42.それはきっと、こ、
イオさんの来襲の後、図書室には私を心配したローズが顔を出し、ローズの後にはハンク副長官もやって来た。
「今日は美しいアンズ殿の事で、城が騒がしいようだ」
色気のある笑顔でハンク副長官は言う。
「ロイ君から聞いてますよ、ハンク副長官もグルなんですよね?」
「アンズ殿には、本当にお世話になったからね」
ここでウインクが飛んでくる。
さっと避ける私。
「つれないなあ」
「本日はどのようなご用件で?翻訳ですか?」
「用事ではないよ、アンズ殿が心配で様子を見に来たんだ。城には朝からすごい数の抗議の手紙が届いていて、上の方も騒がしい。先走った変な奴がこちらに来ていないか気になってね」
「すごい数の抗議の手紙?」
「私としては、心配で様子を見に来た、に、引っ掛かって欲しかったなあ。
ああ、すごい数だよ。世間は今、聖女フィーバーだからね。都の民達は自分達のヒーロー、従者様が実は聖女だったかもしれないのに、冷遇されていたとなって怒っている、おまけに聖女リサ殿まで、アンズ殿の冷遇を不満に思っていたとあっては尚更だろう」
「そんなあ」
「お陰で朝から、バタバタしている。カサンディオ団長は第一王子殿下に呼び出されているようだ」
「えっ、何ですかそれ、大丈夫ですか?」
私はさっと、血の気が引くのが分かった。
そんな私をハンク副長官は、興味深そうに見つめる。
「ふーん、、、なんと、私は失恋したようだ。大丈夫だ、カサンディオ団長とカイザル第一王子は知らない仲じゃない、お咎めではなくて、相談や聞き取りといった所だろう」
「本当にお咎めではないんですね?」
「私としては、失恋したようだ、に引っ掛かってほしかったな」
お咎めなら私も呼ばれている筈だよ、とハンク副長官は言い、今日は図書室から出ない方がいい、と忠告して戻って行った。
新聞記事の衝撃に加えて、カサンディオ団長が第一王子に呼び出されている、という事まで加わり、私は完全に、心ここに在らずの状態で目録の修正を行う。
「アンズさーん、初っぱなから一段ずれてますよー、アンズさーん、、、、、だめだこりゃ、」というスミスくんの声が聞こえたような、聞こえなかったような、、、、
気が付くと、お昼の鐘が鳴っていて、私は図書室の奥でひっそりお昼を食べた。
そして、昼休み終了後、「アンズ殿!アンズ殿はいるか!?」と、カウンターからまた私を呼ぶ声が。
この朗々とした声、嫌な予感だなあ、と思って受付に出る。
予感的中、受付で息を荒くして立っていたのは、フェンデル第二王子殿下だった。
淑女の礼を執る私に構わずに、フェンデル王子は問答無用で、がしっと私の腕を掴む。
振りほどけない強さでちょっと怖い。もしかして、新聞の記事に、怒ってるのかしら?
掴まれた腕が痛い。
ハンク副長官!
今!
今来て欲しかったよう。
「一緒に来てくれ」
及び腰の私にフェンデル王子はそう言うと、ぐいぐい私を引っ張って、早足で歩き出す。
「あのっ、殿下、どちらへ?」
「リサの所だ、頼む、もの凄く怒ってるんだ」
えっ?リサちゃん?
リサちゃんのとこに今から行くの?
リサちゃんの名前が出てきた事で、怖さは少し和らぎ、私は王子の早足に頑張って付いていく。
おみ足が長いので、なかなか大変なんですけどね。
「というか、アンズ殿、城で働いていたのか!?知らずにアンダーソン家まで行ってしまったぞ」
ここで王子から衝撃の発言。
、、、、、、。
、、、、、、。
城で働いてる事、知らんかったんかーい!
「ああ、ええ、まあ、それは、ご足労を」
引っ張られながら、じと目になる私。
そこはさ、知っとくとこじゃない?私、これでも聖女の従者だよ?そして、どうやらあなたの独断で結婚までしたんだよ?その後の事、知っててもよくない?
そういえば、ロイ君が遠征から帰ってきた時、「フェンデル王子は僕の事覚えてないようでした」って珍しくちょっと怒ってたな。
さては、王子、私に全く興味ないね。
そしてさ、新聞は?読んだ?ねえ、読んだ?
新聞の事はいいの?
「あの、殿下。新聞の事は、、、?」
「そうだ、その新聞でリサが怒ってるんだ!」
「へ?リサちゃんが?」
「そうだ、私がアンズ殿に望まぬ結婚を強いたと怒っている」
「あー」
「あー、ではない。私は評判の良い騎士を妻合わせただろう?信頼出来る文官の意見を聞いたんだぞ。見た所、アンズ殿は城に居た頃より、肌艶も良い、幸せなのだろう?それをリサに伝えてくれ」
ええぇ。
何それ、何だそれ、、、、
肌艶が良いのは、結婚のせいじゃないと思う。
肌艶がいい理由はさ、きっと、あれですよ、ねえ、ほら、私はもう28才の大人の女ですもの、分かってましてよ、自分で言うのは恥ずかしいけどさ、それはきっと、こ、
とか思っている内に、私達は本宮の王族の居住区の奥へと進み、リサちゃんのお部屋にたどり着いた。
フェンデル王子は、ノックして、ばーん、と扉を開ける。
「リサ!」
「何ですか?勝手に入って来ないでください」
迎えたのは、絶対零度のリサちゃんの声。
広くて豪華な部屋の隅っこのソファに、ちょんと座ったリサちゃんが居た。
遠征の疲れなのか、少し痩せたように見える。
「リサ!お願いだから止めてくれ、そんな言葉遣い。ほら、アンズ殿も連れてきたんだ」
フェンデル王子が、ずずいと私を前に出す。
「アンズさんっ」
リサちゃんは弾かれたように立ち上がって、私の側までくると、フェンデル王子の手を振りほどく。フェンデル王子はリサちゃんに払われると、さっと手を離してくれた。
「無理矢理連れて来られたんっすか?大丈夫?痛かったんじゃ」
「無理矢理ではない、頼んで来てもらったんだ、そしてリサ!ほら、アンズ殿は幸せそうだろう?だから、な」
「あなたとは、口を利きたくありません」
私への態度とはうって変わって、冷たく無機質に響くリサちゃんの声。
ひょおお、リサちゃん、あれだね、本当に怒ると口調が丁寧になるタイプなんだね。
「~っす」からのそれをやられると響くわね、堪えるわね。
「っ、リサ、、、、。アンズ殿、結婚生活について、リサに説明してやって欲しいんだ、あの若い騎士は見目も年上の女性受けするものであったし、性格も穏やかで優しかったであろう?人形劇は実話ではないよな?」
フェンデル王子が、私に助けを求めるように聞いてくる。
「、、、ロイ君は、確かに、いい子です。そして、私は今、わりと幸せです」
「なっ、ほら」
「フェンデル王子殿下」
私はにっこりと、フェンデル王子に微笑みかけた。
「誤解のないように、全てお話ししますね」
私はちょっと怒った。
ロイ君が、どんだけ悲愴だったと思ってるんだ、王子よ。そして、フローラちゃんがどんだけ泣いたと思ってるんだ、王子よ。
ぜーんぶ、リサちゃんに、チクってやる!
ふん、ふん、ふーんだ!
チクってやる!
フラれろ、バーカ、バーカ。




