32.リサちゃんの運命の出会いと帰還
飯ごうの蓋を開ける。ふわあっと広がる湯気と、炊き立ての匂い。
そして、つやつやと魅惑的に輝く白い人達。
うん、今回も上手く炊けた。
僕が、ほくほくしながら腰を下ろしてシチューと一緒にインを食べようとした時だった。
辺りが、しーん、となる。
何だ、どうした?
異様な雰囲気に僕は顔を上げる。
皆が驚きの目で僕を見ていた。
えっ?
僕?
慌てて自分の様子を確認するけど、どこも変な所はない。
えっ、えっ?
混乱する僕に、さっと影が差す。
影に気付いて僕が振り返ると、そこには瞳を潤ませた聖女様が居た。
ええ!?
「こんな所で会えるなんて、、、」
僕の背後に現れた聖女様は、瞳を潤ませ、可憐な声を震わせた。
その視線は、完全に僕を捉えている。
ええええっ!?
僕は驚いて、両手に飯ごうとシチューを持ち、腰を下ろしたまま、ずりずりと後退るけれど、聖女様はよろよろと僕に付いて来る。
「もうっ、会えないとばかり、、」
ぐすっと鼻をすする聖女様。
「どうして、ここに」
うるうると熱を帯びた榛色の瞳が僕を見つめる。
ええぇ、、、、
途方に暮れる僕。
そして恐ろしい事に、聖女様の背後には、ぎりぎりと僕に敵意を向けるフェンデル王子だ。
敵意というよりも、もはや殺気が飛んで来る。
これは、まずい。
非常にまずいぞ。
何か誤解があると思う。
絶対に、何か、誤解が
「ううっ」
ついに泣き出す聖女様。
高まる王子の殺気。
凍りつく空気。
「!!!」
絶体絶命の僕は、そこで、天啓を得る。
この光景は、以前にアンダーソン家のキッチンでも繰り広げられた、あの、、、、
天啓を得た僕は、飯ごうをそっと地面に置いて、そこから、ずざざざざっと離れた。
聖女様は僕を追っては来ない。
しゃがみ込んで、飯ごうを見つめている。いや、飯ごうの中のインを見つめている。
「ううぅっ、ひっ、こっちにも、あったんすね。ぐすっ」
良かった!
僕じゃなかった!
僕に向けられていた王子の殺気が消える。
「リサ、どうした?それは何だ?」
「ううっ、これっ、食べたかったやつ、」
「その白いものがか?」
「うん、こっちにもあった、なんて、ずびっ」
「おい!お前!」
王子が僕の方を向いて、呼び掛ける。
僕が王子を見て、目が合う。
「そう、お前だ、この食べ物は何だ?」
、、、、、、。
、、、、、、。
、、、、、、。
王子はどうやら僕の事を覚えてないみたいだ。
アンズさんとの結婚を命じておいて?
僕を覚えてない?
さすがにムッとするけど、相手は王子だしぐっと呑み込んだ。
「そちらは、インでございます」
「インだと?見慣れてる様子とはずいぶん違うな」
「ええ、縁あって結婚した私の妻が異国の料理に詳しく、妻より教えてもらった調理法です」
「そうか!ありがとう」
少し、嫌味っぽく言ってみたけど、全く伝わらなかったみたいだ。フェンデル王子は爽やかにお礼を言ってくれた。
何だかなあ、、、、。
「リサ!インであればすぐに取り寄せられる、さあ、今日はもう戻ろう、君は浄化魔法を沢山使ったんだ。かなり疲れているはずだ」
王子が聖女様を支えて、立たせる。
「うん。、、、あの、ごめんなさい、お食事の邪魔をしてしまいましたね」
王子に返事をした後、聖女様は僕に申し訳なさそうに詫びた。
「とんでもないです。もし、よろしければ、そちら、器ごと差し上げます」
「へっ、いえいえ、そんな訳にはいかないっす」
完全に素になって慌てる聖女様。
ほんとだ、「っす」って言ってるな、と僕はにっこり微笑む。
「どうぞ、もらってやってください。炊きたてです、早くしないと冷めますよ」
「、、、、うわ、何そのカッコいいの、、、」
聖女様が目をひん剥いて僕を見る。
そんな聖女様を王子はぐいっと抱え込むと、「良かったな、リサ!ありがとう、恩にきる」と、僕に爽やかにお礼を言った。
再び、何だかなあ、、、、と思う僕の前で、聖女様は王子に連れられて戻っていった。
何だかなあ、、、、、。
フェンデル王子殿下は、遠征の移動の計画は的確だったし、魔物との戦闘時の指示も鮮やかだった。団長もその手腕は認めていたし、将としての才能はあるのだろう。
でも、何だろう、何だかなあ、、、、。
細やかさ?かな?
配慮とか、細やかさが欠けてない?
もやもやする僕だったけれど、とりあえず僕にとっての嵐は去り、僕は聖女様と言葉を交わし、贈り物まで出来た騎士として、皆に羨ましがられながら、鹿肉とトマトのシチューを食べた。
***
何だかなあ、、、、、。
の翌日、僕達の第一騎士団に帰還命令が下った。残りの日程の聖女様の護衛は別の団が当たる事となり、僕達は早速家族に帰還の手紙を送り、うきうきと荷をまとめて王都を目指す。
遠征に出発してから3ヶ月、家は変わりないだろうか。
フローは寂しがってたりしないかな?アンズさんとサイファが居るから寂しくはなかったかな。
アンズさんは図書室にすっかり慣れた頃かな。出掛ける間際は、案内図を作るわよ!って張り切ってたけど、出来たかな。
そんな風に家への思いを巡らせながら順調に帰路に着き、王都のすぐ近くの町外れで最後の野営をした翌朝、第一騎士団は予定よりも数日早く、城の騎士団詰所に帰ってきた。
3ヶ月ぶりに帰ってきた騎士団詰所。
そこで僕を待っていたのは、実家のブランド家の執事だった。
「ロージン、どうしたの?」
嫌な予感しかしないまま、見慣れた執事に僕は尋ねる。
「坊っちゃま、お久しぶりです。アンダーソン家より相談がありまして、お待ちしておりました」
「相談されて?何かあったの?」
その時、団長が僕とロージンのやり取りに気付いてやって来た。
「アンダーソン、どうした?家からの遣いか?」
「はい、家で何かあったようです」
そうして、僕は団長と共に、アンズさんがナリード伯爵家に囚われているかもしれない事を聞く。
1週間前にナリード伯爵からの招待を受けてアンズさんは出掛け、帰らないらしい。
ナリード家とアンダーソン家の交流はない。そもそも招待が来る所からして変だ。
我が家にナリード家の迎えが来た時、馬車に乗るアンズさんの様子は少し変だった、とサイファは言っていて、アンズさんが体調不良で寝込んでいる、と聞いて翌日に駆け付けたフローラはアンズさんに会わせては貰えなかった。
フローラはもちろん、騎士団にも相談したが、招待に応じて馬車に乗っている事、2日目からはアンズさん本人から手紙が届いている事から、屋敷に踏み込むのは難しい、と言われてしまう。
ブランド家も、フローラからの相談を受けたが、ナリード家との交流はブランド家にもなく、とにかく手紙は来ているし、無事ではあるようなので、静観しているしかなかったらしい。
アンズさんからの手紙は毎日届き、筆跡はいつもの凛々しい手らしく、脅されて書かされているのではないようだけれども、この状況は絶対に変だ。
「団長。僕、今からナリード伯爵家に行ってきます。僕は夫ですし、追い返したりはしないでしょう」
「俺も行こう」
「えっ、でも」
「聖女の従者に何かあっては良くないからな、俺は侯爵家で騎士団長だ、俺の権威も使えばいい」
「すみません、ありがとうございます」
僕は団長と2人でナリード伯爵家へと、馬を走らせた。
米への感想、ありがとうございました。
リサちゃんは、王子にまとわりつかれながらも、ちゃんと美味しく食べました。




