に、そのように祈った。
***
神殿での式を終え、カサンディオ邸の庭にて、お祝いの宴を開く。
残念ながら、リサちゃんは既に南央部への遠征に出発してしまったので、リサちゃんは不在だけれど、親しい人達との楽しい席だ。
もちろん来てくれたローズが、粛々とお祝いを言ってくれて、フローラちゃんとロイ君も来てくれている。
フローラちゃんのお付きでサイファも居て、久しぶりの、一体何を企んでいるんだ、みたいな、真っ黒な笑顔だ。
図書室の受付レディ達も、特に差別せずにお呼びした。第一騎士団の騎士達も来ているので、とても有意義で楽しそうだ。良い事をしたわ。
ナリード伯爵にバイオレット嬢も居る。今日も可愛いバイオレット嬢。
そして、お馴染みのヘラルドさんにスミスくんに、お前は新婦の父か?というくらいに泣いているイオさん。
「アンズさん、おめでとう、ございます」
目と鼻を真っ赤にしたイオさんが言う。
イオさんの登場に、私の隣のグレイが警戒しているのが分かる。確かに、何だか、ハグしてきそうな勢いまであるイオさんだ。
「異世界から来たアンズさんが、こちらで新しい家族に出会えて、私は、本当に嬉しい。カサンディオ侯爵、絶対に私のアンズさんを大切にしてくださいね」
おっと?
イオさん、今、後半の“アンズさん”の前に変な修飾付いてたよ?
そういうの、グレイはちゃんと聞いてるんだよー、後で私が言い訳するんだよー、止めて欲しいなあ。
私には分かるわよ、“私のアンズさん”ではなくて、“私の大切な古代研究仲間であるアンズさん”だという事が、ええ、私にはね。
「イオさん、さ、新郎新婦と話したい他の方も待ってますし、行きますよ」
スミスくんが、グレイの警戒態勢を察してイオさんを引っ張って行く。
名残惜しそうに引っ張られていくイオさん。
ありがとう、スミスくん、でも、イオさん王子だよ。引っ張っちゃ、ダメだよ。
その後は、グレイが団長を務める第一騎士団の方々が来て、「おめでとうございます」「お幸せに!」「団長をよろしくお願いします、聖女殿」などと口々にお祝いを言ってくれた。
騎士達の後にやって来たのは、ハンク副長官とその妻である侍女長さん。
こういう席に侍女長さんが出てくるのは、しかも、夫と出てくるのは非常に珍しい。
社交の場は苦手で、身内の席にしか顔を出さないと聞いている。
侯爵と聖女の結婚な事もあるけど、何より仕事で私ともグレイとも面識があるのと、夫のハンク副長官が私の翻訳能力にかなりお世話になっている、という事で来てくれたようだ。
招待客が身内と知り合いだけの小さな催しだったという所も良かったのかもしれない。
「カサンディオ侯爵、アンズ殿、おめでとう。アンズ殿、今日のあなたは一際美しいな」
ハンク副長官がお祝いを言う横で、微笑む侍女長さん。
城で働いている時は、きつく纏められている赤毛は、肩の辺りまで下ろされていて、ふわふわとしている。
シックな紺色のドレスは、装飾はないけど、甘い雰囲気の形で小柄な侍女長さんにとても良く似合っていた。
いつもの鋭い眼差しは、ハンク副長官の隣だと少し柔らかく、夫であるハンク副長官に対しては、はにかむように微笑む侍女長さん。
うわ、侍女長さんが、可愛い………。
びっくりする私。
「インガ、こういう場は疲れるだろう。後はあっちで座っていなさい。飲み物を取ってこよう」
そして、何やらこちらも雰囲気が違うハンク副長官。いつもの軽薄な感じは一切なく、優しく侍女長さんの肩を抱く。
うわ、ハンク副長官………愛妻家だったんだわ。
再び、びっくりする私。
そうかもなあ、なんて思ってたけど、やっぱり愛妻家だったんだわ。
そこからは、もう、お二人が気になって、ちらちらと見てしまう私だ。
会場の隅っこの、休憩用のガゼボで談笑されているハンク副長官と侍女長さん。
あ、侍女長さんが笑ったわ。可愛いわ。
やだ、ハンク副長官、ロイ君ばりの、とろとろの優しい顔だわ。
きゃっ、おでこにチューした!
えっ、ハンク副長官、おまけに、あーん、までするの?
わっ、侍女長さん、食べてあげるのね、健気だわ。
うっわ、侍女長さん、真っ赤だわ、可愛い、可愛いすぎる。
あら、あーん、のお返しは断るのね、やってあげないのね。
残念そうなハンク副長官。
何あれ、まるで新婚じゃない?結婚してから結構経つのよね。
みたいな感じだ。
おでこチューくらいからは、ちらちらじゃなくて、ガン見だ。
小声で、グレイにも実況中継をしてあげていて、グレイは何やらそんな私を愛しそうに見つめている。
そして、私と同じようにお二人の様子に釘付けの第一騎士団の騎士達。
どうやら、そもそもハンク副長官の奥様が侍女長さんだった事を知らない人も多いみたいで、「俺、ハンク副長官の前で、侍女長さんの話、した事ある。しかもすごく怖いですよ、って………」と真っ青になっている人も何人かいる。
可哀想に、でも、どうしようもないわね。
ちゃんと、お城の交遊関係は把握しておかないとね。
うむうむ、と私は頷く。
そんなこんなの、楽しい宴となった。
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短編、ユウキ・ハンクの恋、にハンク副長官と侍女長さんの馴れ初めを書いてます。もし、宜しければどうぞ。読まなくても本編には支障ありません。