50.初日、最初の1秒
おはようございます、アンズです。
本日はカサンディオ侯爵家より、お送りしております。
ええ、私は今、侯爵家の客人として、こちらに滞在しています。
カサンディオ団長の結婚の申し込みを受けて、婚約者となってから今日で1ヶ月くらいかしら?
カサ、、、、、しまった、グレイと呼ばないとダメなんだった。
カサ、、、グレイは、私が結婚を承諾した後、私をアンダーソン家には帰してくれなかった。
「あんな警備の甘い所ダメだ。婚約したんだし、侯爵家に来ればいい」
と譲らず、
「今まで住んでたんですけどね、そして今もロイ君とフローラちゃんは住んでるんですけどね」
と主張したけど、「一度、拐われてもいるだろう」と返されてしまい、確かに拐われた事のある私は、ぐうの音も出ない。
おまけに、アンダーソン家にちょっと荷物を取りに帰った時に、知らない貴族の訪問があったり、相変わらず招待状はたくさん来たり、、、で、このまま私がアンダーソン家に居ると、ロイ君とフローラちゃんにも迷惑がかかるな、となって、2週間程前から本格的に侯爵家に居を移している。
居を移してみるとさすが侯爵家、約束なしの知らない貴族の訪問なんて、もちろんないし、招待状の数も激減した。
当初、やたらと恭しかった侍女の方達とも打ち解けてきて、最近は居心地良く暮らしている。
カサ、、ごほん、ごほん。グレイは、婚約したから仕事を止めろ、みたいな狭量な事は言わなかったから、司書と研究室助手も続けていますのよ。
私とカサンディオ団長(しまった、グレイね)との婚約は、あの夜の1週間後には発表されて、図書室の受付レディ達の私を見る目は変わったけど(お前、一体どうやって、あれを落としたんだ?みたいな目になった)、私は変わらず仕事をしている。
ところで、この婚約を聞いて、スミスくんは仰天し、ヘラルドさんはにっこりした。
イオさんは「まさか、また無理強いされてますか?」と最初は不審がっていたけれど、私が頑張って、グレイを愛している事を説明すると(ものすごく恥ずかしかった)、手を取って祝福してくれた。
ローズは、クールに「おめでとう、アン」と言い、「あなたが、侯爵夫人に専念するような事があれば、侯爵家に仕えないかと誘われています」しれっとそんな事まで付け加えてきた。
「えっ、誰から?打診早くない?」
「もちろん、カサンディオ団長からです」
「わお」
「ピアノも購入予定だとか」
「あー、はい」
「愛されてますね」
「そうですねー」
ええ、言うのは恥ずかしいけど、私は今、グレイに分かりやすく愛されていると思う。
侯爵家では、けっこう頻繁に愛を囁かれていて、朝一緒にお城へ行けるような時は、私はきっちりと図書室まで送り届けられ、帰りが一緒になる時は、もちろん図書室まで迎えに来られている。
ドレスとアクセサリーも既に、ひと通り貰った。
こちらについては、「嬉しいけれど、これ以上は要らないです、あんまり着ないし」と伝えて、ひと通りで止めてもらっている。
ローズの指摘の通り、ピアノも買ってくれた。(ものすごく高価だった筈だけど、値段は教えてくれなかった)
「アンズ」や「アン」と呼ぶ声は、基本的には優しく甘い。ええ、基本的には。
私といる時の表情は、基本的には(ええ、基本的には)柔らかく、これが珍しいらしく、図書室レディ達も、第一騎士団の方達も、三度見くらいしてくる。
こうなると、夜も、、、、と思われるかもしれないけど、そっちについては、まだ一線を越えていない。
「妻となる女性とは、きちんと段階を踏みたい。婚前から同居するなら尚更そうするべきだ」と言われて、「いや、別に乙女でもないですよ?」と返すとすごい睨まれた。
そんな訳で、あの夜も、あの後は照れながら2人でワインを飲んだ後、きちんと客間まで送り届けられている。
それで、、、えーと、、お休みのチューだけ、した。
やだ、なんか、恥ずかしいわね。
アレコレ、は正式に結婚するまで待つんだって。
因みに正式な結婚と式は、3ヶ月後の予定だ。
ロイ君もそうだったけど、こっちの世界の男性ってロマンチストだと思う。
そういえば、内職で代筆してた恋文も全て劇的でロマンチックだった。
「おはよう、アンズ」
今朝も今朝とて、ダイニングへやって来たグレイは私の名前を甘く呼ぶと、ふわりと額にキスをする。
これ、通常運転ね。最初はこれまでの様子との落差にのけ反ったけど、今は大分、慣れた。
「おはようございます、カサ、、グレイ」
向かいに座ったグレイが微笑む。
「よく眠れたか?」
「毎日、よく眠れてます」
「不自由や、気になる事があれば、すぐに言え」
「はいはい、言いますよ、あ」
「何かあるのか?」
「前から気になる事なら、、、」
「何だ?」
私は、こほん、と咳払いをしてから切り出す。
「グレイは、いつから私の事が好きなんですか?心当たりがあまりないんですよね。最初にいろいろ優しくしてくれたのは、責任感的なやつですよね?」
そう、一体、私の何が当時の、侯爵家嫡男騎士団長見た目良し、の琴線に触れたのか気になっているのだ。
最初から、責任感でいろいろ手厚くしてくれてたけど、その責任感はどこで恋心になったんだろう?と。
ね、気になるわよね。
私の質問に、グレイはちゃんと素直に考えてくれる。こういう所、年下っぽくて可愛い。
「いつからと言われると、初対面からだろうか」
「初対面?アンダーソン家に来た時ですか?」
「いや、あれは初対面じゃない」
「ん?あー、ロイ君との結婚式?」
参列者の中に居たはずだよね。花嫁姿が良かったのかしら?
「いや、違う」
「え、それより前に会ってますか?」
それより前となると、私のお世話を放棄してた侍女達の事で、騎士団の詰所に行った時?
えー、居たかな?これだけ好みだったら印象に残った筈なんだけど、、、、、。
「アンが召喚されて、こちらに来た瞬間に会っている。アンがこっちで初めに見たのは俺だと思うんだが」
「えっ」
召喚された瞬間??
あの時?
初めに見た人?
いや、あの時は、何だここ、コスプレ会場?と混乱してて、1人1人を見る余裕なんてなかった筈で、第二王子は見たけど、、、、、ん?
あっ!
「あーっ!!剣、構えてた人!」
私は思わず、グレイを指差す。
「それだ」
「うわあ、そう言われるとそうです。剣が怖くてそっちばっかり見てたから」
マジかあ、あれがそうかあ。
会ってた。この世界の初日、最初の1秒で会ってた。
「その時に、その黒い瞳に魅せられた」
ええ、婚約後はこういう事を、さらさら言ってくるんですよ。
「あれ?じゃあ、私に構ってたのって、もしかして最初っから、責任感からではなかったんですか?」
「自分への言い訳は、そうだったと思うが、本心は最初から邪な想いからだっただろうな。
アンダーソンとの結婚を聞いた時は自覚はなかったが落ち込んだし、それが白い結婚で離縁する予定だと聞いた時には、おそらく、アンをどうすれば手に入れられるかを考えていたのだと思う。
いろいろ自分には誤魔化していたが」
「へええ、じゃあ、いつ、好きだと自覚したんです?」
つい、ニマニマと聞いてしまう私。
ごめんなさいね、完全にノロケですね。
「それは、ナリード伯爵家で、無事なお前を見た時だ」
「なるほどぉ」
心配して、無事な姿を見て、かけがえのない人だと気付く。
ふむふむ、よくあるパターンですね。
「遠征から戻り、恋を自覚した途端、アンは第三王子と二人っきりで働いているし、人形劇で人気は広がっているし、ナリード伯爵はあの後アンの熱狂的な支持者になるし、だからと言って、アンダーソン夫人だったアンと変に距離を近くする訳にもいかないし、で俺としては散々だった」
「それは、ご迷惑を」
「今となっては、いい思い出だ。ところで、アンズ?」
グレイが素敵な笑顔になる。
あら、素敵だわ。ほんと、タイプだわ。
「俺の話を聞いたからには、自分の話もしてくれるんだろう?そっちはいつから好きなんだ」
「えっ」
「聞き逃げは、ずるいぞ」
「えっ、いや、私の話は、、、ねえ」
ムリムリ、私は、そういうの、苦手なんだよ。
「アンズ」
「いや、私は、いいです」
追い縋るグレイに、逃げる私。それをやんわり見守る侯爵家使用人の方々。
そういう、少し痒い日々を、私は侯爵家で送っています。
ここまでお読みいただきありがとうございました!
これにて完結です!
いわゆる聖女のオマケで、本当に何も出来なくても何とかする主人公書こう、と思い立って年末年始に勢いで書き出した作品です。
思わぬ反響をいただき、全速力で続きを書かしてもらいました。
ブクマに評価、いいね、いつも励みになりました。感想はどれも、ドキドキしながら読んでおります。
そして、地味だけど大変な誤字脱字報告、すごく助かります。
この物語自体は、私の中でまだ続いているので、未回収の部分(瘴気、どうなるの?とか、リサちゃん元気か?とか)があるかと思います、詰め込めなくてすみません。
少しでも、楽しんで読んでいただけたなら幸いです。