46.聖女(仮)からの
図書室へと、カサンディオ団長と共に戻る。
隣を歩くカサンディオ団長は、少し上機嫌な気もするし、いつも通りな気もする。
そして私は、少しふわふわしている。
待ちましょう、と言ってしまったからね。
言ったよな、私。
「2ヶ月待ちましょう」
って、言ったよね。
うん、言った。
、、、、、。
わお、何だか、くすぐったい。思い出すと恥ずかしいよ。
自分の事で、こんな思いは、久しぶり過ぎてどうしたらいいのか分からない。
しかも、待ちましょう、と言ってしまったものの、妾になる覚悟は出来てないのだ。
ううむ、、、、むむむ。
どうする、私。
、、、、、、。
一旦、保留にしよう。今くらいは、この、くすぐったい感じを堪能しよう。
うん、そうしよ。
妾については、おいおい考えよう。
私は、ふわふわとカサンディオ団長のお隣を歩く。
「しばらく、忙しくなると思う」
ふわふわしていた私は、カサンディオ団長の言葉に、頭の中の、妾について、を一旦さっとしまった。
「カサンディオ団長がですか?」
「爵位を継いで、いろいろ手続きがあるのと、貴族会議にも頻繁に顔を出す必要がある。あまり図書室に顔を出せなくなるが、何かあれば俺か図書室長か、ハンク副長官にすぐに相談しろ」
「えっ、何かあるんですか」
「あんたは自分で思ってるより、有名人だ」
「いやいや、そんな訳」
「あるんだ。まあ不本意だが、第三王子が、がっちりあんたを囲ってるから表立って何かする奴はいないと思うが」
「イオさんが?」
私の言葉に、カサンディオ団長はすごく、すごーく面白くない顔をする。
「王子を愛称で呼ぶな」
「でも、本人がそう呼んでくれ、と言ってるんですよ。図書室では皆、イオさんと呼びます」
そう答えると、カサンディオ団長は、ふん、と横を向いた。
ここで、図書室の入り口が見えてきた。
私は、ここで大丈夫です、とカサンディオ団長に伝える。
「また来る」
カサンディオ団長はそう言って戻って行った。
結局、この日はこの後、数人の貴族らしい人が図書室まで私に会いに来て、「ほにゃららと申します。どうぞ、お見知り置きを、、、」みたいな事を言って帰って行ったりした。
***
「ただいまあ」
夕方、すっかりキャパオーバーの私は、へろへろで我が家の玄関をくぐる。
何しろ、本日は王子殿下フルコースに、リサちゃんの激怒に、カサンディオ団長の迎えに行くと約束します、だったのだ。
疲れたよお、疲れた。
ほとんど仕事出来なかったのに、疲れた。
「アンズさん、お帰りなさい」
先に帰っていたフローラちゃんの笑顔に癒される私。
「ロイは遅いみたいだし、夕飯、食べちゃいますか?サイファがインも炊いてくれてます」
「わーい、食べる」
私はいそいそと手を洗いに行く。
因みに、フローラちゃんは、建国祭の夜に酔っぱらって絡んだ事をしっかり覚えていて、翌日、がっつり落ち込んだ。
そして、あの絡みからも、どうやらまだ、私とロイ君の初夜のロマンチックなあれこれ(一切なかったけど)が引っ掛かってるようなので、私はロイ君がいない間に、サイファを相手に初夜のロイ君を完全再現してあげた。
ええ、あの、悲壮なロイ君ですよ。
あれを相手にどうロマンチックになれ、というのか、という奴ですよ。
「、、、夫の務めを果たしに参りました」
死ぬんじゃないか、みたいな顔でサイファに迫る私。無表情のサイファ。ドン引きのフローラちゃん。
「と、こんな感じよ」
「とんでもない失礼を」
「いいのよ、正直、助かったわよ。私にはこういう政略結婚みたいなやつは馴染みがないから戸惑ってたし」
そう、ロイ君がもし、ハンク副長官みたいな人だったら(ごめんなさい、きっとハンク副長官は根は一途な人なんだろうとは思うのよ)、何だか流されるままに夫婦になってて、愛なのか何なのかよく分からないもので、夫婦を続けたんだと思う。
それはそれだったろうけど、今は、そうならなくて良かったな、と思う。
「まあ、ロイらしいと言えば、ロイらしいです」
「ね」
完全再現の後は、ふふふ、と女3人で笑い合った。
そういう訳で、ずっと気にしていた事も吹っ切れたフローラちゃんの笑顔は本日も眩しい。
私とフローラちゃんとサイファは、和やかに夕食を囲んだ。
新聞記事の翌日より、「どうやら、王家が私の立場に対して何か対応するようで、聖女として扱うようだ」という噂がまことしやかに流れ出し、私の元へはお茶会や、夜会への招待状が届き出した。
ロイ君が言うには、未来の聖女とお近づきになっておきたいんだと思いますよ、との事。
なるほど、聖女(仮)の私のおぼえをよくしておこう、という訳ね。
図書室へも、ちらちら訪問があって、ほとんどの人は「以後お見知り置きを、、、」みたいな事を言って去っていく。
でも中には、ロイ君との離縁まで見越して「その際には、是非、我が屋敷でお過ごしになりませんか」というパトロン的な申し出もあった。
挙げ句の果てには、離縁後の縁談のようなものを仄めかしてくる人までいて、全て丁重にお断りする。
縁談を仄めかされた時は、少しゾワリとした。カサンディオ団長の言っていたように、ここまで名声(?)が出てくると確かに、聖女の地位を蹴って“利用価値のある平民女性”でいるのは危険だったな、と思う。
最悪、縁談、断れないとかあったのかな。
お茶会や夜会の招待状は、かなりの量で私1人では捌ききれず、ロイ君の実家のブランド家から執事さんを応援に貸していただき、返事を手伝ってもらった。
こちらも基本全てお断りだ。
私、マナーは把握してるけど、実践はたぶん出来ないし。しかも知らない人ばっかりだし。
こういう招待への、お断りも聖女(仮)だから、何も考えずに断れる。
聖女(仮)の立場も、役に立つのね。
そんな中、唯一、ナリード伯爵のバイオレット嬢からのお茶会だけはこっそりとご招待を受けた。フローラちゃんも一緒に行っていいか聞いたら、「是非に」とも言ってくれて、2人でお邪魔して楽しい時間を過ごした。
バイオレット嬢は、ツンツンしてるけど私と仲良くしたいのがバレバレで、めっちゃ可愛い。
すっかり元気になったし、偏食も頑張って改善してる、との事。そこは、しっかり頑張ってね。
伯爵は今や、娘のデビュタントに向けて張り切っていた。
そのように、日々は流れ、
新聞記事が出てから1ヶ月と少し経った頃、
王家は私に召喚の際の諸々を正式に謝罪し、責任者であったフェンデル第二王子は2ヶ月の謹慎となった。
私は「聖女の従者」から「聖女」となり、私とロイ君の結婚は、離縁ではなく解消とされ、なかった事に、つまり白紙撤回となった。