38.建国祭の夜に
私とロイ君にフローラちゃん、カサンディオ団長に、最後は無理矢理サイファもテーブルの端に座らせて、私達は5人で楽しく、建国記念日の夕食を囲んだ。
私達はお祭りで食べた物や、見た物について話し、ロイ君とカサンディオ団長は、その裏であったトラブルなんかを話した。ロイ君とフローラちゃんの馴れ初めを冷やかし、サイファの黒い笑顔を真似して、カサンディオ団長の領地の話を聞いて、私のナリード伯爵家の厨房での武勇伝を語る。
そのようにして夜は更け、
「アンズさんはあ、初夜にロイが迫ってきて、本当に何にも感じなかったんれふか?」
晩餐の終盤、据わった目でこのように絡んできたのはフローラちゃんだ。
「フロー?」
ロイ君が、びっくりしながら、そっとフローラちゃんの肩をさするけど、その手は、ばしっと払いのけられる。
「らって、カッコいいれしょう?騎士だから鍛えてるし、お風呂上がりの色気ありの状態れしょお」
うわお、酔っぱらうと絡む質なんだね、フローラちゃん。
昨日まで、すごい忙しくて疲れの溜まった体にお酒だもんね、酔っぱらうよねえ。
「アンズさん、すみません、フロー、」
「ロイは黙っててよ!」
「大丈夫よ、ロイ君。そして、フローラちゃんも、大丈夫よ。考えてみて、私28才でロイ君18才。ね、フローラちゃん、17才のあなたが7才に何かするかっていう話なのよ?」
「7才と18才は違いまふう、アンズさんらって、28才になんか見えないもん」
ううむ、酔っぱらってるけど、ちゃんと考えれるんだな。
「私、年下とお付き合いした事ないしさ」
「そうなんれふか?ていうか、アンズさんの恋の話、してくれた事ないれふよね?」
「いやあ、私の話はいいわよ」
「どうしてでふか、それれ、年上とお付き合いしてたんでふか?」
「フローラちゃん、呂律が怪しいよ」
「まらまら、だいじょぶでふう」
「いやいや、もうダメそうだよ」
「らいじょうぶだもん~」
机に突っ伏しそうになるのを、必死に堪えるフローラちゃん。
「!」
閃く私。
「さて、フローラちゃんも酔っぱらっちゃったし、そろそろお開きね。カサンディオ団長、送ります!」
「は?送るってどういう」
「門まで!送りますね!さあ、さあ」
私はきびきびと立ち上がると、カサンディオ団長の腕を掴んでぐいぐい引っ張って、強引にダイニングから連れ出す。
連れ出されながらカサンディオ団長が、ロイ君に「3日後になった」と何やら任務の何かを伝言する。こんな時まで仕事の話ですね。
「ロイ君はフローラちゃんお願いね!」
私のその言葉に、サイファがすうっと気配を消してキッチンへと消える。ナイス、サイファ。
「さ、カサンディオ団長も早く」
私はカサンディオ団長をそのまま引っ張って、玄関から外へと出た。
お酒で火照った頬に、夜気が涼しい。
「どういうつもりだ?」
「しーっ」
ちょっと怒ってる団長を黙らせると、私はそーっと庭を回り込んでダイニングの窓の下に身を屈め、気付かれないように中を窺った。
「おい」
「カサンディオ団長も、早く」
そうして、カサンディオ団長も、“覗き”に誘ったのは、お酒が入っていたせいだろう。
カサンディオ団長は素直に私と同じ体勢になる。
こういう所、可愛いですね。
「それで、これは何だ」
「あの2人、まだ、ただのキスしかしてないんですよ」
「は?」
「恋人達が、1つ屋根の下で暮らしてるのにどうかと思いません?今ならフローラちゃんが大分、たちが悪いから、上手くいけば、フローラちゃんが押し倒すんじゃないかなって、そうなったら私は裏口から、こっそり帰りますね」
こそこそ、と小声でやり取りしながら、ダイニングを覗く。
ロイ君が、「フロー、大丈夫?水飲む?」とか聞いてそうだ。フローラちゃんは、「もっと、飲めるもーん」くらいだろうか。
「押し倒すって、、あんたなあ、未婚の乙女がそんな事」
カサンディオ団長の呆れた声。
「未婚でもありませんし、乙女でもありませんよう」
こんな事を返してしまったのも、お酒が入っていたからだろう。
「、、、アンダーソンとは白い結婚だろう?」
カサンディオ団長の声には、何とも言えない、危うい響きがあったのだけど、ダイニングのロイ君とフローラちゃんに集中していた私は、それに気付かなかった。
「もちろん、そうですけど、前の世界ではいちおう恋人が居た事もありますし、一通りはですね、、、あっ、フローラちゃんが完全に寝ましたね。これは、もう寝室に運んであげてお終いですね、ロイ君が寝込みを襲う訳ないし」
ロイ君が、フローラちゃんを抱き上げてダイニングを出ていく。
私は、ちぇっと思いながら立ち上がった。
「?カサンディオ団長?」
膝をついたままのカサンディオ団長に呼び掛ける。
「もう身を隠さなくていいですよ、どうしました?お腹痛いとかですか?」
全然反応しないカサンディオ団長が心配になって、私はその横にしゃがんだ。
しゃがんだ途端、肩をぐいっと引き寄せられると、口付けられた。
「んむっ」
カサンディオ団長はすぐに、右手を私の後頭部に、左手を腰へと回す。
私は抱え込まれるようになる。
ええっ、キス?
慌てる私。
しかも、ちゃんとした大人のキスだ。
唇を食んで、開いた隙間から舌が入ってくる。
「はふ、、、、ふあっ」
どうしよう、久しぶり過ぎて、息が上手く出来ない。熱い吐息が漏れてしまう。
落ち着かないと、落ち着いて、、えーと、落ち着い、、、、、、無理。
口の中を甘く蹂躙されて、力が抜ける。
おまけに、私はこのキスが嫌ではないのだ。
引き寄せられた時に、反射的に前に出した手からも力が抜けて、私はカサンディオ団長の甘いキスを受け入れた。
「ふっ、、はあ」
一旦、唇が離れて、息を吐く。
カサンディオ団長は、見た事のない熱っぽい瞳で私を見ていて、その目にぞくりとなった。
私は一体、今どんな顔をしているのだろう、目は潤んでいる気がする。
どちらからというでもなく、私達はまた唇を合わせた。
私はカサンディオ団長の首に手を回して、さっきのお返しをする。
二度、三度と深い口付けを交わして、私達は離れた。
さっきより、夜気が冷たく感じる。
「キス、上手ですね」
ぺたり、と地面にお尻を着いて、カサンディオ団長を見上げながらぼんやりと私は言う。
カサンディオ団長も、ぼんやりと私を見つめた後、はっとなって片手で顔を覆った。
そして、しばらく逡巡される。
「すまない、今のは、忘れてくれ」
「分かりました」
「返事が早すぎないか」
「カサンディオ団長は侯爵家嫡男で、私は人妻です。忘れましょう」
きりり、とそう答えると、またぐいっと引き寄せられて、今度は荒々しくキスされた。
「ふむっ、」
荒々しいキスの後、カサンディオ団長は立ち上がり、「やっぱり忘れなくていい、また来る」と言うと、すたすた帰って行った。
また来るって、どういう事ですか、そして、忘れるしかないんですよ、、、。
私はぺたりとお尻を着いたまま、そう思った。




