27.拉致されたようです
「では、行ってきますね」
我が家の玄関で輝く笑顔のフローラちゃん。
彼女の今朝の笑顔は一段と輝いている。
うむうむ、そうだよね、私でも嬉しいんだもん、嬉しいよね。
「いってらっしゃい」
私もとびきりの笑顔で見送る。
昨日、ロイ君からの手紙が届き、あと10日ほどで帰還出来るという連絡があったのだ。
第一騎士団が、聖女リサちゃんの瘴気を払う遠征に合流してから、約3ヶ月。
長かったような、短かったような、、、、、私としては仕事が目まぐるしかったので、短かったような気がする3ヶ月だった。
ロイ君、痩せたりしてないといいけど。
、、、、、ロイ君が帰って来るって事は、カサンディオ団長も帰ってくるなあ。
ちらり、とあの笑顔が過る。
手紙によると、南東部の一番瘴気の濃かった地域の浄化が無事に終わった、との事で、リサちゃんも、残渣みたいな瘴気を払って2ヶ月後には一旦帰って来れるみたいだ。
良かった。
「うふふ、サイファ、今日のお昼は外でランチでもする?」
本日、私はお休みなのだ。何だかめでたい気分だし、浮かれてしまうよね。
「アンズさんが、お外に行きたいなら、お伴します」
サイファの笑顔も、いつもに増して黒い。
喜んでいるのね。
「じゃあ、お掃除手伝うから、早めに終わらせてランチに行きましょう」
なんて、浮かれた朝だったのだ。
この時はもちろん、あと数時間で自分が拉致されるなんて思いもよらなかった。
ビーッ
掃除も終わりかけの頃、我が家の呼び鈴が鳴って、サイファが出る。
誰かしら?なんて思いながら、何となく身支度していた私の元に、サイファがやって来た。
「ナリード伯爵家からの使者が来られてるのですが、どうされますか?」
「ナリード伯爵?」
「ええ、お知り合いですか?」
「ううん、違うと思うけど、、、、」
ナリード伯爵家自体は知っている。
貴族年鑑は嘗めるように読んだのだ、まだちゃんと覚えている。
名門に括られる歴史あるお家で、商才もあるらしく、たんまり持ってる筈のお家だ。社交界での存在感もかなりある。
そんな、ぶいぶい言わせてる家と、アンダーソン家はもちろん、知り合いではない。
というよりも、アンダーソン家はぴかぴかの新興貴族な上に、私の社交がゼロなので、貴族のお家との交流なんて、ロイ君の実家のブラント家くらいで、あとは皆無だ。
「アンズ様を、お家にご招待したいようです」
「私?」
「家紋の印の入ったお手紙も持参されているので、間違いはないようです」
「よく分からないけど、話だけ聞いてみるわ」
私は玄関まで出て、使者の方よりお手紙を見せてもらった。
確かに、ナリード伯爵より、私を伯爵家に招きたいという内容の丁寧なお手紙だった。
「本日、お連れするようにと仰せつかっております」
「本日ですか?」
変な話だ。前もって約束していた訳でもないのに、絶対変だ。
爵位はあちらが上だし、お誘いは断りにくいものではあるけれど、親しくもないのに、今日誘って今日来い、というのは明らかにマナー違反だから、断ってもいいと思う。
「残念ですが、本日は」
お断りしかけると、使者の男はぐいっと私の腕を掴んだ。
そして、小声で囁く。
「お断りされると、無理強いする事になります。後ろの方も一緒に」
「、、、、、」
「あー、、、、サイファ、そうだったわ。職場の知り合いなの、お約束してるのを忘れてた。ごめんね、お昼はまたにしましょう」
「私は構いません」
「うん。ごめんね、もう支度も出来てるし、このままお招ばれしてくるわね」
「、、、、はい、いってらっしゃいませ」
「行ってきます」
ばたん、と扉が閉まり、使者の男にびったりと張り付かれながら乗り付けられた馬車へと向かう。
馬車の脇には、護衛らしき男が2人も居て、これは逃げられないなと怖くなる。
でも、ここで騒いでも、サイファと一緒に馬車に乗せられるだろう。サイファを巻き込む訳にはいかない。
馬車を確認すると、馬車にもちゃんとナリード家の家紋が付いている。
ナリード家に、悪い噂はない。
商いをかなり手広くしていて、それには信頼と実積がいる筈で、それを無くすような事はきっとしない。
よね?
馬車には、護衛2人に挟まれて座る。
ううむ、きつい。
「こんな真似をしておいてですが、あなたを傷付けるような事は絶対にしませんので、ご安心ください」
馬車が走り出すと、向かいに座った使者の男が、悲しそうな顔でそう言った。
「こんな状況で、安心は出来ませんね」
強がって、ついそう返してしまったけど、使者の言葉に少しだけ、ほっとする。
これって、拉致だと思うけれど、拉致される理由は見当がつかない。
拘束はされていないけど、馬車でがっちり護衛に挟まれていては、何も出来ないし、馬車は伯爵家に向かっているようだ。
よく分からないけれど、伯爵が私に用があるんだろうな。
翻訳の依頼?
実は伯爵はかなり我が儘で、今すぐに翻訳したい、少数民族からの取引のお手紙がある、とか?
出来るだけ楽観的に考えながらぼんやり車窓を見ていると、かなり大きな広場にある常設の芝居小屋が目に入った。
操り人形を使っての芝居小屋で、きちんとテントが張られており、観覧は有料のものだ。
その、芝居小屋の入り口の看板には、黒髪黒目の女性と赤い髪の女の子、茶髪の男の子の絵が大きく描かれている。
んんん?
馬車が走りすぎて行くので、思わず私は首をひねってもう一度、看板を見た、
あの取り合わせ、、、知ってるぞ、、、。
「どうかされましたか?」
「いえ、、、ダイジョブデース」
とりあえず、今は、忘れよう。
私は芝居小屋の看板を、頭の隅に追いやって馬車に揺られた。
馬車は無事にちゃんと、ナリード伯爵の屋敷に着いた。さすが由緒も財力もある伯爵家、まず庭がとても広い。アンダーソン家なんて、庭にある噴水の中にすっぽり入る。
そしてその先には、豪華で品もある大きな屋敷。
その玄関ポーチでは、私を待ち構えていたように、執事が恭しく頭を下げていて、私は護衛の方からきちんとエスコートされて、馬車から降りた。
ううむ、こうなってくると、伯爵が我が儘で翻訳を依頼してくる説が有力な気がする。
執事さんに丁寧に応接室へと案内される。常にびったりと護衛の方が張り付いてくる以外は、不穏な感じはない。
応接室では、少し窶れた様子だが、儚い笑顔をたたえたナリード伯爵が待っていて、ソファを勧められ、紅茶も用意された。
そして、伯爵は用件を切り出した。
「ご無理をさせてしまい、申し訳ありません。どうしても、早急に、聖女様の従者様であるアンズ様にお願いがあったのです」
「そうですね、こういったご招待はこれっきりでお願いしますね。それでお願いとは何ですか?」
一応、釘をさしておいてから聞いてみる。
きっと翻訳なんだろうな。
「この屋敷に聖女様を呼んでいただきたいのです」
「、、、、え?」
私は想定外のお願いに面食らう。
「聖女様を呼んでいただき、私の娘を治療して欲しいのです」
悲しげに伯爵は言う。
「娘さん?、、、あの、でも聖女様は今、瘴気を払うための遠征に出られてますよ?」
「もちろん、存じております、そこから呼び寄せて欲しいのです」
おっと、大分、変だぞ。
「娘は、貴族の子女が稀にかかる不治の病にかかっております。何度も治癒魔法で治しましたが、その度に再発するのです。
治癒魔法は何度もかけると耐性が出来て、効力が弱まります。娘は前回は大神官様に治癒していただき、何とか治りましたが、この度また再発したのです。もはや、聖女様に治していただくしか、治る方法はありません」
「、、、、いや、でも」
「お願いします、娘を助けたいんです」
「、、、ナリード伯爵、聖女様は現在、瘴気を払うために遠方へ行かれているのです、それを呼び戻す事は無理でしょう。そもそも、連絡手段がありません。通常の私信の類は送れない事はご存知でしょう」
伝えながら、胸がちくちく痛む。
娘さんは、治らない場合、死ぬような重大な病なのだろうか?そうなら何とかはしてあげたいけれど、リサちゃんをこちらに呼び戻すのは私では無理だし、こんな事言いたくないけど、1人の女の子の病を治すために戻っては来ないだろう。リサちゃんの意思ではなく、国の意思として。
「そんな、、、、でも、アンズ様は、聖女様がお茶にご招待した唯一の方でしょう?」
「それでも、国の為に瘴気を払っている聖女様を呼び戻すなんて出来ません」
「あなたは、とても慈悲深い方だと有名です」
「もちろん、娘さんの事は、私も力になりたいですが、、、、」
「では、聖女様がこちらに戻られたなら、わが屋敷に来ていただくようお願いは出来ますか?」
「聖女様がお城に居られるなら、お伝えは出来ると思います、でも、戻られるのはまだまだ先ですよ?」
「分かりました」
伯爵はきっぱり言うと、また儚げな笑みを浮かべた。
よかった、分かってくれた。
ほっとしたのも束の間。
「では、聖女様が戻られるまで、アンズ様は我が家の客人としてお過ごしください」
儚く笑いながら、伯爵はそう言った。




