17.閉じ込められた虫
《、、、、そして君と一緒に朝食を、温かいスープとパンを食べたいと思っている。》
あら、これは、一夜を共にしたいという事だわ。こっちの世界にしては、なかなか直接的で情熱的な文面ね。
ご令嬢相手とは思えないし、お相手は高級娼婦とかかしら。あらあら、まあまあまあ、、、
どうも、アンズです。
本日も家のダイニングで1人、せっせと他人様の恋文を写しております。
傍らには、朝からサイファが握ってくれたおにぎりが皿に載せられ、乾燥しないようにガラス製のクローシュ(ケーキとかに被せられてるドーム状のあれね)が被せられている。
おしゃれおにぎり。
今日は朝から非番のロイ君と、それにお休みを合わせたフローラちゃんは、鍛冶屋に出掛けている。
すっかりイン(米)に、はまってしまったロイ君が、騎士団任務の野営で米を炊きたい、と言い出したからだ。遠出の任務では主食は乾燥したパンばかりで、ちょっと飽きるらしい。
それならば、と私が飯ごう炊飯を提案して、飯ごうのイメージ図も描いてあげた。
そのイメージ図を持って、鍛冶屋さんで飯ごうを作って貰うのだ。
近々、聖女リサちゃんの瘴気を払う遠征に第一騎士団が合流するらしく、ロイ君としてはそれまでに飯ごうを手に入れて、上手に炊けるようになりたい、との事。
そう、聖女の瘴気を払う遠征は続行中で、リサちゃんは多忙だ。
私とのお茶会の翌週には、この国の南東部の瘴気を払う遠征に出発し、ずっと遠征中。
ロイ君によると、国の瘴気はいつも南部で発生し、西に行くほど濃いらしい。
瘴気を払う遠征は、南東部、南央部、南西部の3回に分けて行われる予定で、初っぱなの南東部遠征は約半年かかる見込み。
瘴気が濃い地域には魔物も多い、全滅した村や町もあって、魔物の巣窟になっている。でも、リサちゃんが瘴気を払うには現地に行かなくちゃいけない。
という訳で、騎士団の出番である。
体を張って、魔物を屠り、リサちゃんの安全を守るのだ。一から十三まである騎士団は交代でその任務にあたる。
怪我人や時には死者も出るらしく、ロイ君が心配かと言われると心配だけど、ロイ君は、治癒魔法士もいるし、なによりその頂点の力を持つリサちゃんが居るので、「滅多に死にませんよ」と笑う。
いや、でも、とにかく無事で帰ってきてくれ!と強く思う。
もちろん、リサちゃんも。
交代制の騎士団と違って、聖女の代わりはいない。
大丈夫かな、1人で無理してないかな。
リサちゃんは野営なんかではなく、当地の領主とか村長とかの屋敷なんかでお世話になり、魔物があらかた片付いた所で現地入りするとの事なので、優遇はされてるみたいなんだけど、でも長期の遠征でずっと現地、なんてしんどそうだ。
あの第二王子が付き添ってるらしいから、とにかく王子がしっかりしてて欲しい。
王子、頼むよ。
ほんと、頼むよ。
そこで、ぐうぅ、とお腹が鳴った。
そろそろお昼かあ、おにぎり食べようかな。
本日は、お昼もお一人様の予定なのだ。ロイ君とフローラちゃんには、「外でお昼も食べてきなよ」と送り出したし、サイファにも、「私のお昼は何とでもなるからゆっくりしておいで」とお小遣いを握らせて送り出したからだ。
それなら、とおにぎりだけ握ってくれた優しいサイファ。
お昼にするかあ、キッチンにスープがあるから温めて食べて下さい、とサイファは言ってたな、よっこいしょ、と腰を浮かせた時だった。
ビーーッと呼び鈴が鳴った。
我が家の呼び鈴は、外国の古くてオシャレなアパートの呼び鈴みたいな音だ。ここはもはや異世界だけど。
この音は、玄関の扉の横に付いている音を出す魔道具より出ている。
こちらの世界には、前の世界の電化製品的な物はないけれど、音を出す、水又はお湯を出す、火を出す、のような単純作業を行える魔道具が揃っていて日々の生活に大きな不便はない。
こうして呼び鈴もちゃんと鳴る。
誰かしら?
フローラちゃんが我が家の養子となった今、アンダーソン家を訪ねて来る人なんてあんまりいない。
私はおにぎりを諦めて立ち上がり、玄関の扉を、「はーい」と開けた。
がちゃり、と扉を開けて、そこに立って居たのは、険しい顔をした騎士服の男だった。
髪色は私にとって親しみのある黒髪で、瞳は焦げ茶色と濃い橙色が揺らめく不思議な色あいの、琥珀のような色だ。
恋文に起こすとすれば、《あなたの琥珀色の瞳、私の心は数万年前にそこに閉じ込められた虫です》だろうか。(ふふふ、どうよ。散々他人の恋文を写してきた私の描写力は)
男の背丈は長身のロイ君よりも、もう少し高く、全体的にがっしりしている。
えっ、、、カッコよ、、、、、
まず思ったのはそれだった。
男の顔立ちは鋭く凛々しい。少し野性味もあってドンピシャ好みだ。肌が浅黒かったらきっと、じゅるりとヨダレが出てたと思う。
あ、すでに少し出てる。
じゅる、、、ごくん。
私は慌てて、ヨダレを飲み込む。
ドンピシャ好みだけど、きっと年下だよね。こっちの世界は皆さん、雰囲気が大人びているけど、肌の艶から見るに年下は確定だね、ひょっとすると20才とかかもしれない。
気を付けなくては、、、、、初対面で8コ下にヨダレを出すなんて犯罪者だ。
とにかく、この男は20才という設定で挑もう。
20才、20才、20才だぞ。
、、、、、、よし!
かかってこいや!
「どちら様ですか?」
私の問いに、険しい顔をしていた男はまじまじと私を見て、戸惑った。
ちょっと困ってもいるみたいだ、あれ?知ってる人なのかな、そう考えると見たことがあるような、ないような、、、。
「あのう?」
「突然の来訪、失礼する。第一騎士団長を拝命しているグレイ・カサンディオだ」
低い良い声で仰る。まずいな、声も好みだ、、ってそうじゃない。
第一騎士団長、、、、
おっと、大変、ロイ君の上司ではないか!
しまった、絶対に結婚式に居たよね。結婚式を見守ってた、あのそうそうたるメンバーの中に居たよね。
しまったあ、、、、、、、。
「、、、、、これは失礼致しました。うちのロイく、、、アンダーソンにご用でしたでしょうか、生憎今は出ておりまして、お待ちになられますか?もう戻ると思いますよ」
名乗られるまで誰か分からなかった事は、華麗にスルーして、団長さんを流れるように玄関ホールへと誘う。
「なぜ、奥方であるあなたが出迎えを?」
ホールに入って団長さんが聞いてくる。
「?」
なぜとは?
「使用人はいないのか?」
さすが団長さん、偉そうにしゃべる。でも嫌な感じはしない。
「本日はお休みにしています」
「全員を?」
「、、、、えーと、うちの使用人はメイドが1人ですので?」
私の言葉に団長さんは目をひん剥いて驚く。
「1人?仮にも子爵家だろう?」
はい。私との結婚でロイ君は子爵位を賜りましたのよ。もちろん、存じておりますわよ。
そこで、私は久しぶりに頭の中の丸暗記した貴族年鑑をパラパラと捲る。
カサンディオ、カサンディオ、、、、、
あった、カサンディオ侯爵家だ。わお、侯爵家。
あ、しかもグレイって嫡男じゃん。確か、、、、25才!ふむ、年下だけど20才じゃなかった。良かった、ヨダレくらいはオッケーでは。
侯爵家かあ、、、、そりゃ、使用人1人には驚愕するか。
「我が家は爵位だけの、それも戴いたばかりの、しがない新興貴族ですので」
穏やかにそう告げると、団長さんは辛そうな顔をした。おっと、少し色っぽいぞ。
「俺は、聖女召喚の場にも居た。あなただって聖女だろう、なぜこんな暮らしを?アンダーソンの実家のブランド家を頼る事も出来るだろうに」
団長さんの言葉に私は目を丸くする。“あなただって聖女だろう”?
聖女の従者じゃなくて、聖女扱いされたのは初めてだ。
「あの、私には、聖女の力はありませんよ?」
思わず上目遣いで、そろり、とそう告げてみる。
魔力も何も無い事、知らないのかな。
「そういう問題では、、、いや、いい。他家の事なのに立ち入った事を言った。確認だが、あなたはまさか、ここで使用人として扱われてはいないよな?」
「ないですよ」
何だその疑惑は、ないですよ。そしてなぜに耳が赤い?照れるとこあったかな。
「、、、そうか。ひと先ず今日は出直そう。奥方のあなたとこの家に2人きりで居る訳にはいかない」
団長さんはそう言うと、自分で言った”2人きり“に少し気まずくなったようで、ぐっと黙ると踵を返した。
と、そこへナイスタイミングでロイ君とフローラちゃんが帰ってくる。
「ただいま戻りました、、、、、え、団長?」
フローラちゃんと2人、笑顔で玄関に入って来たロイ君がぴたりと止まる。
そして団長さんは帰ってきた2人を見て、怒りの形相になった。
ひえっ、怖い、野性味のあるイケメンの怒り、けっこうな迫力だ。
ロイ君も真っ青になる。
「アンダーソン、どういう事だ?」
団長さんは低く唸るように言うと、つかつかとロイ君に歩み寄り、問答無用で胸ぐらを掴んで、だんっと壁に押し当てた。
えええっ!
立ち尽くす私とフローラちゃん。
「だっ、団長?」
「今朝、事務方からお前の家族構成の変更の書類が回ってきた、養子に迎える女は元婚約者だろう、何を考えてるんだ、奥方を蔑ろにしているのか?今も、使用人も付けずに奥方を1人で家に置いて女と出掛けていたのか?」
うわわ、それで最初から険しい顔だったんだ。すごい怒ってるよ!
私は大慌てで、止めに入った。
お読みいただきありがとうございます。
お待たせ致しました。ヒーロー(予定)です。




