表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

29/91

29.バイオレット嬢の食事改善


「バイオレット嬢の、お食事の内容、あれは問題です、あれでは病も悪化します」

バイオレット嬢の部屋から出て、開口一番に私は言った。


「食事、、、ですか?」

伯爵はきょとんとしている。


「ええ、3食とも野菜も果物も、一切なしって事ですよね?不健康です」

「野菜と果物ですか?」

「はい、私は素人ですが、ビタミンとか、ほら、いろいろな栄養とか?不足するでしょう」

「ビタミン?」

「そこは気にしないで!えーと、野菜と果物は体にいいでしょう?もちろん、肉もパンも大切ですけど」

「、、、はあ」

「あれ?いろいろ食べましょう、とか教わりませんでしたか?」

「いえ、」

「あー、、、魔法で治っちゃうからかな、、、、」

バランスの良い食事、とか適度な運動、健康的な生活、みたいな概念、あんまりないのかな。

体調不良は全部、治癒魔法で治すから?


「とにかく!バイオレット嬢には野菜と果物、食べてもらいましょう、少しは良くなる筈です、、、たぶん」

バランス良く食べる事で、悪化したりはしないと思うし、正しい食事は病気と闘う力をくれる筈だ。


「ですが、娘は野菜は嫌いで、果物はベタベタするからと食べません」


はあ?何だそれは?


「バイオレット嬢って幾つですか?」

「13才です」

「なら、頑張って食べてください」

「しかし、、、、」

「だあっ、もう、厨房に案内してください!」


私はナリード伯爵家の厨房に乗り込んだ。


コックさん達を押し退けて、今ある野菜と果物を全部出してもらう。

そして私は、前の世界ではまっていた自家製スムージーの知識を総動員して、栄養もあって飲みやすい、でも見た目はイマイチな飲み物を作る。


「食べてくれないなら、こちらをまず飲ませてください!」

バーンと、出来上がったどす黒緑色の飲み物を伯爵に差し出す。


「この見た目では、、、娘は」

飲まないでしょうね!


「それならまずは、これを薬という事で飲ませてあげてください、今日から!」

「これをですか?」

「大丈夫です、飲めば美味しいんですよ、どうぞ」

私はにこやかに、小さなコップに黒緑色の液体を入れて伯爵に渡す。


伯爵はおそるおそる、スムージーを手に取り、ひと口飲んだ。

「、、、、美味しいですね」

「ねっ」




この日から、私は伯爵家にソフトに監禁されながら、バイオレット嬢の食生活をひたすら改善する、という日々を送り出した。


朝、自分の朝食を早めに済ますと、厨房に向かい、まず、朝の特製スムージーを作成してバイオレット嬢に届けてもらう。


バイオレット嬢は初回こそ、この黒緑色の液体にかなり抵抗したようだが、何とか飲んで、味はまあまあだと感じると、以降はすんなり飲んでくれている。


朝スムージーの後は、昼食に向けてのケーキの作成だ。

ナリード伯爵家のコックさん達と協力して、ケーキに人参やらほうれん草やら、カボチャやら、サツマイモやら、とにかく入れられそうな野菜を全部入れてケーキを作る。

手を替え、品を替え、バイオレット嬢のお気に召す野菜ケーキを試行錯誤する。

もちろん、特製スムージーも作る。


夜は、昼に作成したケーキと、肉料理だ。

肉料理に野菜を入れ込むのはケーキより難しい。

アスパラガスの肉巻きを試してみたが、きれいにアスパラガスだけが戻ってきた。


くっ、肉料理、ムズいな!

とりあえず、レモンめっちゃ搾るか!


しょうがないから、焼いた肉にはレモンを搾って、野菜克服メニュー定番の、ハンバーグに微塵切り野菜を練り込む作戦にする。

こちらはバイオレット嬢もしっかり食べてくれて、一同ガッツポーズだ。

もちろん、夜もきっちり特製スムージーは出している。


3日目くらいからは、すっかり一致団結して、チーム感の出てきた厨房スタッフ達と、新メニューを、ああでもない、こうでもない、と厨房に籠って模索する日々。

さすがプロの料理人達、人参巾着絞り、や、キャベツ鴨のひと口ゼリー、りんご団子といった、もはや何かも分からない野菜果物料理が次々に考案される。


アイデアが煮詰まっている時や、熱く討論している時に、「アンズ様!フローラ様からのお手紙です!」と侍女の方からフローラちゃんの手紙を受け取り、厨房の片隅で、大分調子はいいから心配しないで、みたいな内容の返事をがりがり書いて送る。

手紙が終わると、また熱い討論の再開だ!


私、何やってるのかしらね。

と、時々はっとはするけれど、これからどうなるかの不安よりも、今は目の前のバイオレット嬢の食事改善だ、と無理矢理前を向いて突き進んだ。


そして、、、、、


ナリード伯爵家にソフトに監禁されてから5日目、バイオレット嬢がベッドから身を起こせるようになった、との一報を受ける。

痣も薄くなり、数が減っているらしい。怒りっぽいのもましになった、との事。


ナリード伯爵が、涙を流しながら厨房まで伝えに来てくれて、何度もお礼を言ってくれる。

厨房の雰囲気はもはや、スタンディングオベーションだ。

うおお!とコック帽を投げて抱き合う厨房スタッフ達、と私。


こんな風に、劇的な効果があるなんてびっくりだ。

私としては、肌の乾燥や疲れやすさは改善されるんじゃないかな、病の進行も抑えられるといいな、くらいの効果を考えていたので、回復に向かいだしているのには本当に驚いた。

まさか本当に、偏った食生活から来る病気だったとは、、、、。

でもそれならば、何度も治癒魔法で治しても再発を繰り返していた事の理由はつく。


あ、貧血だった、とか?

貧血で、痣出来たりしたっけ?

肉食べてたら、貧血にならなくない?

分からないなあ、、、、、。


病名は分からないけど、良かったな、と思う。

厨房スタッフ達によると、元気な時のバイオレット嬢は、我が儘だけど甘えたさんで、ツンツンしてるけど優しい所もあって、と、放っておけない女の子らしい。


我が儘と偏食は、これから直して欲しいなー、とは思うけどね。



そして、ナリード伯爵家に来てから、1週間が経った朝、ついにバイオレット嬢はベッドから出て歩けるようになり、その日のお昼前、きっちりと正装した伯爵が私の部屋を訪ねて来た。


「アンズ様、本当にありがとうございます。そして、本当に申し訳ありませんでした、私は明らかにどうかしておりました。あなたには多大なご不安をかけ、不自由な思いをさせてしまった」


伯爵は、もう儚げには笑っていない。

その目には、きちんと生気が宿っていて、理知的な輝きがある。


「この罪はきちんと償おうと思っております、すぐに馬車を用意致しますので騎士団の詰所に出発しましょう。

私も一緒に行き、そこで今回の事を全てお話しします。本当にすみませんでした」

ナリード伯爵は重々しく頭を下げた。


「罪?何の罪ですか?」

私はわざと、つん、としながらそう聞く。


「え?」


「伯爵、私はこちらにお茶に呼ばれました。そして体調を崩して、お屋敷ですっかりお世話になっていただけです」

「、、、、、しかし」

伯爵が頭を上げて、戸惑いの表情を浮かべる。


「しかしも何も、そうなんですもの」

私はにっこりする。


「そんな、、、、、、、、ありがとうございます、このご恩はきっとお返しします。いえ、最早返しきれるようなものではありませんが、きっと、きっと、お力になります」

涙を流しながら、ナリード伯爵はぎゅっと私の手を掴んで、何度も頭を下げる。


「いつでも、何でもご用命ください」


「ふふふ、ありがとうございます。では、早速ですが、私はすっかり回復しましたし、家に帰ろうかと思っております」


「すぐに馬車を手配させます」

伯爵が振り返ると、控えていた執事は頷いて部屋を出ていった。


「馬車を待つ間、屋敷を案内しましょうか?少しですが絵画や彫刻がございます。アンズ様はほとんど厨房にいらっしゃいましたからご覧になっていないでしょう」

涙を拭い、ナリード伯爵が晴れやかに言う。


「では、お言葉に甘えましょう。実は貴族のお屋敷って初めてなんです」

ここは何といっても、名門お金持ち伯爵家、少し、なんて謙遜してるけど、きっとすごいコレクションがあるだろう。

こんな機会ないだろうし、見せてもらお。


私は伯爵にエスコートされて、伯爵家の絵画コレクションを堪能した。






お読みいただきありがとうございます。

バイオレット嬢の病は、壊血病をイメージしてます。本当は日本人だし、脚気にしたかったけど、脚気って、どうやら、パン食べてたらならないみたいで(小麦って栄養あるんですね)、そちらにしました。あくまでもイメージなので、細かい所は薄ーい目で読んでください。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 翻訳能力共に今後異世界知識?で能力が評価されそうなこと チート能力やヒーローやヒロインにすぐに庇護されない場合のリアルさが素晴らしい作品 十代ではなく、アラサー主人公だからこその良さが出て…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ