12.無自覚天然たらし
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その日の夕方、サイファが「出来ました、奥様」と例の悪い笑みで私に報告しに来た。
その笑顔は完全に「ぐへへ、奥様、あの若造に一服盛る準備が出来ましたんで、今夜は楽しんでくださいね」みたいな笑顔だけど、もちろんサイファの報告は、ぐへへ、、、ではなく、ロイ君の部屋に中からかけれる鍵を付けた事だった。
よし、まずは一歩ね。
物理的な抑止力というのは大切だ。
人間は間違う生き物だもの。システマチックに防止しよう、それが安全だ。
さて、次だ。
そろそろロイ君が帰ってくる時間だ。私は玄関で仁王立ちで、ロイ君を待った。
がちゃり、と玄関の扉が開く。
「ただいま戻りまし、わっ、どうしたんですか、アンズさん」
帰って来たロイ君が、いきなりの私の仁王立ちにびっくりしている。
ワンコめ、可愛くびっくりしやがるな。
ほんとに可愛い奴め、鍵付けて良かった。
「ロイ君、お話があります。あなた、フローラちゃんに、私の事を素敵な女性とか言ったらしいわね、私にそういうおべっかは不要です、止めましょう」
私は単刀直入に、非常に分かりやすくそう注意した。
ロイ君はぽかんとしている。でも少しぽかんとした後に、むっとした顔になって何とこう言いやがった。
「おべっかじゃありません、アンズさんは素敵です」
、、、、、、ん?
「まるで少女のような、少年のような無垢な様子なのに、中身はしっかり大人の女性で、とても素敵です、まるで野生の百合のようです」
真っ直ぐな強い眼差しでロイ君は告げる。
その目に、恋に浮かれる熱っぽさはない。とても真摯に私という1人の女性に向き合っての発言のようだ。
大分、フローラちゃんとよりを戻させてくれた恩人フィルターはかかってるように思うけど。
「僕の妻には、あなたは本当に勿体無い方です」
強い眼差しのままにロイ君は続ける。ちょっとその眼差し、ドキドキするぞ。
「フローラもサイファも、もちろん僕も、今やすっかりアンズさんの虜です」
この言葉に私の心臓が、どくん、と脈打つ。
これは、いかん。虜なんてダメだよ、ドキドキするよー。
なんて事をさらりと言いやがるんだ、ロイ君。
「ロイ君、ストップ。そこら辺で止めよう、私が勘違いするから、、、、、、いやはや、君は、、、危険な子だ、、、、、さては、無自覚天然たらしだな」
どうやら、そうだな。
これは、フローラちゃんが不安になる訳だ。
鍵付けて良かったあ。
「え?たらし?」
「そうだよ、ロイ君、今のはアウトだよ。たらし確定です。そして、ロイ君、他の女の事をそんな風にフローラちゃんに言ったら、フローラちゃんが不安になるよ。現になってたよ、知ってた?」
「フローが不安に?」
途端に、ロイ君の瞳がゆらゆら揺れる。
うむ、良かった。やっぱりフローラちゃんの事となると輝きが違うね。見よ、数十秒前の私よ、これが恋するロイ君の瞳の輝きだぞ、勘違いすんなよ。
私は今日の午後にあった事を話した。ロイ君の顔がどんどん曇る。
「100歩譲って私を褒めても良しとしても、その後、しっかりフローラちゃんに、君がベストだと伝えるべきだと思う。
“あれは所詮、野山の百合だよ、フローラ、僕の心の斜面には君という花しか咲いてないよ、ベイビー”くらいは言わないとダメよ」
「えっ?」
かあっとロイ君の顔が赤くなる。
もしかして、好きな子には大分奥手なんだろうか、触れるだけのキスしかしてないらしいし。
「という訳で、ロイ君は今から、ライズ商会行って、すぐにフローラちゃんの不安を取り除いてあげて。そしてついでにフローラちゃん父に4人での面会の約束を取り付けて欲しいの、私は暇だからロイ君とフローラちゃんと、お父様とで日取りを決めてね。
そして帰って来てから、もう一個伝えたい事あるから、心づもりしててね。こうなったら早めにフローラちゃんを合法的に我が家に迎えるわよ」
私はぐっと拳を突き上げる。
17才の愛らしい乙女が、恋人と他の女が1つ屋根の下で暮らしてて不安だ、と泣いたんだぞ、早急に何とかしなくては。
私の横で、いつの間にか来ていたサイファも拳を突き上げている。
「よく、分からないけど、分かりました」
ロイ君も付き合って、拳を突き上げてくれた。
ほんといい子。
***
そして、一刻ほどしてからロイ君は戻ってきた。
「フローラちゃんは何て?」
「、、、、どうせ、アンズさんにそう言えって言われたんでしょって言われました」
ロイ君が暗い。
「ロイ君、何て言ったの?」
「そのまま言いました」
「僕の心の斜面には君という花しか咲いてないよ?」
「はい」
「そのまま言ったのかあ」
「はい、でも、フローは、怒ってたけど最後は笑ってはいました」
「そうなの?じゃあ、上手くいったのかな?」
「どうでしょう、あ、ライズさんとの面会は3日後に取り付けましたよ」
「ありがとう、さて、じゃあ私の作戦をお教えしよう。あ、そうだ、忘れる前に言っとくね、ロイ君の部屋に鍵付けておいたから、今晩から寝る時は鍵かけてね」
「鍵?何故ですか?」
「ふふふ、物理的抑止力よ」
私はどや顔で言った。
お読みいただきありがとうございます。
よいお年を。




