10.内職について
「ちょっと、待ってください、内職ってどういう事ですか、アン。持参金、たっぷり貰ったでしょう?」
フローラちゃんからの内職の話に、ローズが割り込んできた。
ローズの目は、まさか、あの持参金、全部使ったのか?と言っている。
まさか。
私は落ち着き払って答える。
「持参金は丸々あるよ。ロイ君もあのお金には僕は手を出しません、とか言ってて、私名義でちゃんと貯金してあるわよ」
「じゃあ、どうして内職なんです?」
「だって暇だもの。家事はサイファがしちゃうから暇なの、お城に居た時は図書室あったけど、ここにはないし、それにやっぱり自分のお金は自分で稼ぐものでしょう」
「いいえ、お金はアンダーソン様が稼ぎます」
「ロイ君のお金はフローラちゃんとの先々に必要なものよ、ローズ。それこそ私が手を出したらダメ、、、、、うわ、待って、ローズ!」
がたん!と席を立ったローズを私は掴んだ。
「離しなさい、アン!アンダーソン様に一言申してきます、何でアンが日陰の女みたいな事を言ってるんですか!?」
「待って、ローズ!ロイ君はもちろん僕のお金で生活してくださいって言ってるよ!私の意思なの!私が嫌なの!前の世界では女も働くなんて普通なのよ、働いて自分だけのお金が貰えるって素敵よ、ローズも侍女のお給金、嬉しいでしょう?私もなのよ」
「、、、、私は元々平民で、身寄りもありません、生きていく為の仕事です。でもアンは違います、聖女としてこちらに勝手に引きずりこまれたんですよ、あなたが日々のお金を苦労して稼ぐべきではありません」
「ローズ、私も前の世界では平民よ。まあ、こっちの平民とはいろいろ違うけど、頑張って勉強して、そこそこの大学入って、そこそこの会社で、そこそこ認められながら1人でそれなりにやってた自負はあるの。
だからこっちでも役に立ちたい、というか、自分の力でお金を稼ぎたい。正直、内職くらいじゃ、日々の暮らしなんて無理だから家計の大半はロイ君の騎士団の稼ぎで賄うんだけどね。
自分のお小遣いくらいは自分で捻出したいな、と思うの」
「、、、、、」
「ローズは私の事を、やんごとなき身分、みたいに扱ってくれるけど、そしてそれは嬉しいんだけど、もうちょっと平民寄りでいいかなあ、と、、、、、ね、何なら、ほら、奥様の趣味の手仕事的な?」
「趣味の手仕事ならせめて刺繍でしょう、それとて、作品は商業的に売ったりしません、寄付やチャリティーバザーのような催しに出すんです」
「手紙の代筆は?」
「それは完全に内職です」
「でもローズ、私、とても貴族の奥様としてやっていくのはムリなのよ。なら、別の手段で立場を築くべきかな、と思うの。フローラちゃんが言うには読み書き、計算が出来るのはかなりの強みらしいし」
そう、私はこの世界の字が普通に読めるし、普通に書けるのだ。見た事ないアラビア文字みたいな文字なのに問題なく読めて、書ける。見た事ないのは確かなのに不思議だ。召喚された時に魔法的な何かが作用したんだろうか。地味だけど嬉しい事ではある。
おかげで本も読めた。
因みに、数字は前の世界と一緒で10進法なので全く問題ない。
「それは、私も何度も言いましたよ、アン、そもそも平民なら読み書きは出来ません。算術は貴族の令嬢達では扱うのは一握りの方達だけです」
「えっ、そうなの?」
「はい、ですから、アンが文官になりたい、と言った時、それはかなり現実的な話ではあったんです。私にコネや伝手があれば実現出来たはずなんです」
ローズが悔しそうだ。
「内職なんかに甘んじるなんて、、、、」
ローズが歯をぎりぎりする。
ここでフローラちゃんが助け船に入ってくれた。
「ローズさん、これはまずは手紙の代筆で実績を積みましょう、というお話です。
アンズさんは字がきれいなので代筆は問題ないです。もし、詩的な文章が書けるならゆくゆくは手紙の草稿から行えますし、事務的な文書の作成が出来るようなら法的な書類の作成も出来ます。
そうして内職ではなく、職として成り立つ所まで行けたらいいかな、そうすれば、多少、社交が弱くても一目置かれるかな、というのが理想です。最近は職業婦人や、事業を興す婦人も、ちらほらおりますし」
フローラちゃん、、、、本当に17才かしら、、、。しっかりしゃべるなあ、商会のお手伝いとかしてるからかなあ。
「アンズさんのこっちの世界での立場は微妙です。聖女様の従者様として今は何となく神聖視されてますが、魔力もないし、魔法も使えません。こんな事出来るよ!ってアピールしておくのはいい事です。
アンズさんは貴族の奥様や令嬢とお茶会して、社交界の立場を築くのは無理でしょう?」
「無理。あのマナー無理。そもそもコルセット無理。扇子も無理、ヒールも無理、今もズボン履きたい」
私の激しい同意にローズがため息をつく。
「ね、ローズ、貴族の奥様としては無理なのよ、だから、ね」
おまけに、いずれは離縁する気満々なのだ。
「アンズさんの手紙の代筆に問題なければ、他の仕事についても、父に相談してみようと思ってます」
「フローラちゃん、、、、」
ほんとなんていい子。
「私、アンズさんの事、好きなんです。ロイの事なしでもアンズさんの力になりたいんです」
「ぐすっ、フローラちゃん、、、」
思わず涙ぐむと、さっとローズがハンカチを差し出してくれた。
「ローズ、、、、」
「アン、きっとあなたに詩的な文章は無理でしょうから、事務的な文書の勉強をしましょう」
「、、、、ローズ」
詩的な文章、、、、どうして無理と決めつけるのかしら、心外だ。
まあ、という訳で、とりあえず私の内職は、手紙の代筆に決まった。




