23.頭角を現す
図書室の案内図を作成し、本棚に数字を付けて、本の場所を分かりやすくする案について、私は早速へラルドさんに相談した。
「、、、、ははあ、なるほど」
へラルドさんは、うむうむと頷く。
「案内図ですか、、、、考えた事もなかったです。本棚にラベリングも、、、、図書室はこういうものだと思っていたので」
「あと、ここは、魔法関係とか、このあたり歴史、とか、貴族年鑑はここ!みたいな案内板もあれば尚いいかな、と」
「あれば便利でしょうね。そうですねえ、年々本も増えてますし、利用者も増えてます。
しかし、案内図見て、自分で探せというのは、少し素っ気ないような気もしますが、、、、」
「でも、受付のレディ達も、本の場所を把握出来てないんです、だからご案内出来てない方も結構います。本を読む為に来たのに、探すのに時間を取られてしまうのは勿体ないですよ。もちろん、聞かれたらご案内さしあげればいいんです」
「、、、、そうですね、では作ってみましょうか」
「やったー、ありがとうございます」
「お礼を言うのはこちらですよ、アンズさんは異世界から来られただけあって、こちらにはない気付きがあるんですねえ」
という訳で、数日後には立派な案内図と案内板が作成され、本棚にも何やらこちらのアルファベットのような文字がふられた。
もちろん、案内図には本棚の文字も書かれていて、このジャンルはこの文字の棚にあるよ!みたいな所まで分かるようになっている。
素晴らしい!数日でここまで仕上げるなんてすごいわ。さすがお城、仕事が早い。
そして、私がざっと伝えたアイディアを完璧に汲み取って形にするへラルドさんと図書室奥スタッフもすごい。
図書室を訪れた方は、入り口の一番近くに置かれた立派な室内案内図を「何だこれ?」と、じっくり見てくれて、「へー、ふーん、貴族年鑑はあっちか」とぶつぶつ言いながら、本の海へと旅立つ。
そうよ!あっちよ!あのAみたいな文字の棚よ!
固唾を呑んで見守る私の前で、彼は無事に貴族年鑑に辿り着く。
やったー、今、目の前で私のストレスが1個、実際に減ったわ。
ほくほくの私。
案内図は羊皮紙バージョンも作られて、受付にも配られ、レディ達はヒマな時に(結構ある)じっくりと見てくれたようで、受付での案内もスムーズになる。よしよし、いいぞ。
案内図と案内板が登場して1週間。
本の場所を聞かれる回数と、変な場所に戻されている本の数がぐっと減った。
お陰で私の作業が中断されるストレスも減る。
万歳!万歳!万歳!
思わず万歳三唱してしまう。案内図、提案して良かった!
そして更に、思わぬ事態が出現した。
受付のレディ達が、図書室をウロウロして、返却本の戻しや、机に放置されてる本を片付けてくれるようになったのだ。
おまけに彼女達は、閲覧者にお声をかけて、読み終わっていると確認出来た本までもを片付けてくれるようになった。
ええぇ、どうした、どうした?
私はびっくりだ。
すぐに、へラルドさんへこの状態異常を報告して、2人でなぜこんな事になったのかを推察する。
①レディ達は、本を戻す為に図書室をウロウロしている私が声をかけられまくっているのを見ていた
②おっ、あれいいじゃん、出会いありそうじゃん、と思う。でも本を戻す場所が分からないからウロウロ出来ない
③ばばーん、案内図登場
④案内図の登場により、受付のヒマが加速
⑤さすがにヒマじゃね?あ、これ(案内図)あるから本戻す作業出来るんじゃね?
⑥実行
⑦(ウロウロ中に)おっ、あれ、ちょっと狙ってみてもいい男だな。横に積んでる本を片付けてあげて仲良くなってみるか。「こちらの本はもうお済みでしょうか?お済みでしたら、お片付けしておきますよ」(にっこり)
⑧図書室受付のサービス向上
「こんな所でしょうか!」
「そんな所でしょうねえ」
「いやあ、良かったですね」
「本当ですねえ」
ニコニコと、レディ達を見守る私とへラルドさん。
彼女達のやる気を持続させなくては、と私は彼女達にせっせっとお礼を言って回る。
「いつも片付けてくれて、ありがとうございます、本の扱いも丁寧で助かります」
感謝を伝えて、褒める。後輩を育てる基本だよね。
司書としては、私の方が新人だけど、年長者だし、前の世界の社会人歴から言うと私が先輩でいいと思う。
感じの悪いレディは、私のそんな言葉は無視で、つん、と横を向く。
(ふん、お前なんかに、出会いなんか来ねえよ、バーカ、バーカ)心の中で罵る私。
でも、中には私の謝意と褒め言葉に頬を赤らめて、「い、いえ、これくらい大した事ではありませんわ」なんて嬉しそうにしている子もいる。
(彼女に素晴らしい出会いがありますように)心の中で祈る私。
レディ達の思わぬ活躍により、ぐっと余裕が出てきた図書室。
私はめでたく、目録の作成や、本の補修作業のお手伝いなんかを教えてもらえる事となった。
私の未知なる能力が陽の目をみたのは、そんなある日だった。
その日、私は補修が終わった本達を棚に戻そうと、ざっくりジャンルごとに分けて、席を立った。
「まずは、歴史関係、直しちゃいますねー」
ちゃんと声かけもしておく。
「うん?アンズさん、その緑の背表紙の本、歴史じゃないですよ」
立ち上がった私にそう声を掛けてきたのは、図書室で主に本の補修をしているスタッフのスミスくんだ。
眼鏡で地味な様子だが、侮るなかれ、スミスくんの補修作業は完璧で、数ヶ国語を操るインテリでもある。
「え?でも、“ヤムスの王朝の興りについて”って書いてあるよ?」
私がさらり、とそう伝えるとスミスくんは目を丸くした。
「アンズさん、ヤムス語、読めるの?」
「ん?ヤムス語?」
「その緑の背表紙の本は、この国の本じゃないんです。異国のものです。だから戻す棚は異国資料の所なんです」
「へー、そう言われると、何かちょっと文字の雰囲気違うね」
「えっ、どういう事ですか?ヤムス語って分かって読んだ訳じゃないんですか?」
「いや、ヤムス語なんて勉強した事ないもん。何となく読めるの」
「何ですかそれ」
「知らないよー、この国の言葉だって、見た事ないけど、なぜか読めたのよ」
「!」
スミスくんが、まさか、と呟いてバタバタと奥の棚へと消えて、すぐに数冊の本を持って戻って来た。
「これ、これらの本の題名、分かります?」
「えーと、“高山ウサギの生態について”、こっちは“太陽戦記”、で、これが“鳥王子掃除”」
鳥王子掃除って何だ、変な題名だな、とか思ってる私の横で、スミスくんはあんぐりと口を開けてる。
「マナンカナ語まで読める、、、、、うぅわ、マジか、、、、、」
「スミスくん?」
「アンズさん、、、、落ち着いて聞いてください」
スミスくんの声が震えている。
ええ、ええ、私はさっきから落ち着いていますよ。スミスくん。スミスくんが落ち着こうね。
「あなた!多分ですけど、全ての言語が読めるんですよ!!」
ばん!と机を叩いて宣言するスミスくん。
心なしか、スミスくんがちょっと劇画タッチになっている。
しーん。
「あ、へー、そうなんだ」
「どうしてそんなに落ち着いていられるんですか!!!」
くわっ、と劇画タッチの顔で迫ってくるスミスくん。
いや、落ち着いてって言ったのはスミスくんだよ。そして落ち着いてくれ、スミスくん。
その後、
スミスくんの大声に驚いてやって来たへラルドさんも加わり、検証を重ねた結果。
どうやら私は、この世界の言語が全て読めるらしい、たぶん。(少数民族の言葉までは検証しようがなかったので、たぶんがつく)
「異世界から来たからですかね?」
私はへラルドさんに聞いてみる。
「いえ、違うと思いますね、聖女のリサ殿は文字が読めずに、勉強されてました。第二王子から、絵本のような読みやすい本の所望もされましたしね、最初は苦労されたはずですよ」
「そうだったんですね」
リサちゃん、頑張ったんだ。
「なので、私はてっきりアンズさんもお勉強されたのかと思ってましたねえ」
「うふふ、してないです」
放ったらかしだったんですよー、と当時の境遇を伝えると、へラルドさんとスミスくんがちょっと怒ってくれた。
へラルドさんに至っては、「私もこの国の貴族の端くれです、聖女様の従者様に対しての国の非礼をお詫びします」と、いつもの、のんびりからは程遠い雰囲気で謝ってまでくれる。
「いやいや、止めてください。そこはもう、私の中では解決してます」
「そうですか、、、、ひょっとしてグレイも、アンズさんが放置されてた事を知ってるんですか?」
「ご存知です」
「それでこんなにも、アンズさんを気にしてるんですね」
あー、なるほど!
なるほどね、と納得する。
それでこんなに気にかけてくれてるんだね、罪悪感的なやつだね。
なるほどね、ふーん。
ふーん。
、、、、、あら?
ちょっと、残念な気持ちが湧いてるのは何故かしらね。
私はぶんぶんと残念な気持ちを振り払う。
「とにかく、この、全部読めるっていうのは、私固有の能力って事ですね」
「そうですねえ」
「ふむ、地味だけど、何かの役には立ちそうですね」
「地味だなんて、すごい事ですよ!アンズさん!」
「ありがとう、スミスくん」
「だから、何で、そんなに落ち着いてられるんですくわっ!!」
落ち着こうね、スミスくん。
お読みいただきありがとうございます。
すみません、しばらくお仕事話(?)が続きます。




