49.熱烈な告白
馬車が侯爵家に着く。
もちろん、広大な庭。アンダーソン家が何個入るんだ、みたいな庭を馬車は横切り、白と緑を基調にした品の良いお屋敷に付ける。
エントランスでは、いかにも執事といった片眼鏡、銀髪、初老の男性が姿勢良く待ち構えていて、扉を開けると、数人の侍女達が恭しくお辞儀で迎えてくれた。
わお、映画みたい。
「部屋の用意はしてあるか?」
「はい、客間をひとつ、すぐ使えるように準備しておきました。お風呂のご用意もしております」
カサンディオ団長の問いに、すらすら答える執事さん。
わーい、お風呂だって、嬉しい。
「あんたさえ良ければ、少し寛いでから、飲み直すか?」
カサンディオ団長が私に聞いてくる。
「おっ、いいですね。お付き合いします」
「なら、そうしよう。喫茶室に準備させる」
そうして、私は侍女の方達に「聖女のアンズ様でございますね、お会い出来て嬉しいです。ささ、お部屋へ」と、豪華な客間に案内してもらい、「まずはさっぱりしてください」と流れるようにお風呂へと入れられた。
お風呂では、侍女さん達が体を洗おうとするのを全力で辞退して、髪の毛だけ洗ってもらった。
ゆっくり温まった後は、香油を塗られそうになったので、こちらも全力で辞退して自分で塗った。いい匂い。
用意してもらった、簡単だけど質のいいワンピースに着替えて、うっとりするような肌触りのガウンを羽織る。
「では、こちらへ」と着替えた私をまた案内してくれる侍女さん。
何だかスケールが大きいけど、飲み会の後、友人の家で飲み直す、みたいな感じだな、と私はのんびりと侍女さんに付いて行く。
そして、「こちらでお待ちください」と案内された部屋は、広くて品の良い部屋だった。
喫茶室ではなく、控えめな照明が灯されているそこは明らかに寝室で、室内のベッドや机、チェストやソファは一目で一級品と分かるがよく使い込まれていて、しっくりと部屋に馴染んでいる。
部屋全体の色味は白と淡いグレーで統一されていて、落ち着いた色味だ。
家具が使い込まれている様子から客間でもなく、調度品やリネン類には持ち主の好みが反映されて、広々と心地よい空間が広がる部屋。
あれ?喫茶室じゃないね、、、、、
私は何とも言えない、曖昧で不安な気持ちでソファにちょこんと座った。
もう一度、部屋を見回す。
えーと、ここはきっと、カサンディオ団長の寝室、、、だよね。
何だか、そわそわしてくる。
さっきは全然そんな感じじゃなかったけど、これは、そういう流れでは、、、、
ソファの前のローテーブルには、ワイン一揃えと、お洒落なつまみがセットされていて、私は気分を落ち着ける為にも、アイスバケツで冷やされていたデザートワインをいただいてみた。
甘く、蠱惑的な液体が喉を滑り落ちてゆく。
甘くて冷たくて、美味しい。くいくいと飲んでしまう。
そうしてデザートワインを2杯飲んだ所で、一息ついてグラスを置く。
、、、、、。
ダメだ、美味しかったけど、落ち着かなかった。
えー、どうする?これはチャンス?ピンチ?
どっちかしら、私はどっちだと思ってるのかしら。
うーん、、、、チャンス?
どうにも落ち着かない私が、ガウンの紐をきつく結んでみたり、いやいや、と思って緩めてみたり、いやいやいや、と思ってまたきつく結んでみたり、いやいやいやいや、と緩めて、、、、
などとしていると、控えめなノック音がしてガチャリと扉が開き、この部屋の主、カサンディオ団長が寛いだ格好で入ってきた。
私はぎこちなく笑みを浮かべる。
やっぱりそうですよね、こんなに広々と品の良い素敵なお部屋、屋敷の主の寝室ですよね。
ソファに座る私を見て、カサンディオ団長は困った顔をする。
「執事が余計な気を回したようですまない」
カサンディオ団長はそう言って、ぎこちない私からきちんと距離を取って隣に腰をおろした。
「こんな、いかにもな雰囲気だが、その、そういう事は何もしない」
ん?
「え?しないんですか?」
思わず言ってしまった私の言葉に、がばり、とこちらを見るカサンディオ団長。
「俺はあんたと遊びで付き合う気はない。ちょっと待て、あんたは、どういうつもりでここに居たんだ?遊びのつもりか?」
声の響きが硬くなる。ここはきちんと伝えなくては、と私は背筋を伸ばした。
「いいえ、お慕いしているので、一夜の思い出にと」
しん。
カサンディオ団長が、ぽかんとした顔になる。
たっぷり、ぽかんとしてから口を開く。
「一夜の思い出?」
「よくよく考えたんですけど、お妾さんは無理だと思うので、この夜限りにしようと考えています」
よし、ちゃんと言えたぞ、と思いながら胸を張り、その胸が、つくつくと痛む。
どうやら私、カサンディオ団長がしっかり好きみたいだ。
今のこの気持ちだけで言うと、どんな形でもいいから側にいたいな、というのが本音だけれども、愛人や妾の立場で、正妻を迎えるカサンディオ団長を見るのは、きっと私には無理だと思う。
だから、お別れしようと決めたんだ。
「待て、妾って、何だ。この夜限りって、何だ」
「うん?私とカサンディオ団長では、身分的に釣り合わないので、結ばれる場合、私は妾になりますよね。でもそれを受け入れるのは無理だから、お別れするしかないと決めたんです。
だけどもう後戻りが難しいくらいに、あなたが好きなんですよ。
だから、一晩だけでも、あなたのものになれるなら、それだけでいいか、という結論にですね、、、、あれ?怒ってますか?」
私は、明らかに様子が変なカサンディオ団長に気付いて、言葉を切る。何だか、どす黒いオーラが見えそうなカサンディオ団長。
「いや、怒っているとかいないとか、もはや、そういう状態ではないな。自分の不甲斐なさと説明不足には怒っているが」
カサンディオ団長は、自分のこめかみをぐりぐりして、唸り声が聞こえてきそうな沈黙になる。
「、、、、迎えに行く、と言ったのに、なぜ、妾になってるんだ」
「違いましたか?」
「違う。そもそも、妾としてなんて考えた事はないし、今や、あんたは聖女だから、身分の問題はない。王族に次ぐ立場なんだ、何なら王子との結婚もおかしくはない」
「、、、、、」
「自覚してなかったのか」
「あー、はい。そう言われるとそうだな、と、今」
ええ、今。
そうだ、私、聖女だったな、と。
そうか、、、、。
「王妃にも目をつけられていたんだ。聖女としての発表と同時に、第三王子との婚約も結ばせる、とか言ってて厄介だった」
「えっ、待ってください。イオさんと私はそういう仲ではないですよ?」
「知っている。第三王子にその気がないのも知っている。王妃が勝手に言い出したんだ」
「わあ、、、、止めていただいて、良かったです」
「陛下も含めて皆で止めた。無理矢理、アンダーソンと結婚させた後の、王子との無理矢理の婚約なんて、どうかしている。あの方、たまに先走るんだ」
もしかして、第二王子はお母さん似なのかしら。
「そして、こっちだな。全部先に言われてしまったが、俺は、あんたを愛している。妻に迎えたいと思っている」
いきなりの告白に、どくん、と心臓が跳ねる。
第二王子の事なんか考えてたから、頭が追い付かない。えーと、今、きっと、プロポーズされたよね。
「ふえ」
いかん、変な返事をしてしまった。
「はあ、、、、、、、勘弁してくれ、一晩だけでも俺のものに、なんて。それ以上の熱烈な告白を、一体どうやってするんだ」
カサンディオ団長が片手で顔を覆う。その耳が赤い。
一晩~、を繰り返されて、私は私で、かあっと顔が熱くなる。
「あれはですね、あの」
お酒の勢いもあってですね。
「一晩どころか、一生、大切にする」
「わお」
「これも、先にアンダーソンに言われているけどな」
「あー、言ってマシタネ、ふふっ」
おかしくて笑ってしまう。
「おい」
「ふはっ、すみません、ふふふ、でも、ロイ君に言われちゃってるな、と、ははははは」
アレコレとか、お別れ言わなきゃとか、プロポーズとか、いろいろありすぎたのが、一気に緩んで、私は涙ぐみながらしっかりと笑った。
「こんな時に泣くほど笑うな」
笑うのが少し落ち着いた頃に、カサンディオ団長が言う。そう言いながらも、私の目尻の涙を優しく拭ってくれる。
「ふふ、すみません。でも、お家の人はいいって言ってるんですか?」
「父からの結婚の条件は、俺が爵位を継ぐ事と、あんたが侯爵家に相応しい身分になる事、の2つで、どちらも問題ない」
「それで爵位、継がれたんですね」
「あんたの事で、会議に口を突っ込む必要もあったから丁度良かった」
「そうでしたか」
「返事は待った方がいいのだろうか?」
少し切ない表情でカサンディオ団長が聞いてくる。
「さっきの、名前を呼んで、もう一度やってください」
笑いの発作が完全に収まった私は、そうお願いした。
「アンズ」
カサンディオ団長が、とても大切そうに私の名前を呼ぶ。
「アンズ、愛している。私の妻となって欲しい」
私は、微笑みながら、「いいですよ」と言った。
ここで終わりでもカッコいいな、と思ったんですけど、、、、次話、最終話です。




