45.「馬鹿、、、待ってる」
私とリサちゃんが、落ち着いたらまたお茶しようね、などと、のん気に約束を終えた所で、私とカイザル王子達はリサちゃんの部屋を後にした。
「グレイ、イオもああ言っていた事だし、父上の説得は私がしよう。お前は会議の流れを作ってくれ」
「ナリード伯爵と同じようにご令嬢の病気が治った家門がいくつかあるので、それは容易でしょう」
部屋から少し離れた所で、何やらゴソゴソと話し合うカイザル王子とカサンディオ団長。
私の事っぽくて気になるけど、第一王子と侯爵の間に割ってはいる訳にはいかないので、少し離れて待っててみる。
しばらくして、ごそごそ話し合いが終わる。
「、、、では、後は頼んだ。さて、アンズ殿、今回は上の弟が無理強いをして本当にすまなかった。そして、下の弟があなたに世話になっているようだ、こちらについては、兄として非常に感謝している。
アンズ殿への対応について、後日、あなた本人にも相談する事になるだろうから要望があれば、伝えてくれ。今日はこれで失礼する」
ふむ、相談して要望を聞いてくれるんだね、良かった。私は「承知しました」と礼をする。カイザル王子は、では、また、と去っていった。
「大丈夫か?手は痛くないか?」
カイザル王子が見えなくなると、カサンディオ団長はまず、私の手を見ながらそう聞いてきた。
ぎゅうぎゅうと掴まれてましたもんね。
「大丈夫です。少し引っ張られただけです」
「そうか、、、図書室まで送ろう」
カサンディオ団長は私と並んで歩き出す。
何だか、ほっとする。
「第一王子殿下とお知り合いなんですね」
「子供の頃に何度かご一緒した事がある。あの方は、一時期騎士団にも所属されていたしな」
なるほど、侯爵家嫡男だもんね、王族とも近しいんだね。
そこで私は、カサンディオ団長が、今はもう侯爵家嫡男、ではなくて、侯爵だった事を思い出す。
「そうだ、爵位を継がれたと聞きました、おめでとうございます」
「別にめでたくはない。煩わしいから後回しにしていたが、タイミングが合ったから仕方なく継いだだけだ」
「タイミング?前侯爵様に何かあったのですか?」
「そういう訳ではない」
「そうですか」
「そんな事より、新聞記事の事で、第二王子の他に変な奴が来たりしてないよな?」
堂々と、第二王子を変な奴扱いするカサンディオ団長。大丈夫かしら。
そして、そうだ、新聞記事ですよ!
「そう、新聞記事ですよ!聞いてないです、あんな記事」
私はきっとカサンディオ団長を睨んだ。カサンディオ団長は、ほんの少し怯むけど動じない。
「アンダーソンに、記事が出たら説明しておくように言ってたんだが」
「それは、聞きました。そうじゃなくて、事前に相談してください」
「事前に伝えると、あんたは絶対に、今さら何の地位も要らない、と言うだろう」
「でも、要らないんですよ」
「いいや必要だ。あんたの都での人気は今や無視出来ないくらいに大きいし、ナリード伯爵や、他の貴族にもあんたに聖女の地位を、という動きが出てきていた。時期は違えど、似たような事にはなっただろう。
変なタイミングで、変な奴らに担ぎ上げられるなら、こちらの手の内でやるべきだ。あんたは、こういう事に無頓着だし、無防備すぎる、貴族達の変な勢力争いの駒になる可能性だってあった」
「むう、、、、」
勢力争いの駒は嫌だ。でも、爵位とか、聖女の称号とかは必要ないんだけどな。
司書としての永年雇用、くらいがいいな。
「利用価値がある平民女性、なんて、何されるか分からない。頼むから、ここは素直に王家が用意するだろう椅子に座るんだ」
カサンディオ団長が、嘆願するような顔をする。
そんな顔を見るのは初めてで、私を心配しているのだと分かる。
そんな顔で心配されると、要らないなんて言いにくいじゃないか。
「分かりましたよ、どうせ拒む度胸はないですし」
しぶしぶ承諾すると、カサンディオ団長は表情を緩めた。
「後は王妃だな、王妃にまで目をつけられて、こっちの方が厄介だ、、」
「王妃?」
「何でもない」
「それにしても、記事については一言、お知らせがあっても良かったと思うんですけどね」
「絶対、止めてくれって言っただろう」
「言ったでしょうけどね」
「最悪、変な脅しを使って、計画をボツにさせられるかもしれなかったしな」
「変な脅しって何ですか」
「それは、知らん」
「むう、、、、」
変な脅しなんてしないと思う。
大体、私はしがない図書室司書なんだし、現侯爵のカサンディオ団長を脅せる材料なんて、持ってない。
そこでふと、私は思い付く。
あの夜の、無理矢理のキスで脅せるかしら?受け入れて応えてしまったけど、最初のは合意なしだったわよね、、、、、あ、しまった。
こんな時に、あのキスを思い出してしまった、、、。
カツカツカツ、、
コツコツコツ、、
しばらく、無言で歩く私とカサンディオ団長。
無言になると、どんどんのし掛かってくるあの夜のキス。
「、、、建国祭の夜は、無理矢理すまなかった」
カサンディオ団長にも、あの夜のキスがのし掛かっていたようだ。
「しといて、謝らないでください」
本当に脅すぞ。
「しかし、あんな風にするつもりは、」
「応じたのに謝られると、惨めになります」
「すまない」
「だから謝らないで、謝るなら最初からしなきゃいいでしょ」
そうだよ、おまけに、忘れなくていい、なんて言いやがって。お陰でこっちは翌日、仕事にならなかったんだぞ。
本棚への戻し、何回やり直したと思ってるんだ。
「衝動的になったんだ、、、、年下には興味がないとか、恋人と一通りと言われて」
カサンディオ団長が、ぶつぶつ言う。
聞こえてますう、年下に興味がない、なんて言ってないですう。年下とお付き合いした事ないって言ったんですう。そこは被害妄想では。
「あと、やっぱり忘れなくていい、って何ですか?そういう事言われると、こっちは期待するんですよ、期待したら苦しいでしょう?どういうつもり、、、、何でそこで、ちょっと嬉しそうにしてるんですか」
私の文句に、カサンディオ団長は笑ってこそないが、何やらバックに小花が飛んでる様子だ。耳も赤くないか?照れる所ありましたかね。
「期待するなんて言うから、、、、いや、そんな場合ではないな」
カサンディオ団長は、私の隣から前へと回り込んで、やんわりと私の行く手を阻むと、立ち止まった私に跪いた。
「えっ」
驚く私の手を取って、カサンディオ団長は真摯に私を見つめた。琥珀色の瞳が静かに私を捉える。
「然るべき時が来たら、あなたを迎えに行くと約束します」
「あっ、むっ」
あなた、って言われた。
迎えに行くって言った。
「だから、どうか、あなたの気持ちが少しでも私にあるなら待っていて欲しい」
そうして、私の手の甲に唇を寄せる。
ぼぼぼっと私の顔に熱が集まる。
こういう、お姫様と騎士みたいなのは免疫がないのだ。
おまけに、頭の中には、フローラちゃんのセリフの「馬鹿、、、、待ってる」しか思い浮かばなくて、いやいや、これは、今は違うだろ、と激しく自分で自分に突っ込む。
「、、、、然るべき時っていつですか?」
結局、何とか絞り出したのは、「馬鹿、、、待ってる」からは程遠い可愛くないセリフだった。
「そうだな、1ヶ月程後だろうか」
「えっ、みじかっ、」
思ったよりすぐじゃん。
えーと、迎えに来るって、具体的にどういう事かしら。今度こそ、プ、プロポーズかしら。あら?でも結婚は無理よね、侯爵と平民ですもの。
ということは、、、、妾?
1ヶ月後に、妾になるかを決めるとなると、それはそれで困るような、決心つくかな。
「2ヶ月になるかもしれないが、、」
「なに、びびってるんですか」
跪いたまま、カサンディオ団長がふっと笑う。
「返事をくれないと、立ち上がれない」
「2ヶ月待ちましょう」
私は頭の中の「馬鹿、、、待ってる」を何とかねじ伏せてそう答えた。




