信じるものは救われない現代社会に失望したアラフォーは異世界に逃避する ~日本と異世界行ったり来たり~
■もう誰も信じない
こんなことってあるんだな。
41歳・・・あ、もう誕生日きたから42歳か。
これまで普通に高校いって、大学行って、就職して・・・
人並みに頑張ってると思ってたけど、金なし・仕事なし・人脈なし。
ほんとにある日突然何もなくなるもんだな。
俺、柏木裕一42歳は、真昼間からスーツでノーネクタイという格好で居酒屋にいる。
昼間からビールをジョッキで飲む背徳感。
でも、今となっては誰からも文句を言われることはない。
そう、今日から俺には仕事もないし、友達もいない、家族もいない。
天涯孤独さ。
仮に今死んでも、誰も困らない。
あ、80歳の両親はまだ生きてるから、死んだって聞いたら悲しむかな。
元々そんなに友達が多かったわけじゃないけど、職場の人とは普通に話すし、普通に一緒に仕事をしていた。
・・・していると思っていた。
会社である一人が会社の金を持ち逃げした。
それぞれみんな保身に走ったが、俺だけ擁護してくれる人はいなかった。
まさか俺がそいつの仲間だと思われるなんて想像しないから、いつも通りにしていたらなんとなく俺も共犯者みたいな空気がいつの間にか社内に出来ていた。
そうなってからは坂道を転げ落ちるようだった。
社内で書類や領収書がなくなっても俺じゃないかと言う空気があった。
俺が他人の書いた書類や領収書を盗んでも何の利益もないことくらい誰にだってわかる。
だけど空気って恐ろしい。
毎日出社するのがおっくうになった。
その状態で3か月間。
俺よく頑張った。
会社に行くのも、社内の人間を見るのも嫌になった。
好きだった仕事にも意義を感じなくなった。
別に俺じゃなくて良いんじゃない?
普通に信用される普通の誰かがやればいい。
俺が会社を辞めると上司に申し出ても誰も止めなかった。
そういう事なんだと理解した。
俺が大金持ちだったら即引退して山奥で引きこもり生活をしている。
でも、貯金も言うほどないし、家だって賃貸。
次の仕事は探すけど、転職サイトだといつも同じような会社名で、「それってすぐ辞めてるからまた募集出してるんでしょ?」とか思ったら中々触手が動かない。
資格も実績も特にないので、ハローワーク通いかな・・・
失業保険っていくらくらいもらえるのかな・・・
いっその事、今流行の異世界転移でもしたいものだよ。
良い具合に酔っ払った俺は会計を済ませて、店のドアを出て暖簾をくぐった。
・・・そこは異世界だった。
明らかに今までいた俺の街じゃない。
俺は確かに街中で飲んでたはず。
しかし、ここはどう見ても中世ヨーロッパ的な景色。
高い建物なんてない。
かなり田舎な感じだ。
まず、そこらの人の顔立ちが明らかに日本人じゃない!
金髪、黒髪、ブラウン、色々いるけど、どう見てもヨーロッパっぽい。
ヨーロッパには行ったことはないけれど、昔、長崎のハウステンボスには行った。
服装的にはあんな。
でも、街並みはもっと田舎だろう。
石造りな点は似ているけど、高くても2階建て。
詳しくないけど、アンデルセン童話のアニメで見た田舎町って感じ。
もう、アンデルセン童話のアニメなんて放送していないんだろうな。
誰向けの説明なんだ、ごりゃ。
俺はスーツ。
明らかに浮いてる。
街ゆく人は俺をチラリと見て通り過ぎる。
色々珍しいだろうさ。
アジア人は俺だけみたいだし。
ドン!
「おっと、ごめんよ」
俺の真後ろにあったドアが不意に空き、人が通って行った。
俺は日本の居酒屋から出てきたはずだけど、この中世の街のこのドアから出てきたみたいな状態?
どこでものドアみたいな状態?
人間明らかに異常と思えるようなことでも、実際に見せられると納得するものだなぁ。
確かに、変だとは思っているけど、俺の脳は、日本の居酒屋のドアを出た瞬間に異世界に来たと理解してる。
あれ?
俺死んだの?
でも、スーツだし・・・
神様的な人にも会ってないし、チートなスキルももらってない。
これじゃあ異世界でチートな無双ができないじゃないか。
いや、あれ言ってみるか?
もし違ったら恥ずかしいから小さな声で。
「ステータス・オープン」
誰にも聞こえないような小さな声で、俺はそう唱えた。
すると、音もなく小窓が目の前に現れた。
「柏木裕一(42歳):レベル1」
あれ?
名前もそのまま?
レベル1って低すぎない!?
「もちもの:なし」
ないんかーい!
持ち物がストレージ一杯で、そこから能力が発現したり・・・しないのね。
さっきの男と言い、なぜか言葉は分かるので本当に中世のヨーロッパにタイムトラベルしたわけではないのは分かる。
ステータスが出たことからこれはやっぱり異世界もの!
だけど、俺は完全にモブ。
どうしたらいいんだ!?
とりあえず、できること。
どこか見せに入ってみるか。
何か情報が得られるかもしれない。
俺は店と思われる建物のドアを開けた。
ああ、家に帰りたい。
ガチャ
・・・家だった。
中世のヨーロッパにいた俺は、今家の玄関の中にいる。
ドユコト?
どこかよその世界に行きたいと思って居酒屋を出たら異世界で、異世界では家に帰りたいと思ったら、家?
ファクターは2つか!?
1.行きたいところを思い浮かべること
2.ドアを通ること
それか、もう俺は精神的に終わってるか。
とりあえず、確認。
「ステータス・オープン!」
音もなく四角い半透明の表が出た。
現在進行形に精神がどうしているか、現実として受け入れる必要があるのか。
「もちもの:なし」
あれー!?この俺の持ち物の山である俺の部屋で「もちものなし」って!?
おもむろに冷蔵庫に手をかけた。
次の瞬間、冷蔵庫が消えた。
「もちもの:れいぞうこ×1」
おお!
これってストレージってやつ!?
面白いので、部屋にある物を次々ストレージに納めていった。
30分後、俺の部屋の中は空になった。
引っ越ししてきて以来だな、この感じ。
集中していたのだろうな。
外は薄暗くなってきていた。
■異世界で出会った少女
家に帰ってくると急に余裕が出てきた。
またあの異世界に行ってみたくなった。
家の玄関のドアを開けながら考えた。
あの異世界!
今度は、依然と違う場所に出た。
っていうか雨!!土砂降りだよ!!
ストレージの中に傘があったので、おもむろに出してさしたのだが、誰も傘をさしてない。
薄暗くなっていく知らない街並みで土砂降りって、いきなり帰りたくなってきた。
異世界は街頭もなく、日がかげると街全体が暗くなっていった。
人通りも少なくなって、すさんだ俺の心は益々心細くなっていった。
「あの・・・」
びくっ!
「なんか、声がした!?」
あたりを見渡すと小学生くらいの小さい女の子が道のわきに座ってる。
座ってるので良いのか?
うずくまってるみたいな。
「あの・・・なにか、食べ物を恵んでください・・・」
あ、ストリートチルドレン的な?
日本ではリアル物乞いを見ることはない。
ストレージからバナナを出して、女の子に渡した。
「あの・・・ありがとうございます・・・」
少女はバナナを受け取ったけれど、力なくぐったりしている。
こりゃあいかん!
よく見たら手足はちょっと力を入れたら折れてしまいそうに細い。
しばらく食べてなかったのか!?
俺はストレージからゼリー飲料を出して、少しづつ飲ませた。
「ありがとう・・・ございます。神様・・・」
消えゆく声で感謝を言ったら気を失った。
この土砂降りの中、この少女をここに置いておくことなどできない。
誰かに見つかったら事案になってしまう(汗)
俺は家に帰りたいと思いながら、適当な家の門戸を開け、自宅に転移した。
■生まれ続ける誤解
少女を家に連れてきたのは良いが、この子本当に汚い!
そして、臭い!
雨の中の犬のようなにおい、獣臭がする!!
この小汚い状態でベッドに寝かせることもできないし、部屋も臭くなってしまう。
何よりびしょ濡れのままにしておくことは出来ない。
俺は急いで風呂を沸かした。
騒がれたら事案になってしまうが、服を脱がしシャワーで洗い始めた。
一応女の子だし、本当は服を脱がすかどうか悩んだけど、まだ小学生高学年くらいだし、俺さえしっかりしていれば大丈夫かな、と。
温かくなってきたのか少女は目を覚ました。
「キレイにしてあげるからね。ちょっとまってね~。」
とにかく全身汚い!
もうね、全然いやらしい気持ちにはならないね。
あるのは、1か月出張で洗えなかった自動車を洗車した時のきれいになっていく爽快感だけだった。
泥の色だった髪は、洗うと金髪だった。
男物だけどシャンプーしておこう。
身体を洗ってやったところくらいで少女は完全に目が覚めたみたい。
目は青いのか。
吸い込まれるようなきれいな瞳だった。
「湯船につかりなよ。温まるよ。」
「お風呂・・・貴族様みたい・・・」
なぜかうっとりしている少女は、まだふらふらしているので、目が離せない。
湯舟につかったところで、今度は肩からお湯をかけてあげる。
ある程度少女の意識がハッキリしたところで、俺はタオルと着替えの準備を始めた。
少女用の着替えなど持っていないので、Tシャツを着てもらおう。
少女を風呂からあげると、身体を拭いてあげて、髪はドライヤーで乾かしてあげた。
お腹もすいているだろうから、レトルトのクリームシチューを温めて出してやった。
買い置きがあってよかったよ。
「いきなり重たいものだと何だろうからシチューでもどうぞ。」
「あ、ありがとうございます!」
少女はひざまずいて胸のところで手を合わせて目をつぶってこちらをむいた。
お礼のポーズかな?
「熱いからゆっくりね。」
少女はスプーンを持つと、恐る恐る口に運んだ。
「!!おいしいっ!おいしいですっっ!!」
少女はガツガツと無心に食べていた。
よっぽどお腹が空いていたんだな。
そういえば、とパンも出した。
トースターで焼きなおして出してあげた。
「パン?パンなのですか?これがパンなのですか!?」
そうか、食パンって意外に日本の文化だった。
しかも、もっちりしているソフトパン。
海外は普通ハードパンだったか。
日本では、ハイジのパンとか言って逆に人気だと思うけど。
「すごいです!おいしいです!ありがとうございます!」
「そんなに喜んでもらえるなら俺も嬉しいよ。」
「あの・・・あなたは・・・神様なのですか?」
「神様?」
どうしてそうなった!?
「あなた様は、私をこんなきれいな神の世界に連れてきてくださいました。そして、貴族様のようなお風呂を一瞬で出して、食べたこともないような美味しい料理も一瞬で・・・」
かなり興奮してる(汗)
転移については、俺にも説明ができん。
風呂は水道があるし、異世界の人から見たら魔法みたいに見えるのか・・・
そもそも風呂に入るのは日本の文化だし。
料理はレトルトだし、皿に出して電子レンジでチンしたから2分でできた。
「異世界」ってことを説明するのは難しい。
もうしばらく神様ってことにしておくか。
説明が面倒だし。
「まあ、神様みたいなものだよ。だから安心して食べて、今日はもう寝な。」
「はい・・・」
なんだかほわっとして表情だったが、残りの料理もしっかり食べて、そして少女は寝た。
ベッドを貸してあげてしまったので、俺はソファで寝た。
■少女の事情
視線を感じて目を覚ました。
目を開けたらあの少女と目が合った。
ソファで寝ている俺を見ていたらしい。
スマホで時間を確認するとまだ7時過ぎだけど、お腹が空いたのかもしれないな。
ゆっくりと起きて挨拶を交わした。
とりあえず、ハムトーストを作ってやろうと思い、キッチンに立ったが、少女はずっと後ろをついてくる。
そして、俺のすることをずっと見てる。
まあ、見たことないものばかりだろうし興味津々なのだろう。
冷蔵庫から玉子を3個出して、キッチンの上に出して常温に戻す。
冷蔵庫を開けた瞬間、少女がびっくりしてた。
開けて見せたら、手を入れて冷えた空気に目を白黒させていた。
別に冷蔵庫は俺の手柄じゃないけど何だか誇らしいものだな。
トースターに食パンを2枚入れ浅く焼いた。
焦げ目が薄いのが俺の好みなんだよ。
少女は背が届かないみたいで、トースターの中が見れないようだった。
脚台を持ってきてあげた。
すると、少女は台の上に登り、赤く熱せされたヒーターとじっくり焼けていくトーストを見ていた。
「触ると熱いから見るだけね。」
一応注意すると、コクコクと無言で了承した。
コンロにフライパンを置いて、火をつけ、油をひく。
とりあえず、丸いハムを2枚焼いた。
本当は玉子とハムは一緒に焼き始めたいと思っていたが、2人分なので、フライパンのスペースがない(汗)
良い具合に焼けたので、皿に移したトーストの上においしそうに焼けたハムを乗せた。
再度、フライパンが温まったところで玉子を割り入れた。
少女は玉子1個で良いかな。
俺はいつも2個。
フライパンが一人暮らし用の大きさなので、玉子3個はスペースが狭い。
軽く塩コショウして、少しだけ水を入れ、ふたをした。
こうするとひっくり返さなくても黄身にも蒸気で火が入るので失敗しない。
ちなみに、フライパンはちょっといいフッ素加工なので、油なしでも玉子が焦げ付かない仕様になっている。
俺自身はほとんど料理できないが、一人暮らしは長い。
失敗しないような料理器具に助けられ失敗しない程度には成長していた。
既に焼き上がって少し冷めつつあるトーストとハムの上に熱々の目玉焼きをオンした。
マヨネーズとケチャップは好みなので、チューブのままテーブルの上に置くことにした。
「よし!食べようか!」
言って思ったけど、俺は少女の名前を知らない。
「あの、ごめん、名前は?」
「はい・・・リボン・・・って呼ばれてました。」
「リボン、覚えやすい。おれは、柏木裕一、『ユーイチ』って呼んで。」
「はい、ユーイチ様」
様~と思いながらも、こうしている間にも朝食は冷め続けている。
「よし、食べよう、食べよう」
俺が食べ始めようとしていたら、少女、リボンは胸に手を当てて目を閉じ、何か言っていた。
「ユーイチ様のお恵みに感謝して・・・」
何だか丁寧にあいさつをして食べ始めている。
なんか俺だけ恥ずかしいじゃないか(汗)
そして、リボンはハムトーストに手を伸ばしたところで止まった、そして静かに俺の動向緒を見ている。
ああ、どうやって食べたら良いのか分からないのかな。
こういうのは手づかみで、下品に食べるのがおいしいんだ。
ケチャップとマヨネーズをトーストの上にそれぞれ2周させて、マヨケチャの容器を置き、大きな口でトースト、ハム、目玉焼きが同時に口に入る様に大きな口で一口頬張った。
多分、頬にはマヨとケチャがたっぷり付いているだろう。
俺はそのままリボンの方を見てニカっと笑って見せた。
リボンは分かったという笑顔でハムトーストを食べ始めた。
こめかみの横に豆電球が浮かんでピカリと光る絵がリアルで浮かぶような笑顔だった。
ちなにみ、飲み物は俺にコーヒー+牛乳、リボンには牛乳を出した。
お互いお腹が膨れたので、リボンのことを聞く準備ができた。
俺は(インスタントだけど)コーヒーを淹れ直して、リボンには、オレンジジュースを出した。
普段からオレンジジュースなんて常備している家じゃなかったけど、お歳暮だかお中元高をもらったときのがあった。
氷を入れてコップに出してやったら、興味深そうに見ていた。
リボンがオレンジジュースを飲んでる・・・いや、何でもない。
「リボンは、親は?」
ふるふる
リボンは首を横に振った。
「両親は知らないんです。物心つく前に孤児院の前に捨てられていたそうです。その時一緒にリボンが捨てられていたので、リボンって名前で・・・」
「そうか、辛いことを思い出させたな。」
「いえ」
12歳としても、捨てられてから今まで一人で生きてきたという事はないだろう。
「誰が育ててくれたの?」
「孤児院長様です。」
孤児院!なるほど、孤児か。
孤児はもう私だけなのですが、先月修道院長様が亡くなって・・・
リボンは益々暗い表情になってしまった。
だが、大体の事情は分かった。
この子はあの異世界で、本当に行き倒れていたようだ。
修道院長とやらが死んでからは収入もなくなり、食べ物もなくなったという事だろう。
「ちなみに、リボンは何歳だ?」
「えっと、多分なのですが、16歳・・・です。」
16歳!
背が低いし、手も足もガリガリだから小学生だと思っていた。
昨日服を脱がして風呂に入れて洗ってしまった(汗)
16歳だったら事案じゃないだろうか(滝汗)
うーん、知り合ってしまったし、事情を聴いてしまった。
このまま、ハイさよならとはいけない。
拾ったからには拾ったものの責任と言うものがある。
また捨てるのは俺の心が持たないし・・・
とりあえず、伸び放題の髪のカットと、それらしい服が要る。
下着も持ってないみたいだったし。
財布の中身が、あとどれくらい入っていたか思い出す俺だった。
■おめかしリボン
朝食を終えた俺は、リボンを連れて床屋・・・じゃなかった美容院に行った。
伸びきってバックパッカーみたいになっているリボンの髪を切ってもらうことにしたのだ。
俺が切ったら絶対失敗するし。
俺はいつも1000円カットに行っていたので、16歳の女の子が行くようなしゃれた美容院をしらない。
ネットで調べたら、驚くほど近所にたくさん美容院ってあるんだな。
美容院の経営者は大変そうだ。
その後、服と靴を買いに行くことを考えると、ショッピングモールの中にある美容院に行った。
なぜか、リボンは日本においてもちゃんと言葉が分かるので、大きく心配はしなくてよかったが、日本の常識と言うか「当たり前」が分からない。
美容院のお姉さんには、「良い具合に切ってください」と的確なお願いをしてカットしてもらった。
ショッピングモール内の美容院なので、客は男女両方いる。
リボンがカットしてもらっている間、待合場所で待っていても違和感がないのでよかった。
変な店に行ったら、俺の心の置きどころがないところだった(汗)
「こんな感じでいかがですか?」
カットのお姉さんが声をかけてくれた。
今まで前髪で目が隠れていたリボンは、前髪をカットすると大きな目が見えるようになった。
肌なんかはボロボロだけど、作り自体は整っている。
美少女じゃないか!?
リボンを見てみたら、鏡をずっと見てキラキラした目をしていた。
髪はあんまりどうでもいいらしい。
「いいですね!」
「ありがとうございまーす。では、おわりでーす。」
店を出たタイミングで聞いてみた。
「カットどうだった?」
「すごかったです!カットの神様は目にもとまらない速さで髪を切ってくださいました。神々の世界はすごいです!」
ついに、神々の世界になっちゃった・・・
その足で、服を買いに行った。
異世界でも切れる服と思ったけれど、そんな都合のいい服は存在しない。
店の入り口でマネキンが着ている物を一式買うことにした。
よく考えたら、自分の服も選ぶ基準がないな。
服屋で何となく目についた物を買っていた。
ファッションセンスも何もなかった。
考えてみたら俺終わってるな。
こういうお店では下着も売っているので、それとなく店員さんに選んでもらって、一緒に買った。
洗い替えも含めて。
試着室で着替えて、そのまま着て帰ることにした。
なんとなく今風の女の子と言うよりは、別荘に遊びに来たお嬢さんと言うような服になってしまった。
「(新しい服)気に入った?」
「はい!神々の世界では、世界中の服がこのように集められているのですね!!」
普通のショッピングモールなんだけどね。
後は靴屋。
スニーカーってのも何だし、ハイヒールは明らかに違うのくらいは分かる。
ローヒールとか言う、紐のないスニーカーみたいなのを買うことにした。
上から下まで一式そろえたら、別にブランドものとかじゃなくても2万円くらいかかった。
女の子ってお金かかるな。
「あの・・・」
休憩で、イートインコーナーで飲み物を飲んでいたら、リボンが話しかけてきた。
「どうした?」
「あの・・・お洋服に、靴・・・私なんかが着て良かったのでしょうか?」
「あ、言ってなかったね。それは、プレゼントだよ。これからリボンが着ていいからね。」
リボンが感動して泣き始めてしまった。
しまった!
平日の真昼間に、ショッピングモールのイートイコーナーで無く16歳の女の子と、横でおろおろする42歳。
もうそれだけで事案だ(滝汗)
幸いお客さんは少なかったので、リボンの横で頭をなでて慰めてあげた。
何か庇護欲がぐんぐん沸いている俺がいるのに気付いた。
家に帰って気づいた。
昨日来た獣臭がするボロ雑巾のような小学生は、キラキラの金髪、青目の美少女になって家にいる。
しかも、異世界から誘拐してきたので、日本の戸籍もない。
事案どころか、いきなり完全に犯罪だよ。
しばらく表に出たくないと思う俺だった。
■新しいドア
リボンは異世界に戻すのが一番だろう。
でも、考えてみたら、16歳。
あんなに手足がガリガリになるような生活だ。
良きる術を知らないのだろう。
頼りにしていたであろう孤児院長さんもなくなったらしいし、もう詰んでる。
そうなると、次のようなステップが必要だ。
1.食べて栄養と体力の回復
2.異世界で生活環境を確立する
3.収入源を確保する
こんな感じか。
俺が異世界で生活するには物を知らなすぎるので、1か月くらいは日本で暮らしながらリボンに十分な食事を与える。
そして、適度な運動。
まあ、数か月は食べていけるくらいの蓄えはある。
でも、あんまりのんびりは出来ないな。
俺もホームレスになってしまう。
まずは、リボンにご飯を食べさせるために食材を買いだめに行くことにしよう。
いっぱい買うから業務用スーパーかな。
俺とリボンの身支度を負えたら、業務用スーパーへ行くために、玄関のドアを開けた。
そしたら、そう、そこは、俺が思い浮かべていた業務用スーパーだった。
慌てる俺。
目を輝かせてきょろきょろするリボン。
お店の入口で不審な2人。
しかも、1人は金髪だし、めちゃくちゃ目立つ。
そうか、これまで日本→異世界はどこでも的なドア効果があったのだが、日本→日本でもどこでも的なドア効果があった!
玄関開けたら2秒で業務用スーパー。
語呂は悪いけれど、「玄関開けたら2分でご飯」が分かる人の年齢はいくつ以上だ!?
バカなことを考えて、少し落ち着いた。
考えてみたら良いことだ。
事の深刻さは後で考えよう。
ちょうどお店のドアを入ってきたみたいになるので、お店の人からしたら、俺とリボンが店に入ってくること自体は違和感がないみたいだ。
リボンにカートとかごを持つことを教えつつ、食材を次々買っていく。
異世界で食べることを考えたら、冷蔵や冷凍が必要なものはNG。
生鮮食料品はほどほどに。
あんまりたくさんあっても腐らせるだけだ。
そう考えると買える物って意外と少ない。
以下のようなものが該当した。
・乾麺のスパゲティ
・レトルトのスパゲティソース類
・カップめん、袋麺
・ジャーキー等の乾燥肉
・缶詰
種類も割とあるので、何日かは持ちそうだ。
これは、異世界用という事で、買ってもすぐにはあまり食べない。
リボンが料理を始めたら使っても良いだろう。
それは次のステップかな。
ファーストステップ用として、普通のスーパーに行ってカレーの材料を買った。
業務用スーパーで買い込んだ大量の食材を一回家に持って帰って、そのままノータイムで近所のスーパーに行けるのってすごいな。
ただし、絶対運動不足になるな。
スマホの万歩計を見たら1日に歩いた歩数が2000歩くらい。
通勤して会社の席から一歩も離れずに働き続けていたブラックサラリーマン時代と同じくらいだ。
これからは、行きはリボンと歩いて行って、帰りは荷物が多いからどこでも的な感じで帰ってくることにしよう。
この日は、リボンに見守られながらカレーを作り、一緒に夕飯を食べることになった。
■大掃除をする偽善者
奇妙な2人生活が1か月も続くと、リボンはそれなりに肉が付いてきた。
ガリガリだったけれど、それなりに見れるようになってきた。
買い物はいつも一緒に行っていたし、時間があれば河原に散歩にも行った。
こんな老夫婦みたいな生活を続けていると、ぜい肉だけじゃなく、筋肉も付いていた。
1日1万歩は歩いていたし。
筋肉を育てることを意識して、動物性のたんぱく質として牛肉、豚肉などを多めに買った。
植物性のたんぱく質として豆類も多めに食べた。
俺の一生の中で一番栄養に気を使った期間だったと思う。
買い物に行くと、スーパーや商店街でやたらリボンが人気だ。
みんな「日本語ができる外国人」と思っているみたいだった。
確かに美少女だし、段々女性らしいラインも出来てきた。
そういえば、肌もきれいになったな。
以前は環境が悪かったから虫に刺された跡とかあったし・・・
背は低いので愛らしく、どこでも誰にでもかわいがられている。
俺は完全にお父さんポジション。
庇護欲的に俺の心もお父さんポジションになっていた。
日本での生活も安定してきた。
次は異世界だ。
リボンの異世界での生活を立て直す。
今日は異世界でのリボンの家、孤児院に行くことにした。
何が必要なのか分からないので、一般的な掃除道具をストレージに入れて転移した。
なんとなく見覚えのある道に出た。
あの日は夜だったし、土砂降りだったから気づかなかったけれど、ここは孤児院の真ん前だ。
「もしかして、ここがリボンの孤児院?」
「はい、そうです。」
家の前で行き倒れていたって、どれだけ切羽詰まっていたんだ・・・
入ってみて分かったけど、正確には孤児院と言うか、教会だ。
250m2くらいかな?
コンビニくらいの広さの教会。
そのバックヤード的な部屋の一つ6畳くらいの部屋が、リボンが住んでいた部屋らしい。
まず、窓がない。
壁は石造り。
床も石。
クッションとかもないし、ベッドもない。
布みたいなのが寝る場所だったらしい。
小さい虫とか飛んでるし、いるだけもいかにも身体に悪そう。
リボンの話では、最大6人の子供がここで生活していたらしい。
里親が見つかったりして孤児院を巣立っていくのだそうだ。
リボンはガリガリで里親が付かなかったらしい。
まあ、売れなかったんだな。
亡くなった孤児院長さんも娘を残す様でさぞ心残りだったろう・・・
申し訳ないけど、教会もバックヤードも汚い!
そして、臭い!
これは何とかせねば!
どげんかせんといかん!
なぜ、言い直した?
俺の中の大掃除魂に火が付いた。
そこから教会とバックヤードの掃除をするのに1週間を費やした。
■異世界の買い物デート?
「ユーイチ様、教会がきれいになりましたね!ありがとうございます。」
俺とリボンはこの1週間教会とリボンの生活スペースであるバックヤードを掃除しまくっていた。
特にバックヤードは、断熱材もなく、窓もない。
夏熱く、冬寒いというひどい環境だった。
日本のホームセンターから色々買い込んで持ってきて、床下には断熱材を仕込んで、板を張り、その上にフローリング板をひいてやった。
壁も軽量鉄骨を組んで、断熱材を入れて、石膏ボードを貼って見た目はマンションの部屋みたく仕上げた。
間取りも部屋の広さも俺の部屋に似てるな。
ただ、家具がない。
掃除前の古いもので良いのだが、そもそも家具がなかった・・・
日本から持ち込んでもいいけれど、この世界で買ってこないと色々と都合が悪いだろう。
そんな訳で、なんとなく先送りにしていた異世界で買出しに行くことにした。
まずは、この世界のお金がない。
この世界のことも全く知らない。
リボンからの情報を元に、この異世界でのお金を作って、リボンの着替えや食料を買わないといけない。
そして、買いに行くための俺の服がない!
とりあえず、周囲の人に合わせたようなコーディネートをしたけれど、元々そんな服は持ってない。
少し変だけど、よその町の人間と思われる程度にはそれらしい服にした。
リボンによると、品物は商業ギルドに行けば買い取ってくれるらしい。
こんなところはしっかり異世界だぜ。
そういえば、日本みたいに代理店みたいな制度がある国は少ないと聞いた。
良いものは売っている店に直接持ち込めば買ってもらえるとのことだった。
品物はストレージに色々買ってきた。
冷凍食品みたいなものはダメだろうから、出来るだけ食材とか、調味料とかを選んでみた。
「また街を歩ける日が来るなんて私幸せです。」
ふいにリボンが言った。
行き倒れするくらいの、今日どう生きるかって生活だったからなぁ。
街を歩けるのは嬉しいんだろう。
そもそも買い物は、子供たちのお手伝いであり、楽しみだったのかもしれないな。
商業ギルドへはリボンの案内で行った。
正直、外観は俺にとっては民家もギルドも同じに見える。
これから慣れていけばいいのだろう。
店内は個人商店のショップと言う感じ。
勝手に質屋みたいなのを想像していたので、ちょっと肩透かしだった。
「いらっしゃい。何がいるね?」
「買取りをお願いしたい。」
「お!新顔だね。どんなもの持ってんの?あ、最初はギルドの登録がいるよ?」
「あ、はい。どんなものを買い取ってもらえるのかな?」
「うちは主に食料だね。武器なんかは隣に看板出てるとこね。」
なるほど、この店では食材を買ってくれるのか、都合がいい。
俺は店のラインナップを見渡した。
「今なら塩が欲しいかなぁ。後は、ハーブと香辛料類ね。」
それならよかった。
塩は1㎏を10袋買っておいた。
ハーブはないけれど、胡椒は挽く前のものと、挽いて粉にしたものと両方準備していたのだ。
「これなんだけど。」
ストレージは見せて良いものなのか分からなかったので、懐から出したようにして塩をカウンターの上に積んでいった。
「こ、これが塩!?この透けた袋は何でできてるの?魔法!?」
あ、しまった、ビニールはダメだったか?
特別な袋だという事にして、見てもらった。
「異物が全く入っていない塩だな、上だ。初めて見たよ。」
最初は塩だと信じてくれなかったので、袋を開けて少しとりわけ、なめさせて理解させた。
とりあえず、塩と胡椒は売れた。
塩が1kg1000ゴールド、胡椒は100gで1000ゴールド。
合計12000ゴールドになった。
ただ、適正価格が分からないし、ぼったくられているとしても分からない。
店主はちょっとニヤリとしていたようにも思えるし。
逆に買い物もしていこう。
缶詰を買おうと思ったけれど、この店には置いていない。
瓶はあるけど、缶はないようだ。
小麦粉は麻で編んだような袋に入っていた。
中を見せてもらったけれど、俺が知っている小麦粉の色じゃなかった。
ちょっと茶色がかった感じ。
健康食品の店に置いてある小麦粉と同じかな。
ふすまと呼ばれる小麦の殻が一緒に入っているやつかな。
リボンも食べられそうだったので、フルーツの瓶詰(ジャム?)を買った。
苺なのか、ベリー系なのか、赤っぽい実が入ったジャムで1リットルは入りそうな大きな瓶入りで、2000ゴールドだという。
仮にこのジャムっぽいのが2000円だとしたら、1ゴールド=1円みたいにならないだろうか。
かなり大量にあるのに2000円だと日本の物価から考えたら安いかな?
塩が1㎏150円くらいで買ってきたので、1000ゴールドが1000円だとしても得してる。
物価はこれから理解していけばいいだろう。
「また頼むよ。」
次回以降もお世話になるだろうから、ちゃんと挨拶をして店を出た。
「ねえ、リボン、この瓶ってなに?」
「え?知らないで買われたんですか?煮込み料理の時に使うもので、木の実を煮詰めたものです。」
「へー、甘いの?」
「そうですね。」
「パンにぬって食べたりする?」
「パンにぬる食べ方はしたことがありません。もしかしたら、うちだけかもしれませんけど。」
うーん、よく分からないものを買ってしまったようだ。
そういえば、リボンはあまり裕福な家ではなかったみたいだから、普通の食生活の常識が通じるのか・・・
とりあえず、帰ったら開けてなめてみよう。
とりあえず、12000ゴールド出来たので、服を買いに行くことにする。
リボンも着替えがないと絶対に困る。
最低限、洗い替えがないと。
これまた服はどこに売られているのか分からないので、リボンに連れて行ってもらう。
リボンも服をほとんど買ったことがないらしく、どこに行ったらいいのかあんまり知らないみたいだ。
リボン・・・ポンコツか。
でも、面白いしかわいいから許す。
市場に来てみた。
色々な店が並んでる。
出店みたいなのなので、何屋さんかすぐに分かって俺としては助かる。
食材屋さんや食べ物屋さんも多い。
生地を売っている店はあるけど、服を売っているような店はないな。
「リボン、服を売っている店があんまりないけど、みんな服はどうしてるの?」
「そうですね、私の服は修道院長様が作ってくれました。生地を買ってそれぞれ作るのが一般的です。」
そうなのか、「服を作る」って発想がなかった。
そうなると困るな。
俺はリボンに服を作ってあげるだけのスキルがない。
日本で買うと、この世界のものとは全然違うし・・・
生地屋の前で考え込んでいると、恰幅の良いおばちゃんと言う感じの
店主から声をかけられた。
「あんたたちの服めずらしいね!」
「え?あ?そうですか?」
そりゃあ、日本のだからな、中国製だろうけど。
なんとなくごまかしておくか。
「よく見ると、珍しい生地だね!縫い目が全く見えない生地だね!」
そりゃあ、ポリエステルだし、機械で生地してるだろうし。
昔の織機みたいなので、機を織るのとは根本から違うもんなぁ。
待てよ!
生地がないんだったら、日本から輸入してきたら良いんじゃね!?
服がないんだったら、作れば良いんじゃね!?
急に、このおばさんのいう事に興味がわいてきた。
「こんな良い生地、貴族様じゃないと使ってないよ。あんたたちゃ何者だい!どっかのお金持ち様かね?」
「いやいや、旅をしている者です。この生地はよその町の特産品なんです。このお店で売れそうですか?」
「そうだね~。普段着用には弱いかもしれないけど、晴れ着用としてなら売れるかもね。」
「今度いくつかサンプルを持ってくるから、売ってください。」
「まだ売れるかどうか分からないものを買うのもねぇ。」
「いや、売れたら2割ください。売れなかったら持って帰るし、お金は要りません。」
「え?それでいいのかい!?」
「ええ、おばさまを信じます。」
「嬉しいこと言ってくれるね~。じゃあ、置いてみるよ。」
「ありがとう。明日、いくつか持ってくるよ。」
とりあえず、商売の糸口だけでもつかめたら儲けものだ。
服は手に入らなそうなので、今度は食材を買いに行ってみる。
さっきの店とは違って、野菜とか生鮮食料品の店を見たい。
市場では色んな食材が売られている。
見事に見たことがない野菜ばかり。
でも、緑色の部分が紫いろなだけで「白菜」っぽいのや、大きいだけで形は「しし唐」みたいなの、赤、オレンジ、紫、ピンクと色がたくさんあるけど、オレンジみたいなのとか、なんとなく許容範囲だ。
葉物野菜が多いかな?
日本みたいにパックされてなくて、大きな台にドンと置いてある。
自分で選んでお金を払うみたい。
肉屋は豪快で、店先に何かの背骨っぽいのが吊るされていたりする。
肉の方も豪快で、大きな塊で売られている。
「これ何の肉ですか?」
「これかい?これはオークだよ。昨日冒険者ギルドから仕入れたばっかりだよ。」
オークって食べられるのか。
それ以前に、オークが居るのか!
さすが異世界。
「ユーイチ様何か買って帰りますか?」
「そうだな、いくつか野菜と、肉を買って帰ろうか。家に帰って料理してみたい。」
「はい、お手伝いします。」
そうなのだ。
この1か月間の間でリボンも料理を手伝うようになった。
最初は目玉焼き・・・のようなものから挑戦して、オムレツ、ハンバーグとグレードアップしていった。
最近では、カレーやシチュー、くらいならほぼ一人でできる。
問題は、調味料やカレールーやシチュールーは日本のものを使うこと。
この世界の食材で食べられる物を自分で作れないと生きていけないのだ。
日本で作るときは、クックパッドで食材検索するので、俺が食べたこともない料理も作ることができるが、異世界ではクックパッドがない。
しかも、俺が教えてあげられるだけの料理のノウハウがないのだ。
そういえば、リボンはカレーがすごくお気に入りだった。
さっきの市場にも食べ物屋さんはあったから、カレー屋をやればヒットしないかな?
カレールーは日本から買ってくることになるけど。
あの味を真似できる店は他にないだろうから、ライバル店は存在しないし、結構いい商売かもしれないな。
「何か食べたいものとかないか?」
「何かお菓子みたいなものも買っていこう。」
「はい!」
駄菓子みたいなものがなければ、持ってこようと思ったけれど、市場に駄菓子が売られていた。
それこそおびただしい量・・・
ただ、焼き菓子とパンとお菓子の合いの子みたいなものが多かったから、チョコレートとか、ナッツみたいなものが意外にいけるかも。
■日本と異世界を貿易することで錬金術が成立するか
異世界で1週間過ごしてみてなんとなく分かったことがある。
肉や野菜は日本の物とは違うけれど、決定的に違う訳じゃない。
多少修正したら、クックパッドのレシピで料理を作ることができるので、リボンに料理を教えたりすることは出来る。
ただ、調味料とかはもう絶望的。
誰か異世界の人に習わないともうどうにもならない!
諦めた!
野菜は教会の庭で育てることも考えたが、何月に何を植えたら良いのか全く分からない。
しかも、気候が分からない。
台風とか来たら食材が全滅して、結局リボンが死ぬ。
そこで俺が考えたのは、カレー屋だ。
煮込み料理なので、数日は日持ちする。
美味しい上に、調理が簡単。
ライバル店が存在しないのも良い。
カレールーはもう、日本から持ってくる。
ご飯がなければ、ナンでいく。
店を出せるような権利があるのならば、それを取得しないとな。
塩や胡椒を輸入したら、地味に小金持ちになれる。
ついでに、カレーがこの異世界で根付くように、ルーも輸入してみるか。
そう考えると、異世界の人も味を再現できないといけないから、野菜や肉はこの世界の物が好ましい。
そんな訳で、この数日間リボンとカレー作りの特訓をしている訳だ。
「ユーイチ様、今度のカレーはどうでしょう!?」
「よし!一緒に試食だ!」
リボンもカレー作りの意図は理解しているみたいで、一生懸命味の研究をしている。
こんなに一生懸命料理したことって、これまでなかったな。
「美味しいですけど、ユーイチ様が神々の国で作ってくださったものの方が、もっとこう・・・深いというか・・・」
「コクか!」
「コクです!」
ほとんどの野菜と肉は、異世界で調達できるようになった。
切り方や大きさなど工夫して、美味しく食べられるように考えた。
ただ、ジャガイモだけがイマイチなのだ。
たしかに、異世界にもイモはある。
ジャガイモっぽいのもあるけど、味が違う。
水っぽいというか、スカスカだった。
しょうがない、とりあえず、ジャガイモだけはしばらく日本から仕入れて、教会の庭にも植えてみるか。
ジャガイモは比較的育てやすい植物で、俺も小学生の時に学校で育てたことがあるので、なんとなくわかる。
ん?もしかしたら、最近の小学生はジャガイモ育てないかな・・・
なんか少し寂しくなってきた・・・
後は、容器とスプーン。
この世界には紙がないみたいだった。
紙容器などで提供したら大変な騒ぎになってしまう。
あと、プラスチックもない。
プラスチックスプーンもNGだな。
もしかしたら、陶器の皿とステンレススプーンを100円ショップで買ってきて、食べ終わったら返却してもらう方法で良いのかもしれない。
ただ、洗うのが面倒になるな。
カレーの原価が1杯当たり160円くらいなので、500円くらいで売りたいところ。
市場で、汁ものや焼鳥など出している店を見たら、1食400円~600円くらいだった。
100円ショップの皿とスプーンを使い捨てにしてしまうと、それだけで140円かかる。
原価が300円になると、カレーは900円くらいで売らないといけなくなり、多分負ける。
洗わなくてよくて、原価をおさえて、紙もプラスチックスプーンも使わない方法・・・
行き詰った俺たちは、リボンを連れて市場に行くことにした。
お客さんがどんな人なのかもよく観察する必要があるからだ。
何かヒントがあるかもしれない。
「リボン、市場に行くか!」
「はい!」
「毎日カレーばっかりで飽きただろ?何かお菓子を買っていいからな。」
「ありがとうございます!」
二人で市場に出かけるのだった。
■ヒントはキッチンにあるのではない、ニーズは市場にあるのだ
市場に行ってまずは、生地屋のおばちゃんのところにいった。
先日枚ほど色々な生地を預けておいた。
店に置いてもらったけど、店の商品と色々違うので、質の良否は関係なく売れない可能性があったのだ。
「こんにちはー!おばちゃん、売れ行きはどう?」
「あ!あんた!大変だよ!」
「どうしたんですか?」
「あんたたちが持ってきた生地は、商人の人がみんな買って行ったよ。」
「おー、すごいな。」
出来れば、1人が全部買うんじゃなくて、何人かが買ってくれた方がニーズが分かったけど・・・
「それで、その商人さんがもっと買いたいって!それも大きいものも出来るかってさ。」
なるほど、生地は100均だから1m角ぐらいで小さい。
服を作ったりするのには小さすぎたな。
「あるにはあるんですが、1枚いくらで売れたんですか?」
「1枚1000ゴールドだったよ!」
100円が1000ゴールド(1000円くらいと仮定)になるのか。
商人が欲しがるという事は、貴族とか富裕層に売るのかな?
おばちゃんのところには、引き続き生地を卸すことにして、商人は紹介してもらえるように交渉した。
日本での仕入れの10倍くらいになるなら、生地も十分ビジネスになりそうだ。
ただ、ある程度まとめて売りたい。
その商人にまとめて売りたいな。
そんな算段をしながら、市場を見て回っていた。
昼すぎには各食べ物やの屋台は暇そうだ。
異世界でも1日3食食べているみたいで、昼食の後は夕食まで食事は摂らないみたい。
だから、ご飯中心のお店は2時とか3時はひまになる。
ここら辺は日本と同じで考えやすくて助かる。
冒険者たちは、小腹が空いてもお菓子みたいなものは食べないみたいで、焼鳥みたいな軽食をおやつにしているみたいだった。
肉を小さく切って串状の物に刺して焼いているものはあるのだけれど、ソーセージ的なものはないみたい。
確か、地球では、紀元前にはソーセージの元となるものがあったはずだ。
やっぱりここは、異世界なのだ。
オークとかいるし、冒険者とかいるし。
そんなことを考えたら、カレーみたいなちゃんとした食事に限らず、サンドイッチやホットドック、パンケーキなども商売になりそうだ。
多くの店は簡単なものしか出していないから、パスタを揚げて塩をまぶしたものや、ジャガイモを蒸かしただけのものなど、俺の感覚から行けば料理として許せないものでもOKみたいだ。
ラーメンや、焼きそばなど、お祭りの夜店を思い出したらアイデアなんて無限に出せそうだ。
あとは、販売権などがあるかどうかを調査しないとな。
思いっきり暇そうな店に行ってみるか。
「リボン、肉食いたくないか?」
「はい、お肉大好きです!」
昼の時間は過ぎているので、ステーキっぽいものを出している店は暇そうだ。
そこに行って2人前、ちょっと高いやつを注文する客は良い客に違いない。
「良いところ2人前できる?」
「もちろんだよ!」
威勢のいいステーキ屋のお兄ちゃんに声をかけた。
屋台のすぐ前にちょっとしたテーブルとイスが置いてあって、座って食べられるようになっている。
ステーキと、これはマッシュポテトかな?付け合わせが1枚の皿に乗っている料理だ。
フォークとナイフは鈍い色の銀色の金属でできている。なんだこれ。
ナイフは、いわゆるステーキ用とかじゃなくて、普通のナイフだ。
「うまーい!にーちゃん、この店長いの!?」
本当にうまかったけれど、わざと大げさに騒いで見せた。
ちなみに、リボンはきょとんとしている。
「嬉しいこと言ってくれるねー!もう5年になるかな~。ここらじゃちょっとした顔だぜ。」
「確かに、うまいもんなぁ。」
「ありがとよ。」
「ここら辺って、商売始めるには許可とかいるんじゃないの!?」
「リグドでは、商業ギルドに登録さえしたら商売は始められるんだぜ。」
リボンを引き寄せてこっそり聞いた。
「リグドってなんだ?」
「リグドは、この街の名前です。」
「あー、そういうこと!」
「場所とかって決まってるの?」
「いや、最初は空いてるところで始めて人気になってくると段々定位置になってくるんだよ。暗黙の了解ってとこ。」
「あるほどな。また食べに来た時探すのも何だし、同じ場所だとありがたいぜ。」
「おう、ここで商売やってるからまた来てくれよな。」
とりあえず、商業ギルドに行けばいいらしい。
一度だけ行って、登録して塩と胡椒を売ったことがあったな。
行ってみるか。
ステーキの皿はテーブルに置きっぱなしにしておけば、店の人が引いてくれるらしい。
屋台の裏にある桶に水をはって、浸けてあった。
しばらくしたら、子供が皿を洗っていた。
バイトみたいな感じなんだろうか。
平民の子供は学校などには行っていないみたいだから、こういうところで親の仕事を手伝いながら、働くことを学んでいるのかもしれない。
確かに、そう考えるとガリガリでいかにも体力なさそうだったリボンは、子供としては売れ残りそうだ・・・
子供たちに仕事を与えることでお金を渡せるなら、皿洗い雇ってもいいな。
幸い孤児院に子供はリボンしかいないけど、孤児が居なくなったわけじゃないだろう。
どっかにいる子供を助けることができるかも。
10日ぶりくらいだろうか、あのジャムっぽいのを買った商業ギルドに再び来た。
ちなみに、あのジャムっぽいのは全然甘くなかった。
言うならば、ジャムの砂糖なし。
たしかに、煮込み料理に入れて味を複雑にするための物だった。
あまりにも(思ったものと違いすぎて)おいしくなかったので、記憶から飛んでいた。
さて、商業ギルド、あのおっちゃんがいる。
「あの・・・市場で屋台を・・・」
「あ!あんた!!探してたんだよ!!」
「は?」
なんかやらかしただろうか!?
「あの・・・何か・・・しちゃいました?俺?」
「したどころじゃないよ!やってくれたよ!最高だよ!!」
おっさんは、馴れ馴れしく肩をバンバン叩いてくる。
「あんたが持ち込んだ塩と胡椒!!最高品質だってよ!」
ああ、前回の業務スーパーで買ってきたやつ・・・
「1袋1000ゴールドで買ったけど、もっとあったら、今度は2000ゴールドで買う!もっと仕入れてくれないか!!」
150円くらいの塩が2000円くらいになるなら週一くらいで10袋づつくらい納めても良いな。
「貴族街でバカ売れだよ!また欲しいと言われちゃってな!出来るか!?出来るって言ってくれ!!」
テンション高めだなぁ。
これは、良い交渉材料になるんじゃないか!?
「塩と胡椒は仕入れられる。何なら、砂糖も同じくらいの品質物のが手に入る。」
「まじか!?砂糖まで!?」
ここで俺はわざとらしくちらりとおっさんの顔を見て・・・
「ただ、俺たちは、市場で店を出したい。有利になるように・・・便宜をはかってくれるか?」
ちょっと溜めてみた・・・けど・・・どうだ!?
「なーんだ!!そんなことでいいのか!!ちょうど一等地が1個空きがある。あそこをやるよ!」
まじか!?
いきなり良い条件じゃないのか!?
「塩と砂糖は、週1回10袋づつ!胡椒は粉に挽いたやつを10袋づつでどうだ!!」
俺にとっては単なる塩と胡椒だ。
業務スーパーでも普通のスーパーでも年中労せず手に入れられる。
悪い条件じゃない。
「うーん、どうかなぁ・・・」
だけど、わざとらしく悩んでみせる。
「分かった!場所代を半額だ!月10万ゴールドのところを5万でいい!」
なんと、場所代があったのか。
確かに新規参入者の俺たちにとって、あれっぽちの場所で月10万円の家賃はたかい。
でも、5万なら何とかなるかも。
それだけで胸を張って商売できるなら安いものだ。
「ただ、俺たちは屋台を持ってないからなぁ・・・」
ちらり
「あー、わかったよ!前のやつが使ってたやつを貸してやる!それ使ってろ!」
「よし!交渉成立だ!」
俺とおっちゃんはがっちりと腕を組んだ。
ただ、俺は大人だ。
「よし、早速契約書を作ろう!」
「よしきた!」
この世界では、羊皮紙に契約書を書くんだな。
なんかちょっと茶色っぽい固めの紙。
2枚作って、お互いサインをして、1枚づつ持ちあう。
・塩と胡椒と砂糖各10袋を週に1度商業ギルドに納める。価格は1袋2000ゴールド。
・胡椒は粉の状態で10袋を納める。価格は1袋2000ゴールド。
この街の契約書ってザルだな。
1袋って重さとか、袋の大きさとか書かれてないのかよ。
そして、納められない時の罰則などは条件がない。
まあ、俺にとって有利だから黙っておくけど。
これで、週1回8万ゴールドの売り上げが確定した。
仕入れ値は6000円くらい?
ざっくり週に7万円の儲けならば、月に28万円の粗利。
これだけで食べていけるかもしれない額だ。
ただ、そうそううまくはいかないだろうから、早目に屋台の商売を立ち上げたいところだな。
大収穫と共に商業ギルドを出た俺とリボン。
「ユーイチ様!すごいです!好条件を引き出すその手腕は契約の神様のようです!」
いつものように、目がキラキラしている。
リボンの俺に対する評価が高すぎていかん。
恥ずかしいことができないじゃないか。
「とりあえず、カレーを完成させて、ためしに屋台で売ってみるか!」
「はい!」
とんとん拍子で、屋台と場所を手に入れられた。
生地屋のおばちゃんのところの商人と言うのも、いずれ会わないと。
こっちでも商売になれば、良いけどな。
■日本式の販売方法とは
翌日カレーをとりあえず30食分だけ作った。
余ったらもったいないしな。
ただ、今日は利益を考えない。
「それは、売れないかもしれないことを最初から覚悟しておくという事ですか?」
俺の説明にリボンが質問した。
「いや、そうじゃない。普通に屋台を出しても、1杯も売れないんじゃないか。」
「そうでしょうか?こんなにおいしくできたのに。」
そう、ジャガイモは日本から買ってきた。
教会の庭に畑は作ったけど、ちゃんとジャガイモが育つかは分からないし、何よりまだ育ってない。
日本でのカレーと比べてもそん色ないくらいのカレーになった。
だが、異世界の人にとってはカレーは未知の食べ物だ。
匂いがおいしそうだと感じるのは、その味を経験した物のみ。
強すぎる臭いは、知らない人にとっては嫌悪の対象になってしまう。
俺の予想では、昼間の時間はほぼ売れず、ハラハラしながら退屈な時間を過ごすだけ。
勝負は昼飯の時間直前だ。
仕込みは事前に俺の部屋で済ませてきた。
(修道院のキッチンは電気もガスもなくて薪なので、俺が使えない。)
ギルドのおっちゃんが準備してくれた店は、昨日行ったステーキ屋のおにいちゃんの店の隣だった。
「あ!あんた!」
「へへ、今日からお隣でお世話になります。」
「どんな裏技使ったんだよ!俺がこの場所に来るのに3年はかかったぞ!」
「へへ・・・ちょっと。あ、俺たちの料理はこれです。是非食べてみてください。もちろん、お代はいりません。お近づきの印で。」
「お!本当かい!?昼の賄いにさせてもらうよ。」
リボンがお兄ちゃんにカレーを渡した。
「お!お嬢ちゃん、昨日も思ったけどかわいいね!こんなかわいい子に渡してもらえたらそれだけで嬉しいな。」
リボンがおにいちゃんの軽口に真っ赤になる。
この反応がかわいいんだよなぁ。
俺は屋台の裏にいた、皿洗いの子供にも声をかけた。
「食べてみないかい?」
皿洗いの子供は、一瞬自分に言われたことを気づかなかったみたいだが、食べて良いのか、おにいちゃんに目をやった。
「どうでしょう?いいですよね?」
そう言われて、断れる人がいるだろうか。
子供にもカレーを渡すことができた。
「あんたー!これうめーなぁ!なんて料理だよ!」
「カレーって言います。」
一応、ご飯バージョンとナンバージョンを準備していたが、お兄ちゃんにはご飯バージョンを渡した。
「スパイシーなのに、食べやすい。クセになるなこりゃ。大丈夫なのかい!?香辛料たかいんだろ!?」
「特別なルートがあるんですよ。」
ニヤリ笑って見せた。
「やばいな、強力なライバルが横に来ちまったぜ!」
「いやいや、色々勉強させてもらうよ。あ、そうだこれ。」
俺は、1食分のカレールーとレシピを書いた紙をお兄ちゃんに渡した。
「これは?」
「この通りに作ったら、この味になるんだよ。難しい香辛料は塊にしといたから、誰でもすぐにこの味がだせるぜ。」
「まじかよ!嫁に食べさせたいと思ってたとこだったんだよ!」
「それにしても、このレシピって紙に書いてあるのかよ!?高級品だな!!」
しまった。
100枚300円のプリンタ用の紙に書いて、コピーしたからその発想がなかった。
この異世界では、紙は高級品だった。
あるのはパピルス、羊皮紙、中国紙ってところか。
これは・・・中国紙の流れになるのかな?
紙は高級品なんで、普通こんなメモみたいな使い方はしないんだった・・・
「ありがとよ。帰って早速作ってみるわ!」
「ああ、美味しかったら奥さんも屋台に連れてきてくれよ!サービスするぜ!」
「あんた、商売うまいな!」
「ユーイチ様すごいです!さっそく2杯!」
「たまたま横が知ってる人でよかったな。よし、リボン!この要領で、この周辺の店にカレーを配りまくってくれ!必ず、店の名前も言うんだぞ!」
「はいっ!・・・ってお店の名前ってなんですか!?」
「看板に書いてあるだろう。『リボンカレー店』だ!!」
「えー!?」
こうして、開店前に30杯のカレーのうち、24杯はさばけた。
1杯はギルドのおっちゃんに持って行ったので25杯さばけた。
そろそろ昼時だ。
人が動き始めた。
ここでリボンが言われたとおりに大声で客引きをする。
「本日新発売のカレーライスですっ!限定30杯で今日は後5杯だけ!早い者勝ちです!!」
3回くらい言ったかな。
周囲の人はチラチラと店とリボンを見ているが、それぞれなじみの店に入ってく。
ここで、俺の出番だ。
「なんだと!?新しい店!?カレーライスってなんだよ!うまいんだろうな!?ねーちゃん、いっぱいくれ!」
「は、はい!」
ご飯を盛って、カレーをかける。
何度も練習したので、手際よく盛り付けることができた。
俺は思い切ってカレーをかきこんだ。
「うめー!なんだこの味!?初めて食べたぜ!」
俺が大騒ぎしていたので、周囲に人が集まってきた。
「あと4食しかないらしいぜ!」
そこからは一瞬だった。
昼になった瞬間にカレーは完売だった。
あと20~30食くらい準備してもよかったかな?
まあ、ちょっと足りないくらいがちょうどいいんだ。
「ユーイチ様、すごかったです。ほんとに一瞬でなくなりました。」
「だな。でも、あれは、リボンが良い仕事をした。」
「どいう事ですか?」
「実は、本当に売れるのは明日なんだよ。この街の市場の客は、旅人もいるけど、いつも市場を通る客が多い。」
「確かにそうみたいですね。」
「だから、市場の店員たちも一歩店を出たら、客になり得るんだよ。」
「たしかに!」
「食べたらうまいのは間違いないカレーは、最初に食べてもらうのが一番難しい。」
「はい。」
「そこで、商売仲間として、懐に入って、タダで食べてもらったってわけさ。」
「ああ!そういう事ですか!」
「あと、プレゼントもした。」
「はい、良かったのでしょうか?お家で簡単に再現できてしまったら、お店に来てくれなくなるんじゃ・・・」
「そうだな。でも、家で作ると必ずカレーってものの話をするだろう。もらった本人だけじゃなく、その家族もカレーを食べるんだよ。」
「さすがです!」
「あとは、小手先のテクニックだけど、『限定』ね。制限されると人は何とかその中に入りたくなる。残り5食しか残ってないのは事実だけど、誰も食べてないものは手を出しにくいからな。」
ふむふむとリボンが記憶しているようだった。
「そして、その最初の25食のほとんどはリボンの功績だ!かわいい子から手渡しでもらったら、断ることはできないんだ。」
「そ、そうでしょうか(汗)お役に立てたなら嬉しいです。」
・限定
・さくら
・サンプル
・プレゼント(レシピ)
・人情
これら5つを駆使した売り方だったのさ。
「さ、今日の仕事は終わったから、店じまいして帰ろう!」
「え?もう、いいんですか?」
「ああ、明日から忙しくなるぞ!」
■日本式販売方法の結果は!?
リボンには、どんなに客が来ても、絶対に焦らないこと、盛り付けなどを雑にしないことを事前に注意した。
なんと、今日はカレーを100人分準備した。
普通の炊飯器では炊けないご飯の量だったので、業務用厨房機器の店に行って、中古の業務用炊飯器とカレー用の寸胴鍋を買ったのだ。
ご飯は炊けば、10食分ずつ保温箱に移して、ストレージに入れておける。
カレーも一旦作れば、小さな鍋に移してストレージに入れられる。
ご飯はストレージに入れるならば、保温箱は要らないと思うかもしれないけれど、後々のことを考えての保温箱だった。
店に着いた時には、既に屋台の近くに客が何人かいた。
「あ、昨日のカレーのおねえちゃん!またきたぜ!カレーくれ!」
屋台に着くなりいきなり注文が入った。
1杯目を準備している間に、既に10人くらいの行列ができている。
事前にリボンに慌てないように言っていたので、リボンは練習通りに、速いけれど、盛り付けは美しくカレーをよそっていった。
俺は、今日はさくらの必要はないので、ご飯をよそう係になり、皿をリボンに渡す。
リボンはカレーをレードル(カレー用のおたま)1杯かけて、お客さんに渡す。
これの繰り返して、手が空いた瞬間を見計らって、俺はテーブルから皿とスプーンをひき、ストレージに叩き込む。
この繰り返しで、見事100杯売りさばいた。
行列はかなり長くなり、隣のステーキ屋にも客が流れた。
「完売でーす!ありがとうございました!」
リボンが大声で空になった鍋を叩きながら言うと、まだ1時過ぎくらいだった。
周囲の店はまだまだ夜までやるので、うちの店は早上がりみたいな感じ。
「あんた早いね!」
ステーキ屋のお兄ちゃんが声をかけてくれた。
「明日の仕込みがあるからな。」
嘘である。
仕込みは翌日の朝からで十分。
やるのは皿洗いくらい。
必要ならば食器洗い機を買ってもいい。
1杯500ゴールドで、粗利は350ゴールド。
100杯売れたので、35000ゴールドの儲け。
月に20日もやれば、70万ゴールドくらいになる。
ただ、こんなには働き続けることはできない。
病気もするだろうし、疲れもする。
そこで、1か月くらい続けたところで、人を雇うことにする予定だ。
その人が慣れてきたら、ゆくゆくは店自体を任せて、2号店、3号店を作っていけば、雇用も生まれて、リボンの生活も安定してくる。
そんなときに、ご飯とカレーはセントラルキッチンよろしく、こちらで準備して温かいままの状態で渡せば、味は均一、店の人の労力は少なく、長く店を続けられる。
最悪日本でもどこかの部屋でアルバイトにカレーとご飯炊きで雇っても良いだろう。
帰ろうとしていたら、ギルドのおっちゃんが店までやってきた。
「あ、おっちゃん、良い場所を準備してくれてありがとう。」
「あんた!昨日くれたカレールー!!」
すごい勢いだ。
なにか、粗相があったのだろうか・・・(汗)
「何かあったでしょうか?」
「あったじゃないよ!すごいよ、あれ!あのカレールーもギルドに卸してよ!!」
「あれは特別製ですからね~。」
本当は、ハウスバーモンドカレーだけど。
「俺たち店を手伝ってくれる子供を探してるんですよね~。あと、将来的な2号店とか3号店とかの場所がね~。」
「分かった!ツテを当たってみようじゃないか!場所も任せとけ!」
材料ならまだしも、人となると人脈が皆無の俺とリボン。
商業ギルドのおっちゃんを1枚噛ませて若干利益を吸い上げさせたら、色々手を貸してくれるだろう。
敵対するのではなく、仲間に引き入れる方向で・・・
カレールーも何だったら労せず毎週トン単位でだって納められるわけだし。
ここに新しい契約をギルドのおっちゃんと交わした。
■カレーの弱点
「リボンカレー店」は思いのほか順調だった。
とにかく毎日行列ができるほどお客が来た。
周囲の店にも適度に客が流れたので、嫌がらせなどをされることなく、むしろ、手が空いているときは、店を手伝ってくれる人もいたほどだ。
順調だ。
順調すぎるほどに順調だ。
順調なのだけれど、一つだけ気になったことがある。
それは、「販売時間」だった。
最初の内こそ1時間ちょいで100杯完売していた。
2週目、3週目と2時間ちょいになってきた。
最初の物珍しさが和らいできたからと思っていた。
ところが、4週目、5週目になると3時間くらいかかっている。
100杯売れるまでの時間がどんどん伸びているのだ。
今後他の人に店を任せるとしたら、俺とリボンよりもどこかの質が下がるはずだ。
カレーだって、作って渡しても、薄めるやつや、何か入れるやつが出てくるかもしれない。
せっかく1時間で100杯売れる実績があったのに、朝から晩まで売らないと100杯売れないようになったら、売る人が大変だ。
何とか早めに対策を打ちたい。
問題がおぼろげにしか見えていないので、対策も何もあったもんじゃないのだけれど。
何だか漠然とした不安がよぎった。
「リボン、このカレーおいしいか?」
「はい!いつも通り美味しいです。」
俺も毎日味見しているが、味に特に変化はない。
ハウスバーモントカレーだし。
箱に書いてある通りの分量で作ってる。
複数のルーを混ぜたりしていない。
ルーの会社は単体で最高になる様に味を調整していると聞いたことがある。
俺みたいなバカ舌でハウスのカレーの専門職の人を超えるものができるとは思えない。
店じまいしようと思っていた3時過ぎに、ステーキ屋のお兄ちゃんが話しかけてきた。
「あんたのところカレーはやっぱりうまいな。屋台じゃなくて店構えたらどうなんだい?」
「ありがとう。店か。そうなると、毎日ってわけにいかず、時々しか・・・」
俺は言いかけてはっと気づいた。
カレーはうまい!
うまいのは間違いない。
味もずっと均一だった。
味が落ちてるんじゃない!!
言うならば、うますぎるんだ!
どんなにうまい料理でも毎日食べたら飽きる。
要するに、今のカレーは「うますぎて時々食べたいカレー」なのだ。
俺はカレーを小さいときから食べ続けてるから、このカレーを毎日食べても全く違和感がない。
なんなら、3食バーモントカレーでもOKだ。
でも、異世界の人にとって、カレーはこの間まで未知の食べ物だった。
うますぎると「よそ行きの味」となってしまい、「屋台の味」じゃなくて、「レストランの味」になってしまう。
この屋台でやっていくなら、「うますぎないカレー」、異世界の人にとっての「毎日食べても飽きないカレー」にする必要があったのだ!
「リボン!思いついたことがある!帰ったら早速研究だ!」
「はい!ユーイチ様!」
また俺んちキッチンスタジアムに来ている。
リボンは毎日カレーを食べていたが、味見程度。
真面目だから、1杯食べるのではなく、味だけ確認して少しでも多くお客さんに出せるようにしていた。
そうなると、飽きない。
でも、お客さんは1杯食べるから条件が違う。
最低限、リボンが毎日食べても飽きないカレーを作らないと市場のお客さんもカレーを食べ飽きてしまう。
これまでみたグルメアニメ、グルメ漫画で一度も見たことがない「料理をまずくする試行錯誤」・・・もとい「おいしすぎるカレーを普通にする試行錯誤」が始まった。
ジャガイモを異世界製に変えると、やっぱり物足りない。
普通とはちょっとちがう気がする。
リボンも色々な要素について考えている。
完全に俺だけでやっていないところが良い。
ゆくゆくはリボンがひとりで食べていかないといけないわけだ。
俺から最適解をポンと渡されてそれを受け入れるだけでは、ちょっと弱い気がする。
現在の様に、2人で考えているのは良い傾向だ。
何より、俺も楽しい。
「リボン、毎日口にしたいものってなんだろう?」
「?私なら食べられる物なら何でも・・・ですが・・・」
リボンはずっと食べられない生活だったからな・・・。
特殊な環境だったかも。
いや、そんなリボンでも毎日口にしているものがあれば、リグド(街の名前)の人たちも毎日口にしているはず。
異世界の主食は結局イモみたいだけど、特定のイモじゃないし・・・
「水!」
俺はこの街の汚れた水が怖いので、全部日本から持ってきた水で料理をしていた。
でも、水は無味に感じるけど、地域ごとに特製が出る物。
リグドの水を浄化して不純物を取り除いたきれいな水でカレーを作ればいいのでは!?
俺は、異世界の水をくみ上げてストレージに入れた。
容器に入れて注ぐうちに浄化されるタイプの浄水器を使って、リグドの水をキレイにした。
うーん、めんどくさい。
でも、うまくいったら、浄化槽かなんかを作ればいいんだ。
今は手動のブリタでいいや。
よくよく考えると、水道水を浄化すタイプの浄水器はたくさんあるけど、既にある水を浄化する浄水器ってブリタしか知らない。
あってよかったネット通販。
とりあえず、手持ちのブリタで次々水を浄化して、明日のカレー用の水を準備した。
■人は水の味が分かるのか!?
正直、俺は水の味なんか分からない。
でも、1週間リグドの水を浄化してカレーを作ったら、100杯の販売時間がまた2時間くらいに戻った!
「きゃー!やりましたね!ユーイチ様!」
「うまくいったんじゃないか!?」
ステーキ屋のお兄ちゃんも話しかけてきた。
「嬢ちゃんのカレーはまた一段と美味しくなったな。毎日でも食べたいほどだぜ。」
やった!最高の誉め言葉だ。
「水を代える案」は俺の案だったが、「ルーの濃さを変える案」はリボンが出した。
異世界のことは異世界の人に任せようと、ルーの濃さをリボンに任せた。
結果、従来よりも少しだけ薄いカレーになった。
おかげで原価率が下がり、さらに利益が大きくなった。
2時間と言う短時間で100杯と言うある程度まとまった量売れるし、原価率がかなり低い。
かなり良い商売が出来上がってきたみたいだ。
まずは、カレーに集中していたが、昼の11時から1時くらいまでカレーを売ったら、その後3時くらいには「おやつ的なもの」を売りたいと思っていたのだ。
そのためには、遅くとも2時半くらいには売り切れる量を適量と考えていた。
既に、カレーはリボンが修道院のキッチン設備で作れるようになっていて、カレールーとジャガイモ以外は、水も含めて全て異世界の材料で作れるようになっている。
あと、ご飯が日本製だった。
ご飯を炊くときの水も異世界の水だ。
仕入れに日本からの物がある限り、リボンの完全独立は無理そうだけど、いきなり100%諦めた。
俺も異世界での生活をベースにしていたら、食べていける。
日本と異世界を行ったり、来たりしながら生きていけば、またサラリーマンをしなくてもリボンと楽しく生きていける。
こんな生活も悪くない。
悪くないどころか、俺が望んでいた生活ってこんなのじゃないのか!?
自分がいて、妻がいて、子供がいて・・・
リボンが子供だと考えても、妻はいないんだけどな。
■絶対的な差別化
会社で営業をさせられているときは、よく「自社の強みは何だ」とか「他社と差別化しろ」とか言われていた。
正直、自分の会社ってわけじゃないからあんまり深く考えていなかったかもな。
考えた気にはなっていたけど、今思えばうわべだけっていうか・・・
今日は、リボンが一人でどれくらいやれるか挑戦したいというので、店をひとりで回している。
俺は、テーブルから皿を下げる程度。
実際はストレージに入れるだけなので、お客さん用のテーブルのところに座っていて、ステーキ屋のおにいちゃんのステーキを食べて楽しんでいるところだ。
そしたら、ステーキ屋はうちのカレーを持って俺のテーブルの向かいに座った。
「ほんと、このところあんたの店ができてから、うちの売り上げも伸びてありがたい限りだ。」
「そうなのか。それは良かった。」
「わざわざこっちの市場まで昼を食べに来てるやつもいるって聞くぜ。」
なるほど。他にも市場はあるのか。
まあ、当然だな。
2号店、3号店計画も明るいな。
「あんたからもらったルーでうちでもカレーを作ってみたんだよ。」
「ほんとか!ありがとう!」
「確かにうまかった。嫁は驚いてた。」
「よかったじゃないか。」
「まあな、でも、俺はあんたの店のカレーも食べてる。」
「そうだな。」
「もらったルーで作ったカレーより店のカレーの方がうまい!なんか隠し味があるだろ!」
「なるほど。」
水は当然この街の水で作っただろう。
浄水することと、水の量と、ジャガイモ。
後はご飯はなかっただろうな。
そんなことを考えていたら、口元が少し緩んだ。
「あ!笑いやがった!やっぱりあるんだな!ルーだろ!ルーが店用とプレゼント用で微妙に違うんだろ!」
「いやいや!材料に秘密があるんだよ!今度店で使ってるやつをまとめてプレゼントするよ。家でも再現してみてくれ。」
「ほんとか!助かるよ!ほんとは嫁を連れてきたいけど、まだ赤子がいて中々外に出られないんだよ。」
赤ちゃんってのはそんなに手がかかるものなのか。
俺には、子供がないので分からないが・・・
「作るのが大変だったら、店のご飯とルーを温かいまま渡す。家で奥さんと一緒に食べてくれ。」
「ほんとか!ありがとう!あんた良い人だな!」
「そっちこそ、俺とリボンのカレーを好きになってくれてありがとう。」
なんだか、自分だけよりもリボンが褒められているようで、嬉しいというか、誇らしいというか、これまでに感じたことがない感情だった。
カレーもいい出来だ。
カレールーとジャガイモ。
ここは異世界の人が真似しようと思っても、絶対に真似できない。
俺たちのルーを使って再現しようと思っても、ジャガイモが違う。
ご飯も入手ルートがない。
これって他が真似しようと思っても、絶対に入ってこれない参入障壁になる。
これが自社の強みか!
これが差別化か!
経営者としては、この商売に安心感があるな。
あと、やっぱり、いいな、娘。
もう、いっそのこと、リボンを娘にしてしまおうか。
帰って、リボンに話してみよう。
■初めての拒絶
帰宅するといつものように夕ご飯の準備をした。
最近では、日本の家で食べるときは俺が作って、孤児院で食べるときはリボンが作ってくれていた。
ただ、薪では料理を始めるまでが大変なので、最近ではプロパンガスのコンロを設置して、ガスボンベを日本から持ってきて、孤児院に設置している。
これで孤児院のキッチンでもガスが使えるのだ。
ちなみに、ボンベはストレージに入れて転移するので、重たいとかそういうのは全くない。
俺って、日本でガスボンベを配達する人になったら、楽だったかもな~。
今日の夕飯は、ミートパイだった。
最近は新しいメニューに挑戦するのがリボンの流行のようだった。
渡したタブレットでクックパッドを見て、色々調べて挑戦しているみたいだ。
食べてみて思った。
美味しい。
うーん、異世界の材料と異世界の環境だけでここまでできてしまうとは、巣だって行く娘を見るようで少し寂しさすらも感じるほどだ。
うーん、このミートパイおいしい。
また食べたいほどだ。
食後はリビング(旧バックヤード)でくつろいだ。
テレビはないけれど。
お茶を飲みながら不意にリボンに行った。
「リボン、俺の娘にならないか?」
ガラン
お盆でお茶を持ってこようとしていたリボンがコップを落とした。
顔面蒼白だ。
歯はガチガチと震えている。
人ってこんなにおびえるんだ・・・
「ど、どうしたリボン・・・そんな・・・」
俺は何とか言葉をつないだ。
リボンは床に座り込み、土下座のような態勢で両手を地面に着けた。
手のひらを見たらガタガタ
と震えている。
「すぎっ、ぎった・・・過ぎたお申し出、たい・・・大変恐縮ですが・・・謹んで、辞退させてくだ・・・ください。」
こん・・・なに・・・怯えて・・・
俺は完全に勘違いしていたんだ。
カレーの開発も店の経営も順調で良い気になっていたんだ。
リボンはいつもいい子で、従順で・・・そう、言うことを何でも聞いてくれるから・・・
俺はリボンが好ましいと思っていたけど、リボンは神のような存在の俺の言うことをただはいはいと肯定していただけ・・・
自分を助けてくれる圧倒的な存在に任せて頂け・・・長いものに巻かれただけ。
目の前が真っ暗になってきた。
人はショックを受けた時、めまいがするのって本当なんだ!
俺はその場にいるのは恥ずかしくなり、日本に逃げ帰ってしまった。
リボンだけでは日本には来れない。
リボンのいない世界に行きたかったのだ。
結局、俺はいつもそうだ。
単なる思い違い野郎なのだ。
誰かが裏切っているんじゃない。
俺が勝手に思い違いをして、勝手に期待を押し付けて・・・俺の思いと違うと思ったら、勝手に裏切られたと思い込んでいただけなんだ。
身体から力が抜け目の前が真っ暗に・・・
■崩れるリズム
目が覚めたのは、朝日が顔に当たっていたからか。
眩しくて目が覚めたようだ。
身体がだるい。
部屋にはリボンがいない。
やっぱりあれは夢じゃなかった。
現実なんだ。
職場で裏切られ、人間不信で会社を辞めた俺。
異世界に逃げたけど、そこでも同じだった。
飛んだ勘違い野郎が俺さ。
実はずっとそうだったんだ。
期待外れ野郎が俺さ。
せっかく異世界に行ったのに、何のスキルもないし。
スローライフを楽しみたいと言いながら結局魔王的なやつを勇者差し置いて討伐したりとイキったりしてないし。
魔法使えないし。
武器すら買ってないし・・・・
それどころか、異世界で街からすら出てないし。
家と職場を往復するだけの人生。
異世界でもそれは変わらなかった。
結局、孤児院と市場を往復しているだけ。
なんだよ、異世界ものなのにスライムすら出ないのって。
オークも肉しか出てきてないよ。
本来の姿が出る前にカレーの具になっちゃってるよ。
異世界に行ったのに、結局カレーしか作ってないし、人の良い少女を連れまわす勘違いおじさんだし。
俺の庇護欲を満たすためだけに付き合わされたリボン。
俺は気持ちいいかもしれないけれど、相手がどう思うかなんて考えてもなかった・・・
身勝手で、勝手な思い込みおじさん・・・それが俺。
ダメだ。
身体に力が入らない。
いま何時だろう?
カレーの仕込み・・・ご飯炊き・・・
もう、何でもいいか。
会社辞めてから3か月たったら失業手当もらえるんだったか・・・
その金持ってどこか誰にも会わない山奥に移住して、ひっそりと暮らしていこうか・・・
■リボンの場合
わたしは、孤児院長様をお母さんだとずっと思っていました。
ある程度物心がついた時、孤児院長様は親がいない子供を引き取っているとわかり、そして、わたしもその一人だと分かって少し寂しかった。
誰かの特別になりたくて、わたしは一生懸命孤児院長様に尽くした。
周囲の子供の面倒も見た。
それは、子供たちを気遣っているというよりも、孤児院長様に見てほしかったから・・・
あるとき急激に孤児院の経営が悪くなっていった。
貴族様からの寄付が少なくなったとか、打ち切られたとか、そんなことを言っていた。
当時はあまり意味が分からなかったけれど、今なら分かる。
孤児院長様は夜中に泣いておられた。
子供たちが一人、また一人と孤児院を巣立って行った。
食事が段々質素になっていった。
わたしは自分が食べるよりも、年下の子に食べさせた。
子供がいなくなると、孤児院長様がまた泣いてしまう。
なぜか私はずっと孤児院に残っていた。
結局、私だけが残った。
修道院様もお年を召されていた。
将来はわたしが幸せにしたいと思っていた。
そんな孤児院長様が亡くなった。
もっとああすればよかったとか、こうすればもっとちがっていたとか、無限に考えた。
でも、孤児院長様は無くなった事実は変わらない。
今から何をしても絶対に変わらない事実。
絶望ってこういう状態をいうのだろう・・・
孤児院長様には最後まで言えなかった。
「ありがとう」って。
「大好きです」って・・・
どれくらい考えて、どれくらい時間がたったのか・・・
意識が・・・遠のいていく・・・
そんな時だった。
目の前に神様が現れた。
私はもう死ぬのだと思っていた。
そういえば、何日も何も食べていなかった。
孤児院長様にまた会えるのならば、それでもいいと思っていたから。
神様は、命の日が消えそうな私を神々の世界に連れて行ってくれた。
そこではすべてが違っていた。
夜でも部屋の中は昼間の様に明るいし、塵ひとつない空間。
部屋には全く何もなくて、必要な時だけ必要なものが目の前に出てくる。
貴族様でも使えないような温かいお湯を使って、泡で身体や髪を洗うお風呂。
温かいお湯で身体を洗うという発想がありませんでした。
お風呂は、浸かると体の芯まで温まってみるみる元気になっていくのが分かりました。
すると急にお腹が空いてきて、神様は一瞬でシチューと言うスープを出してくださった。
普通だったら何時間も煮込まないといけない料理が一瞬で。
そして、これまで一度も食べたことがないくらいおいしいしスープ。
その後も、奇跡は続いた。
寝るときにはベッドが表れて、寝ることができて、翌日には神々の神殿で髪を切ってもらった。
髪を切るのなんていつ以来だろう・・・
いつも孤児院長様に切ってもらっていた。
神様は見たこともない道具でサクサク切っていかれた。
温かい風の魔法で髪は一瞬で乾き、全ての髪の毛がまっすぐになった。
世界中の服が集められた空間から私にぴったり合う服を1着見つけ出し、わたしにぴったりのくつを準備してくださった。
わたしはどうなってしまうのか、少し不安になりかけた頃。
神様は教会と孤児院をきれいにしてくださった。
そして、私がこの世界で生きていく方法を考えてくれた。
この頃から少しづつ分かっていた。
神様は絶対的にわたしより高位の存在。
だけど、教会の神様よりも少しだけわたしたちに近い存在。
ご飯も食べるし、トイレにも行く。
笑ったり、怒ったり、失敗したり・・・
私のために一生懸命考えてくれるこの神様、ユーイチ様のことをいつしか・・・
私は神様に対して不敬なのかもしれない。
ずっと一緒にいたい。
わたしだけの特別になってほしい・・・
教会のシスターは死ぬまで結婚せず、神様に仕えると聞いた。
わたしは他人事だと思っていたけれど、ユーイチ様になら一生仕えることができるのならば喜んで仕える。
一度は死んだと思った人生。
でも、わたしは生かされた。
何か生まれてきた意味があるのだろう。
神様のようなユーイチ様の横にずっといたい・・・そんなことを思っていた今日、すべてが壊れた。
「リボン、俺の娘にならないか?」
神様の娘に・・・してもらえる・・・けど・・・違う・・・
わたしがなりたいのは・・・本当は・・・
色々な感情が溢れてきて、涙が止まらない。
でも、すごいお申し出を頂いているのだ・・・恐れ多いけれど・・・言わないと!
自分の思いを!!
でも、失敗した。
全てをお話しする前に、ユーイチ様がお隠れになった。
いつもの神の部屋には私一人では行くことができない。
孤児院の部屋から神々の部屋には何度も連れて行ってもらった。
ユーイチ様に手を引かれていけば、いつものキッチンへのドアは神の部屋につながる。
でも、今日はダメだった。
もう、100回以上ドアを通っている。
でも、ドアを開けてもいつものキッチンだ。
わたしは神様に見捨てられてしまったのでしょうか。
過ぎた願いを見透かされてしまったのでしょうか・・・
泣いて、泣いて、そして、泣いた。
朝になり、ユーイチ様はお隠れになったまま。
わたしは何をすべきなのでしょう・・・
せっかく考えてくださったわたしの生きる術、カレー屋さん。
ユーイチ様が手伝ってくれている時のように100食分は到底作れない。
材料は在庫があるのだから、10食・・・いや、20食分くらいは作れる!
いつもより少なくて申し訳ないけれど、私にできる精一杯。
わたしが頑張っていることを見てくださったら、またユーイチ様が出てきてくださるかもしれない。
思えば、大変なことは全てユーイチ様が何とかしてくださっていた。
カレー作り、ご飯炊き、食材の運搬、盛り付け、皿引き、皿洗い・・・
一人では大変だけど、本当は大変なのが当たり前。
市場の各店主は当たり前にやっていること。
わたしもあそこに立っているのだから、それくらいできないと!できて当たり前!
メニューづくりや、材料の調達など神様の力をお借りしているくらいだ。
むしろ楽な方なのだ。
出来て当たり前、出来て当たり前。
わたしは生かされている。
まだできると奮起した。
■崩れたリズムの直し方
市場ではステーキ屋のお兄さんが既に仕込みを終えていた。
わたしはいつもより少し遅れての到着。
「よー、嬢ちゃん珍しいな、遅いじゃないか。もう並んでるぜ。」
はは、と愛想笑いをしながら見たら列は既に10数人並んでくれていた。
開店はいつも11時ににしているので、あと10分ほど。
どうしよう、今日は20人分しかないのに・・・
「どうした、嬢ちゃん顔色が良くないぜ。あのおっさんも今日はまだなのかい?」
お兄さんの言葉で涙が出そうになったけど、ぐっと耐えた。
「どうしよう・・・今日は20食しかないのに・・・」
「え!?嬢ちゃん本当かい!!?いつも今日はカレーって20食だけ!?」
横でお兄さんが驚いた声で我に返った。
「は、はい!そうなんです!よろしくお願いします!」
我ながらよく分からないことを言ってしまった。
ステーキ屋のお兄さんの動きが急にあわただしくなった。
皿洗いの子供に叫んだ。
「おい!昨日仕込んだ肉の余りあったろ!あれ全部持ってこい!」
「はい!」
子供が走って言った。
「おーい!ここらの店主!今日はカレーが20食だけだ!店に客が溢れるから出来るだけ早く準備しろ!!」
なんだなんだと周囲が騒がしくなった。
ステーキ屋のお兄さんが話しかけてくれた。
「ここらで一番人気のカレーが20食だけだったら、食べられなかった客の暴動が起きちまう。今日は稼がせてもらうぜー!」
ああ、そうだ。そうなのだ。
急に量を減らしたら周りに迷惑をかけてしまう。
あと、10食・・・いや5食くらいなら何とかなったのではないだろうか。
いや、神様の道具を使わないでご飯を炊くと、孤児院では1回に5人分炊くのが精いっぱい。
朝からの仕込みだったので、ギリギリで20人分だった。
カレーも少し多めには作るけど、25人分は難しかったはず・・・
色々な可能性を考えて頭を巡らせていると、ついつい一点を見つめてしまっていたようだった。
ステーキ屋のお兄さんの言葉で我に返った。
「嬢ちゃん、お店の看板娘は笑顔じゃないとダメなんだぜ!?」
ニカッとした笑顔がすがすがしい。
やっぱり、私は周囲に助けられている。
今度は自分だけでやらないと!やってみせないと!
わたしは再度気合を入れなおした。
「リボンのカレー店!オープンですっっ!!」
■お腹がすくってことは生きているってこと
もう日は登ってしまった。
窓越しに外を眺めていたら、いつの間にか日が陰っていた。
市場には間に合わないな。
いや、もう夕方だし。
俺は1日ここでダラダラしていたのかな。
もう、何もない俺は消えてしまっても良いと思っていたけれど、お腹がグーと鳴った。
人間絶望していてもお腹は減るんだな。
俺だけなのかな。
きっと俺は人でなしだからお腹が空くんだ。
「ああ・・・リボンのカレーが食べたいなぁ。」
あんなに毎日食べたカレー、食べ飽きたカレーが今食べたい。
二度と実現しないあの味が食べたい。
ああ・・・リボンは気持ち悪いと思っているだろうなぁ。
突然やってきて、娘にしてやるよみたいな・・・
痛い中二病野郎はここにいますよー!
通報してくださーい!!
リボンと言えば、カレーつくれないな。
そもそも炊飯器がない。
異世界には試作用しかないから、小さな鍋しかないし。
ここで、はっとした。
リボンがカレーを作れないという事は、せっかく見えてきた収入源を失うという事。
身寄りがないリボンにとって、それは死に直結する事実。
やべえ、俺。
中二なだけじゃなく、人ひとり殺そうとしているわ。
リボン・・・失望して自殺・・・なんてことは・・・
サーっと血の気が引いてきた。
俺はガバッと起きて孤児院に転移した。
誰もいない。
キッチンにも誰もいない。
トボトボと市場に足が向いた。
俺が知っている数少ない場所だからか。
遠くにリボンがいた。
なぜか周辺の店を手伝ってる。
あの子は俺と違って、周囲に受け入れられていたんだ。
あの子は強い。
これまた俺の思い上がりだったわ・・・
俺がいないとリボンはダメだ的な・・・
少し暗くなってきた頃、俺はこの世界から身を引こうと思った。
いや、会社の時と同じだ。
逃げよう、と。
踵を返して手ごろなドアに向かい始めて2歩、3歩・・・
後ろから聞きなれた声が聞こえてきた。
「ゆーーーーいちーーーさまーーー!!!」
走ってくる音も聞こえたので、振り返った。
お腹にドーーーン!
スタンド攻撃か!?
見れば、リボンが抱きついていた。
手は離さない状態で顔をあげたら涙でぐしゃぐしゃだ。
「もっ、もっ、もう!あえないがとおもっでばじだ!!」
は?何?何なの?俺何かやらかした!?
「離しません!離しませんからっっ!!」
普段おとなしいリボンのこの勢いに俺はおされていた。
後ろからステーキ屋のおにいちゃんが来た。
「あんたどうしたんだい?喧嘩でもしたのかい?嬢ちゃんずっと元気なくて困ったぜ。」
リボンはひたすら、えぐえぐ泣いているばかり。
つかまれた腰はしっかりマウントされていて、離れることはない。
ステーキ屋のお兄ちゃんが、ガッツリ肩を組んできた。
「あんた、かわいい嬢ちゃんを置いて行ったら、誰かに取られちまうぜ!」
そう言った後、背中をバンバン3回たたいて店に戻っていった。
ステーキの料理とイメージが合っているのか、豪快なにいちゃんだ。
お腹のマウントは外してくれないリボンなので、肩を抱きしめて、手ごろなドアで孤児院の部屋に転移した。
部屋に着いたと同時に、リボンは床に這いつくばって、謝罪を始めた。
「本当に申し訳ありません!過分なお申し出を頂きながらお断り申し上げてしまいました。
でも、でもっ、違うんです!」
リボンの勢いに俺はきょとーんだ。
「わたし、分かってます!ユーイチ様が神様とは別の存在だって!でも、そんなことはどうでもいいんです!わたっ、わたしはっ、ユーイチ様の子供になりたくないのではなく、奥さんになりたいのです!!」
「奧・・・さん、妻・・・?」
リボンが顔をあげた。
涙でぐしゃぐしゃだ。
かわいい子って、こんなに涙でぐしゃぐしゃになってもかわいいなぁ。
そんなことを冷静に考えていた。
「はい、わたしをユーイチ様の奥さんにしてください!一生懸命働きます!妻として尽くします!どうか!お願いします!!」
「は・・・はは・・・俺は悪いことしたなぁと思ってた・・・俺なんかが・・・娘になんて・・・」
「そんなことありません!娘でも嬉しいです!でも、わたしの気持ちは娘のそれではありません!もっと・・・もっと、独占したくて・・・その・・・清らかな娘の物ではなく、汚らしい欲の・・・方の・・・好きです。」
言いたいことは何となく伝わった。
いつもニコニコしていて、なんでもうんうんと受け入れてきたリボンとは印象が違ったが、リボンの強い感情が伝わってきた。
「俺も・・・リボンが・・・好きです。」
そうか、俺はリボンが好きだったんだ。
俺が42歳、リボンが16歳とか、年齢差を考えたら娘しか選択肢がないと思ったんだ。
俺たちはわんわん泣きながら抱き合った。
なんだこの締まらない告白は!?
かっこよさのかけらもない。
後で思い出したら、黒歴史確定の大騒ぎ。
でも、良かった。
素直になれて良かった。
俺はリボンと相思相愛になった。
ちょっとまて、奥さんになりたいって言ったか!?
結婚!?
俺はもう結婚しないものだと思っていた。
そのうち・・・
グー
俺の腹が鳴った。
「リボンのカレーが食べたい・・・」
リボンがニッコリしていった。
「はい、喜んで。」
夕飯は2人でカレーを作った。
■うれしはずかし
2人でカレーを食べた後、キッチンの方から悲鳴か聞こえた。
「きゃーーーー!」
慌てて駆けつけると、トイレから顔を出すリボンがいた。
「ユーイチ様、先立つ不孝をお許しください・・・わたし死にます。」
突拍子もないことを言い出した。
どうしたんだ、この子は。
せっかくできた彼女・・・と言うか奥さん、こんなすぐに死なれたら困る。
「どうしたの?」
「あの・・・血が・・・大量に・・・」
行ってみて、血を見て思った。
もしかして・・・これって・・・
「その、あの、聞きにくいけど・・・リボンは生理って普段は・・・」
「せいり・・・って荷物の整理ですか?」
この反応で色々ピンと来てしまった。
多分、リボンは初めての生理だ。
栄養状態が良くないと遅れると聞いたことがある。
孤児院長様!女性なら、なんで教えておかなかったの!?
俺に生理の知識はないので、ネットで検索して、説明した。
異世界ではどうしているのか分からないので、日本のコンビニでそれっぽいのを買ってきて、リボンに渡した。
一段落して、2人でお茶を飲みながら・・・
「いやー、びっくりしました。」
「俺も。」
「ふふ、すいません。本当に死ぬと思ったんです。あんなに血を見たのは初めてでした。」
「俺の国ではその昔、梅毒って病気と勘違いして自殺した悲しい話もあるくらいだよ。」
「そうなんですか。」
「孤児院長様も心残りだったろうな。」
「でも、何とかなりました。」
「数日は辛いらしい。店は休んでいいよ。俺がやっとくし。」
「ありがとうございます。でも、平気です。わたしは痛いのは強いみたいです。」
栄養状態が良くなったと言っても、まだこんなに細いのに。
リボンの顔を見た。
サラサラの金髪ロング。
大きな目。
青い瞳。
白い肌。
肌もきれいになった。
見つめたら「なんですか?」って少し笑顔の表情。
薄い胸。
強く抱きしめたら折れてしまいそうな腰。
スラッと伸びた脚
どれを見ても、俺の好みだった。
いや、俺の好みがリボンで上書きされているのか!?
気づいてしまえば、どうしようもない話だった。
俺はリボンが大好きだった。
この国の結婚について調べないといけないし、その・・・初夜も・・・
それはまたもう少し後だな。
■カレー大売り出しの日
翌日の俺は神がかっていた。
神っていた。
何で言い直した?
朝からカレーの仕込みの鬼だった。
100食で良いところを勢い余って120食作ってしまった。
どんなに大きくなっても、重くなってもストレージに入れてしまったら関係ない。
転移して手に入れた数少ないスキル。
かなり便利だ。
でも、他に転移したやつがいるとしたら、最も無駄な使い方をしているという自負がある。
でも、良いのだ。
これで良いのだ。
ストレージにカレーとご飯を詰め込んだら、一気に市場に移動した。
ステーキ屋のお兄ちゃんがぎょっとしてた。
「よお、あんた、今日はやけに早いな。昨日は仲直り・・・できたみたいだな。」
俺とリボンが手をつないで来たことに気づいたみたいだ。
俺は一番最初に紙に書いたこの言葉を屋台に貼った。
『本日カレー無料!!先着120名』
バン!
「なにー!?あんたどういうことだ!?」
「昨日は迷惑かけたな。俺はリボンと夫婦になることになった。今日はめでたい。幸せのお裾分けだ。」
「・・・・。」
ステーキ屋のお兄ちゃんが急に叫び出した。
「おーい!今日はもっと仕込み早めろ!!客がとんでもなくなだれ込むぞ!!」
周囲の屋台は、急に騒がしく動き始めた。
この日、他の市場に行く予定だった客も口コミでこっちに流れ込み、全ての屋台は歴代最高の売り上げを記録したとか、しないとか・・・。
ステーキ屋のおにいちゃんが、最後に行っていた。
「嬢ちゃん、あんたの旦那どうなってるんだい!この市場は儲かりまくりだけどよ!」
返しとして合っているのか分からないけど、リボンがやたら照れていた。
■新しい日常と新しい仲間
数日後、俺たちは日常を取り戻していった。
ただ、リボンと俺の関係は確実に進んだ。
市場に行くときは、手をつないでいくことになったし、何かにつけ、ボディタッチが多くなった。
カレーの評判も売れ行きも上々。
懸念点はないわけじゃないけど、かわいいリボンもいるし、収入も悪くないし、心にも、懐にも少し余裕が出てくる。
商業ギルドに顔を出した時に、いつものおっちゃんに会った。
「おお!あんた!また新しいネタはないのかい?」
これまでに、塩、胡椒、砂糖、など納めているが、ネタは色々ある。
乾麺のパスタ、そうめん、麺つゆ・・・
今度色々料理して、プレゼンしてみようかな。
「その顔は、なんかありそうだなぁ。お!そうだ、以前頼まれていたやつ、都合がつきそうだ。」
きっと、皿洗いの子供のことだろう。
普通は、病気をしなくて、元気が良くて、働き者を探すらしい。
俺たちは、身寄りがないもの、食べるのにも困っている子供をと依頼していた。
「どんな子かな?」
「まだ10歳なんだがな、市場で皿洗いしていたのに最近その店のやつが夜逃げしちまいやがったんだ。」
「儲からなくて?」
「ああ、多分な。もしかしたら、森でモンスターにやられちまったのかもしれねえがな。」
森にモンスターいるんだ・・・。
一般庶民の俺は森は避けよう・・・。
「ちょうど今日の昼過ぎ、店の方に連れて行こうと思っていたんだ。」
「わかったよ、じゃあ、店が終わっても店の近くにいるよ。」
・・・
よくよく考えたら、俺に皿洗いは要らなかった。
あれから色々トライしてみたら、汚れた皿はストレージに入れるときに「汚れた皿」と念じないで単に「皿」とすれば、皿だけ収納できたのだ。
出店の人たちに変に思われないために、使った皿は水をはった桶に入れている。
ストレージ収納の時に皿だけ入れれば、桶に汚れた水が残り、水を捨てたら終わり。
俺たちが子供を雇いたい理由は「練習」だ。
俺たちの商売は、ノウハウが確立次第、他人にも渡したい。
収入を増やして商売を安定させたいというのもあるし、雇用を生み出し、安定させたい。
そうなると、俺自身、他の人がやるのと同じ仕事を無理なくこなせないといけない。
だから、皿洗いだ。
俺とリボンがカレー店をやっている間に、皿洗いのバイトの子供を雇う。
もっとも、今日の話だと両親もいないみたいだから、住み込みになるかもしれないが。
■少女との再会
俺とリボンは退屈していた。
でも、悪くない退屈。
わくわくしている部分もある。
今の時間は、昼の1時40分。
最近じわじわと、カレー100杯の売り切れが早くなってきている。
カレーがじわじわ美味しくなってきているのだ。
毎日食べるためには、「普通」にしないと。
特別なメニューは別のノウハウで作ればいい。
このカレーは、「普通の毎日でも食べたくなるカレー」なのだ。
俺とリボンは、コーヒーを飲みながギルドのらおっちゃんを待っていた。
リボンも落ち着かないみたいで、コーヒーを飲んだり、立ったり、座ったりしている。
ついでにステーキ屋のお兄ちゃんも一緒にいる。
「なあ、あんた何もんだよ。このコーヒーってなんだ。お茶でもないし、酒でもない。でもなんで、こんなにゆっくり飲みたくなるんだよ。」
そうか、この世界にはコーヒーもないのか。
持ってくるものは、まだまだありそうだな。
「企業秘密があるんだよ。」
「ったく、教えてくれねーのかよ。」
「ステーキにも合うから、今度しっかり教えてやるよ。」
「頼んだぜ。」
・・・
お、ギルドのおっちゃんが来た!
「悪いな。待たせたな。」
ギルドのおっちゃんは、10歳くらいの女の子を連れてきた。
リボンの前がキラキラになった。
いつものアレだ。
「ミーちゃん!!」
リボンが少女に入っていき、抱きついた。
誰だ、ミーちゃん。
そのミーちゃんもリボンを知っているみたいだ。
俺たちは、テーブルについて話を聞くことにした。
リボンは、ギルドのおっちゃん、ステーキ屋のお兄ちゃん、ミーちゃん、オレ、そして、リボン自身にカレーを配った。
「まあ、食べてからにしよう。」
これは最初から考えていたのだ。
両親が居なくなった身寄りのない10歳の少女、勝手にお腹を空かせていると想像した。
「おー、リボンカレー店のカレーかぁ、久しぶりだ。」
ギルドのおっちゃんが嬉しそうに食べている。
ステーキ屋のお兄ちゃんは、いつも通りにおいしそうに食べている。
ミーちゃんも一心不乱に食べている、食べている。
気持ちが良いな。
俺とリボンも仕事前の賄は少なめにしておいた。
これがちゃんとした昼食だ。
みんなで同じ飯を食った後、リボンに説明を頼んだ。
「この子は、ミーちゃん。元々孤児院にいたけど、もらわれていった。」
「その通りだ。」
ギルドのおっちゃんが相槌をうって、補足した。
「この市場で働いていたみたいだけど、両親が最近・・・な。」
「・・・。」
ミーちゃんは何も言わない。
「で、あんたは何でそれを知っているんだい?」
ギルドのおっちゃんが、リボンに聞いた。
「あ、私もその孤児院にいるんです。」
「へー、そうかい、最近孤児院長が死んで閉鎖になったって聞いたけどな。」
「おとうちゃんとおかあちゃんは生きてる!」
「そうなのか。」
「でも、お嬢ちゃん、もう、2週間になるだろ、帰ってこなくなって・・・」
訳アリらしい。
「すまん、俺はミーちゃんの両親を知らん。帰ってくるとしても、それまでいるところがないと、両親も心配だろ。よかったら、うちに来ないか?飯と寝るところと、リボンがいる。」
「リボン!」
元々家族みたいなものだったリボンがいることで、ミーちゃんは前向きに反応したみたいだった。
「決まりだな。」
ギルドのおっちゃんが締めた。
俺がミーちゃんに言った。
「カレーうまかったか?」
「うん。」
「このカレーをみんなに食べてもらうのが俺の仕事だ。」
「・・・。」
「その仕事手伝ってくれるか?家と、ご飯と、リボンが付いてくる。」
「・・・うん。」
交渉(?)は成立したみたいだ。
「よかったな、嬢ちゃん。明日からよろしくな。」
ステーキ屋のお兄ちゃんが言った。
この場合の「嬢ちゃん」は、ミーちゃんかな。
■ちょっと変わったよ
俺とリボン、そして、ミーちゃんは孤児院に着いた。
ミーちゃんの足が入口で止まった。
色々な思い出があるのかもしれないな。
ミーちゃんにとって、孤児院での思い出は良い思い出だったのか、嫌な思い出だったのか・・・
「中身は俺がちょっとだけ変えてしまったけど・・・きみの育った孤児院だよ。」
俺がそういうと、意を決したように玄関の扉を開けて、個人の部屋に入った。
「はぁ~!?なに、ここ!?ぜんっぜん違うじゃない!」
ミーちゃんが、部屋中、教会中、敷地以内中、歩き回って確認していた。
ミーちゃんは、ふーっと大きく息を吐いて、立ったままのリボンの前に立ちはだかった。
「リボン!」
「あっ、は、はい。」
「うちは、孤児院が大嫌いだった!」
「あら、そう。」
「いつもお腹が空いていて、両親がいないうちはいつも惨めだった。」
「・・・。」
「リボン!あんたのことも嫌いだった!」
「それは、ごめんなさい。」
「あんたは、ずっと孤児院長様の方ばかり向いていて、周りの子供たちのことは全然見ていなかった。」
「今思えばそうだった・・・かも。」
「今回も里親が付いたって聞いてみた時、リボンで外れたっておもった。」
「あらら。」
「でも、リボンは昔みたいにガリガリじゃないし、笑っているし、孤児院も新しくなってるし、教会もきれい・・・全部違う。ぜんっぜんちがう!」
「そうね、そうかもね。」
「今日からよろしくお願いします。」
そう言うと、ミーちゃんは深々と頭を下げた。
それに対して、リボンの取った行動は・・・
「お帰り!ミーちゃん!」
いっぱいの笑顔でミーちゃんを抱きしめた。
なんか、いいもん見たな。
俺は床に置いたテーブルで、お酒を飲もうかと思って準備を始めていた。
「って、部外者みたいな気分で見てないでください!ユーイチ様!」
「え?俺、ミーちゃん初めてだもん。」
ミーちゃんがこっちにも来た。
そして、再び頭を下げて、言った。
「一生懸命働きます。よろしくお願いします。」
「よろしくな。」
なんか、違和感。
なんか面白くない。
お行儀がいい。
お行儀が良すぎる。
無理もない。
生まれた時から両親ともいないんだ。
いろいろ苦労してきたんだろう。
なんにせよ、今日から3人暮らしになったんだ。
ベッドってもう1個いるな。
そう言えば、夜、リボンとイチャイチャするのにちょっと邪魔じゃね?
■お菓子を作りたい
「さー、明日の仕込みは明日するとして、今日は仲良くなるためにもお菓子を作りたいと思います。」
「わー、ぱちぱちぱちー!」
「・・・。」
俺とリボンはノリノリ。
ミーちゃんはちょっと、きょとーんってってとこ。
「今から作るのはこれでーす。」
俺は袋に入った白粉を出した。
あ、やばくないやつね。
「わー、ぱちぱちぱちー!って、これなんですか?」
リボンはノリノリだな。
「・・・。」
ミーちゃん、どこかクールだな。
「取りあえず、ボウルに適量出しまーす。」
「あ、もう始まってる。」
「・・・。」
「粉に、水と卵を入れて混ぜまーす。」
「それで、それで?」
「・・・。」
「仕上げに、魔法の調味料をいれまーす。」
「あれ?それはマヨネーズ?」
「・・・。」
「そして、フライパンで焼きまーす。」
「ふむふむ。」
「・・・。」
「しばらくは触りません。」
「なんか、押さえたくなりますね・・・。」
「・・・。」
「分厚くなってきて、表面のぶつぶつが破裂してきたら、ひっくり返す。」
「ほほう。」
「・・・。」
「はい!極厚パンケーキのできあがりでーす!!」
「わー!」
「・・・。」
「特別に生クリームもトッピングしちゃうぞ!さあ、ミーちゃん、食べて見な。」
「・・・。」
フォークと、ナイフを準備するリボン。
切って、一口、口に運ぶミーちゃん。
「んもー!!ナニコレー!!おいしー!!!」
ミーちゃんが飛び上がった。
「ナニコレ!?小麦粉!?あなた、お金持ちなの!?お金持ちなの!?この甘いのは何!?初めて食べた!甘いし、ふわふわしてるし、かわいいし!白くてやわらかいのはもっと甘くて口の中で溶けるー!」
捲し立てるようにミーちゃんは俺の前にいる。
意外に面白いな、ミーちゃん。
「なに?どういうこと?この世の食べ物名のこれ!?」
なんか、立ち上がった興奮しているミーちゃん。
静かに食べて楽しんでいるリボン。
「どう?行けそうかな?」
「はい、これなら十分だと思います。」
「どういうこと!?」
一人置いてけぼりになっているミーちゃんに説明することにした。
「俺たちはカレー店をやっているけど、昼の2時くらいまでには売り切ってしまう。その後に売り出せる『甘いもの』を考えていたんだ。」
「ユーイチ様は、子供も食べられるような安い値段で食べられる物を考えていたのです。」
「それで、うちに・・・。」
「それと、わたしは、その・・・ユーイチ様の奥さんなったから。」
恥ずかしそうにもじもじしているリボン。
「あんた、ほんとに変わったわね。昔はもっとうじうじした感じだったのに。」
「すべてはユーイチ様のおかげです♪」
「あの周囲も見ないで、ひとりでうじうじしていたリボンを、こんなにしちゃうなんて、ほんとにあんた何者?」
「俺は・・・俺は普通のおじさんだよ。」
「ふーん、まあいいけどね。私はご飯が食べられたら。」
ミーちゃん、若いのになかなかにクールだ。
そして、10歳なのに色々知ってる。
苦労人なんだな。
■お菓子を出したい
ミーちゃんのデビューの日、ミーちゃんのことはリボンに任せてみた。
同じ女の子と同士だし、ある意味元々家族だ。
いつも通りに仕事を始めて、俺はご飯をよそう係に徹した。
リボンはカレーをかける係。
ミーちゃんは、テーブルに残された皿とスプーンをひいてきて、桶に置入れておく係。
手が空いているときは、裏で皿を洗っている。
ただ皿をひいてくる係と言っても、実際やってみるとセンスが必要だ。
中には、食事の後に話し込む客もいる。
「お皿下げますね。」
なんて嫌味にならない程度声をかけ、皿をひいてくることで次の客へ席を空けることを促せられる。
この「嫌味にならない程度」のさじ加減が難しい。
後は、皿を引き始めると、どうしても効率を考え始めてしまう。
真面目ならば真面目なほど。
食べ終わっていないのに、引くことはNGだが、食べ終わった皿が置きっぱなしだと印象が悪い。
この点、ミーちゃんはうまい。
若干打算的な10歳だが、ここではうまくハマっている。
ものの2時間でいつも通り100杯売り上げた。
「はい、今日もカレーの部終わりー!リボン、ミーちゃん、お疲れさま。休憩しよう。」
「えー!たった2時間で終わり―!?随分忙しいと思ったのに、2時間でお終いなんて・・・。」
「まだ余裕あるか?」
「あ、はい。お父さんのお店では朝から夜までだったし。」
お父さんと言うのは、里親のことか。
「いつもは、ここで買えるんだけど、今日からは休憩の後、昼の部があるんだよ。」
「昼の部?ああ、昨日のパンケーキってのを売るってこと?」
「そうだよ、ミーちゃんか賢いな。」
「ふんっ、褒めたって、何も出ないんだからね!」
なんだこのテンプレ的ツンデレ娘。
末恐ろしいぜ。
実は、昼のおやつタイムは曜日ごとに違うメニューを出そうと思っている。
毎日同じだと面白くない。
今考えているメニューはこれだ。
・極厚パンケーキ
・ミルフィーユ
・クレープ
・シュガードーナツ
・プリンアラモード
昼の間に10食も売れれば上々だろう。
1食400ゴールドで出すつもりだ。
やっすいメニューは駄菓子的なものをまた別のノウハウで出したい。
ここでは、昼に小腹が空いた時に食べるやつ。
朝は7時、昼は12時、夜は19時にそれぞれ食事を食べるのが一般的みたいだ。
朝から昼まで5時間、昼から夜までが7時間あるのだ。
15時~16時には無意識にエネルギー補給したくなるはず。
だから、効率が良い甘いものを出そうと思ったのだ。
この市場は、面白いもので、1つの屋台では1つの業種だけだ。
俺たちの店はカレーなので、お店では調理しない。
片付けも簡単だ。
そこで、昼の空いた時間に別の店を出す、題して「二毛作店作戦」。
どれも事前に仕込んでおけば、すぐに出せるメニューを考えた。
今日は初日なので、カセットコンロとフライパンを持ち込んでお店で焼くことにしたのだ。
多分、誰も見たことないだろうから、料理をしているところをショー的に見せるためだ。
周囲の子供たちには、さくらになってもらうつもり。
小さく切った試食を配ることで店の前には子供の集まりができる。
そこで来たお客さん候補に、リボンが現物をお皿に載せて提供する。
目の前で仕上げのために生クリームを絞るという算段だ。
さて、この作戦はどうなのか・・・
失敗しても良いと思うと気楽だな。
もちろん、ある程度の勝算はあるのだけど。
初日の結果・・・大成功?
俺はお客さんがたくさん来ると思っていたけど、まず最初に集まったのは出店の従業員たちだった。
皿洗いなどの雑用の子供たちも昼過ぎには手が空く。
多くの店は休憩時間にしていたのだが、俺の食材はこの時間にこそ出すつもりだった。
サンプルを雑用の子供に渡したら、わらわらと子供たちが集まった。
ここまでは俺の計算通りだった。
そして、なんだ、なんだ、と店主の方も来たのだ。
俺はすかさず無料でサンプルを配った。
店主たちは、店主目線で自分たちの店で出せないかそれぞれの審美眼でパンケーキをとらえた。
しかし、それでパンケーキを食べてしまった。
この甘さ、美味しさ、新しさ、を知ってしまったら、また食べたくなる。
この時間、身体はエネルギーを欲している。
ただ、砂糖は貴族たちの物らしい。
庶民には出回っていない。
俺は、業務スーパーででかくて安いのを手に入れられるし、そもそもホットケーキミックスを使っているので、砂糖を使っていると分かる人は少ない。
材料を追加して、焼いて、配ったが、全部なくなった。
こりゃあ、二毛作店作戦成功じゃない!?
そう言えば、ステーキ屋のお兄ちゃんがかなり食い気味に色々聞いてきた。
「なあ、あんた、あんた何者だい?」
「俺は、ただのおっさんだよ。」
「俺の相談に乗ってくれよ。」
「相談?ああ、俺でよければ。」
ステーキ屋のお兄ちゃんの悩みはこうだった。
ステーキ屋は、朝から夜までステーキ屋をしている。
労働時間に対して、売り上げはあまり上がらない。
ステーキ屋は、朝から晩までステーキ屋であるのが常識だと思っていた。
実際はステーキは夜が中心で、昼やおやつタイムはほとんど売れない。
ただ、全くゼロじゃないから店は出し続けている。
毎日2時間しか営業しない俺たちが羨ましくて、本当は自分たちも早く帰って、子供がまた小さいので奥さんと一緒に面倒を見たいのだという事。
そこで俺は、次のようなアドバイスをした。
まずは、売上の目標額を設定すること。
儲かるなら儲かるだけ働いてしまいそうだが、お金と子供と優先順位をちゃんとつける。
ステーキはうまかったので、継続して売ってほしいが、売れる夜の時間に絞る。
朝や昼は思い切って諦める。
足りなくなった、時間はうちのおやつ類を売るか、カレーを売ることを提案した。
そうすることで、朝から昼の2時くらいまでは家のことができる。
店は、昼の時間を過ぎてから夜までの営業にする。
これで売り上げはトントンか、ちょっとアップで労働時間が大幅に短くなる。
何なら、メニューはまだまだ考えられるので、おやつタイムはうちの店と2点並んで珍しいメニューを出すことで話題にもなりそうだ。
儲かることが分かっているメニューとノウハウを確立して、そっくりそのまま渡すのだから、商売経験が長いステーキ屋の方が売り上げはあげられる可能性が高い。
全ての材料と調理のノウハウは俺たちが持っているから、ライバル店になることはない。
この世界で手に入らなない材料も多い。
他店との差別化が既にできているので、他店の参入障壁は高い。
つまり、身内になるほど利益が大きく、ライバル店になるほど作るのが難しいメニューで、原価率が高くなり、儲からない。
そんなビジネスモデルになっていた。
売ってくれる人は大切にしないと。
利益のほとんどを渡しても、俺たちは儲かる。
売ってくれる人も嬉しくて、俺たちも嬉しいシステムだ。
俺は、ステーキ屋のお兄ちゃんに胡椒とバターを格安で提供することにした。
味が格段に上がり、現在よりも高い価格に設定できる。
ステーキの場合、ライバル店は多い。
同じ肉の場合、焼き方、香辛料、サービス、など差別化が難しい。
その点、俺たちなら、香辛料は安く提供できる。
いきなり変えるのも何なので、少しづつ変えていくことにした。
その点、店はすぐ横だから、目は届きやすい。
カレーはもうリボンだけでも作れる。
ご飯は業務用の炊飯器を買ったので、カレー作りの合間に出来る。
ミーちゃんはお手伝いで参加できる。
ますます、良い感じになってきたかな?
■2度目のお買い物
家に帰って、思った事がある。
ミーちゃんだけ、服が明らかにボロい。
くたびれているというか・・・
俺は洗濯するときは、もっぱら洗濯機を使っているのだが、多分、洗濯に耐えられないような感じになっている。
思い出もあるかもしれないので、今の服は大事に手洗いして、普段は服を買ってやりたい。
例によって、俺は作れないし・・・
「リボン、ミーちゃんの服を買ってやりたいんだが・・・」
「あ、はい、また神々の国に行くんですね?」
「かみがみのくにー?」
下着などもあるので、俺にはハードルが高すぎるから、一緒に来てもらうことにした。
「今日は買い物も多くて遅くなりそうだから、外で食べて帰りたいけど・・・大丈夫かな?」
「はい、外食も慣れました。ミーちゃんにも教えますので大丈夫です。」
「助かるよ。」
「「じゃあ、行きますか!」」
その日の午後は、3人でイオンモールに行って、ミーちゃんの服を買ってきたのだが、ミーちゃんはずっと固まったままだった。
ご飯を食べたら、漫画みたいに飛び上がって驚いていた。
美味しかったらしい。
ついでにデザートも行っといた。
震えが出るくらい感動していた。
まあ、いつものイートインコーナーなんだけどね。
異世界に帰ってからは、ずっと俺の前で土下座みたいなポーズで俺を褒めたたえ、崇めてくれたのだが、もう、本性を知ってるから、普通にしてほしい(汗)
「あっ、あの、ユーイチさま?水をお飲みになりませんか?」
「ユーイチさま、お花を供えてもよろしいでしょうか?」
「いや、俺、仏様じゃないから・・・」
しばらく、こんな調子でミーちゃんは俺の周りで奇行を繰り返したのだが・・・
うん!完全に誤解してるよね!
そのあと、俺のいないところでリボンにそれとなくフォローしてもらった。
ちなみに、服は10歳の女の子らしいいかわいい服が買えた。
普段着と仕事着と・・・出費は割と多かった。
子供服って意外に高いな・・・。
生地なんか俺の半分も使ってないのに、値段は変わらない、いや、むしろ高い。
■変わりゆく市場
身近な人ほど幸せになってほしいと思うのは間違いだろうか。
たまたま俺は日本から転移してこの異世界に来れている。
しかも、念じてドアをくぐるだけと言うチートにもほどがあるチートだ。
転移しただけじゃなく、行ったり来たりできるのがチートすぎる。
今回考えたおやつ計画は、良い方に予想外に進みつつある。
とりあえず、2店並んで極厚パンケーキを出そうとステーキ屋とうちで
昼の3時から5時くらいまで販売してみたのだが、出店の店主たちが休憩に使うようになってきた。
そして、食べながら俺に相談を持ち掛けるのだ。
言っていることは一つなので分かりやすい。
「「「うちでもこんな、おやつメニューを出したい。」」」だ。
従来のカレーメニューを2時に終えて、5種類から日替わりでおやつメニューを出そうと計画したのだが、ステーキ屋に極厚パンケーキを取られた。
ミルフィーユ、クレープ、シュガードーナツ・プリンアラモード、シュークリーム、エクレア、まんじゅう、大福・・・色々なアイデアを色々な店のためにひねり出した。
これらはすべて、うちから材料を出さないと成立しないものばかりだし、全て完成品を納めていた。
業務スーパーから買ってくるのだ。
やばい。
ギルドのおっちゃんを噛ませないと、なんか大変なトラブルになってくる・・・
背中に変な汗をかきながら、ギルドに行った。
「お!あんた!堂々と手広くやってんなぁ!」
笑顔は全然笑ってない(汗)
「あ、あれよあれよと・・・売り上げの方も、さかのぼって納めさせていただきたいと・・・」
結局、売り上げの50%は販売した店がもらえるようにした。
仕入れは原価ベースで30%くらいするので、俺とギルドで5%・5%で折半することにした。
「ああー、たくさんで売ってくれるし、毎日のことなので良いけど、俺たちの利益5%かぁ・・・」
「よかったのですか?」
「もっと取った方が良かったんじゃないの!?」
「うーん、そうだけど、うちの店だけ儲かっても気持ち悪いし・・・」
なんとなくかっこいいことを言って、偽善的にまとまったのだが、毎日業務スーパーで大量買いする必要が出てきたので、会員カードを作った。
すぐに、シルバー会員、ゴールド会員を経て、プラチナ会員になってしまい、いつ買っても10%引きで買えるようになった♪
全体でいけば数%だが俺たちの利益が増えた・・・
毎日買出しに行く手間は増えたけどな。
こうして、市場のうち、30店舗が、昼の暇な時間、いわゆるアイドルタイムにうちのおやつを出すようになった。
ちょっとした名物になって、昼の時間にわざわざ俺たちの市場に来る客が増えたほどだ。
なんか異世界でゆっくりしたかったのに、いつの間にかめちゃめちゃ働いてる・・・
日本での失敗を踏まえて、働き過ぎには注意だ。
毎日ある程度、決まったものを買うのだから、先に買い貯めておいて、ストレージに入れておけばいいんだ。
これで、月に数回買い物に行けばよくなるはず。
■お忍び
今日は、昼過ぎにはギルドのおっさんがカレーを食べに来てくれた。
珍しいじゃないか。
「おっさん、どうしたの?俺たちのカレーの味が病みつきになった?」
「確かに、あんたのカレーはうまい!そして、儲かる。」
考え方が現実的!
「実はな、このところの市場の人気を知って、貴族様がお忍びで来られているらしいんだ。くれぐれも粗相がない様に・・・」
「相手はお忍びなら、庶民のカッコしているんだろ?分かるはずがない。」
「まあ、そうなんだけどな。何かあると命が危ないときがあるから怖くてさ・・・」
「ふーん、そんなものなのか。」
日本出身の俺にとって、貴族とか平民とか身分制度は分からない。
「ところで、あんたのところのカレーってさ、1種類じゃないか。他のメニューとか出さないのか?」
「ああ、それはわざと1種類なんだ。大盛りもない。」
「あ、そうだ!足りない時はもう1杯頼んだり、他の物を買ったりする!」
「1メニュー、1種類だから、早く準備できて、早く出せる。だから安いんだ。」
「なるほどな。考えてあるのか。よくできてる。」
「足りないときは、周囲の店で何か買ってくれるかもだしな。」
そんな話をしている最中だった、ギルドのおっさんの肩越しに子供が見えた。
子供なら、市場にもたくさんいるんだが、なんか動きが危なっかしい。
用水路の脇にある縁石の上を歩いてる。
子供って、線の上とか歩き始めたら、そこから抜けられなくなるんだよな。
あ、今度は用水路自体の方に興味が移った!
「おい!そこの子供!そんなにのぞき込んだら、用水路に落ちるぞ!」
なんか白いジャケットを着た変な子供が、かなり前のめり用水路をのぞき込んでいる。
俺は、店をおっさんに任せて、その子供めがけ走った!
ふらふら~っと、子供が吸い込まれるように用水路に落ちていく・・・まさにその時に捉まえた!
まだ小さい。
うちのミーちゃんよりもずいぶんちっちゃいな、5~6歳かな。
「うわーーーーん!」
泣かしてしまった。
びっくりしたのかな。
親は何をしているんだ。
こんなちっちゃい子をほったらかして!
「ぼっちゃま!」
なんか、年配のおじいさんが駆け寄ってきた。
親っていうより、おじいちゃん?
「ほら、用水路に落ちそうになってたぞ。落ちなくてよかった。」
「ありがとうございます。」
子供を引き渡したが、捉まえた時にびっくりしたのだろう。
子供はワーワー泣いてる。
ケガなどはなかった。
でも、なんか、俺悪いことをしたみたい・・・
「しょうがないなぁ。2人ともこっち来てみ。」
じいや(勝手に名付けた)と子供を俺の店に呼んで、昼から出そうと思っていた、とっておきのミルクレープを出してやった。
「じい!」
「いけません!こんなところの物を食べるなんて。あ、いや、失礼・・・」
「清潔な環境で作って、今ここで開けるまで箱に入れていた。安心して食べろ。」
子供は明るい顔でじいや(仮)を見た。
「しょうがないですね。」
「やったー!」
「ほら、フォーク。」
もぐもぐもぐもぐ。
「じい!これ美味しい!すごくおいしいよ!カレンのケーキよりおいしい!」
「たしかに、すごいですな。」
なんか褒めてもらえた。嬉しいな。
じいや(仮)にはコーヒー、子供にはオレンジジュースを追加で出してやった。
もちろんストレージから。
あと、誰だか知らんがカレン、ごめん。
子供もじいや(仮)もニコニコで食べてる。
まあ、子供は泣いているより、美味しいものを食べて笑っていた方がいいな。
「あの・・・あなたたち、お名前は?」
「俺たちはここのカレー屋だ。昼の時間だけおやつを出してる。気に入ったら、また来てくれ。」
ニカッ
決まったな。
とりあえず、目下の問題として、ミーちゃんとの関係を作らないとな。
あと、教会関係者が2人になったんだし、孤児院の母体である教会の方も何とかしないとな。
現状、誰も教会の人がいないしな。
■ほどけた誤解の糸
糸って、絡ませるときは一瞬だ。
絡ませようと思う人いないはず。
でも気づいたら、こんがらかっていて、そして、それを解くのには膨大な時間を要する。
ここにも一つの絡まった糸がほどけた瞬間があった。
簡単に言うと、ミーちゃんが俺は普通の人間だと理解してくれた。
リボンの功績だがな。
「なーーーんだ!神様かと思って損したっっ!」
腕食いして、顔を横にぷいってした。
ミーちゃんかわいいなぁ。
「最初は、ダメオヤジと思ったし、伽を要求されるとしたら最悪だと思ったし!」
俺の評価はダメオヤジか・・・まあ、10歳からしたら、42歳は全部おやじだろうし・・・
「トギ」ってなんだろう・・・知らない言葉だ。
「神々の世界になんて連れて行くから、ユーイチさまが神様だと思っちゃったし!」
あ、日本のことはまだ「神々の国」だと思っていたのか・・・
あと、俺は様付け継続なんだ。
もしかして、リボンが『ユーイチ様』って呼ぶから『ユーイチサマ』って名前(もしくは愛称?)だと思っているのでは・・・
まあ、いいや。
とりあえず、一生懸命働いてくれているし、服や下着、靴など買いそろえてやろう。
10歳の子供ってどんなものが好きなのだろう・・・
あとは、教育だな。
これはリボンもだけど、庶民には「学校」がないみたいだ。
基本的な読み書きと計算くらいは出来るようになってほしい。
俺はこの世界の字が書けない。(なぜか読めるけど)
本でも買ってやろうと思ったら、本が思いのほか高価だった・・・
しかも、教育のための本と言うものが存在しない。
どこかで家庭教師的な人を見つけて、習うようにしようか・・・
商業ギルドのおっちゃんにでも相談してみるか・・・
とりあえず、飴をあげてみるか。
「ミーちゃん、これ食べるか?」
「なにこれ?」
「甘いぞ。」
「ちゅぱ。ナニコレ!?あっまーい!」
飴玉は砂糖の塊だから、商業ギルドに安く卸してしまったら、市場の価格がおかしくなってしまいそうだ。
子供の口に入ることは無さそうだ・・・
「ねえ、もうないの?これ、もうないの!?」
半日ミーちゃんが俺の後ろを着いて回った。
嬉しいけどね。
嬉しいんだけどね。
若干複雑な気分でいた。
■2人の秘密
そう言えば、リボンとミーちゃんの関係ってどうなのだろう?
元々同じ孤児院出身だし、言うならば姉妹的な関係なんだろうか。
今日は、日本の俺の部屋で新商品の試作をしている。
玄関付近の6畳ほどのキッチンでおやつメニューの練習をしているようだ。
何かあった時のために、自分たちでも作れるようになっていた方が良いからな。
俺は部屋のベッドに寝転がって、新メニューとして使えそうなものを検索中だ。
要するに、ダラダラしている。
「ねー、リボン、ユーイチさまとはどこで知り合ったの?」
「それはねー・・・秘密♪」
「もー、おしえてよー!幸せ~?」
「はい、それはもう、とっても」
「どこまで行ったの?」
「ふふふ~、秘密♪」
「キスした?キスした?顔真っ赤だよ?」
「もー、からかわないで!」
16歳のリボンがタジタジだな。
10歳のミーちゃんすげえ。
そんなことを思いながら、俺はウトウトしていた。
・・・
は、目が覚めた!
少し寝てたみたい。
「今度からリボンさんって呼ばせてもらうわっ!」
「もー、良いってばいつもどおり、リボンでー。」
「お願い!ちょっとだけでいいからその秘密を教えて!リボンさん!」
「っもー、特別なことじゃないよー(汗)」
パワーバランスはどうしてこうなった!?
■俺の1日
俺たちの朝は早い。
7時には起きる!
会社辞めてニートの俺にとって7時は早朝です。
いや、今はカレー屋なのか!?
とにかく、朝から100人分のカレーとご飯を準備する。
100人分ともなると30kgくらいのご飯が必要になる。
ライルロボと言う業務用の自動炊飯器を中古で買ったので、1回で5升炊ける。
5升って7.5kgだから、2回に分けて炊いてる。
7.5kgの米って炊くと17kgとか18kgとかになるのな。
カレーも18L作るとなると、大変だ。
カレー鍋は寸胴と言うラーメンのスープを煮出したりする業務用の鍋を使って作ってる。
なんやかんやで仕込みは1時間ちょいかかる。
この辺りは、リボンが一人でできるようになった。
ミーちゃんも手伝ってくれている。
問題は、電気もガスも使うので、俺の部屋(日本)じゃないと出来ないことくらいか。
市場の店に行く前に、一回商業ギルドに行く日もある。
スイーツ類を仕入れに行く日もある。
最近の俺は、カレー屋とは別におやつタイム用のスイーツ類を仕入れている。
これを事前にギルドに行って、一覧を見せる。
本来は、現物を見せるのだろうが、俺は紙が使えるので、一覧で見せてOKもらってる。
ちなみに、各店に渡すのは昼の2時ごろで、直接店に納めている。
お金はその時もらって、ギルド分はその日のうちに納めてる。
仕入れ兼、納品兼、検品兼、配達兼、回収兼、振込って、俺働き過ぎじゃね?
軽く賄い料理を食べたら、11時には市場のカレー店をオープン。
ここから2時間は、リボンもミーちゃんもフル稼働だ。
1時過ぎには片付けも終わって、一旦休憩。
お腹が空いたときは、追加で食べることもある。
近所の出店で食べることでお店同士の交流ができたり、メニューの研究ができたりする。
3時になったらおやつタイム。
大体1時間くらいで売り切れる。
いつも4時か5時になったら店じまい。
お金が必要だったら、夕食メニューの店をやっても良いのだろうけど、割と儲かっているので、これ以上は働かない。
以前はその後、カレーの皿を洗ったりしていたけど、今はミーちゃんがいるから楽になった。
ここからは、リボンとお買い物して回ったり、イチャイチャタイムなのだが・・・、最近はミーちゃんがいるので控え気味だ。
最近では商業ギルドのおっちゃんから言われて、小麦粉とか生活必需品の食材を頼まれているので、日本に行って、工場のアウトレットみたいなところから直接大量に仕入れた入りしている。
実は、日本での部屋の維持のために日本の円が欲しいのだが、異世界のゴールドを円にする方法がない。
当然換金所もない。
「ゴールド」と言いながら、金ではなかった。
何かの合金みたいだ。
仕入れや家賃は俺の貯金で賄っている。
失業保険もしっかりいただいた。
(日本では)働いていないからな・・・。
これまで払い続けた失業保険代だ。
もらえるときはもらっておくことにしたのだ。
俺の生活の拠点は、異世界の教会。
その中の1室を「孤児院」と呼んでいるが、6畳ほどの部屋が今のおれの生活の拠点。
ここに、俺、リボン、ミーちゃんの3人が暮らしている。
今日も市場から教会に帰ってき・・・た・・・って、なんだこれ?
■教会の張り紙
市場から孤児院に帰ってきた俺たちは、教会の入口が杭で塞がれているのに気が付いた。
「なんだこれ?いたずらか?」
「そんな手の込んだいたずらなんて、誰もしないでしょう。」
「そーよ、ユーイチさまバカじゃないの!?」
ミーちゃん俺のこと相変わらず様付けなのに、扱いがひどい(涙)
よく見ると、木の板に文字が刻んである。
『閉鎖のため立ち入り禁止 領主』
「はあ!?立ち入り禁止~?ここ孤児院長様の土地じゃないの!?」
「えーっと、土地は領主様のものです。」
なんだってー!?
意外なところに生活の基盤を揺らがせる事象が!
そこに、後ろから人影が。
「んー、どうした平民!」
3人して振り返った。
良いカッコをしたおっさんが立ってる。
誰だ?
「あのー、誰ですか?」
「私のことを知らないか?私はこの街の領主『クリストファー・ファン・ルイス』だ。」
ほー、お偉いさんなんだな。
「あの、この教会・・・」
「ああ、教会な、シスターが亡くなって誰もいなくなったので、閉鎖になった。」
「閉鎖って、私たちまだ住んでます!」
「そーだそーだ!うちは出戻りだけど住んでる!」
「んー?おかしいな。調査では誰も住んでないという事だったけど。」
「「「クリストファー様、閉鎖完了しました。」」」
数人の作業着っぽい男たちが教会から出てきた。
「ん、ごくろう。」
「では、まいりましょう。」
「あ、ちょっと・・・」
行ってしまった。
入口に杭を打たれたとしても、隙間から入ることは出来る。
教会に入ってみると・・・あ、畑のジャガイモが踏み荒らされている!
ご丁寧に、各扉が板で打ち付けてある。
俺の場合、くぐればOKみたいだから、適当な入口を見つけて3人で中に入った。
幸い中は手つかずのようだった。
念のため、みんなの生活用品と食材などはストレージに納めておこう。
それにしても、困ったな。
教会閉鎖って・・・
俺は、教会がシスターの物でシスター兼孤児院長が亡くなったのだと思っていた。
そしたら、自動的に娘のリボンの物に・・・?
この辺、もやもやしていたけど先送りにしたのがいけなかった。
「リボン、教会閉鎖って何か聞いてた?」
「いえ、全然・・・」
「ちょっと!どうなってるのよ!」
「ああ、ミーちゃん、心配しなくていいよ。ちょっとしたトラブルだ。きみは俺とリボンが責任を持って育てるから。」
親に捨てられたのか、事故なのか、ミーちゃんの里親は蒸発してるからな。
余計に心配だよな。
領主とか言ってたな。
情報がないから、商業ギルドのおっちゃんにでも聞いてみるか。
ガチャ
商業ギルドに転移した。
「よお!珍しいね、この時間に。何か忘れものかい?」
もう、すっかり顔なじみだ。
「いや、今日は聞きたいことが。そこの教会なんだけど・・・」
「ああ、閉鎖になるってね。取り壊すってはなしだったな。」
「え?聞いてないな。」
「ん?あんたら教会の関係者だったのかい?」
「2人はあそこの孤児院出身だ。」
「ミーちゃんはそうだと知っていたけど、この子もか。知らなかったよ。」
「それで、教会なんだが。」
「教会は元々領主さまの土地だ。そこにシスターがいらっしゃったんだが、少し前に亡くなって、新しいシスターを探していたらしいけど、見つからなくて閉鎖になるらしいぜ。」
「そんな!じゃあ、孤児院は!?」
「孤児院?ああ、シスターが個人的に養っていたみたいだな。本当にいい人だった。埋葬の時は近所の人たちで弔ったんだよ。」
え?ドユコト?
確かに、子供のほとんどは事前に里親に出されたって聞いた。
リボンは?
実は俺にしか見えないシックスセンス的な存在だったり?
「おっさん!変な事を聞くけど、この子見えるよな!?」
リボンをグイっとおちゃんのほうに出した。
「何言ってんだ。毎日あんたと一緒にいる子じゃないか。いつも仲良さそうにして。」
よし!見えてる。当たり前か。
なんだ!?
何がどうなってる!?
『孤児院』がシスターの私設だったから、シスターが亡くなったら存在自体が亡くなったってこと!?
「そうだ!その領主って人に会った!領主に掛け合ってあそこに引き続き住めるように言えないか!?」
「どうだろうな。貴族様は中々会えないし、割と頑固だって話だしな。」
「おっちゃん、領主様を紹介できないか?」
「第16商業ギルド長の俺も年に何回かしかお会いできないよ。」
「ちょっと待て、おっちゃんギルド長だったの!?」
「今まで何だと思っていたんだ!」
「しかも、第16って、そんなに商業ギルドは多いのか!」
「この街には商業ギルドだけで200はあるぜ。」
意外に広い街!
商業ギルドって、要するに問屋みたいなものか。
200もあるってことは、かなりの広さだ。
日本で言う、区役所とか、市役所的なところの上に掛け合わないといけないってこと?
しかも、コネがないと会えないって・・・
「一般的にこういう事ってよくあるのか?」
「どうだろうな。教会は特別だろうな。しかも、シスターが亡くなった後、調査が入ったらしいけどな。」
・・・もしかしたら、リボンを日本に連れて行っていた1か月くらいの間だとしたら・・・
俺の背中に冷や汗が・・・
やばい。
これは、完全二俺ノセイデハ!?
まただ。
俺は、リボンにしか興味を持っていなかった。
この街にも、何も興味を持っていなかった。
最近でこそ市場のみんなのことが気になりだしたくらいだった。
時間はたっぷりあったはずだったのに。
■作っておけなかった人脈の弊害
俺は元の世界(日本)も、この世界(異世界)も興味がないのか!?
週3で会うギルドのおっちゃんがギルド長って知らなかったし!
そう言えば、名前はさらに聞いてない!
ちょっと待て、ステーキ屋のお兄ちゃんも名前を知らない。
ずっと「ステーキ屋」とか「あんた」とか呼んでた。
街の名前も・・・忘れた、いや、思い出した『リグド』!
領主の名前も聞いたけど、俺は名乗ってないな。
一応領主様に会いに行ってみたが、文字通り門前払い。
何を言っても全く聞いてもらえない感じ。
こんなに大きな家に住んでいるのに1歩も入れなかった。
すげえなぁ、領主。
念のために、市場の近くに部屋を借りて新しい住みかとした。
そもそも俺の家(日本)とはどこのドアでもつながれるので、あの教会がどうしても必要という訳ではないけれど、2人の思い出の家だしなぁ。
賃貸だと、広さの問題で、これ以上子供を住み込みで雇ってあげられないし。
俺の家だけに絞ってしまったら、一人ではリボンとミーちゃんが入れない。
絶対に異世界にも安住の地が必要なのだ。
子供は今後も雇って店は増やしていきたいんだけどなぁ。
教会とかちょっと心配なので、新メニューとかは後回しだ。
仕入れも、各出店に言われただけにおさえておいて、様子をみておこう。
一応、商業ギルドのおっちゃん・・・ギルド長にも報告しておこう。
とにかく現状維持を最優先だ。
■出された条件
しばらくして、市場にも事件が起きた。
俺たちがいつも出店している市場が移転させられることになった。
今の場所から比較的近くの場所なのだが、場所を聞いたらリボンたちの教会があるところも含まれる。
あの辺りは一帯を更地にして、今よりも大きな市場にするらしい。
そして、現在の市場の場所は取り壊して住宅地にするらしい。
何でも、最近この市場の人気が高く、人が集まってきているので領主が開発を進めるようにしたらしい。
まいったなぁ。
この市場が盛り上がっているのって、俺にも責任の一端があるよなぁ・・・
何でも午後には領主様が直々にこの市場に来て説明するのだとか。
領主と会えるチャンスかもしれないな。
それぞれの店には、今の位置に思い入れや、プライドがある。
上の考えで移転と言われても受け入れがたいのはしょうがないだろう。
確かに、市場自体古くなってきて、地面にヒビとか入ってはいるけど・・・
・・・
この日は市場の店主たちはみんなそわそわしていた。
昼のラッシュが終わった2時ごろ、広場の中央に役人が鎧の男たちが現れた。
中央にはこの前の『領主様』がいる。
そのうちガタイのいい役人が大声で話し始めた。
『3か月後、ここから1㎞先に新しい広場「グランプラス」ができる予定である。』
『この名もない市場の全ての店は、1か月後に「グランプラス」で商いを行うようにすること。』
言っていることは単純だな。
新しい広場をつくるから、そっち行け、と。
そして、この市場は「市場」であって特に名前はなかったのか・・・
鎧たちと領主様は、広場の数か所で同じ告知をしているようだった。
そうか、この街では紙は高級品だから、告知に使ったりはしないんだな。
ためになるぜ。
いつか異世界もの小説を書くことがあったら、その時のために覚えておこう。
俺たちは自分の店で、対策を考えつつ、おやつタイムの準備をしていた。
領主様の告知が終わったら、つかまえて教会のことお願いしてみるかな・・・
そんなことを考えていると、目の前に領主様が現れた。
「きみたちが噂のカレー店とスイーツ店の店主たちかい?」
ターゲットが向こうから来た!!
なんて都合がいい展開!
「あ、はい。」
「きみたちにはぜひ、うちの屋敷に来てスイーツを出してほしいんだよ。」
は?どういうことかな?
「いやー、先日、息子がきみたちのスイーツを食べたらしくて、以来うちの使用人が作るデザートを食べなくなっちゃってさ。」
まあ、うちのデザートは日本のやつそのままだからな。
この異世界の物とは材料からして違う。
「じゃあ、準備もあるだろうから、来週には来てほしいな。詳しくはギルド長と打ち合わせして決めてよ。」
「は、は、はい!迅速に打ち合わせしてすぐにお伝えしますっっ!!」
ギルド長のおっさんがどこからか一瞬で現れた。
たしかに、ギルド長が間に入ってくれるなら心強い。
「来週金曜日には、準備をしてお伺いします。」
・・・
「はー、疲れたなぁ。」
打ち合わせのために、商業ギルドに来ている。
ギルド長は、応接室のソファーでのびている。
ここ応接室なんてあったのか。
「あんたが、領主様に失礼なことを言わないか、気が気じゃなかったよ。」
「俺だってバカじゃないよ。偉い人がいたらそれなりに対応を・・・」
でも、ひとつゴールに近づいたかな。
領主様の屋敷で極上スイーツを出して、感動させて、教会の取り壊しを中止にしてらえば・・・ダメだorz
都合が良すぎる。
マンガじゃないんだから、そんな都合のいいことは起きない。
作戦は必要だ。
「ギルド長、あの領主様ってどんな人だよ?」
「うーん、やり手らしいな。あの領主様になってから、まだ数年だけど、街は劇的にきれいになっているし、発展している。」
「実力者か~。」
「しかも、王都の王族の方ともつながりがあるらしく、コネもカネもあるらしい。」
「若手で、イケメンで、金持ちで、コネ持ちで、やり手・・・どんなチート領主だ。」
「だけど、頑固なところもあって、一度決めたことは変えないらしいぜ。」
初志貫徹!
そんなちゃんとした人って、ちょっと苦手だ。
俺自身は割といい加減なところがあるし・・・
苦手なタイプじゃないかなぁ。
俺たちは、ギルド長から情報をもらって作戦を立てた。
■決戦は金曜日
俺とリボン、ミーちゃんは金曜日に朝から領主様の屋敷に来ていた。
店は臨時休業だ。
各おやつ類は、保冷箱に入れて納めたので問題ない。
でかい家・・・と言うよりは、これはもう『屋敷』だな。
3階建てなのだが、15m近く高さがある。
普通よりも天井が高いのかも。
横はプールよりも長いから25m以上あるんだろうな。
門から屋敷まですげえ距離がある。
間に池があるような屋敷って、この世に実在したんだなぁ、異世界だけど。
普通、馬車とかそういうので入るのかな?
俺たちは馬車とか持っていないので、徒歩で入った。
以前は、この門の門番で止められたけれど、今日は名前を言っただけで入れた。
屋敷では、使用人の人と打ち合わせをした。
使用人のトップは、いかにも「じいや」って感じの人だ。
キット名前はセバスチャン(適当)。
ん?あのセバスチャン(仮)どこかで見たような・・・
とりあえず、打ち合わせの上、デザートは、昼食後に出すことになった。
相手は、領主様、その奥さん、領主様の子供の3人。
そして、領主様たちに出す前に使用人に出して、毒味兼情報搾取があるらしい。
この使用人に出すのが面倒だった。
中でもカレンと言う年配の女性の女性が前のめりだったが、メモ用紙などがないこの世の中で、他人の料理を1度や2度見ただけでマスターできるわけはない。
何度も作って見せることになった。
この日は、失敗がない様にプリンとミルフィーユにした。
既に作っているものをストレージに入れている。
でも、それだと使用人が納得しないので、ミルフィーユを作って見せている。
領主様のところでは、砂糖はあるみたいだけど、あまりメジャーな食材ではないらしい。
甘みは蜂蜜やフルーツなどを使うことが多いようだ。
当然、生クリームやチョコレートが存在しない。
プリンのカラメルソースも、何度も「これは何だ」と質問された。
面倒なので、紙にレシピを書いてみたら、読めるらしいので、それを渡した。
そう言えば、以前カレーの作り方も紙に書いて渡したな。
失念していた。
俺が書いた字がこの世界の人でも読めるのか。
どういう仕組みなのか研究しないとな。
・・・
いよいよ俺たちの出番だ。
大きな扉をセバスチャン(仮)たちが開けてくれた。
イメージ的にはホテルの結婚式場?
両開きの扉を開けてもらって、俺たち3人は部屋に入った。
中には長テーブルが1つだけ。
お誕生席に領主様、左には奧さま、右にはお子さんが座っている。
「ユーイチです。この度は、お招きいただきありがとうございます。本日は、私どもが提供しているスイーツをご賞味いただきたく参上しました。」
なんか、それらしい挨拶をしてみた。
一応、大学の時代ファミレスでバイトしていた経験がある。
まずは、領主様に提供し、奧さま、子供の順番に提供するのだが、料理を出す時は左手でお客様の左側から出す。
今回は、飲み物に、コーヒー、紅茶、オレンジジュースも準備したのだけれど、飲み物のサービスはお客様の右側から右手で出す。
驚いてほしいのもあって、今回は先に飲み物、次にスイーツを出すことにした。
「わー、すごーい!こんなの見たことないよ!」
子供が驚いて声を出した。
奧さまは、明らかに驚いている表情だけど、声は出さない。
そういう教育なのかな?
あれ?あの子どっかで見たような・・・
話し始めたのは領主様の方だった。
「ほお、きみは面白いな。この料理、このサービス、平民なのにこの教育をどこで受けた?」
「さて?何のことでしょう?」
「ふ・・・まあ、いい。今日は楽しませてもらうよ。」
「喜んでいただければ幸いです。」
服も俺たちはこの日のために、ちょっといい服を買ってきた。
そういう余裕や考えは平民にはないのかもな。
「よかったら、今日は俺たちとちょっとした勝負をしませんか?領主様。」
「勝負?面白いな。続けて。」
「実はお願いがあります。俺たちのスイーツが美味しくて、領主様たちが感動してくれたら、俺たちのお願いを1つだけ聞いてくれるというのはどうでしょう?」
「ほほお。自信満々だな。お願いの内容は勝負が決まってからかな?」
早速、1手打ってきた。
「お願い」の内容が決まっていなかったら、後から、デカいのをぶち込むことができるが、先に明らかにしたらそれは出来ない。
しかも、土地云々の複雑な話は今の場の空気にふさわしくない。
それくらいの空気は長い社会人経験で読める。
「こんな経験はもう二度とないかもしれないので、後で、領主様とお話しする時間を頂ければ。」
「んー、良いだろう。僕もきみのことが少し気になるからね。」
まいったな。
そりゃあ、料理勝負みたいな感じで、自分の要求を飲ませるようなことはマンガの中だけの話だった・・・
「おあがりよっっ!」とか言わなくてよかった・・・
早速、実食!
今回は、1皿でミルクレープ、プリンをのせて、生クリームを添えた。
やりすぎない程度で、チョコのデコレーションをしたものだ。
皿は、豪華なものを持っていなかったので、ヤフオクで金メッキとかも入った豪華な皿を選んだんだが、思ったよりも大きいサイズだった。
大きな皿に、中央にちょこっとスイーツ。
意図せずセンスがいい感じに仕上がった。
コーヒーは苦すぎないものを。
紅茶は、イチゴジャムを入れたロシア風。
オレンジジュースは、ちょっといい100%フレッシュジュース。
さあ!召し上がれ!!
「「「これは!美味しーい!」」」
「お父様!この白いやわらかいやつ甘い!」
生クリームな。
「うーん、王都でもこんなデザートは食べたことないな。」
「何層にもなっていて、間に甘くおいしいものが挟まれていますね。」
お、領主様にも好評♪
ついに、奧さまも口をきいた。
「この黒い飲み物も良いね~。」
「紅茶も味わったことがないものです。」
「このジュースもすごい!」
・・・
ただひたすらに褒められる時間だった。
そりゃあ、リボンとミーちゃんを連れて食べ歩いて、美味しかったメニューを参考にして作り上げた究極で至高な1品だ。
俺たちは、はれて領主様に呼ばれ、仕事部屋(?)に呼ばれた。
「いやー、驚いたよ。息子ちゃんがね、美味しいっていうから、物は試しだと思っていたけど、正直、期待以上だったよ。」
「ありがとうございます。」
領主様は、大きな窓を背にして大きな机に座っている。
俺たちは、前で立っている状態。
「それで?本当は何かお願いがあるんじゃないの?」
やばい。
この人、頭が切れるな。
「どうせ、ご褒美は考えていたんだ。何でもってわけにはいかないけど、言ってみてよ。」
「あの新しい市場にある古い教会を・・・壊さないでほしいんです。」
「おや、何か事情があるみたいですね。そこに座ってください。」
領主様はやっぱり切れ者だ。
俺のたった一言で、何かを察したのか、俺たちをソファに案内して、領主様も同じ卓に着いた。
「あんなもう誰も住んでない、古い教会が狙いだなんて、何か事情があるんだろう?」
「誰も住んでいないことになっているけど、俺たちが住んでいるんです。」
「それは困るなぁ。空き家だからって勝手に住んでいいわけじゃない。・・・きみたちは誰だい?」
「このリボンと、ミーちゃんは、あの教会で・・・教会の孤児院で育ちました。シスターっが亡くなったと聞きましたが、彼女たちはまだ生きています。・・・これからも。」
「知らないのかもしれないけれど、孤児院は別にあるんだよ。あんな教会の一角に寿司詰めだったからね。ぼくが教会と孤児院を分離したんだ。」
なるほど、俺もあんな狭い場所に何人も子供がいるのは良いとは思えない。
環境も良くなかった。
「新しい孤児院はきれいだし。広い。食事も十分食べられるだけの寄付を与えた。」
なんてこった。
この人、ちゃんとしている。
俺の知らない事ばかりだ。
「ちがうもん!キレイだけど、ご飯は食べられなかったもん!」
急に
すごい剣幕でしゃべり始めたのはミーちゃん。
「私は教会から孤児院に行ったけど、全然よくなかった!ご飯がなかった!いじめもあった。毎日喧嘩して・・・」
ミーちゃんは泣き始めてしまった。
何かしら辛いことがあったのだろう。
「孤児院では、中抜きと言って、寄付を着服する人間がいる。ご飯が食べられているかは、実際に自分で見に行くしかない。ぼくは実際に視察に行く方だが、行ったときだけきちんとされると、なかなか見つけられないんだ。」
「そんなことが・・・」
「あとは、子供の数だね。あんまり多いと、どうしても強いものと弱いものが出てくる。教育がないと食べられる者と食べられない者が出てきてしまう可能性はある。」
「じゃあ、弱い子供は・・・」
「きみは?きみは何をしたんだい?」
「俺は、たった1人だけ、リボンを助けました。・・・いまでは俺の嫁です。」
「そうか、おめでとう。幸せになれた数少ない事例だな。」
「俺には、店が・・・屋台がある。あそこで子供を雇うことができる。自分で働いて、自分の食い扶持を稼げれば、子供も生きていけるようになる。」
「ほほう、きみが孤児院も運営すると?・・・できないよね。大変なんだよ。たくさんの子供を一度に育てるのは。」
この領主様のいう事はもっともだ。
この人は俺よりも色々考えて、色々動いている。
100点でないことに文句を言うのはただの子供だ。
60点でも0点じゃないだけ子供は死なないし、食べられる可能性がある。
「その顔は、色々理解してくれたみたいだね。賢くて助かるよ。」
「・・・」
「市場はね、新しい名物になるんだよ。来年から王様が僕の街に視察に来るようになる。そのときに、安全できれいで活気のある街、健康な人間、が必要だ。」
領主様は立ち上がって、大きな窓の前に立ち続けた。
「残念だけど、あの教会は古くて危険だ。取り壊すことに変更はできない。」
くるりと振り向いてドラマ的に続けた。
「きみのことは調べたよ。料理に対する豊富なアイデア。この街にはなかった珍しい食材。きみが持ち込んだ食材とアイデアだけであの地区の経済が活発になっているのは間違いない。」
「何が言いたいんですか?」
「率直に言おう。ぼくは、きみたちが欲しい。うちの屋敷で料理人をしないか?既にカレンと言う料理長がいるが、きみたちは別チームを考えている。さっき、会ったろう?きみたちの料理を真似させようとしたけど、何一つ理解できなかったそうだよ。」
・・・すまん、カレン、俺も頑張ったんだが・・・
「中心はきみだね。ユーイチ君と言ったか。きみが何者であっても構わない。ぼくの見方ならね。」
やばい、俺はどうしたらいいのか分からなくなってきた。
屋敷で働いたら、俺たち3人の生活は安定するかもしれない。
でも、市場のみんなは?
孤児の子供たちは・・・
平民である俺がそこまで考えることか?
でも、見て見ぬふりしていいのか?
葛藤していたら、領主が質問してきた。
「きみの希望は?・・・何がしたいんだい?」
「俺の希望は・・・俺の知っている料理であの市場を盛り上げたい。子供たちも雇って食べていけるようにしてあげたい・・・。」
「すごい夢だね。勝算はあるのかな?」
「料理のレシピなら無限にある。商売に出来るノウハウも付いてきた。子供は・・・まだミーちゃんだけだし、うちの子にしたから、孤児とは違うかもしれないけど・・・」
「既に動き始めているんだね。」
「きみのあの珍しい食材たちも、今後も継続して入れてほしいなぁ。栄えてないと街はさびれていくからね~。」
「俺の夢を実現するために必要なお金をおつくる術だから・・・」
「いいね~。じゃあ、ぼくは対価として、新しい孤児院にきみたちの住む場所とちょっとしたポストを作ろう。幾ばくかだけど、手当も出すよ?」
「!!・・・あたらしい孤児院。」
「そう、既に数年前から運営しているけど、あまりうまくいってなくてね。きみが探している仕事がない子供たちでいっぱいだよ。」
領主様は人差し指をくるくる回しながら話を続けた。
「子供を雇うにも1人や2人じゃないんだ。面倒を見る専門の人間も必要だよ。孤児院には既に必要な人員がそろってる。中抜きは否定できないし、十分な食事が取れていないのは否定できない・・・」
領主様はこっちを向いて、くるくる回していた指でこちらに指した。
「そこで、きみたちがチェックする役を担う。同時に店は増やして、雇用も増やす。中抜きしている不届き物は、ぼくに伝えてくれればクビにするよ。そういうポジションだと事前に伝えてから、きみたちを孤児院に配置するからきみたちに逆らう者はいないはずだよ?」
そ、その条件なら・・・
でも、教会は・・・
俺は、リボンとミーちゃんの方を見た。
「わたしはユーイチ様が行くところなら、どこにもでもついていきます。教会は残念だけど、思い出として心の中に残っています。」
「うちは、またあの孤児院に戻るのは嫌だけど、ユーイチ様が変えてくれるなら我慢してあげてもいいわ。」
「答えは出たみたいだね。よろしく。後で使いの者に馬車を出させるよ。修道院を案内するよ。新しい市場からも近いし、悪くないと思うよ?」
この人切れ者だ。
思った以上に切れ者だった。
こうして、俺のお屋敷訪問は終わった。
帰りは馬車で送ってもらった。
■人を信用できるのか
家に帰って、俺のいやらしい部分が顔を出す。
今まで人と接してきて、騙されたり、裏で嫌なことを言われたり・・・
信用し合えると思っていた人が実は俺の一方通行緒だったり・・・
どうして俺はここにいるのか思い出してみろ!
あんな切れ者の領主様だ。
期待外れのことをしただけで俺は追われる身になるんじゃ・・・
俺は考え込んでいた。
リボンやミーちゃんのことが見えなくなるほどに・・・
すると、目の前に、コーヒーと飴玉が出てきた。
顔をあげると、リボンとミーちゃんが立っていた。
「わたしはどうしたらいいのか分かりませんが、どうしたらいいのかは知っています。」
「ユーイチ様知らないの?ちょっとバカなの?」
ミーちゃん、相変わらず毒舌だぜ・・・
「ユーイチ様の周りの方に相談するんです。人の意見を聞いてから決めるのです。」
「!」
そうか!
俺はこれまでずっと一人で生きてきた。
友達と呼べるような人も、ろくにいなかった。
何かあった時、相談するという選択肢がなかった。
いつも自分だけで何とかしようと思って、何とかしてきた。
「目から鱗」とはこのこと。
俺はさっそく市場とギルドに行って、事のあらましを説明して俺の考えを言ってみた。
ステーキ屋のおにいちゃん。
「またとんでもなくデカい絵を描いてるな。まあ、万が一失敗しても俺たちがいるから、一緒に店やろうぜ!」
「何コノ人、イイ人!」
商業ギルド長。
「さすが領主様、やり手だなぁ。」
「え?なんで」
「だって、1ゴールドも使わず、色々食材を持っているお前のことをこの街に縛り受けたんだぜ。」
「あ・・・」
「恐らく、その孤児院への寄付はほとんど増えないな。」
「何で!?給金を出すって言ってたよ!」
「中抜きされてカネが消えてても、何とか運営できているんだ。適正に使われるようになったら、その分浮くだろう?そこからお前たちの給料が出るんだよきっと。」
「あ!」
あの領主様やり手だ・・・
俺たちにとってプラスで、市場にとってもプラス、領主様にとってもプラスなら、全員で良い方向に向くように努力するんじゃないか!?
いや、ちょっと待て、俺ってめちゃめちゃ働く必要があるんじゃないか!?
俺って楽して生きていくタイプじゃない。
結局、いつでも一生懸命いじゃないと生きていけないようにできているんだろう。
まあ、いいか。
リボンがいて、ミーちゃんがいる。
今までできなかった分、リボンとイチャイチャして、ミーちゃんをかわいがって生きていこう。
やるべきことは山積みだ。
「さて、何からやるか・・・」
「色々頑張ったし、まずは休憩からで良いんじゃないですか?」
「そうだな。」
俺たちは、屋台のおやつタイムを楽しむことから始めるのだった。