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36.お昼休み、二連


「いただきます」

私は1人、そう言うと、お弁当を開けてお昼にする。

お城のお昼休みだ。

本日、私は1人での昼休み。お昼はしっかり閉めてしまう図書室とは違って、侍女のお昼休みは変則的なので、ローズと時間が合わない日はこのようにお一人様です。


当初こそ、ローズと2人で食堂で食べていたお昼だけど、ちょっと濃いめの食堂の味付けに私が参ってしまってからは、お弁当にシフトしている。

ローズもお昼持参にしてくれて、そうしてからは食堂ではなくて、もっぱら図書室近くの裏庭の東屋でお昼を過ごしている。


この辺りは、人通りも少ないし、居たとしてもほとんどが1人でのんびりお昼を食べたい人なので、ローズと、うふうふ過ごすのには、もってこいなのだ。

まあ今日は、ローズもいないし、私ものんびり食べる。



「昼飯か?」

もぐもぐしていると、低い素敵なお声がかかった。ええ、知ってる声ですよ。


ふわり、と向かいのベンチにカサンディオ団長が座られる。

優雅に座られますね。さすが侯爵家嫡男騎士団長見た目良し。


「こんにちは、カサンディオ団長。よくこちらで会いますね」

そう、カサンディオ団長もこの裏庭はお気に入りらしく、よく会う。

遠征に行く前も、たまに会ったし、遠征から戻られてのこの1ヶ月ほどは、1人の時は必ずと言ってもよいほど会う。


遠征終わりの後、つまり私が無事にナリード伯爵家から帰ってから3日後に会った時は、来るなり「第三王子の研究室の助手をしてるとは、どういう事だ?」とけっこうな迫力で迫られてびっくりしたけど、機嫌が悪かったのはこの時くらいで、それ以降は、何となく少し距離を空けて座り、ぽつぽつ仕事の事とか家の事なんかをしゃべって、何となく共に過ごす。


好みのイケメンと過ごす、まったりしたお昼。

私は、この時間がけっこう好きだ。


カサンディオ団長は、特に何もしゃべらない時間も気詰まりではなくて、偉そうだけどわりと優しくて、時々ふっと笑う笑顔は私をきゅんとさせる。


私は、この“きゅん”を助長してはならないな、と自重する。(お、韻を踏めたわ)

相手は侯爵家嫡男ですからね。



「前から思ってたんですけど、カサンディオ団長はお昼食べないんですか?」

ここで一緒になる時、カサンディオ団長が何かを食べている所を見た事がない。


「そうだな、食べない事が多いな」

「何かは食べた方がいいですよ、あ、インのおにぎり、食べてみます?今朝は私が握りました」

私の提案にカサンディオ団長が、びしりと固まる。

固まって、じっくり考えた後、


「、、、、いや、いい」

と断られてしまった。


「遠征中、インは騎士の皆さんにも好評だったとロイ君が言ってましたよ、美味しいですよ」

「聖女のリサ殿も、泣いて喜んで食べていたらしいしな」

「そうらしいですね!」

ええ!

それ、聞いてますよ!

ロイ君が誇らしげに「飯ごうごと、差し上げました」と言ってたもん。

飯ごうも渡っているなら、今頃、遠征先で炊いてるよね。ああ~、早く、感動を分かち合いたいなあ。


「俺も前から気になっていたんだが、」

「何でしょう?」

「その、細長い器具は何だ?」

カサンディオ団長が、私の持っているお箸を指差す。


「これは、お箸、という物です。前の世界でよく使ってたカトラリーです。お弁当くらいはこれで食べたいなあ、と」

「難しそうなのに器用に使うな」

「慣れれば難しくはないですよ。因みにこれは、ロイ君にお願いして作ってもらった物です」

私は誇らしげに、お箸を掲げる。


これは、私が庭で、適当な枝でも洗って、お箸として使ってみるか、とガサゴソしていたらロイ君に見つかって、「何してるんですか?うん?おはし?えっ、食器の一種?枝が?それで食事するんですよね?ふうーん、なら、作りますよ。生の枝なんて、しなるし絶対使いにくいですよ」と、ぱぱっと作ってくれた物だ。


「ほう」

あら、何かしら、カサンディオ団長がちょっと不機嫌なような。


「、、、、こういうのも、仲を疑われますかね?」

おそるおそる聞くと、ふっと気が抜けたように笑われた。

「疑うも何も、アンダーソンは夫だろう」

「あ、そうでしたね、最近はすっかり忘れちゃうんですよね」

「そのようだな」

お、柔らかい笑顔に戻ったカサンディオ団長。

そして、自重したのに、きゅんする私。


その後は、お箸の使い方について、ざっくりと教えてあげて、カサンディオ団長は、そこら辺の枝を拾って真似してくれる。

くそ、何だこれ、可愛いな、反則だと思う。


昼休みが終わりに近付き、カサンディオ団長は「じゃあな」と、きゅん、の自重に苦しむ私を置いてスタスタ去って行った。


去って行くカサンディオ団長を見送りながら、本当によくここで会うなあ、と思う私。


本当に、よく会う。

お気に入りの場所なのね、、、、、。


あら?でも、ローズと一緒の時に会った事、ないわね、と気付く私。


えーと、、、、、、

私が1人の時しか会った事、ないわね。

ローズと3人でおしゃべりした事なんか、ないわよね。


あら?

えーと、あら?



あら?





***


「ローズ、あなた、カサンディオ団長に行動を監視されてるんじゃないかしら?」


翌日のお昼休み、私はローズにそう詰め寄ってみた。

ローズは、私の問いに優雅に居ずまいを正す。


「なぜそう思うのですか?アン」

「カサンディオ団長と、お昼にここでよく一緒になるんだけど、いつも私1人の時なのよ、つまり、カサンディオ団長はローズの昼休みを把握している可能性があるわ」


「ふむ、そうですか」

「監視されてるかもしれないのに、落ち着いてるわね」

「ええ、カサンディオ団長は私のスケジュールを把握出来る立場に居ますから」

「そうなの?」


「はい、1ヶ月程前から私は騎士団付きの侍女になっています、なのでカサンディオ団長は私のお昼休みは簡単に把握出来ます」


「そうだったの!?騎士団付きって人気なんでしょう、良かったわね、ローズ」

“騎士団付き”は、“王族付き”に次いでの侍女の出世コースだ、しかも騎士との出会いも高確率であるので、そのポストの競争率は高い。


「カサンディオ団長が手を回されたようですよ」

「えっ!」


ちょっと待って、それって、、


カサンディオ団長が手を回して、ローズを自分の側に置き、スケジュールを把握してるって事は、、、


「あの、ローズ、あなた、カサンディオ団長の愛人とかなの?」

「そういう噂は出ています。でも、なった覚えはありませんね」


「なら、ローズ、あなた、カサンディオ団長に狙われ」

「アン?」

ローズがいつもより、ぴりりとした声で私の言葉を遮った。そしてローズは、にっこりと、とても怖い笑みを浮かべた。


その笑顔は、


鈍いふりしてんじゃねえよ?


と言っている。

ひいっ


もちろん、これは私の脳内でローズの微笑みを変換しただけで、本物のローズはもっとお上品だ。

「まさか、アン、気付いてない訳じゃないですよね?狙われてるのはあなたですよ?」


「ええっと、いや、でもさ」

侯爵家嫡男騎士団長見た目良し、声も良し、だよ?


そんな私に、ローズは、こほん、と咳払いをした後、一気に畳み掛けてきた。


「アン、異世界から召喚した責任感だけで、わざわざ、アンの家での不遇を心配して、部下の家にまで乗り込むでしょうか?そして仕事を探して来ますか?まあでも、ここまでは、責任感としましょう。

ここからですね、責任感だけで初日に迎えに来ますか?その後、ちょこちょこ図書室に様子を見に行きますか?

滅多に見せない笑顔を見せていた、とも聞いています。

そして、遠征から帰ってきたその足で、あなたが臥せっていたらしいナリード伯爵家まで行ったんですよね。

おまけに、今、知りましたが、どうやら、私のお昼を把握してお昼休みにあなたに会いに行っているんですね?

カサンディオ団長は、モテますし、女性との噂がない方ではありませんが、花から花へ渡り歩くような方ではないです。どちらかというと、普段は女性と一線を引いてます。そんな方がこれだけ、かまわれてるんです」


「、、、、はい」

実は、涙も拭われて、優しく頬も撫でられてるんですよ。


「詳しいのね、ローズ」

「私をカサンディオ団長の愛人だと思う、一部の心優しい同僚が、いちいち教えてくれます」

「それって、、、」

「平民上がりの私が、煩わしいのでしょう」

「大丈夫?」

「私は、愛人ではありませんので平気です。むしろ、あなたへのカサンディオ団長の様子が分かってありがたいです。さて、アン?」

ローズが、逃がしませんよ、というように私を見る。


いや、まあ、確かに、そうかなあ、と思ったりはしたよ。あんな風に良くしてくれて、あんな風に優しく触れられたら、そら、、、、気付くよ。でもさ、


「でも、ローズ、そうだとして、そこから何も生まれないのよ」

私は人妻で、カサンディオ団長は侯爵家嫡男なんだよ。


「いいえ、アン。あの方は地位も力もあります。もし、アンが無事にアンダーソン様と離縁出来たら、アンを自分のものにくらいは出来ます。

私が聞きたいのは、あなたはそれでいいのか、という事です。おそらく正式な結婚は無理でしょう。もし、それが良くないなら、今の内にあなたの気持ちをきちんと伝えておくべきです。良識ある方なので、無理強いはしないでしょう、どっちつかずの曖昧な態度は期待させてしまいます」


「分かっております」

「その気がないなら、気を付けてください。あの方は外堀から埋めるタイプだと思います」

「そこまで本気かなあ、ほら、ちょっと毛色が違うから気になる、みたいな?」

「アン?」

「ええ、はい。そうですね、気は付けます」


そこで、ローズの雰囲気が少し柔らかくなる。

「私は、あなたも、まんざらではないのでは、とは思っています。でも、よく考えるのがいいと思います」

「はい」

「やはり、まんざらでもないんですね」

「やっ、今のは、」

慌てる私に微笑むローズ。


「アンが、カサンディオ団長の意図を分かっていて、ほっとしました。ついでにあともう1つ、気掛かりがあるんですが」

「何かしら?お手柔らかにお願いしたいわ」

「先日、ナリード伯爵家が財団を設立しましたね、病気に対して、食事や生活環境からアプローチするという新しい考え方の財団、既に貴族の令嬢達の奇病の治療法を確立したという噂の財団です」


「あー、そうらしいわね」

おっと、嫌な予感だわ。私、ローズにはナリード伯爵に拉致されてソフト監禁されたのに、訴えなかった事は話してないのよ。あくまでも、お茶にお招ばれして、そこで寝込んだ体になっているのよ。


「財団のシンボルマークを、杏の花にするようですね。また設立のきっかけは聖女様の従者様からの助言があった、と」

「ねー」

新聞に載ってましたわね、それ。


「そもそも、アンがナリード家にお茶に招待された、なんて変だと思っていたんですけど、本当に高熱を出してナリード家で臥せっていたんですか?何かあったんじゃないですか?」


「ぐう」

「何か、ありましたね?」


そうして、私はローズにこってり絞られた。





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