13.フローラちゃんを合法的に我が家に迎える方法
どうも、モス・ライズだ。
私は今、娘のフローラとともにアンズ・アンダーソン殿の求めに応じてアンダーソン家へと馬車で向かっている。
フローラの元婚約者のロイが王家の意向で、聖女様の従者のアンズ殿と結婚して2ヶ月、2人の結婚の翌日にはそこに呼び出されたフローラは、それから毎日、アンダーソン家に通っていた。
フローラが言うには、アンズ殿はからっとした楽しい方で、フローラとロイの仲を応援している、との事。
さっぱり訳が分からなかったが、フローラが「ロイが待ってて、と言ってくれたの」と頬を赤らめて嬉しそうにしているので、2人に対して負い目があった私は何も言えずに、事態を傍観していたのだが、得意先の1つである伯爵家の家令がフローラについて感心しない噂が広まり出している、と教えてくれた。
曰く、聖女様の従者様の夫に選ばれたロイにフローラが横恋慕して屋敷に押し掛けている、というものだった。
メイドのサイファから聞く限り、アンズ殿はフローラとロイを微笑ましく見守っていらっしゃる、との事だったので間違った内容であるのだろうが、事情を知らない者がアンダーソン家を見れば、誰もが噂が真実であると思うだろう。
こうなってくるともう、この状況を知らないふりは出来ない。私はフローラにアンダーソン家に通う事を控えるよう伝えた。
伝えた日には、フローラが泣きはらした顔で帰ってきて、夕方にはロイの訪問まであり、アンズ殿からの面会の打診を告げられたのだ。
そして今、愛娘とアンダーソン家に向かう馬車の中だ。
「フローラ、私はお前を、第二夫人や妾として囲いたいと申し入れられれば、断るつもりだよ、お前はまだ17才なんだ」
私の言葉にフローラがしょんぼりする。
「2年待って、ロイが離縁してから彼との将来を考えるんだ」
「、、、、はい」
フローラは小さく返事をした。
おそらく、その手の打診をされるのだろう、と面会の申し込みを受けた時から考えていた。
そして、フローラには断ると言ったが、本当の所は、書面でフローラに有利な契約が結べれば第二夫人として嫁がせてもいいか、と私は思っている。
あちらの出方次第だが。
フローラはアンズ殿を好きなようだ。
サイファもアンズ殿を慕っているようだし、近所の人々からの評判もすこぶるいい。
もちろん、悲劇の恋人達を救ったからの贔屓目はあるだろうが、聖女様の従者とは思えないほど気さくで親しみやすいご婦人のようだ。
アンズ殿は異世界から来たせいなのか、夫であるロイへの執着もないようだし、いずれは職業夫人として身を立てたいようだ。おまけにその能力もある。
現在の状況が続くなら、フローラが第二夫人として、肩身の狭い思いをする事はないだろう。
それなら、フローラの行く末さえ保証されるなら、今度こそ早くロイと結ばれて欲しい、というのが本音だ。
結婚まで3ヶ月で、思わぬ横槍が入ったのだ。2年でまた何があるか分からない。もうあんなに泣く娘は見たくない。
だから私はとにかく、アンズ殿を丸め込んで、第二夫人への生活費の補償や、別れた場合の慰謝料についての有利な契約を結ぼうと思って馬車に揺られていた。
馬車がアンダーソン家に付き、サイファが出迎えてくれる。
案内された応接室に、ロイとアンズ殿が待っていた。
最初にアンズ殿を見て思ったのは、子供のようだな、だった。背が低いわけではないが、肩や腰、体の線が細く、小さく感じる。顔もあっさりしていて、あどけない少女のような雰囲気だ。
フローラは、「アンズさんは、不思議とムラムラさせる色気がある」と言っていたが、確かにあの薄い肩や腰は、その気になれば一掴みで捕らえれそうで、拐いたくなる。そそる、と言えばそそるかもしれない。
そして、珍しい黒い瞳。西の果ての異国には黒髪、黒い瞳の人々が暮らしていると聞くが、そこと何か縁があるのだろうか。
「お初にお目にかかる、モス・ライズだ」
失礼にならない程度で見るのを止めて、私は簡単に名乗った。
「初めまして、アンズです」
アンズ殿も挨拶をして、机を挟んで向かい合って座る。
「お呼びだてしてすみません、今回は我が家にフローラさんを迎え入れたく、その為にライズさんの許可を貰おうとお呼びしました」
「第二夫人としてかな」
もちろん、是という答えが返ってくるのだろうと思いながら問うた。
私の頭はすぐに、とにかく出来るだけフローラの生活費と慰謝料を掴み取るための算段に移る。
「いいえ」
アンズ殿はきっぱりと首を横に振った。
「そうでしょうな、、、、、え?いいえ?」
「はい、いいえ、です」
アンズ殿は再度首を横に振り、そして1枚の書類と、分厚い法律書を机に置く。
「これは、養子縁組のご提案です」
「、、、、、はい?」
「養子縁組です。フローラさんを我が家に養子として迎え入れたいんです」
「えっ、養子?」
フローラもびっくりしている。
「うん、養子。フローラちゃんに我が家の長子となって貰おうと思って」
アンズ殿が得意気に微笑む。
「もちろん、書類上よ。実際に私を義母と呼べ、とかじゃなくてね。さすがに17才の子供はいないもん、大丈夫、貴族ではよくあるから」
「いやいや、それは子供に恵まれない、とか子供が亡くなった時だろう?」
「才能ある平民の子や若者を召し抱える時にも使いますよね」
「使うが、、、、」
「フローラちゃんは、幼い頃から商会のお手伝いをしてきた才能溢れる子です。こんな事を言うのはあれですが、外見も華があって問題ない。そして、私は年齢としては少々、とうが立っていますので、養子を迎えるのは不自然という事はないでしょう。
アンダーソン家はつい最近爵位だけ貰った、何の力もない家なので、どこぞの貴族の子供の養子は難しいですし、王都で指折りの商家の娘さんとなれば、我が家には過分なほどの縁です。
ね、どこを、どうつついても自然な養子縁組です」
「いや、、、それにしてもロイと年齢が近すぎるだろう」
「40才年上に嫁に行ったりするんですもの、2才年上に養子に行ってもいいでしょう、手続き上は問題ないです」
「しかし」
「おまけに、長子なら妻と同じくらいの権利があります」
ぽん、とアンズ殿は分厚い法律書に手を置いて、「頑張って読み返しました」と呟く。
「ロイ君は騎士です。エリートだという第一騎士団ですし、覚えも良いらしいので、腕は確かでしょうが、万が一という事もあります。騎士団の遺族への補償は第二夫人ではほとんどありませんが、養子ならしっかりあります」
「むう」
「更にですね、」
ぐぐぐっとアンズ殿が身を乗り出す。
思わず私も前のめりになる。
アンズ殿は小声で、こしょこしょとこう言った。
「ロイ君の爵位は、長子に継がれるので、万が一が起こった時は、フローラちゃんがアンダーソン家の当主です」
そして私を見て、ニヤリと笑う。
「、、、、」
ごくり、と思わず喉が鳴ってから私は我に返る。
うん?なんか変じゃないか?
何で私は、アンダーソン家乗っ取りみたいな話をアンズ殿から提案されてるんだ。
「2年で必ず離縁が出来ると決まった訳ではありませんので、フローラちゃんには確実な地位を用意したかったんです。
もちろん離縁出来たら、養子を解消して妻に納まればいいんです。
離縁までにフローラちゃんが子供を産んだ場合は、私の子供という事でフローラちゃんの弟にしましょう、どちらにしろ、爵位はフローラちゃんとその子供のものです」
子供の話で、フローラとロイが顔を赤くして、アンズ殿はそんな2人をニヨニヨしながら見る。
「ね、良いお話でしょう?」
私に向き直り、うふふ、と悪い笑顔のアンズ殿。
後ろでサイファまで悪い顔で笑っている。
えーと、でも、何か変だよな?だから何でライズ商会が爵位を乗っ取るみたいな話になってるんだ?
とフローラを見るが、フローラは呆れた顔をしているだけで、ロイは苦笑いだ。
「乗ってくれますね?乗りますよね?このお話」
ずずいっと更に身を乗り出すアンズ殿。
、、、、、まあいっか。
「うちは別にアンダーソン家を乗っ取りたい訳ではないんですがね、、、、」
私はこの話に乗る事にした。




