47.結婚式
紛らわしい題名ですみません。
ビーッと時間通りにアンダーソン家の呼び鈴が鳴る。
昼の陽光降り注ぐダイニングで、その訪問を待っていた私は立ち上がった。
ロイ君もフローラちゃんもサイファもいないので、自分で玄関を開ける。
扉を開けると、カサンディオ団長が立っていて、出迎えた私を見て微笑む。
「久しぶりだな」
いつもの低い声が響く。
そう、この声、久しぶりだ。
新聞記事からのこの1ヶ月強、カサンディオ団長は本当に忙しくしていて、私は私で、図書室に来る貴族の相手とか、数々の招待状への返事とか、王家が何か発表するらしいぞ、となってからは、その内容の細部の調整の為の文官とのやり取り、なんかでバタバタしていたので、ほとんど顔も合わさなかったのだ。
こうして声が聞けて、私の心は浮き立つ。
久しぶりの低音が、お腹に響きますね。
顔をこうやって向かい合って見るのも、久しぶりだなあ、と私は目前のワイルド系イケメンを堪能する。
しかも、本日のカサンディオ団長は、騎士服ではない。
正装とまではいかないが、小綺麗な格好で、白いシャツの首もとには、シックなスカーフを巻き、紺色のベストとトラウザーズを纏っている。
袖口のカフスボタンとスカーフを留めるピンは、揃いのもので、鈍色に光る螺鈿が貼られている。
いつも、適当に流されているか、たまに後ろでちょんと結ばれている黒髪は(実は私は、後ろでちょんと結んでいる時がお気に入りだ)、きっちりセットされていて、匂い立つ色気である。
おっと、これは、、、
私は思わず、生唾を飲み込む。
久しぶりのカサンディオ団長な上に、このイレギュラーな格好と髪型は反則では。
「か、」
「か?」
「カッコいい、、」
しまった、心の声が漏れてしまった。
カサンディオ団長が、ふっと笑う。笑顔がぐっと優しくてキュンとしてしまう。
「あんたも綺麗だ」
「へっ?ありがとうございます」
ええ、本日は私もそれなりの格好でしてよ。
司書の制服や普段着ではなく、お出かけ着なんです。
でも、こっちの服って私には肩幅は余るし、もちろん胸も余るし、あんまり様にはなってない。
急な事でドレスのオーダーなんて出来なかったので、フローラちゃんの実家のライズ商会でいろいろ探してもらって、これなら、まあまあ見れるね、という物にしたのだ。
「装身具を着けているのを初めて見るな、このイヤリングは?」
すっと、カサンディオ団長が私の耳に着いている、小振りのダイヤのイヤリングに触れた。
ひゃあ、耳にもちょっと触るからドキドキするよ。
こういう接触は、ナリード家で涙を拭われて以来だ。
「これは、フローラちゃんのお母様からの借り物です。普段は何も着けないので、手持ちがなくて借りました。イミテーションでいいと言ったんですけど、許してくれなかったんです」
「許してくれなかった?」
「ええ、聖女がイミテーションなんか着けるんじゃありません、と言われまして。落とさないか気が気じゃないんですよ」
小振りとはいえ、ダイヤですからね!
「落とすなよ」
「あっ、そんな風に言われると、ますます心配になるじゃないですか」
抗議する私に、カサンディオ団長はまた笑う。
「落としたら、俺が買ってやるから心配するな」
「なっ、、はっ?いえ、買ってもらいませんよ」
それでは、妾一直線ではないかと、慌てる私。
「買うよ。ところで、爵位の継承も、あんたの事も一段落したし、今度、出来るだけ早めに、時間をゆっくりくれないか?」
ぐいぐいと畳み掛けてくるカサンディオ団長。
ごくり、、、、、。
ついに正式に妾の話ですね。もう、人妻じゃないもんね。
それについては、いろいろ考えて、私の中で結論は導いたのよ。大丈夫、その時が来たら、ちゃんと言えると思う。
「、、、、はい」
「良かった。ひとまず、今日は式を楽しもう。では、参りましょうか、聖女殿」
カサンディオ団長が、すっと手を出す。
私は、照れながらエスコートを受けて馬車に乗り、教会へと向かった。
***
穏やかな午後の日差しの中、教会の鐘が鳴り響き、参列者達は白い薔薇の花びらを投げ、口々に、おめでとう、を言った。
道行く人々も、お祝い事の雰囲気に足を止めて、指笛を鳴らし、拍手をして祝ってくれる。
私も、もちろん、笑顔で力一杯祝福する。
その中心に居るのは、ばっちり決まった新郎のロイ君と、ものすごく綺麗な新婦のフローラちゃんだ。
そう、本日は念願のロイ君とフローラちゃんの結婚式。
王家が謝罪して、私が聖女となり、ロイ君との結婚が白紙撤回されるとの発表があった日から、わずか1週間後の今日、ロイ君とフローラちゃんはめでたく結婚したのだ。
最初は、書類の手続きだけして、式は落ち着いてから身内でそっとやろう、となっていたのだけれど、フローラちゃんの父、モス・ライズ氏が本気を出した。
電光石火で、地区の教会を押さえ、仮縫いの状態で止まったままになっていたフローラちゃんの花嫁衣装を完成させ、花屋と居酒屋を押さえた。
ロイ君の子爵位は、私との結婚解消後も存続したので、子爵の結婚式の宴会を居酒屋でするのはいかがなものか、とロイ君の実家のブランド家からは物言いがあったみたいだけど、「じゃあ、もしまた、何かあったら、あんたら責任取れんのか?何でもいいから、やっといて既成事実にしとくんだよ」とすごい気迫で押し切ったようだ。
そういう訳で今日、子爵の結婚式とは思えないほど気さくだけれど、素敵な式に私とカサンディオ団長は出席している。
教会での厳かな誓いの後は、大衆的な居酒屋でお酒と料理が振る舞われる。
この居酒屋は、前に2人の結婚が流れてしまった時も、宴会を開く予定であったお店で、2人の境遇に胸を痛めた事もある店主は、宴会初っぱなから感動で泣きっぱなしだ。
そんな、なぜお前が泣いている?みたいな店主の居酒屋で、新郎新婦、ライズ商会の従業員の皆様、第一騎士団の方々。
ローズとサイファに、飛び入りで増えてくる近所の人達。
主役の2人が幸せそうだしまあいっか、と開き直ってきたブランド家の面々。
そして、出来るだけ簡素なお祝いの服で来たけど、その溢れでる高貴な色気でばっちり目立ってるカサンディオ団長。
等々が入り乱れて、「いやあ、めでたい」「とにかく、めでたい」と言い合いながら、安い酒と、安くて美味い料理を味わっている。
私は麦酒をいただき、煮込みミートボールを食べながら、ローズにしみじみとロイ君とフローラちゃんとの生活を振り返って語る。
時々、第一騎士団の騎士の人達が、なぜか畏まって挨拶にもやって来る。副団長だという方には「最近、団長の機嫌が良くて助かります、どうか、このままよしなに」と言われた。よく分からないけど、とりあえずにっこりしておいた。
皆の中心で、幸せそうなロイ君とフローラちゃんを見る。ふふふ、頬が緩むわね。
この結婚のためになったなら、聖女の称号も悪くないわね。ありがとう、王家。
そう思いながら、私は麦酒の杯を掲げた。
お読みいただきありがとうございます。
やっと、ラストっぽくなってきた。
あと、3話の予定です。お楽しみいただけると良いのですが。




