57.そこにロマンスは在るか
扉が、ばばーんと開き、イオさんとリサちゃんが入ってくる。
正装したイオさんは、さすが王子だけあって、ちゃんとカッコいいし、ドレス姿のリサちゃんは本当に可憐で2人で並ぶ様子は中々決まっている。
いるのだが……
顔面蒼白のガッチガチのイオさんだ。
会場の人達は、とても久しぶりに夜会に登場した第三王子にもちろん興味津々で、物凄く注目を浴びている。
そんな中、イオさんは、ロボットみたいにかくかくと歩く。
エスコート?
何それ?
みたいな状態のイオさんだ。
リサちゃんは、心配そうに、でも少し面白そうにイオさんの腕だけそっと支えながら横を歩いてあげている。
優しいし、肝っ玉も据わっている黎明の聖女様。リサちゃんとしては、注目されるのはもう慣れっこなんだろう。イオさんよりもぐっと余裕があって、ちゃんと私の事も見つけてイオさんを誘導すると、まるで迷子を引き渡すようにイオさんを私に託した。
「イオンカルド殿下、ほら、アンズさんですよ」
「アンズさん!!」
イオさんが、泣きそうな顔でぎゅっと私の手を握り、隣のグレイがぴくりとなる。
「良かった!あなたさえいれば、私は息が出来ます!」
おっと?
「私の側に居てください!私はあなただけでいい!」
うん?
イオさん、いつもの、変なヤツが出てますよー。
グレイからは、もはや冷ややかさじゃなくて、完全な“無”の雰囲気が伝わってきてて、怖い。
でも、ここで、手を振り払う訳にもいかない。王子だし、イオさんだし。
「イオさん、落ち着いて、落ち着きましょう。はい、吸ってー……吐いてー……さあ、吸ってー……」
すうー、はあー、とイオさんに深呼吸してもらうこと十数回、やっとイオさんが落ち着いてくる。
そっと、握られた手を外すけど、抵抗されなかった。
リサちゃんがさっと、イオさんに飲み物を差し出す。
「あ、いえ、私はお酒は」
「ぶどうジュースですよ」
にっこりするリサちゃん。何だか楽しそう。
「ありがとうございます」
イオさんは、ごくごくとジュースを飲み干した。
「ふう、、、リサ様、先ほどは大変失礼致しました。カサンディオ侯爵も、ご挨拶が遅れてしまい、申し訳ありません」
ジュースを飲み干したイオさんは、王子らしくきりりとしながら、リサちゃんとグレイに代わる代わる声をかけた。
「お気になさらないでください」
「こちらこそ、挨拶が遅れて申し訳ありません、イオンカルド第三王子殿下」
グレイが、イオさんから解放された私の手をそっと取る。
指を絡めて繋がれて、しばらく離す気はないようだ。
「この後のダンスはどうされますか?しんどいなら無理にお付き合いいただかなくてもいいですよ」
リサちゃんが、お外モードの華やかな笑顔をイオさんに向けて聞く。
すっかり、令嬢の言葉遣いが板に付いているリサちゃんだ。
「ダンスなら、踊れます。曲が鳴っていれば、そちらに集中出来るので、何とかなると思います。ファーストダンスは私と踊ってください」
きりり王子顔のまま、きっぱりとダンスの申し込みをするイオさん。
その申し込みに、甘い雰囲気はなく、ひたすら使命感だけが感じられるけれども、中々どうしてカッコいい。
リサちゃんも、お、やるな、みたいな顔になる。
「ふふ、私、ダンスは苦手なので、さっきみたいにリードは出来ないですよ?」
「平気です。勝手に体が動くくらいには、染み付いております。お任せください」
きりりイオさん。
これに、少しでもいいから甘さが加われば、ドキドキしちゃうんだけどなー、伝わってくるのは使命感一本だ。
そんなこんなの内に、楽団が1曲目を奏で出す。
イオさんは、先ほどの入場よりもずっと柔らかい雰囲気でリサちゃんの手を取ると、キビキビと真ん中へと出ていく。
行ってらっしゃーい、と2人を笑顔で送り出す私。
え?
私?
私はもちろん、見学です。
自慢じゃないけど、こちらでダンスの練習なんて、した事ないもの。踊れないわよ。
グレイにがっちり手を繋がれたまま、お代わりの白ワインをいただく。
ファーストダンスが始まる。
イオさんの動きは硬いけれど、今回はしっかりリサちゃんをリード……というよりは、ホールドだけど……うん、まあ、いっか。
リサちゃんは、可笑しそうにクスクス笑っているし、良いでしょう。
とにかく、がっちり、リードはしている。
わりと、楽しそうな2人。
おや?こうして見ると、この2人って結構お似合いでは?
と私は気付く。
イオさんは、人が多いのには緊張してるけど、リサちゃんには緊張してないよね。対するリサちゃんもお外モードとはいえ、楽しそうだよ?
これは…ひょっとして…
むくむくと湧き出るロマンスへの期待。
ごめんね、フェンデル王子。
もし、リサちゃんとイオさんの間に何か芽生えるなら、私は応援させてもらうからね。すまんね。
そして私は、遠くにロイ君とフローラちゃんのカップルも発見する。
どうやらロイ君の足を踏んで真っ赤になってるフローラちゃんに、とろとろに優しげなロイ君。
うむうむ、良き良き、と私は1人で悦に入りながら、ワインを飲む。
楽しい夜会ではないか。
「良かった、楽しそうだな」
そんな悦な私を見て、グレイが微笑んだ。
「そうですね、こうなってくると楽しいです。また来てもいいかなと思います」
「聖女様がそう言うなら仰せのままに」
「うむ、苦しゅうないぞ、そのように計らえ」
何となく、それっぽく言う私。
「苦しゅうないぞ、には、近う寄れ、じゃないか?」
「うむ、近う寄れ」
グレイが私の腰に手を回して、距離を近くした。
隣の卓のレディ達がまた、きゃっと嬉しそうな悲鳴をあげて、照れている。
私もちょっと照れるけど、そこは、何て事ないわよ、みたいな顔で引き続きワインを飲む。大人ですもの。
「ところでグレイは踊らなくていいんですか?」
「俺が?アン以外の者と?なぜだ?」
何の気なしに聞いちゃったのだけれど、声がぴりりとするグレイ。
しまった、これは、返答に注意しなくちゃいけないヤツよ。私は、注意して答える。
「踊るの、見てみたいなあ、と思いまして」
よし、満点だ。
おっ、グレイの雰囲気も柔らかくなった、満点でしたね。
「今度、一緒に練習してみるか?」
「うーん、それは……考えてみます」
「でも、しないかなあ」と付け足しながら私は、ご満悦で二組のカップルを見つめた。
***
ダンスを終えて、リサちゃんとイオさんが戻ってきた。フローラちゃんも約束通りやって来て、女3人で話に花が咲きだす。
グレイは、邪魔になると思ってくれたみたいで、「第一王子殿下と、騎士団の奴らに挨拶してくる」と囁くと、ちゃんとイオさんも連れて行った。
「リサちゃん、ちゃんと踊れてたわよ、すごいわね」
「へへへ、あざっす。イオンカルド殿下のお陰っす、もはや操り人形でしたからね」
「ね、でも、なかなかお似合いの2人だったわよぉ」
ちょっと、攻めこんでみる私。
「あざっす」
顔色1つ変えずに、にこにこのリサちゃん。
うーむ、この反応、今の所、ロマンスはなしかしら?
フローラちゃんをちらりと見てみると、ロマンスは無しですねー、という顔で頷かれた。
残念。
その後、3人で、キャッキャッしていると、お邪魔虫的な声がかかった。
「これは、これは、黎明の聖女殿に紫黒の聖女殿」
知らない声だわね、と思いながら私は振り返った。




