31.南東部の空の下で
焦らすみたいですみません。
ロイ君視点が2話続きます。27話の少し前です。
国の南東部の、とある木立の野営地で僕達第一騎士団は昼食の炊き出しの準備に入っていた。
昨晩、一番の山場だった沼地に巣くう魔物達の掃討が完全に終わり、先ほど聖女様も瘴気を払うために、馬に乗って沼地へと向かわれた。
聖女様は近頃、めきめきと浄化魔法が上達していると聞く。
近付くだけで、気持ち悪くなるほど瘴気の濃かった沼地だが、「リサ殿なら問題なく払えるだろう」と団長は言っていた。
白馬で駆ける聖女様は、美しくも力強くて神々しく、まさか「~っすよ」なんて言葉遣いをするなんて考えられないけど、アンズさんによると本来はそのようなざっくばらんな方らしい。
本当かなあ、アンズさん、ちょっとのんびりしてるからなあ。
ふと、書類上は妻である、黒い髪、黒い瞳の人の事を思う。
結婚初夜にあまりにも不甲斐ない様を晒したのに、そんな僕をすんなり受け入れて、フローとの仲まで取り持ってくれた人。
アンズさんは、自分の事は親戚のお姉さん、くらいに思ってくれと言うけれど、彼女はどう見てもきれいな女性で、“姉”と呼べるほどの馴れ馴れしい気持ちは湧かないし、可愛らしいと思う時すらある。でも、恋するという訳でもない。
フローへの愛がある事はもちろんだけど、“恋”というには、この気持ちには尊敬が多すぎると思う。
だから僕としては、アンズさんは、「時々心配になってしまう素敵な上司」という感じだろうか。
こんな、変な結婚ではなく、何とかしてもっとまともな幸せを掴んで欲しい。
僕との結婚を解消した上で、アンズさん自身が確固たる地位と居場所を手にいれるのが、理想だ。
そして、、、、、
そこで僕は、ちらり、と僕の上司、第一騎士団長にして侯爵家嫡男、アンズさん好みの見た目あり、のグレイ・カサンディオ団長を見る。
そう、そして、だ。
フローから、ひょっとすると団長はアンズさんに気があるのでは、と聞かされて僕も注意して団長を見ているのだけど、これはひょっとしなくても気があると思う。
今から思うと、僕とアンズさんとの結婚が決まった時、少し様子が変だったし、結婚休暇を終えた後、晴れ晴れとしている僕に対して(僕はフローとよりを戻せて晴れやかだったのだけど、周囲の皆は結婚生活が順調なのだと思っていた)、ちょっとイライラしていた。
フローを養子に迎えた時は、本気で怒ってたし、その後は、アンズさんに仕事を紹介し、紹介先の図書室へは時々足を運んでアンズさんの様子を確認もしているようだった。
団長は本来、こんな世話焼きな人ではない。
しかも僕は、城の廊下でアンズさんと話しながら優しく微笑む団長も目撃している。
団長は普段、全然微笑んだりしない。
気がある、で確定だと思う。
こうなると、アンズさんの幸せに、次の結婚という可能性も加わってくる。
加わってくるんだけど、、、、、
身分がなあ。
団長は侯爵家嫡男だ。
僕と離縁したら、アンズさんは離婚歴のある平民の女性になってしまう。
カサンディオ家がそんな結婚を許すとは思えない。
盛り上がるフローに、その話をすると、「そういう所はしっかり貴族ね」と嫌そうな顔をされた。
でも、大切な所だよ?と言い返すと、「カサンディオ団長なら何とかするわよ」と返された。
何とか出来るかなあ。
あと、肝心のアンズさんの気持ちも大事だと僕は思う。
団長の見た目はかなり好みらしいけど、あくまでも見た目、であって好きかどうかは、、、、どうなんだろう。
どうだろうなあ、正直、分からない。
あの人、本当に好きな人の事は最後まで隠し通すタイプじゃないかな。何となくだけど。
おまけに、団長との身分の事について、気付いてない訳がないから、仮に好きになったとしても、ブレーキかけると思う。
それはもうガチガチにブレーキ、かけると思う。
こんな状況で、僕が出来る事はそっと見守るくらいかあ、、、、
と、自分の無力さを痛感する。
そこで、炊き出しの火が起こされ、周りで本格的な昼の準備が始まりだしたので、僕は取り留めのない考えを一旦振り払った。
気を取り直した僕は、飯ごうにインをセットして、炊き出しの炎の隅にそれを提げてもらう。
「おっ、出たよ。ロイの飯ごう」
「中身はインだろ?俺、昨日もらったけどわりといけるぜ」
「そうなのか?」
「ああ、腹にも溜まる感じするよな」
「へー、後で少しくれよ」
「いいですよ」と笑顔で返しながら、僕は飯ごうをちょうど良く火が当たる所へと移動させる。
騎士の同僚達に、インはけっこう好評だ。腹持ちがいいし、淡白で何にでも合うし、現場で炊きたてが食べられるからだ。
「帰ったら俺も、飯ごう作ろうかな」
なんて言ってる人もいて、帰ったらフローのお父さんに、商会で多めにインを仕入れて、営業かけてみる事を薦めてもいいんじゃないかな、と思う。
辺りに本日のお昼のメインである、鹿肉とトマトのシチューの匂いが漂いだし、僕の飯ごう炊飯も蒸らしの段階に入った時、聖女様が無事に沼地の瘴気を払ったとの報告が入って、周囲から、わっと歓声が上がった。
この沼地が南東部の瘴気の最奥最大の山場だったのだ。ここが解決した、という事は、今回の遠征の終わりを意味する。
やれやれ、やっと帰れるなあ、そんな雰囲気が溢れ出す。
お祝いムードの中、この山場が解決した事を受けて、聖女様が今から徒歩で野営地を回られ、騎士達に労いの言葉をかけられる、とのお触れが出た。
どよめき、緊張する僕達。
ほとんどの騎士は聖女様と直接言葉を交わした事などないし、お姿も近くで拝見した事はない。
聖女様は完全に住む世界の違う、高貴な方なのだ、その強い美しさに恋い焦がれている騎士もいるけれど、それは女神を慕うような、信仰に似た気持ちで、聖女様はどこまでも遠い方だ。
そんな聖女様が、労いに回られるなんて、と皆の動きがギクシャクし出す。
一同の食事の手はぴたり、と止まるが、それを受けてか、聖女様より「どうか食事はいつものように続けて下さい、気軽な挨拶なので」というお言葉が伝えられる。
それならば、食事をしておかなければ、と緊張しながらも頑張って食べ出す僕達。
やがて、遠目に聖女様とフェンデル第二王子が見え出した。
聖女様は馬上でのお姿に比べると、小さく感じる。
とても気さくに騎士達に声をかけている様子だ。
少しずつ僕達の所へも近付いて来る聖女様。皆、ソワソワし出す。僕もちょっとソワソワする。
そろそろ、飯ごうのインが食べ頃なんだけど、どうしようかな、聖女様が通り過ぎてからにしようかな、でもいつものように、と言われているし開けちゃうか。
そして僕は、ぱかりと飯ごうの蓋を開けた。
開けましたよ!