11.フローラちゃんの本音
《あの日、庭園で僕は女神に会ったんだ、ああ、ソフィ、僕の女神、僕の天使。君のその美しい絹糸のような髪に触れたい、そして君は僕を魅惑して止まないエメラルドの瞳で僕を見つめて欲しい。
君に焦がれて、ただひたすら狂おしい日々を送る僕を哀れに思うなら、どうかこの愚かな申し出を受けて欲しい、、、、》
「こっちの人の恋文って、情熱的というか、ロマンチックというか、大袈裟ね」
私は手紙を書き写す手を止めて言った。
ライズ商会からフローラちゃん経由で、手紙の代筆の内職をもらうようになり、1ヶ月半が経った。私の字は力強くて凛々しいらしく、主に男性から女性への手紙をせっせっと書き写している。
そのほとんどは恋文で、前述のようにかなり大袈裟だ。
「そうですか?これくらい普通ですけどね」
私の作業を見守りながら、サイファの淹れたお茶を飲んでいたフローラちゃんが言う。
最近のフローラちゃんは、平日は午前中に実家のライズ商会のお手伝いをして、お茶の時間にアンダーソン家に顔を出す、という流れになっている。なのでロイ君とは夕方のロイ君の帰宅時に挨拶する程度だ。
「普通なんだ、、、、そして、絶対に髪の毛と瞳を褒めてるよね、色がカラフルな人が多いからかな、フローラちゃんも、きれいな黄緑色だもんね、、、、うむ、こうしてじっくり見ると綺麗ね、、、これは、確かに褒めたくなるね」
ちょっと考えてみる。
「まるで、晴れて暖かな日の昼下がりに、素敵な斜面でそよ風に揺れる草のようだ!どう?」
私の渾身の褒め言葉にフローラちゃんは微妙な顔をする。
「そうですね、目に浮かぶ情景は悪くないんですけど、、、、草ではなく、花にしましょうね。そして素敵な斜面って何ですか?」
「上がるのに少し息が切れる程度の斜面」
「へー、、、、それは、素敵ですね」
そう言うフローラちゃんの口調はとても冷めてる。
はいはい、そうですよね、イマイチなんでしょうね、でも、黄緑なんて草しかなくない?黄緑の花なんてなくない?
「いいよ、もう、確かに詩的な文章の才能はないわよ。やっぱり宝石に例えた方が良かったかしらね?」
「そうですね、石に例える事は多いです。瞳の色は特別なんですよ。恋人同士なんかだと、お互いの瞳の色に近い石とか小物を贈り合ったりもします、独占欲が強い人は女性のドレスを自分の色にしたりもします」
「へえぇ、前の世界はそういうのなかったわ、基本全員黒かったからなあ、、、、ふふ、皆、真っ黒になっちゃうよね、てか黒い宝石ってあるかな?、、、、オニキスとか?」
「うーん、アンズさんは、真っ黒ですもんね、オニキスでしょうね」
「オニキスかあ、、、私も誰かに贈ったりするのかなあ、、、、、ないか、こんなカスカスの年増」
いけね、しかも結婚してた。
私のその言葉にフローラちゃんが顔をしかめる。
「年増じゃないですよ。ところでアンズさん、父から、毎日ここへ来るのはよろしくない、とついに言われてしまって、来る頻度が減ると思います」
「がーん、そうなの?」
「はい、当初は私があまりにショックを受けてたから、大目に見てたようです」
「そっかあ、そうだよね、ローズにも散々良くないって言われてるもんね、、、、、うーん、でも、穏便な離縁には2年はかかるんだよね。2年経っても子供が出来ない夫婦はそれを正当な理由に離婚出来るんだよね」
これも、ちゃんと法律書を読んだから知ってる。ゴシップ記事の貴族の結婚事情にも散々書いてあった。
もちろん、2年待たずとも離縁する事は出来るし、するカップルもいるけどかなりイメージが悪い。よっぽどの不仲とか事情がある場合だけだ。おまけに私とロイ君の結婚は王家が推し進めた結婚、スピード離縁したらロイ君の醜聞になるだろう、騎士団での昇進に響くかもしれない、なので目指すのは穏便な離縁だ。
「、、、そうです、さすが良く知ってますね。それが一番穏便です」
あれ?何だかフローラちゃんが暗いような、、、
「2年かあ、、、長いね」
「長いです」
やっぱり暗い。
「フローラちゃんが天使のようないい子で良かったよ、待っててくれるなんて、ロイ君は幸せ者だね」
元気づけるつもりで、ばちん、とウィンク付で言ってみたけど、フローラちゃんはやっぱり暗い。
私のウインクが虚空へと消える。
「フローラちゃん?」
「私、不安なの」
「うん?」
そこでフローラちゃんは、堰を切ったように話し出した。
「私、アンズさんが思ってるほど、天使でもいい子でもないよ。私、アンズさんが好きだけど嫉妬もしてる。ロイもアンズさんも信じてるけど、それでも、夜、2人はひょっとしてって思う。毎日、ここに来る時は2人が親密になってたらどうしよう、って思う。
毎日毎日来てたのは不安だったからだもん、あんまり来れなくなったら2人は恋仲になるんじゃないかって考えちゃって怖い。
ロイと婚約解消した時は、幸せになってね、って言ったけど、アンズさんなんか消えろって思ったし、今でもたまに、アンズさんさえ居なかったらって思う。
だって、この屋敷に夜はロイと2人きりでしょう?もちろん嫌なの。アンズさんはこんなに、からっとしてていい人なのに、そんな風に思う自分がどす黒くて、い、嫌になる、うわーん」
一気に話すと、フローラちゃんは盛大に泣き出した。私はびっくりして、おろおろと、フローラちゃんの隣に行って背中をさすった。
「しょ、初夜だって、何もなかったとは聞いたけど、でも、あの、生真面目なロイが、つ、務めを果たそうとしなかった訳ないし、何かはっ、あったんじゃないかってっ」
フローラちゃんがしゃくり上げて訴える。
「それは、何もないよ」
すぐに優しく、きっぱりと否定した。
あんな悲壮な顔で迫られて何も起こる訳ないのだ。もしかして、ロイ君は「何もなかったよ」だけで、具体的な事は話してないのかな、話してなさそうだな、フローラちゃんも突っ込んでは聞けなかったんだろうな。きっとずっと気にしてたんだ。
「サイファ」
私はすぐに小柄なメイドを呼ぶ。サイファはさっとこちらへやって来た。
「今すぐにロイ君の部屋を鍵がかけれるようにして、あ、中からね」
「かしこまりました」
サイファはお仕着せを翻して部屋を出ていく。
「、、、アンズさん?」
「フローラちゃん、とりあえず、今すぐ出来るのはこれくらいかな」
「え?何でロイの部屋に鍵なんですか?」
「ロイ君の部屋に鍵があれば、私が夜這いする心配がなくなるでしょう?もちろん、夜這いはしないけどさ、こういうのは物理的に確かな方がいいよね。これでロイ君は安全だよ」
私は、優しく慈愛に満ちた微笑みをフローラちゃんに向ける。
さあ、安心したまえ、年増の毒牙からロイ君は守られるのだよ。そんな想いを込めて頷く。
フローラちゃんは、泣くのを止めた。涙が引っ込んだようだ、良かった。でも何だか訝しげな表情だ。
「えーと、アンズさん、ロイがアンズさんの部屋に行ったらどうするんです?」
「、、、、、ん?何言ってるの?来るわけないよ、こんなおばさんのとこ、28才だよ?」
フローラちゃんは今度は、頭痛い、みたいな顔をした。さっきの、うわーん、は完全に落ち着いた様子だ。
「アンズさん、前から思ってたんですけど、アンズさんの女性としての自己評価、低くないですか?
あなたは魅力的な女性です。体の線は細くてたおやかで、どこか中性的で、この国の人にはない優雅さというか、何とも言えない淫靡な様子すらあります。お顔だってエキゾチックで私は好きです。その黒い瞳は特に美しいと思います。年だって全然若く見えます。それに何よりお話ししてると、理知的で、でも、偉ぶってなくて真っ直ぐでとても楽しいです」
「え、、、うわあ、ありがとう、え?淫靡?」
そんな事は初めて言われたので、あわあわしてしまう。
「ロイも、素敵な女性だと言ってました」
は?何を言っているんだロイ君め。
フローラちゃんの前で、私へのおべっかを言ってどうするんだ。
「無自覚だったんですね、、、、確かに万人受けする容姿ではないですけど、お好きな方はお好きだと思いますよ、お城で言い寄られたりしなかったんですか?」
「寄られる訳ないよ、私来てすぐはヒステリックだったし、その後は行動制限あって、ローズとべったり図書室だよ、すっごい地味よ」
何を言ってるんだ、フローラちゃんめ。
「ローズさんが睨みを利かしてたんですね、、、、」
「フローラちゃん、ローズはいつでも睨みを利かしているよ」
「、、、、ふん、もういいです」
「え、もういいの?」
「ええ、もしロイが血迷って夜這いに来たら、はっ倒してくださいね」
「えっ、うん、分かった。来ないだろうけど分かった」
「今日はもう帰ります。みっともなくてごめんなさい、また、来ます」
フローラちゃんは、まだ、涙の跡の残る顔をごしごしすると、てきぱきと身支度をして帰っていった。
残された私は、真剣に我が家に合法的にフローラちゃんを迎える方法について考えた。




