1.結婚するようです
よろしくお願いします。
そこは扉からして最上級の応接室だった。
艶かでどっしりとしたマホガニーの扉を開けると、濃く赤い絨毯が敷かれ、頭上には品の良いシャンデリアが輝く。
応接セットのソファは落ち着いた赤茶色の総革張りで、テーブルは扉と同じマホガニー製だ。
軽やかな内装が好きな私でも、こういうのも素敵だな、と思ってしまう程の、全てが一級品の重厚な応接室。
そんな総革張りのソファに私は今、ちょこんと腰かけている。
ここはお城の本宮の一室。聖女の力は一切ない、聖女のおまけで召喚されてしまった私は召喚されてからのこの3ヶ月間、この本宮には立ち入ってはいけなかった。
そこに今、招待されて私は座っている。
カタカタカタカカタ
と何やら細かい音がするけど何だろうな、と思っていると、私が持ってる紅茶のカップが震えて受け皿に当たっている音だった。
どうやら部屋の雰囲気に圧倒されて、手が震えてるみたいだ、紅茶をいただくのを諦めてテーブルに戻す。
いちおう戻す時にちらり、と部屋の扉横に控えている私の心の拠り所、侍女のローズを見る。
ローズが私の視線に気付き、うすーく頷く。
こぼすくらいなら、飲むのを止めましょう。
私の脳内でローズの頷きが言葉に変換される。
分かったわ!ローズ!
私は、心の中でぐっと親指を立てて、紅茶を諦めた。
諦めた途端、ばんっと勢いよく扉が開いて、私はびくっと身を竦める。
紅茶、テーブルに戻しておいて良かった!
やはり心の中で万歳しながら、入って来た御方を見る。
金髪碧眼の整った容姿、堂々と颯爽と入ってきたのは、私をここへ呼びつけた本人、この国の第二王子様、フェンデル王子殿下だ。
私が王子を見るのは、これで二度目だ。ザ・王子という感じの完璧なビジュアルだが、私の好みではない。もう少し野性味が欲しいな、と思う。金髪碧眼じゃなくて、黒髪褐色の肌、とかがいいなあ。
などと、王子をじぃぃっと見てると、ローズから冷たい視線が飛んできた。
あんまじろじろ見んなよ。
ローズの低い声が頭に響く気がする。
視線が冷たいので、言葉遣いは私が勝手にちょっと乱暴に変換しておいた。
私はローズの無言の助言に従って、そっと王子から視線を外した。
「待たせたな、アンズ殿」
王子は爽やかに言って、私の向かいに腰かけた。
「いえ、本日は一体どういったご用でしたでしょうか」
しまった!!
フェンデル王子殿下にご挨拶申し上げます、って言うの忘れた!いきなり本題に入ってしまった。
あわわ、と思うけれど王子は笑った。
「ははは、アンズ殿も中々面白いな。これはこれで良いものだ、では本題に入ろう」
王子はくいっと形だけ紅茶を飲むと、切り出した。
「そなたが、完全に王宮を出たいと希望している事は聞いた、市井を身近に感じたいというその意思は素晴らしいものだ」
そう、私はそれを少し前に希望した。
「もうお城嫌です、とにかく外に出してください」という希望に、何故か崇高な志のようなものが付け足されてるけどまあいい。
「こちらとしても、そなたの希望は出来る限り、聞こうと考えている」
そうでしょうね。
王宮から出て行ってくれたら厄介払い出来るものね。
「だが、1人で町中に放り出す訳にはいかない。然るべき者と一緒でなければこちらとしても困る。そなたの安全が第一だ」
それっぽく行ってるけど、つまり、監視付きなら出してあげるよって事かな?
監視かあ、、、あ、ローズにしてくれないかな、監視。
私はちらりと王子越しにローズを見る。ローズは私がこちらに召喚されて、自暴自棄で泣きはらしていた時、ただ1人、親身になってくれた人だ。監視付ならローズ付がいい。
ローズ!お願い、監視で付いて来て!
私は目で訴えてみたけれど、伝わったのか、伝わらなかったのか、ローズはいつもの笑顔だ。
私がローズに念を送っている間も、王子の前置きみたいなものは続いているけど、もう聞き流す。
「貴族の養子にするという案も出たのだが、」とか「神殿に入るという可能性についても検討したが、」とか、みたいな事を王子はしゃべっている。
そんな事よりも、今はローズだ。
ローズ、お願い!
すると、念を送り続ける私にローズが笑顔のままほんの少しだけ、顎をしゃくった。
じっとローズを見ている私にしか分からないくらいの僅かな動きだ。
顎は王子を指している。
王子の話、聞けや。
どすの利いた、低いローズの声が聞こえた気がしたので、私は意識を王子に戻した。
「ーーーという訳で、そなたには結婚して貰おうという事になった」
ちょうど、話は締めくくりの結論の部分だったので、私はほっとする。
結論が聞けたし、これで大丈夫だ。
私はにっこりと笑顔で、、、、、、、
、、、、、、は?
けっこん?
「ちょっと待ってください!結婚?」
私は前のめりになって、王子に聞き返すが、その背後のローズの目が私を射抜く。
王子に口答え、すんなよ?
さっきより更に低い幻聴が聞こえる。
私は前のめりの姿勢をそろりと元に戻した。そうだ、この部屋に入る前にもローズに散々言われていたのだ。
「アン、王子殿下との対面ではとにかく、笑顔で頷いていてください。余計な事は一切しゃべりませんよ。あなたはただの聖女様のおまけです。聖女様のように何もかも大目に見ては貰えませんからね、まあ、異世界からという事で、多少は許してくれますけど。でも、万が一、不敬だとなれば私では庇いきれません。とにかく、笑顔、頷く、この2つです。いいですね」
くどくどくど、と3回は言われたと思う。
私はぐぐぐっと笑顔を作る。絶対、ひきつっているけど。
「ははは、心配するな、先ほど言ったように信頼出来る相手を選んでいる」
王子は爽やかな笑顔で、入れ、と外に声をかける。
え?
ちょっと、待って、もしかして、今ここで結婚相手と会うの?
待って、まだ、結婚にも付いていってないんだけど、早い、早いぞ、展開が。
もちろん、私の内心の動揺などお構い無しにカチャリと扉は開く。
入って来たのは、悲痛な面持ちの騎士服の青年だった。
柔らかそうな薄茶色の髪の毛に、抹茶色の瞳、垂れ目の甘い顔立ちの、ワンコ系の美青年だ。
お姉さん達の心をくすぐりそうな中々の美形だけど、いかんせん、表情が悪い。
この世の終わりみたいな暗い顔をしている。
「ロイ・ブランドという。第一騎士団所属で、ブランド家の三男だ。騎士団でのおぼえも良く、評判も悪くない。もちろん、初婚だ」
王子がどや顔で説明してくれるけど、いやいや説明よりも、ロイ君の顔、顔がひどいよ。暗いよ、暗い。
絶対嫌がってるよね?しかも絶対に十代だよね?私28才だよ?無理があるよね?無理しかないよね!
「あの、、、、ロイく、ブランド様は、かなりお辛い様子ですけど、大丈夫でしょうか?」
私は何とかそう聞いてみた。
ここは、ロイ君の為にも頑張りたい所だ。
「ん?ああ!アンズ殿の前で緊張しているだけだ」
えっ、絶対違うと思う。
嫌なんだよ、結婚が。
「おい、ブランド、そのような顔は止めろ。アンズ殿が不安になるだろう、それから自分でも名乗れ」
王子が少し不機嫌な様子でロイ君に命令する。
「ロイ・ブランドと申します。アンズ様」
ロイ君はやっぱりこの世の終わりみたいな茫然自失の声でそう言った。