6.ロイ君の元婚約者について
ロイ君との急転直下の結婚の翌朝、たっぷり寝たけれど、まだ少し疲れが残ってるなあ、年かなあ、、、と思いながら起きて階下へ下りていくと、さすが18才、明るい笑顔のロイ君が迎えてくれた。
「アンズ様、おはようございます」
、、、、、、、、マブイぜ。
うおお、、、、なんて眩しいんだ、ロイ君。
悲愴感漂う暗さが一切ない、明るい君はこんなにも眩しい。
私はその眩しさに思わず、顔を覆う。
「アンズ様?大丈夫ですか?」
「あ、ごめん、ロイ君本来の魅力の眩しさについ」
「ふふふ、何ですか、それ。早くに起きたので、朝市で卵を買ってきたんです。目玉焼きくらいしか出来なくて目玉焼きなんですけど良かったですか?」
見ると、食卓には目玉焼きとパンと紅茶が用意されている。
このワンコすごい、、、、。
「ありがとう、ロイ君。王家ってすごいねえ」
結婚の話は強引だったけど、王家の奴らはしっかり私が絆されるような夫をあてがったんだなあ、と感心する。こんな事毎日されたら、この結婚もいいね、とかなると思う。
着席して、ありがたくいただく。あまりにありがたいので、合掌して「いただきます」もしてしまう。
ロイ君は私の、いただきます、にきょとんとしてから、私の向かいに座って朝食を食べだす。
「ところで、ロイ君、アンズ“様”は止めよう。呼び捨てでいいよ」
「えっ、そういう訳にはいきませんよ」
「えー、でも、落ち着かないよ。お城で仲良くなった侍女のローズは、私の事、アンって呼んでたよ。何なら、アンでいいよ」
「いや、でも、、、」
ロイ君がもじもじする。
可愛い、、、、、、、、、、はっ。
そこで私は気付く。
「そうだった、愛称呼びってこっちではかなり親密な証しだったね。ごめんごめん、そんなの恋人のやつだった」
またロイ君を追い詰めてしまう所だった。
「いえ、大丈夫です。確かに夫婦なのに“様”付けは変に思われますね。でも呼び捨てにするのは心苦しいので、、、アンズさんでどうですか?」
「いいの?」
「いいです」
「ありがとう。じゃあ、まずはこの結婚に至った私のこの世界での3ヶ月の人生を説明しとこうね」
そして私は、この3ヶ月をダイジェストでつらつらとロイ君に語る。
ロイ君は、私が聖女でもなかったのに元の世界に帰れないと言われた所で悲しそうな顔になり、部屋に鍵の件とか放ったらかしの部分では眉をひそめて静かに怒ってくれて、ローズの登場にはほっとし、リサちゃんの下町体育会系の所は目を丸くして真剣に聞いてくれた。
ほんといい子。
私の悪口を言っていた侍女達の舌が切られそうになって、怖くなって城を出る決意を固めた事を伝えて、その結果、ロイ君が犠牲になってしまった事も伝える。
「という訳なの。だからロイ君には本当に申し訳ないの。あれでしょ、ロイ君的には上からの命令で無理矢理、私との結婚になったんだよね」
「はい。聖女様の従者様であるアンズさんの、市井で人々の為に尽くしたい、というお志をお側で支えるようにと」
「その志はないよー」
「ふふ、そのようですね」
「うん、だから、ロイ君は私に人生を捧げなくていいからね。結婚はしちゃったけど、ほとぼりが冷めて離縁出来るならしよう。それで、ロイ君には親戚のお姉さんの家に下宿してるくらいの感覚で居てくれたらなあ、と考えてるんだけど、どうかな?」
私の提案にロイ君は穏やかに微笑んだ。
「僕は下宿代を払わなくちゃいけませんね」
そう言ったイタズラっぽい表情は妙に大人っぽくてちょっとドキッとする。
だから何で18才がこんな表情出来るんだろう。何だかこっちの世界って精神年齢が高くない?確か成人は16才だったよね。働きだすのも、結婚も早いみたいだしその影響なのかな。
私はドキッとしたのを払うようにぱんっと手を打ち、話題を変えた。
「では!ロイ君の想い人の話を聞きましょうね」
「えっ、」
ぼぼぼっとロイ君が赤くなった。
ほほう、こういう所は初心で可愛いではないか。やっぱりまだまだひよっこだな。
私は完全に下宿の大学生の世話を焼く、大家の婆さんの気分になってくる。
「さあ、さあ、恥ずかしがらずに、アンズさんにさくっと話してごらん」
ひらりひらり、とフォークを振って促す。
ロイ君は赤い顔でもじもじしていたけれど、さあ、さあ!としつこく促すとぽつりぽつりと元婚約者の女の子について話してくれた。
元婚約者のお名前は、フローラ・ライズちゃん。私はもうフローラちゃんと呼ぶ事にする。
フローラちゃんは、ライズ商会という王都でも指折りの大きな商家の娘さんで、明るく可愛い、でも勝ち気でしっかりした女の子、17才だ。
2年前に騎士団への納品のお手伝いでやって来たフローラちゃんにロイ君が一目惚れしたのがきっかけで、1年かけて少しずつ距離を縮め、告白、成功!そこからフローラちゃんを溺愛するライズ商会の頭取のお父上をまた1年かけて2人で説得、成功!めでたく婚約!そして3ヶ月後には結婚だぞ!
だった。
そう、だった、だ。
そんな幸せの絶頂の甘い瞬間にふって湧いた、私との結婚命令。
ついウキウキ聞いてしまっていた私は、最後のくだりで、ずーんと自己嫌悪に陥る。
紅茶が苦い。
「あぁ、、、ほんとにごめん。謝ってすむ話じゃないね、シニタイ」
「アンズさんのせいじゃありません、どうしようもない事だったんです」
「ううん、もう、昨日の手の甲にキスとか、今朝のロイ君の輝く笑顔にテンション上がって浮かれてた自分が本当に許せないよ、無理、シニタイ。完全に権力を笠にきた意地悪な年増の姫だよね、私。姫じゃないけどさ、ふふふ、全然姫じゃないのに、ほんとごめんね、せめて姫ならもっとお金とか仕事の口利きとかでロイ君にお返しが出来たのにね、何もないんだ。なくてごめん、魔力も魔法もないんだ、しかもマナーもちょっとないんだ」
ふふふ、ふふふ、と私は暗く笑う。
ロイ君がおろおろしている。こんな話をしながら私への不満は全然ないみたいだ。なんていい子なんだ。きっとフローラちゃんもいい子に違いない、誰もが微笑むカップルだった筈なんだ。
「アンズさん、そんなに落ち込まないでください」
「優しくしないで、今、ロイ君に優しくされるとどんどんシニタイ」
「シニタイ、は止めましょう」
「うう、でも」
「ダメです」
とか何とか、シニタイやり取りをしていると呼び鈴が鳴った。
「ん?」
「あ、おそらく、お願いしていたハウスメイドだと思います、僕、出ますね」
ロイ君が、これで雰囲気変わるぞ、良かった、という感じでさっと玄関へと向かう。
そして、すぐに灰色の髪の毛を2つくくりにしたメイド服の女の子をダイニングへ連れて来た。
少し目のつり上がった小柄な女の子だ。
「初めまして、奥様。ライズ商会からの斡旋で参りました、サイファといいます。本日よりよろしくお願いします」
女の子は落ち着いた声で自己紹介すると、にこりともせずにぴしっとお辞儀をした。
「ライズ商会から、、、ライズって、、、」
私はまじまじとサイファを見る。サイファはニコニコしているロイ君を少し睨んでいる。
「あなた、フローラちゃんのとこの家の子なのね!?」
私はがしっとサイファの手を取った。
「は?いえ、あの」
サイファは目を白黒させているが、構わない。
ここは突き進む。
「あなたに最初の命令をするわ!今すぐ、そう、今すぐにフローラちゃんをここへ連れて来て!」
「アンズさんっ、それは」
「ロイ君は黙ってて!いい?絶対に本人を連れて来なさい」
ぎゅううっと力を込めてサイファの手を握る。
私の圧に押されて、サイファがたじろぐ。
「これは命令よ」
「、、、、かしこまりました」
私が手を離すと、サイファはまたぺこりとお辞儀をしてフローラちゃんを呼びに出ていった。
「アンズさん、困ります。僕たちはもう、、」
ロイ君が戸惑い気味に抗議してくるけど、知らん。もうフローラちゃんにロイ君とよりを戻してもらおうと私は勝手に決める。
「でも、まだ好きなんでしょ?一目惚れだったんでしょ?その様子だとちゃんと大切にして手も出してないんでしょ?しかも私のせいで破談でしょ?ダメよ、絶対」
「でも、フローラも納得してくれてます」
「してる訳あるかあ!ロイ君が選んだならきっといい子だよね?ロイ君の為を思って身を引いたに決まってるでしょお!庶子のロイ君が爵位貰えるんだからね、泣きはらして身を引いたんだよ!」
「それは、、、そうですけど」
ほら!やっぱりそうじゃんか!どうせ「おめでとう、さよなら」とか涙目で言われたに決まってる。
「別れて1週間でしょう、そろそろ傷心のフローラちゃんを狙って男達が動きだすよ。ロイ君が惚れるほどのいい子だからね、すぐ取られるよ、傷心だから変な奴に持っていかれるよ」
この言葉にロイ君が男の顔になって、ぐっと黙る。
そうだろう、そうだろう、大切にしてた女の子を他の奴に取られるなんて、想像するだけで身が焼かれるよね。
「待ってて、って言おう。私も一緒に言ってあげるから、ね、離縁するまで待っててもらおう」
「、、、、、待っててくれるでしょうか?」
ロイ君が揺れる瞳で私を見る。
くっ、その目は今は止めて欲しい。抱きしめたくなっちゃうから。
「ぐっ、ロイ君、その目は、、、、、、、くぅ、よし!耐えた!ふう、もし、待てないって言われたら、私が頑張って慰めてあげるよ」
何とかそう答えるとロイ君は気の抜けた笑顔で、その時はよろしくお願いします、と言った。




