40.新聞記事
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ぶばっ
建国祭から3日後の朝、私は朝食時に広げた新聞の一面を見て、紅茶を吹いた。
もちろん、私が吹いた事には全く動じずにサイファがさっとタオルで紅茶を拭いてくれる。
「ごほっ、ごほっ、ありがとう、サイファ」
え?
私はびっくりしながら、新聞を見る。
ええ?
そして、出来るだけ冷静に紙面を目で追う。
一面の見出しはこうだ。
《聖女様の従者様という国の発表に疑惑!召喚された聖女様は2人だった!?》
これ、私の事だよね?
記事には聖女召喚の儀で、召喚された女性は2人だった事。
国はその内1人を聖女として、もう1人を聖女の従者として発表したが、そもそも、この2人に主従関係はなく、対等な立場であった可能性を指摘し、にも関わらず、私については、目立った能力が認められなかったという理由だけで、従者として扱われ、城での扱いも最低限のもので、冷遇されていた事が書かれている。
言外に明らかに、王家への批判のようなものが、この時点で仄めかされている。
そして記事は、不遇な私のその後の、各方面での多才さについて、華々しく書く。
①城の図書室での案内図の考案
(これにより、図書室の業務は効率的になり、サービスが向上した!)
②あらゆる言語を操る能力による、様々な言語の翻訳
(これにより、今回の北部での希少な鉱石の採掘は、現地の少数民族と友好的な関係を築けた事で、とてもスムーズに進んでいる!)
③ナリード伯爵家へ、病気と食生活や生活環境の関係性を助言し、財団を設立
(この財団は既に、貴族の令嬢達の奇病への治療法を確立し、親指病についても食生活との相関を指摘している、また、貧民街での子供の死亡率の高さについて、食事と生活環境の改善で低く出来る可能性についても言及している!)
ええええ、、、、、
①については、確かに私だけど、②については、頑張ったのは外交部門で、③については、財団を設立したのはナリード伯爵で、え?貧民街?そこまで考えたのは、完全に財団のスタッフ達だと思うよ?
かなり盛ってないか?
ぶるぶる、震える手で記事を読み進む私。
まだ、続くんですよ、これ。
私の功績(?)を称えた後は、王家はこうした私の能力を全く把握していなかった事を指摘し、貴重な能力の流失、もしくは損失の可能性があった、としている。
もう、この辺にくると、しっかり王家に苦言を呈している。
そして、聖女リサ様は、早い段階で私の不遇に気付き、王家に待遇改善を訴えていたのにも関わらず、私の待遇は改善されず、それどころか、まるで厄介払いするかのように、伯爵家の三男との婚姻を結ばせ、城から追い出していた事にも触れている。
ひいっ
ロイ君、名前こそ出てないけど、ロイ君まで出てるよ。
そして、追い出された訳ではなくて、出たい、と希望しての事だよー。
記事は更に、最後に最近、巷で大人気の人形劇についても触れ、これが本当に噂通り実話だとすると、私と結婚させられた伯爵家の三男には内々ではあるが、将来を誓った恋人が既に居て、私の慈悲深く寛大な処置のお陰で、歪ながらも幸福な家庭を築いているようであるが、一歩間違うと、王家の進めた婚姻は悲劇しか生まなかったものであり、そうならなかったのは、私の類まれな慈愛と先進的な考え方のお陰である。
こうなると、もう、聖女様の従者様は、従者ではなく、完全に聖女だ。
そもそも、召喚した際、2人召喚したのだから当初の国の、王家の対応が間違っていたのだ!従者様についても聖女と認めるべきだ!
と記事は締めくくっている。
ばばーん!
うおお、、、
しっかり、王家を批判してるけど大丈夫かしら、私、、、、、。
いや、私は批判してないよ。してないけどさ。真ん中にいるの私だよ、、、。
「おはようございます、アンズさん」
そこに、しっかり身支度を整えたロイ君が爽やかに姿を現した。
「ロイ君っ、これ!」
私が慌てて新聞を差し出すけれど、ロイ君は爽やかな居ずまいのままだ。
「あー、そうですね、今日でしたね」
「えっ、今日でしたねって、どういう事!?」
「すみません、それは、予め計画されて載せられたものです」
爽やかなまま、そんな事をしれっと言いやがる。
「なっ、ええっ」
「アンズさんに相談したら、絶対に反対すると思ったので内緒にしてました」
「そりゃ、反対するわよ。私、聖女じゃないわよ」
「いいえ、アンズさんは聖女です」
言い切るロイ君。
「違うわよおお」
「でも、ほら、こうして記事で書き連ねるほどの功績があります。僕も救われた1人です」
「そうじゃなくて、聖女ってリサちゃんみたいな人の事よ、瘴気を払ってこの国を救うのよ」
「もちろん、リサ様は聖女です。でも、アンズさんだってそうです。そもそも、聖女召喚の儀に応じて、こちらの都合に合わせて来てくれたのだから、最初から聖女なんです」
ロイ君の真っ直ぐな瞳。
「ぐう、、、、ところで、計画って?」
「えーと、今回のこれには、幾つかの家門が関わってます。主だった所は、ナリード家とカサンディオ家、あとハンク家ですね、他にも複数あって、いちおう僕の実家のブランド家も入ってます。どの家門もアンズさんの国での扱われ方に疑問を持っています」
「いや、知らない間に担ぎ上げないでよ。え?カサンディオ団長のお家に、ハンク副長官も?何で?」
「中心はナリード家です」
「そこはね、なんかね、納得しちゃうけどね。え、大丈夫?しっかり王家批判してるよ、この記事。私、捕らえられたりしない?」
「大丈夫です。記事にはアンズさん個人の主張は入ってません。あなたは現状を受け入れて、静かに慎ましやかに能力を発揮しただけなんです。
それに、庶民からの人気も絶頂のアンズさんをどうこうしたりは出来ないはずです。加えて、リサ様もアンズさんの待遇には不満を示していたようなので、リサ様への支持が凄絶な今、アンズさんに王家が何かする事は絶対ないです」
「言い切るねえ、ロイ君」
「はい、考えたのは僕じゃないですけどね」
「はあ、、、、いや、でも、この記事の目的、何?」
「アンズさんが不当に扱われた事への抗議ですね。そして、この記事で庶民と貴族の王家への批判が高まれば、王家としては、あなたにきちんとした地位を用意するしかないと思います」
「ロイ君、私は別に地位は望んでないよ」
「僕は望んでいます。僕と離縁したらアンズさんは離婚歴のある平民になってしまうんですよ。あなたには、この世界に何の後ろ楯もないでしょう。僕達の都合で勝手に呼びつけておいて、そんな不安定な立場にアンズさんを置くのは嫌です」
「むう、それは、ありがたい気持ちだけど」
「さ、もう出勤の時間ですよ。行きましょう、遅れます」
「えっ、わっ、ほんとだ」
私は慌てて、残った紅茶を飲み干す。
そうして、私の濃ゆい1日が始まった。




