2.結婚したようです
そこからはもう展開が早かった。
私とロイ君は挨拶もそこそこに、完璧に用意されていた必要書類にどんどんサインさせられた。
せめて書類の中身は把握しておきたい、と流れ作業の合間を縫って、頑張ってざっと目は通す。契約書の類なら、人生の大半を過ごした前の世界の仕事で嫌というほど見てきたので、大体のポイントは分かる。
ざっと読みとった内容の要点は、まず、私とロイ君は結婚するという事。
ロイ君はこの結婚で爵位を貰い、新しい家名はアンダーソンになる、という事。
私とロイ君には王都に一軒の屋敷が与えられる、という事。
私には王家から、聖女の召喚を助けたという名目で多額の持参金が与えられる、という事。
この4点だった。
結婚する、という事以外は悪くない内容だ。何よりこれでお城から出られる。
身ぐるみ剥がされて売られる、とかいう契約書ならもちろん必死で抵抗するけど、そうではないし、拒否権はないのでしょうがないからサインする。
私、結婚するのかあ、、、、少し結婚という現実を受け入れ出すけれど、実感はない。
そうして、書類作業がおわると、なんと明日の正午の婚姻式について告げられ、花嫁の準備のためと、私は数人の侍女に拉致される。
ええぇ、明日!?
なんて感傷に浸ってる暇もなく、お風呂に入れられて、オイルマッサージに保湿にパックに、頭皮と髪の毛のケアに、爪のお手入れまで、全身ピカピカに磨かれながら、式の次第の説明がなされ、立ち振舞いについて細かく指示もされる。明日の正午までに全部覚えてこなせ、との事。
ええぇ、明日!?
こちらも感傷になど浸る暇なく、とにかく頭に式での手順を叩き込む。
夕方から始まったこれらの作業は深夜まで続き、結局私は何かのどこかのタイミングで寝落ちしたらしい。
はっと、気が付けば結婚式当日の朝だった。
もちろんここからは昨日以上の怒濤の時間だ。
くり返される、お風呂とマッサージ、そしてウェディングドレスの着付けに化粧に髪の毛のケアに結い上げ、隙を見てローズに「生娘じゃないから心配しないで、手紙書くから」と訳の分からない私なりの別れの言葉を伝え、頭には花の冠を被り、ベールを下げて完成したのは、式へと向かわなければならないギリギリの時間だった。
なので直ぐ様、神殿へと向かう。
着ている服とか雰囲気からして、そうそうたる関係者各位に見守られながら、もう何が何だか、全く嬉しくも感動もない、ただただ、義務と試練の婚姻式を終え、相変わらず暗いロイ君と同じ馬車に乗って新居に向かったのは日も傾きだした頃だった。
馬車で何とか、ロイ君から聞き出したロイ君の年齢は18才だった。
やっぱり十代かあ、そして10コ下かあー。と私はへなへなと力が抜ける。
そして、ロイ君はブランド伯爵家の三男だが、庶子らしい。
暇をもて余して貴族年鑑や裁判記録、新聞からゴシップ記事まで読破した私には分かる。ブランド家は至極真っ当で温厚な家柄で、目だった功績はないけど、汚点もない。良い評判もないけど悪い評判もない。そういうお家だ。
聖女のおまけのなんの能力もない、どうにもならない年増を押し付けても文句の出せない家門。
しかも相手は庶子、その庶子に爵位と屋敷までくれるこの結婚。
それでいて、おまけとはいえ聖女と一緒に召喚した私をとりあえず伯爵家の三男に娶らせたぞ、と対外的には大手を振って王家の懐の深さをアピール出来るこの結婚。
しかも王家としては絶対に持て余していた私を厄介払い出来る。被害者はロイ君だけ。
いろいろな、本当にいろいろな思惑が絡んでいる結婚のようだ。
なるほどなあ、すごいなあ、、、、。
当事者なのに、どこか他人事で感心してしまう。
感心していると、馬車が止まり屋敷に着いた。
神殿から送ってくれた御者と護衛を返し、ロイ君と与えられた屋敷へと足を踏み入れる。
屋敷というから、壮大な城みたいなやつだったらどうしようかと思っていたけど、少し大きな一軒家くらいの常識的な大きさでほっとする。
もちろん、2人では広すぎるけれど。
屋敷の1階にはダイニングとキッチン、リビングに応接室に使用人用の部屋が2つと物置があり、2階には主寝室の他に客間として整えられた部屋が4つあった。
広いけど、何とか把握できる大きさではある。
全ての部屋には品の良い家具が一通り揃えてあってすぐに暮らせるようになっている。さすが王家、ちゃんと仕事してる。
屋敷を確認した後、私とロイ君はダイニングでロイ君が用意してくれたパンとチーズのみの食事を取った。
「こんなものしか用意出来てなくてすいません、いろいろ、、、その」
「急でしたもんね」
ロイ君の様子からするに、私との結婚が嫌すぎて何も考えれなくなってたんだろうな、と思うけれど、本人を前にそんな事言えないだろうし、さらっとフォローする。
「あ、、、、、はい。明日にはハウスメイドが1人やって来る筈です。信頼出来る方に手配を頼んだので、、、安心してください」
もう何日もまともに寝れてないような顔で、ロイ君はぽつりぽつりとしゃべる。
声は暗いけど、優しい声色で好感が持てる。
本当にロイ君についてはどこまでも可哀相だ。
落ち着いたらすぐにでも腹を割って話し合い、この結婚のすり合わせをするべきだと思う。
書類上は夫婦だけれど、夫の義務なんて感じなくていいんだし、何なら親戚のお姉さんと同居してる、くらいの感覚でいいんだよ、と提案してあげたい。とにかくロイ君はこの結婚が嫌なようだし。
でもそれは、今日ではない。
今日はちょっともうそういう話し合いは無理だ、くたくた過ぎる。今日はこのまま風呂に入って寝る日だ。
という事で、部屋割りを決める。
私としては、ロイ君がこの家の主人なのだし、どうぞ主寝室をと進めたのだけれど、それは全力で拒否されてしまった。
「私が使う訳には参りません、私の事はアンズ様の従者だと思っていただいて結構です、私は1階の使用人用の部屋を使います」
「いやいや、ロイく、アンダーソン様こそ、この家の主人ですよ?とりあえず旦那様なんですし、せめて2階の客間を使ってください」
「、、、、、はい」
私の言葉に、消え入りそうな声で、本当に悲痛な顔でロイ君は答えた。
何だろう?変な事を言っただろうか、何やら追い込んでしまったような気がするけど、とにかく何もかも明日だ。
明日、いろいろ詰めよう。
そうして、私は自分の部屋となった主寝室へ引き上げ、お風呂に入った。
後は久しぶりの、外から鍵が掛けられたりしていない、自分の部屋と呼べる空間で、昨日から昂ったままの神経を鎮めてゆったりと眠るだけだ、
の筈だった。
コンコン
風呂から上がって、髪の毛の水分を拭きながらぼんやりベッドに座っていると、部屋の扉がノックされた。
この家にはまだ私とロイ君しかいないから、ノックの主はきっとロイ君だ。
何だろう?明日の朝、起こして欲しいとかかな?
完全に親戚の男の子を泊めてるノリの私は、呑気にそんな予想をしながら扉を開ける。
夜半に男が部屋を訪ねてきた意味とか、その男を自室に入れる意味とか、なんて全く考えてもなかったのだ。
寝間着でもあったのだけれど、用意してあったものは透けない素材だったし、しっかり足元まであったので私にとってはワンピースみたいなもので、だから、寝間着のまま本当に全く他意はなく、扉を開けた。