34.うなぎ登りの人気
***
「すみません、突然のお休みをもらいまして」
無事にナリード伯爵家より帰還した翌日、私は図書室へ出勤して、ぺこり、とヘラルドさんに頭を下げた。
伯爵はきちんと職場に連絡してくれていて(当時は怖かったけど、ありがとう、伯爵)、私は高熱で1週間臥せっていた事になっていた。
「いえいえ、気にしないでください。もうお体は大丈夫なんですか?」
「はい!何なら前より元気です」
ピアノも弾けましたしね!
「良かった、何よりですねえ。でも無理はしないでくださいね」
「はい!」
そして、私は今日は真っ当な司書の仕事、本の汚れを取る作業のお手伝いをしている。
私の作業は、本の汚れチェックだ。点検するべき本のページを1枚1枚捲り、染みや汚れを確認したら、そのページに厚紙で作られた物差しみたいな印を挟んでいく。
そして、ここからが魔法の世界。
私のチェックの終わった本の印の部分は、スミスくんの魔法によって、綺麗にされる。
スミスくんが、染みの部分に手を当てて、何やら集中すると、まるで魔法のように(魔法なんですけどね)、染みがじわあっと浮き上がって空中を舞う。
浮き上がった染みは、ちり紙でさっと回収。
本の染みのあった部分は綺麗になっている。
「おお!」
染みが浮き上がる所を見る度に、未だに感心してしまう私。
スミスくんによると、これは水魔法を応用したものらしく、元が水分だった染みや汚れはこれで取り除ける、との事。そして、スミスくんはこれが上手。
あんまり上手くない人がやると、染みが残ったり。字の部分を取ってしまったりしちゃうんだとか。
魔法、便利、すごーい、だ。
「いやあ、スミスくん。いつ見てもすごいわね」
「へへへ、ありがとうございます」
照れるスミスくん、ふふふ、愛い奴。
そんな、単純作業をしながら、私はスミスくんにナリード伯爵に拉致された時より気になっていた事を聞いてみた。
「ねえ、スミスくん、最近さ、ほら、庶民向けの芝居小屋での人気の演目とか、知ってる?」
スミスくんは、男爵家の次男だけれども、爵位だけの貧乏貴族で、お家もアンダーソン家のように、平民が多く住む地区にあるらしく、感覚は平民に近い。
そんなスミスくんなら、主に平民向けの操り人形の芝居小屋の事も知ってるかなあ、と聞いてみたのだ。
スミスくんの反応は予想外だった。
「知ってますよ!“引き裂かれた恋人達は従者様によって愛を取り戻す”ですよね!
僕も前からすごーく聞きたかったんです!あの従者様ってアンズさんですよね?あれってやっぱり実話なんですか?」
「えっ、ええっ」
食いぎみにスミスくんが、返す刀で聞いてきたので、私は面食らう。
「実話っていう触れ込みだけど、本当かなあ、って、もうずーっと気になってたんです!
でも、ほら、ちょっと突っ込んだ内容だし、、、、その、ご主人もお城の方らしいし、僕からは聞きにくいなあ、って」
「あー」
「あの演目、すごい人気なんですよ。アンズさんは聖女様の従者様として元々、庶民には人気だったんですよ。その従者様が自分の立場を顧みずに、若い未来のある若者カップルを救う、素敵ですよねえ」
「へー」
「しかも、そもそも結婚は、王家が勝手に決めたものでしょう?それに対して、少し変則的だけど、しっかり自分なりに誰も傷付けずに抵抗して、幸せになってる所も、しなやかな強さがあっていいですよね」
「ほー」
私はとにかく、めっちゃしゃべるスミスくんに圧倒されて、間抜けに相づちだけ打つ。
「だから今、聖女様の従者様であるアンズさんの平民人気はうなぎ登りです。そういうのに敏感な貴族もアンズさんに注目してますよ」
「あー」
ナリード伯爵は、そういうのに敏感だったろうな、商売手広いもんね。
それで“巷では、従者様は慈悲深いと有名”って言ってたんだ。
そして、人気がうなぎ登り、、、、、。
大丈夫か、私。
そういう人気出るタイプじゃないんだけど。
そういえば、最近、黒い目をじいーっと見られる事多かったような。うなぎ登りのせいかあ。
あ、ロイ君が、帰って来るなり、フローラちゃんにごそごそ言われて、「護衛代わりの庭師でも置きましょう」とか言ってたけど、そしてそれはナリード家の件があったからだと思ってたけど、このうなぎ登りの事も含めてだったのかもしれない。
「1つ前に流行った演目は、想い合う恋人達が、その男性に横恋慕した貴族令嬢によって引き裂かれる悲恋の話だったので、その反動もあって今回のこの優しい話は人気です」
「それも、実話なの?」
「そうらしいですよ。それより、今、それもって言いましたね?やっぱり実話なんですね?」
「ノーコメントで」
「否定しないと言う事は、肯定するという事ですね」
むむむ、スミスくんめ。
「大丈夫です、言い触らしたりなんかしませんから」
うむうむ、と満足げなスミスくん。
「スミスくーん、染み抜きの手が止まってるよ!口を動かさずに手を動かすよ!」
私は年長者らしく、スミスくんを注意して、また単純作業に戻った。




