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58.大神官


振り向くと、声を掛けてきたのは高位の神官のローブを身に纏った、50代くらいの男性だった。


「大神官っす」

リサちゃんが、耳打ちしてくる。

その声は硬い。嫌いみたいだ。


リサちゃんが嫌いだからと言って、先入観は持ってはならないけれど、大神官はフローラちゃんを完璧に無視するつもりのようだし、何やら私への目付きには敵意があって感じが悪い。

私は前の世界での、嫌な取引先を思い出す。


「リサ様には、このような場所でもお目にかかれて光栄です。そして、アンズ様、お初にお目にかかります。神殿に勤めておりますワムと申します」

「大神官様ですね。初めまして、アンズです」

「私の事をご存知でしたか、さすが、賢者と名高い紫黒の聖女様ですな。叡知により病は治る、治癒魔法は不要である、とお考えの方だけある」

蛇のようなぬるりとした気持ち悪い声で、ワム大神官は言った。


「そんな事、言った覚えはありませんが」

「あなた様を旗印にした、財団はそのように申しておりますぞ」


いやいや、言ってないよ。

その財団って、ナリード伯爵が立ち上げた財団だよね。食生活や生活環境の大切さは説いてるけど、治癒魔法いらない、なんて言ってない。


「令嬢達の奇病には、治癒魔法は不要だとか」

「それは、不要ではなくて、治癒魔法で治癒させても再発するので、治癒を施してもしょうがないのでしょう?」

何を言っても無駄なんだろうなー、と思いながらも反論はしておく。


「なんと、神のご加護、治癒魔法を卑下なさる」

大袈裟に大きな声でそんな事を言う大神官。

周りの目がこちらに注がれる。


ええぇ……。


「そのような事は言っておりません。人の言動を勝手に曲げないでください」

私も大きな声で、ぴしゃり、と言ってやった。

舐めんなよ、こちとら社会人だったんだぞ。

変な取引先とか、変な上司とか、変な後輩とか、居たんだからね。ちゃんと主張は出来るんだからね。


「財団の吹聴する世迷い言のせいで、最近、西部で発生した疫病の患者の中には、治癒魔法を拒む者も居るのですぞ」


「それは、西部の一部、土着の宗教が根付いている民族の事ですよね?その民族は元々、治癒魔法を拒否しております。自分達の信仰する神の恩恵しか受けたくないと」


はん、馬鹿め。

図書室には、各地の新聞があるのよ。私、毎日、地方欄にも目を通しているの、知ってるわよ、それ。


何なら、その民族に、治癒魔法を受けるよう説得する手紙をせっせと訳して書いてるの私よ?

少数民族絡みは、外交部からどこよりも早く私に情報入ってくるのよ、翻訳の為に。ええ、どこよりも早くね。


「そもそも、アンズ様は、治癒魔法は使えないのだとか?魔法全般使えないのですかな?」


っっかーーー!!ムカつく。何だその不自然な話題転換。

それ、今、関係ある?


「使えません。私には魔力もありませんし」

「何と!魔力がない!?」

大袈裟に驚くワム大神官。


いやいや、無いよ?

それ、皆、知ってるよ?


周囲の人達も、そうだよ、って顔をしている。


そして、私はイオさんではないので、魔力ないとか、 魔法使えない、とか言われても痛くも痒くもない。


…ん?

ここで、ふと、ある可能性が私の頭を掠める。

この人、まさか……


まさか、大神官、昔、幼気なイオさんを苛めたりしてないだろうな?

ああん?してないだろうな?


何だか無性に腹が立ってくる私。

もう脳内では、可愛いイオさんを大神官がねちねち苛める絵しか浮かばない。


どうしてくれようか、とプルプルし出した時、隣でリサちゃんが口を開いた。


「ワム大神官。紫黒の聖女は私の大切な友人です。この世界へ召喚された際の、こちらまでの暗く険しい道のりを彼女と共に乗り越え、その際に固い友情を誓いました。何より、神は私と彼女、両方を選びこちらまでお導きくださいました。魔力がないからといって驚くほどの事でしょうか?」


リサちゃんの言葉に、私はぽかんとした。

召喚の際の暗く険しい道のり?

無かったわよ?

ぱあっと光って終わりよ?


何かしら、それ、と思っている間に、リサちゃんは大神官と二言三言交わして、何やら笑顔で「あなたにも神のご加護があらん事を」何て言ってお引き取りいただいた。



「リサちゃん、ありがとう。何だか勝手に激怒する所だった。でも、召喚の暗く険しい道のりって何?」

大神官が見えなくなってから、私はリサちゃんにお礼を言う。


「嘘っす。それっぽく言ってみました。バレない嘘はいいってマリアさんにも言われてます。大神官様、前から私にアンズさんの悪口言うんすよー。もう、嫌で嫌で」

「あ、嘘なのね。それにしても私、嫌われてるのね、高位の貴族の方とかなの?」

貴族の中には、特に魔力を重視する高位貴族の中には、私を卑下している人が多い。

グレイはそういう場面に私を連れ出さないように気を使ってくれているけれど、お城で働いているから、嫌味みたいなものを言われたり、つんと目を逸らされたりくらいはある。


「いや、大神官様は元平民っすよ。あの方、治癒魔法の才能がずば抜けてて、私が居なかったら文句無しのこの国の1位っす。治癒魔法だけでのしあがった成り上がりらしいです」

「そうなの?じゃあ何で、私嫌われてるのかしら?治癒魔法、凄いと思うし、批判した事ない筈なんだけど」

成り上がりなら、私と立場近くない?


「同族嫌悪なんでしょうね」

ここで、大神官に無視されて、ずっと空気になってたフローラちゃんが口を開く。


「もしかしたらですけど、あの方はいろいろ苦労されて今の地位なんじゃないですか?それをアンズさんはあっという間に手に入れてムカついてる所に、財団の目的に、勝手に自分の唯一の治癒魔法を批判されてるような気持ちになって、攻撃してるんじゃないですかね」


「ふむ」

ど根性成り上がりが、ぽっと出成り上がりを許せない、みたいなヤツね。

気持ちは分からなくもないけど、納得は出来ない。私だって、前の世界での28年と、こちらでのちょっと辛い日々があっての今なのだから。


「なーんか、好きにはなれないんすよねえ。治癒魔法は凄いんすけど、暗いんすよね」

「でも、さっきのリサちゃん、最後は上手く纏めて、さよならしてたわよ。笑顔も決まってたし」

「へへへ、嫌な奴にも笑顔で。マリアさん仕込みっす」

「さっきも出てきたけど、マリアさんって誰?」

「カイザル王子の奥方っす」

「えっ、仲良しなの?」

悋気の強いらしい、奥方なのよね。


「はい。いろいろあったんすけど……今は多分仲良しっす」

リサちゃんは一旦、遠い目になる。


「いろいろあったの?」

「いろいろっすねえ」


そうして、リサちゃんが語ってくれた所によると、リサちゃんがフェンデル第二王子にぶちギレて、カイザル第一王子がリサちゃんの身の回りを整えてくれるようになり、その奥方のマリア王子妃は当初、リサちゃんにバチバチに嫉妬したらしい。


嫌味を言うためだけのお茶会に招かれ、マナーをけちょんけちょんに貶され、下剤入りのクッキーなんかが贈られて来たりもした。


ねちねち小さな嫌がらせが続き、ついにマリア付きの侍女が先走って、リサちゃんの紅茶に不妊にさせる毒まで入れた。


これには、さすがにぞっとしたリサちゃんは直談判に行く。


「直談判…」

「直談判っす。こう、ばんっと扉を蹴破って、“回りくどいの止めて、正面から来いや!!”って言いました」

ドレスの下で足を上げるリサちゃん。ドレスがふわふわする。


「その口調で?」

「そっす。口調作ってると本気になれないんで、“カイザル王子はカッコいいけど観賞用なんだよ、私は男の趣味がすっげー悪いんっすよ!!!”って言ったら、何か仲良くなりました。今はマリアさんが私の面倒見てくれて、ついでに色々教えてくれてます」


「へー、良かった、のかしら?」

「まあ、過ごしやすくはなりましたね。口調もマリアさんには地でいけますし。

何でですかねえ、カイザル王子には地でいけないんすよねえ、フェンデルには最初からいけたんすけどね」

フェンデル王子の名前を呼んでしまってから、はっとするリサちゃん。


「間違えた。第二王子っす」

ふふふ、と私は曖昧に笑う。


リサちゃんって、ひょっとして、第二王子、ちょっと好きなのかな……。

ダメな奴ほど可愛い的な?


「リサって、男の趣味が悪いの?」

ここで登場、切り込み隊長フローラちゃんだ。


「あはは、いやあ、悪いっすねえ、金借りてくる奴とかいましたねえ」

からっと笑うリサちゃん。


「私、暴力系は断固拒否なんすけど、情けない系には弱いんすよねえ」

続く暴露にフローラちゃんが「え?暴力、、、?」と引いている。


「あっ、こういう男性遍歴は、マリアさんに話すなって言われてるんだった。すみません、今のはなしっす」

引いてるフローラちゃんに、リサちゃんが慌てる。


話すな、と言われたって事は、その話、マリアさんにもしたのね。それ聞いたら、確かに嫉妬は無くなりそうだ。

「何とか、この子にまともな男をあてがわなくては」みたいな使命感も沸き上がりそう。


そして、情けない男がいけるなら、リサちゃんは第二王子、ありなんだわ。あ、でもじゃあ、イオさんもありでは?

情けないと言うよりは、変なんだけど。今日のあの、エスコート?何それ?みたいな状態もリサちゃん的にはポイント高かったんじゃ……

むくむくと再び野望が出てきてしまう私。

今度、イオさんに、リサちゃんの印象聞いてみよ。

私はそっと拳を握った。


その後は、リサちゃんに治癒してもらった事のある騎士の人達がリサちゃんにお礼の挨拶に来て、私やフローラちゃんにもついでに挨拶してくれ、図書室の受付レディの中でも仲良しの子が来てたりなんかして、少しお喋りを楽しみ、夜会の終盤では美味しいデザートもいただいて、何だかんだで楽しい一時を過ごし、カサンディオ邸に帰ってきた。





侯爵邸の玄関で、馬車から降りると、優雅にセバスチャンが迎えてくれた。

「お帰りなさいませ、アンズ様。おや?夜会で髪がほどけてしまいましたか?侍女の結い方がまずかったですな」

セバスチャンが、私のすっかり下ろされて、乱れた髪を見て言う。


「あ、いや、これは、違うの、大丈夫よ、セバスチャン」

「いやいや、よくありませんよ。途中でほどけるなんて、ちゃんと注意しておかないと」

「あー、夜会では大丈夫だったのよ。帰りの馬車でね、そのう、ほら、自分でほどいたの」

私は、しどろもどろで言い訳をした。


「おやおや、左様でございましたか」

したり顔で頷くセバスチャン。


私はちょっと顔が赤くなる。

セバスチャンは絶対にしっかりと気付いてる筈だ。

馬車が屋敷に着いてから扉が開くまで、少し間があった事に。

私の息が少し上がってる事に。

グレイの髪の毛も少し乱れていて、襟元が崩れている事に。


後方でひそひそとセバスチャンはグレイに囁く。

「本日は、アンズ様と同じお部屋でお休みになられますか?」


聞こえてるよ。

セバスチャン、聞こえてるよー。


馬車の中にて

「ところでアンズ、第三王子とは、いつもあんな距離感なのか?」

「いつもあんな風に、この手を握らせているのか?」

「この肩を抱かれたりはしてないな?」

「この髪に触れるのを許したりはしてないな?」

「この唇に……」

みたいな感じでしょうか。

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