43.聖女リサちゃんの激怒
そして私は、洗いざらいぶちまけてやった。
結婚の話は寝耳に水だった上に、翌日には結婚させられた経緯を話し、それによって悲劇の恋人達となったロイ君とフローラちゃんの事を話し、私の素晴らしいアイデアにより、今は3人の家族として、暮らしている事を話した。
「養子だと?メイドではないのか!?」
愕然とするフェンデル王子。
ええ、人形劇では住み込みメイドとして暮らしてますものね。違いますわよ。私がそんな不安定な立場にフローラちゃんを置くと思うてか!片腹痛いわ!養子だわ!
「アンズさん、、、、それ、大丈夫っすか?騙されたりしてないすか?」
リサちゃんは、すごく不安そうだ。
「騙されてないわよ、2人とも、とてもいい子よ」
「騙そうとする奴らって、いい人そうなんすよ?」
「いや、マジでそこは大丈夫。てか、リサちゃん、会ってるのよ、ロイ君。ほら、飯ごうくれた騎士の男の子居たでしょ?」
私の言葉にリサちゃんが記憶を辿る。
「、、、、、、、」
「、、、、、、、ええっ、マジっすか!?えっ、あっ、だからかあ!だから、あの人、米炊いてたんすね、しかも飯ごうで!」
「そうよう」
「うっわ、めっちゃ、爽やかなイケメンでしたよ!米のくれ方も、すっげ、スマートだったんす、“早くしないと、冷めますよ”みたいな。カッコよ!ってなりましたからね!
えー、あの人が夫、、、、」
「そうなの、大丈夫そうでしょ」
「まあ、カッコよかったっすけどねえ、、、って、違いますよ、大丈夫じゃないです、たとえ爽やかイケメンでいい人でも、大丈夫ではないっす、好きじゃないんですよね?あの爽やかイケメンの事。しかも爽やかには、恋人居るんすよね?」
「そうだけど、恋人もいい子なのよ。だから、まあ3人で楽しく暮らしてるのよ。という訳で、フェンデル王子からの結婚の話には、引いたけど、一件落着はしてるの」
「何言ってるんすか、してないっす」
「そう?」
「そうっすよ、それ、アンズさんに好きな人出来たらどうするんすか?」
リサちゃんの言葉に、
私は、ちらりと、黒髪の人を想い、でもすぐにそれは振り払う。
あの人は、今や侯爵。こっちは将来、離婚歴のある平民の女。想いを募らせても辛いだけだ。
恋してるなあ、、、くらいが、ちょうどいいんだ。
「いないもの、そんな人」
「出来た時っす。本当に好きな人が出来た時に、その人と結ばれないんすよ?」
「そんな都合良く好きな人なんて出来ないから大丈夫よ。それに、いずれは、ロイ君ともちゃんと離縁出来るだろうし」
「は?何言ってるんすか?」
「穏便に離縁出来る一番早い段階で離縁して、ロイ君はフローラちゃんと結婚するのよ」
「アンズさん、馬鹿なんすか?こっちで、離婚歴があって、身分もなければ、ほぼ普通の結婚出来ませんよ?」
「リサちゃん、結婚だけが生きてく道じゃないの。私は職業婦人として、生きていくの、わりと活躍してるのよ」
「新聞読んだから、活躍は知ってます、知ってますけどね。アンズさん、、、、何やってるんすか」
途方に暮れるリサちゃん。
何だかデジャヴだわ。
「リサ!何にせよ、アンズ殿は元気だし、もう良いではないか」
ここで、フェンデル王子が息を吹き返した。
「第二王子殿下は喋らないでください。そもそも、あなたが強引に適当に、アンズさんに結婚をさせたから、こんな事になってるんです」
一気に底冷えするリサちゃんの声。
「そんな、リサ」
「今すぐ、アンズさんの結婚を撤回してください」
「撤回したら、機嫌を直してくれるのか?」
フェンデル王子のこの言葉にリサちゃんがキレた。
「いい加減にしてよっっ!!」
リサちゃんが、ドレスをぐっと握って、だんっと、床を蹴る。
「何で、私の機嫌の為に、ころころ、適当に決めるんですか?
そういうの、嫌です、と前にも言いましたよね?
普通に扱ってください、と何度言えば分かるんです?浄化魔法が使える事がそんなに偉いんですか?聖女だけど、前の世界では平民なんです、高貴な生まれでも、育ちがいい訳でもないんすよ!
それを、聖女だから、あんな卑しい奴とはしゃべるな、とか、不用意に人目につくな、とか、挙げ句の果てには、花をくれようとした男の子まで平民だからと突き飛ばして、そういうの止めてって、言ってんすよ!
私の機嫌だけ見てんじゃねえよ!!!
私にだけ、優しくて周りに配慮ゼロとか、嬉しくないんだよ!!」
しーん。
絶句する私とフェンデル王子。
部屋を静寂が包む。
すごい迫力だ。
リサちゃん、ひょっとして、前の世界では少しやんちゃしてたのかしら。
私は、フェンデル王子を見てみる。もはや青い顔で立ち尽くしている。
うん、うん、今のリサちゃんは怖かったもんね。
でも、フェンデル王子は、果敢にも口を開く。
何としても、リサちゃんを失いたくないみたいだ。
「リサ、、、、しかし、子供とはいえ、男がお前に花を贈るのは許せなかったんだ」
フェンデル王子は、何とか声を絞り出してそう言った。
第一声、それかあ、、、。
フェンデル王子の言葉に私は遠い目になる。
そして、それで突き飛ばしたのかあ、子供を、、。
愛が重たいというか、一方的で変なのは分かった。
ひょっとして、卑しい奴としゃべるな、じゃなくて、本音は、他の男としゃべるな、だろうか。
人目につくな、も要は、男の目につくな、なんでしょうね。
「意味不明です」
リサちゃんが、絶対零度の丁寧語に戻る。
「リサ、その話し方は、本当に止めてくれ。とても辛い」
本当に哀しそうなフェンデル王子。
なんか、可哀想にも思えてきてしまう。
「第二王子殿下が辛くても、私には関係ありません」
「リサ、、、、」
フェンデル王子は、ちょっと涙目だ。
うーん、可哀想だ。
可哀想だけど、うーん。まずはご自分を見つめ直した方が良いのでは。
「アンズさんの事、きちんとした待遇をして下さい、と言いましたよね。それがどうして会った事もない人との結婚になるんですか?おまけに、その人には婚約者まで居たなんて、信じられないです。準備も配慮もアンズさんを思う気持ちも、何ひとつ感じられません。最低です」
トドメのリサちゃんの冷たいお言葉。
フェンデル王子は真っ白だ。
フラれろ、とは思っていたけど、ここまで燃え尽きてるのを見ると、何だか申し訳なかった気がする。
「アンズ殿っ」
うわっ、こっち来た。
「アンズ殿、お願いだ、リサを説得してくれ!結婚をして不幸になった訳ではないのだと言ってくれ。私は、私はリサに捨てられたらっ」
フェンデル王子が、ちょっと危ない目で、私に縋ってくる。
この目、知ってる、娘を心配するあまり変になってたナリード伯爵の目と似てる。
私は、思わず後ずさるけど、フェンデル王子は尚も縋ってくる。
両手を取られて、ぎゅう、と握られ、距離を一気に詰められた。
「お願いだ、アンズ殿、そなたならリサを説得出来るだろう?」
うわお、近い、近い、近い。
顔が近いよ。
確かに申し訳なかったな、とは思ったけど、鬼気迫ってて、怖い。
「あのっ、で」
私が何とか身をよじって逃れようとして、リサちゃんが「何してんすか、離れて!」と助けようとしてくれたその時、また部屋の扉が、ばーん、と開けられた。




