4.聖女とおまけ召喚
私が、こっちの世界へいわゆる“召喚”をされたのは3ヶ月前、私の28才の誕生日だった。
その日、私はいつものように1人でつましく誕生日を祝おうと夜中にコンビニでケーキを買って一人暮らしの部屋へと帰る途中だった。
突然、ぱあっと足元が光り、ぐにゃぐにゃした後、気が付くと何やら壮大な神殿の中で、ロールプレイングゲームの中のような衣装を纏った異国風の大勢の人々に囲まれていた。
私は黒髪、黒目の一般的な日本人だ。囲んでいる人々は明らかに西洋風というか、ファンタジー風の人々でまずは大いに混乱した。
一番手前の人に至っては、しっかり剣を抜いた状態で私に向かって構えていて、かなりの恐怖だ。
最初は、よく分からないコスプレの会場に迷いこんだのだと思った。
でも、衣装も神殿も、すごく本格的だ、というか本物だ。
そして、私もとても驚いていたのだが、周りの人々も驚いていた。
「、、、2人?」
「なぜ、2人も召喚されたのだ?」
「聖女は2人なのか?」
「いや、、、こちらの婦人は様子からするに聖女の従者では?」
異国風の人々だけれど、話している事は理解出来た。そして、私が従者と言われている事も分かった。
2人?
ぐるりと首を回すと、私の少し後ろに私と同じように、目を丸くして驚いている女の子が居た。
女子高生だろうか?制服を着ているその子はしっとりしたミルクティー色の髪の毛に榛色の瞳のくっきりした顔立ちの美少女だった。
ハーフ?可愛い。
自分を見てみる。着ているのは黒のタートルネックの薄いセーターにぶかぶかのブルーデニムで、黒髪黒目、顔は癖がないというか、あっさりというか、薄い顔立ちだ。
うん。聖女というものが居るなら、あちらの美少女が絶対聖女だ。
混乱の中、割りと冷静にそこは納得した。
月末の締めの恐怖に追われながらも、淡々とまずは自分の目の前の仕事をこなす感覚に似ている。
「よく来てくれた、聖女よ!」
周りの人々の中から声が響き、金髪碧眼の美形がつかつかと前へ出てくる。
まるで王子だな、と思ったのだが、これが本当に王子だった。
王子はもちろん私を素通りして、後ろの美少女へと向かう。
正しい判断だ。
そして、王子は美少女を連れて行った。美少女は私の前を通りすぎる時、すごく心細そうな顔をしたけど、今の私にはどうする事も出来ない。私も全然この状況が分かってないので、何が正解か分からないのだ。
混乱がひどいまま、私は私で、事務方みたいな人々にお城に連れて来られ、そこで事情を説明された。
ざっくりまとめると、この世界では大体100年に一度、世界に満ちた瘴気を払うために、異世界から聖女を召喚するという。
この度、その聖女召喚の儀式を行ったところ、聖女が何故か2人も召喚されてしまった。
内1人が私、という訳らしい。
説明の合間には、いかにも魔法使い風の人々がやって来て、私の魔力?だの、魔法属性?だのを測っていくのだが、皆、残念そうに首を振る。
いやいや、ないよ?
魔力も魔法もないよ?
28才、独身、恋人なし、家族とは疎遠、少しばかりの友人、特技といえば幼少期から習ってたピアノくらいだよ?
諸々の測定が終わり、事務官の方がとても悲しそうに、あなたは聖女ではないようだ、と告げる。そして、同時に一緒にやって来た美少女は聖女の素質があった事も告げられる。
「まだ、断定はしかねますが、、、、あなたは聖女様の召喚に巻き込まれたのかも、、、、えーと、聖女様の従者の方とか、ご友人という訳では?」
「違います」
「そうですか、、、、」
「なので、元の世界に戻してください」
私は至極当然の要求をした。
聖女でないなら、帰して欲しい。私はここにいる必要はない。
でも、また、非常に悲しそうに、それは出来ないと言われた。不可能なのだと。
「、、、、うそ」
そう、よりによって28才の誕生日に、私はこの剣と魔法に、聖女に魔法使いに騎士に王子様の世界から帰れなくなったのだ。
私は荒れた。
あてがわれたお城の客間の一室で、ヒステリックに泣き喚き、世話をしてくれる侍女達に当たり散らし、さめざめと泣いたかと思うと、廃人のようにぼーっとしたりもして、カーテンも引きちぎったし、花瓶も割った。そう、とにかく荒れた。
環境も良くなかったと思う。聖女ではないらしい私に、侍女達はどこか仕方なく仕えていたし、私が不安定だったせいもあるが、部屋には外から鍵が掛けられ、行動はかなり制限された。
異世界で、よく分からない人達に囲まれて、お城の客間とはいえ閉じ込められたらこうなると思う。
後から知ったのだけど、聖女だった美少女ちゃんにはしっかりと王子やら魔法使いやらのサポートが付き、丁寧にこの世界の事や召喚された経緯、喚びだされてくれた謝意なんかが伝えられて、ドレスやローブを誂えてもらい、早速、浄化魔法とやらの訓練を開始する傍ら、ちゃんと息抜きに王子が色んな所へも連れていってくれて、、、、と至れり尽くせりだったらしく、美少女ちゃんは心細くも、安定した日々を送っていたようだ。
でも、私にはなかった。私は1人ぼっちでさめざめと泣いていた。
そんな私にずっと付いててくれたのが、ローズだった。
荒れる私にいよいよ愛想を尽かして、私の部屋に寄り付かなくなる侍女が増える中、ローズだけは、花瓶を投げつけられようが、紅茶をかけられようが、パンを床に落とされようが、枕を投げつけられようが、何時間も泣かれようがずっと無言で付いていてくれた。
そうして、ローズが言ってくれたのだ。
「アンズ様、こちらの都合で勝手にすみません、でも、来てくれてありがとう」
と、
私はこのローズの言葉に救われた。
そうだ、一言、一言謝ってほしかった、そして聖女ではない私のこちらでの存在意義を認めて欲しかった。
私はローズにしがみついて泣いた。
しがみついて泣く私にぽつぽつとローズは自分の身の上を話してくれた。
彼女の故郷の町は、瘴気が濃くなった影響で増えた魔物によって9年前に壊滅的な被害に遭ったのだという。
家族を失い、住むところも失ったローズは身ひとつで、都の遠い親戚の貴族の家に引き取られ、その口利きで城の侍女となった。
「状況は全然違いますが、アンズ様の心細さや戸惑いは少し分かります。
そして、聖女召喚はこの国の悲願でした。瘴気の濃くなってきた10年前から試みられていたんですけど、失敗続きで魔物ばかり召喚されていて、今回やっと成功したんです。本当に嬉しかったです。これでもう私のように辛い思いをする人達がいなくなります。
アンズ様は聖女様ではないとの事ですが、それでも、こちらに来ていただいた事にはきっと何らかの意味があるはずです、それにたとえ意味はなくとも、私は誠心誠意お仕えします」
私は泣き疲れて眠ってしまうまで泣き、こちらの世界に来てから初めてぐっすり眠った。
私はローズと仲良くなった。
お詫びとお礼の言葉は嬉しかったし、ローズは27才でほぼ同い年だった。
ローズと仲良くなってからは私は暴れなくなり、大人しくしてると場所の制限はあったがローズと一緒に部屋から出歩けるようになった。
私は主に城の図書室に入り浸るようになる。
帰れないなら、この世界と、この国の事を知らねばなるまい。ローズにいろいろ聞きながら、図書室ではとにかく実になりそうなものを読み漁った。
国の歴史を読み、郷土本を読み、貴族年鑑を読み、過去の新聞を読み、法律書を読み、マナーブックを読み、料理本まで読んだ。
私の予定なんて、食事くらいしかなかったので、とにかく図書室で何かを読んでいた。2週間、そういう暮らしをして腰を痛めたので、そこからはローズとの裏庭の散歩もスケジュールに組み込んで、本を読んだ。
猛然と知識を付けながら、私は相変わらず自由が利かないお城の客間にうんざりし始める。
私は聖女でも何でもない一般人なので、立ち入ってはいけない場所が多すぎるのだ。
侍女とか文官になってしまえば、結構自由が利きそうなので、ローズを通じて打診してみたのだが、却下されてしまう。
「アンであれば、絶対にすぐにお仕事もこなせるのに、、、」とローズが私より悔しそうで、私は残念だったけどあまり腹は立たなかった。
そして、召喚されて2ヶ月が過ぎたある日、私は聖女の美少女ちゃんからお茶に呼ばれた。
どうやら私としゃべりたい、という美少女ちゃんたっての希望との事。
私は自分の事で手一杯で、美少女ちゃんの事なんてすっかり忘れていた。
明らかに私の方が年上なのに、お恥ずかしい限りだ。
美少女ちゃんは大丈夫だったろうか?元気にしているだろうか?
などど少し心配しつつも向かったお茶会だったのだが、再会した美少女ちゃん、いや聖女リサちゃんは、絶対にオーダーメイドの華やかなドレスに身を包み、輝く髪の毛と笑顔で私を迎えてくれて、あ、全然、大丈夫じゃん、と会ってすぐに確信した。
そのお茶会で、私は自分とリサちゃんの扱われ方の格差を知る事になる。リサちゃんは私が心配なんてする必要がないほどにきちんと扱われていたのだ、さすが聖女。心配して損した。
そして、リサちゃんは、その美少女っぷりから私が勝手に想像していたのとは大分違っていた。
何というか、彼女は下町体育会系だったのだ、いい意味で。
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