37.建国祭
パーン、パーン、とお祝いの爆竹の音が遠くから聞こえる。
「もう始まってるの?早いのね」
「本日は、夕方までこんな感じですよ」
遅めの朝ごはんを食べながら驚く私に、サイファが言う。
ロイ君が遠征から帰ってきて、2ヶ月と少し経った本日は、年に一度のこの国の建国記念日で建国祭だ。
国をあげてのお祭りで、1週間程前から都全体はお祭りに向けてそわそわしていたし、昨日は前夜祭みたいな感じで、既に大通りには屋台が出ていた。
家々の、窓や玄関には、建国のシンボルである白い薔薇を中心に様々な花の花飾りが掲げられ、人出を当て込む飲食店以外の店は全て休みになっていて、お休みのお店のショーウィンドウも昨日より花飾りで埋まっている。
「おはようございますぅ」
さっきの爆竹で起きたのか、フローラちゃんがよろよろと起きてきた。
建国祭に向けて、もちろん大量の品物が動くので、昨日までフローラちゃんの実家のライズ商会は地獄のように忙しく、フローラちゃんも馬車馬のように働いていたのだ。
「おはよう、フローラちゃん、今日はお休みなのよね」
「やっと休みですよー、建国祭に働くなんて、飲食店と騎士だけですよ」
ぶつぶつ言いながら、テーブルに座ったフローラちゃんにサイファがさっと紅茶を出す。
「ありがとう、サイファ。ロイはもう出掛けてますよね?」
「うん、いつもより早くに出てったみたい」
そう、国民の祝日、誰もが休む建国祭だけれども、騎士は例外だ。これだけ大きなお祭りに、パレードに、王族の挨拶なんかもあったりして、朝から晩まで総出で働くらしい。
しかも、今日の建国祭の目玉のパレードは、聖女リサちゃんの凱旋でもある。
南東部の瘴気を全て払い終わった聖女の一行は、この建国祭に合わせて、本日の昼過ぎに都へと戻ってくるのだ。
聖女リサちゃんの一行が通る予定のメインストリートでは、リサちゃんの姿を少しでも近くで見るために5日前から場所取りしてる人も居るらしい。
「早くも、場所取りでトラブルが起きてます」と、ロイ君が、困ったように言っていた。
そんな日だ、騎士の皆さんが休める訳がない。
「アンズさん、朝ごはん食べて落ち着いたら、王都中心の広場でも行ってみましょう」
「いいの?フローラちゃん、疲れてるんじゃ」
「平気です。せっかくですし、パレードも見ます?聖女様は遠目でしか見れないと思うけど」
「やったー、見る見る」
喜ぶ私に、サイファがニヤリとしながら私に小さな包みを差し出す。
相変わらず、「親分、例のブツですぜ、お納めください」みたいな、悪巧みしか感じられない笑顔だけれども、この包みは、例のブツではなく、怪しいものでもない。
「色眼鏡です。かけてお出掛けくださいね」
そう、薄黄色いレンズが入った色眼鏡。
最近、人形劇効果による私の人気(自分で言うと恥ずいな)がすごくて、人通りの多い所なんかで黒目がバレると、めっちゃ見られるので、大通りに出掛ける時なんかは念のために色眼鏡をかけている。
「はーい、かけますよ。サイファも一緒に行こうね」
「はい、お伴します」
朝食を終えて、ゆっくり身支度をして女3人でお祭りへと繰り出す。
道行く人々が、「建国祭、おめでとう」と口々に声をかけてくる。もちろん、私達も「おめでとう」と返す。これ、建国祭の挨拶ね。
都の中心街は、パレード以外の馬車や馬は通行止めになっていて、通りには所狭しと屋台が並んでいた。
「いいな、と思ったらその時に買っとかないと、二度と見つけられないんで、気を付けてくださいね」
フローラちゃんがそうアドバイスしてくれる。
ううむ、確かに、これだけの店があれば、訳が分からなくなるだろうな。
中心の広場へ向かう内に、人はどんどん増えてきて、通りをゆっくり進み、やっと広場に着くともうお昼だ。
広場では、ドォーンと、時々大きめの花火も上がり、いかにも祭りの中心という雰囲気。
もちろん、広場には芝居小屋も出ていて、そこには何やら以前より、大分凛々しく、黒髪黒目の女性の顔がアップで看板に描かれている。
きゃー、あれは、私なんでしょうね。
あんなに、きりっとしてないんだけどな
1人そわそわする私。眼鏡を、すちゃっとかけ直す。
「大丈夫ですよ、アンズさん。これだけ人が多いと逆に気付かれないと思います」
「とは思うんだけどね。帽子でも買おうかなあ」
なんて言いながら、屋台でケバブサンド、みたいな物を買ってお昼にする。
お昼を食べた後は、やはり屋台でアップルパイを買って、食べながら本日のメイン、リサちゃんの凱旋パレードを見に、メインストリートへと向かった。
向かった。
向かったんだけど、
結論、リサちゃんは本当に遠目に小さーくしか見えなかった。
南東部の瘴気が全て払われ、現地では魔物の数が減り、見捨てられていた町への復帰計画も動き出しているという、それもこれも全てリサちゃんの聖女の力のお陰だ。
ここ10年程は、どんどん濃くなる瘴気に怯えるしかなかったこの国の人々にとって、リサちゃんはもはや神。その人気は凄まじく、とにかく一目でもリサちゃんを見ようと、想像を絶する人だかりで、リサちゃんは全然見えなかった。
しょうがないねえ、と3人で言い合いながらも、私達は建国祭を堪能して、夕方早めに家に戻った。
そして、勤務を終えて、帰ってくるロイ君の為に遅めの夕飯に向けての準備に取りかかる。
こちらの建国記念日は、昼間はお祭り、夜は家族や親しい友人とゆっくりご馳走を食べるものらしい。
サイファの監督の下、私とフローラちゃんはせっせとご馳走に取り掛かる。
雰囲気としては、クリスマスに近い。鶏肉が焼かれ、牛肉が焼かれ、複雑なソースが作られ、芋と鰊のパイが焼かれ、サラダを盛り付け、トマトを切って、チーズを切って、バゲットを切って、レモンケーキのようなものが焼かれる。
もちろん、各種お酒とおつまみも用意される。
ちょっと、白ワインでも、早めに一杯いただいておこうかしら、なんて、とくとく、とグラスに注いでちびちびしてると、フローラちゃんが、思い出したように言った。
「アンズさん、今日の夕飯、カサンディオ団長も来られますよ」
ごほっっ
「かっ、ふぇっ?」
不意打ちで、むせて変な声出てしまった。
「ご家族は領地にいらっしゃるから、お一人で過ごす予定だと伺ったので、差し出がましいけれど、ナリード家の件ではお世話になったし、ご一緒にどうですか?とお誘いしてみました」
にっこり微笑むフローラちゃん。
むむむ、この感じ、わざと不意打ちしたな。
「あら、ふーん、そうなのね」
私は、口元を拭って、優雅に微笑んだ。
***
「ただいま戻りました」
という訳で、夜、我が家のワンコが、ワイルド系イケメンを連れて帰ってきた。
ロイ君に続いて入って来たカサンディオ団長に少し緊張してしまう私。
ローズに、カサンディオ団長は私を、、、その、ねえ、あれだという事を認めて以来、緊張するんだ。
ぼんやりとそうなのでは?これって、あれではないかしら?と私の中でしっかり結論付けてなかった事を、明確にしてしまったからかしらね。
しかも、カサンディオ団長がどこまで本気なのかは分からないし、別に言葉で何か言われた訳じゃないし、完全に推測の範囲だし、私のトンデモない勘違いという可能性もあって、そして、勘違いだったらどうしよう、恥ずかしいし、辛いな、うん?辛いって何だ、どうして辛いんだ?という、いろいろな想いが押し寄せて挙動不審にもなる。
最近はお城でお昼に会う時も、一言目を話すまでは緊張してキョドっている。
「建国祭、おめでとう」
カサンディオ団長は、私を見て少し微笑みながらいつもの様子だ。
最近のカサンディオ団長は、会うと微笑んでくれるようになっていて、そういう所にも変に期待してしまう、うん?期待って何だ?何の期待だ?
ドギマギしながらも、その微笑みに緊張がほどける。
「おめでとう」と私も返して、皆で食卓を囲んだ。




