海難事故で漂着した無人島での最大の恐怖はアメーバー
アメーバーは本当は怖い生き物なんです。
――アメーバーによる脳死を知っているだろうか。
全世界の温暖な地域で起こる可能性がある死亡例だ。多分知らない人の方が多いと思う。
コンタクトを水道水で洗ったり、一晩漬け置きして再度装着すると、アメーバーが角膜に感染する可能性があり、最悪の場合失明する恐れがある事も知らない人が多い世の中だ。
大抵の人はアメーバーが怖い事を知らないのが普通だ。
知っている方はごく少数だろう。
そのアメーバーの名前は『フォーラーネグレリア』殺人アメーバーと呼ばれている。
25度から35度の温水に生息しており、原発性アメーバ性髄膜脳炎を引き起こす可能性がある。
初期症状では匂いや味を感じなくなる。その後、嘔吐、発熱、頭痛の症状が起き、急速に昏睡して、最後は死に至る。
その感染経路は主に鼻からの侵入であり、1滴の水が鼻に入った場合でも感染する恐れがある。
感染したら最後だと思って欲しい。理由は初期症状は風邪とほぼ変わらない為、脳に感染した状態で病院に搬送される例が多く、脳に感染したら現代の医学でも治療は難しいからだ。
だが、あまりその話は聞かないだろう。人は好んで水温が25度~35度の汚い水に入る、または飲む事をしないからである。
その為、現在までで300件程の感染者数しか確認されていない。
しかし気を付けて欲しい。なぜならその致死率は……
……約97%であるからだ。――
◇
「知らない天井だ……」
……全く見覚えが無いんだけど。
ある日目が覚めたら青い空が目の前に広がっていた。
青空天井は初めての光景だ。
と言うか、天井じゃない。
「何があったんだ……」
その場の状況を把握するため、上半身だけ起き上がろうとして……。
「……っい!!」
全身に痛みが走った。
なんだこれ? 体中が痛い!?
でも、動かせない程ではないか……。
痛みを我慢し、上半身だけ起き上がらせ、周りを見渡してみた……。
「……海」
足に当たる波。水を吸って少し固まった砂。遠くまで見える海岸線。
太陽を反射して、光り輝く青い水。
目の前に海が広がっていた。
……ああ。そうだった。
俺って、
「……漂流したんだ」
意識を無くす前の記憶が徐々に蘇ってくる。
船でしか渡れない島に旅行をしに行くために乗った船が嵐に見舞われ、船酔いがひどかった俺は外の空気を吸おうとドアを開けた時、海に放り出されたのだった。
かなづちの俺は嵐の海を泳ぐ事などできず、すぐに意識を失った。
「しかし、あの状況で生きてるなんて俺の生命力って、割と凄いな」
そんな冗談を言っても突っ込んでくれる人物も周りにはいなかった。
この海岸には俺一人の様だ。
「やべ、涙が溢れてきそう」
この状況は海難事故……いや、確実に俺の不注意だよな。
まじで何やってんだよ俺。
「誰かいないかな、ここ無人島じゃないよな? 人いるよな?」
もし人がいたら万々歳だ。
しかし人がいなかったら、詰みだ。助けを呼べない。
「携帯もない、財布もない、鞄もない。全部海の藻屑となったのか……」
どこに行くときも持ち歩いていた必需品3点が今はない。
とても不安になる。
……携帯があっても圏外の可能性が高いだろうけどな。
「……はぁ」
ため息しかでない。
いや、ため息が出るだけでもましだ。「せっかくの旅行がこんな事になるとは最悪だ!」とか思える様な余裕もない。
しかしまだ最悪の事態だと認識できていない。
確認すべき事を確認していないからだ。
「……とにかく今はこの状況を把握するしかないよな」
痛む体に鞭を打ち、立ち上がる。
目の前に見える海を見ながら脳を回す。
まずはこの島が本当に島なのか。人は住んでいないかの確認だ。
俺は海岸沿いに歩き、島を探索する事にした。
◇
「最悪だ……」
探索をして今の状況に天を仰ぐ。
結論、この島は無人島の可能性が高いと言う事だ。
テレビで見る無人島生活の様な島で、人が住んでいる痕跡が無かった。
確定要素はここに来るために必要である、船着き場が無かったことだ。
浜辺に船をつける事も出来るけど、人が行き来するなら船着き場を作った方が楽だろう。
数時間ほどで回れたのは島の半分まで。
なぜ半分かと言うと、もう半分が岩場だったから先に進めなかった。
「でもよかったのは、草木が生い茂っている事だよな」
海岸の逆、島側に草木が生い茂っていた。
つまり食料になる物がある可能性が高いと言うことだ。
もしかすると、その先に進めば確認できていない島の反対側に出る事ができて、人がいるかもしれない。それこそ船着き場がある可能性だってある。
半分しか探索していないんだ、可能性は捨てられない。
「あとは火と飲み水さえあれば完璧なんだけど」
火は体力を振り絞って起こせばいいとして、飲み水の確保が先決だ。
数日食わなくても生きていけるが、飲まなければ2、3日で死ぬ。
……漫画やアニメでの知識だけど。
いや、もしかしたら2、3日も保てないかもしれない。
「暑い……」
そう暑すぎるのである。
輝く太陽。曇りの少ない空。
遮るものもない開放された空間。
「南の島レベルだろこれ……」
海風があると言ってもそれを帳消しにする程の暑さ。
そのせいで島の半分を回った事で体力が尽きかけた。
「とにかく、飲み水を……」
探さないと死ぬ。
「少なくてもこれいっぱいは欲しいよな」
俺は横に置いていたバケツの様な容器を持ち上げる。
さっき島を探索していた時に見つけた物だ。
もし水があっても溜めておく物がなければ意味がない。
この際なんでもいいと探索ついでに探していたが、とてもいい物を見つけられた。
プラスチック製でひび割れもなく水を溜めるために作られた、よくある青色のバケツだ。
普通のバケツで10リットル入るとすれば、これは大きめだから40リットルほどだろう。
あと、ビニール袋的な物もあれば完璧だったが見当たらなかった。
ここまでゴミが少ないって、綺麗な無人島だな。
「……ん?」
ふと少し暗くなった事に疑問を思い空を見上げる。
さっきまで青色だった空が曇り始めていた。
それに少し遠くの水面が騒がしい。
これはひょっとすると!
「スコール!!」
その瞬間、バケツをひっくり返した様な雨が降り注いだ。
ラッキーだ! 恵の雨とはまさにこの事だ!
大量の水を確保するために走り回った。
ついでに口も大きく開けながら。
◇
「飲み水に困ってないのは助かる」
まだ水がたっぷりと入っているバケツ……いや、水瓶をまじまじと見る。
この島に漂流してから5日が経った。
その間に何度も降ったスコールのお陰で飲み水は確保出来ている。
毎回濡れて面倒くさいが火も起こせる様になったし、食べ物も貝や海藻、木の実で飢えを防いでいる。
実は釣りが趣味であり、貝や海藻の簡単な物ならわかるのが助かった。
まあ、かなづちなので浅瀬でしか取れないが、それでも十分である。
木の実は食べられるかどうかわからないので、片っ端からパッチテストをする。腕に塗ってかゆかったり、赤くなったらアウトだ。セーフだったものは少し舐めてみて痺れるかどうか確認して、大丈夫な物だけ食べていた。
……これは無人島を開拓していたアイドルのおかげだな。知識はテレビで得る事が多い。
後は金属系でモリにできる物があればよかったのだが、金属がそもそもここにない。
できれば水も煮沸消毒したいのだが、諦めるしかない。
「しかし、あれから数日経ってるのにまだ捜索隊が来ないとは、まさか忘れられているのか?」
残念な事にこの島は無人島だった。
島の内部を探索しても人が住んでいた痕跡も無く、反対側までたどり着いたが、そこは船がつく事もできない様な岩場だった。
ちなみに川は無かった。この島はそれほど大きくない。
だから、救出されるのを待ちながらサバイバルをするしかない。
それに捜索隊を出すにもお金が必要だと聞いた事がある。確か1日当たりの料金が決まっていて、思っている以上に高かったはず。
確か俺も会社で保険に入らされていたから少しぐらいなら大丈夫だと思うのだが……。
「そう言えば、今日は普通に平日だよな」
こんな状態で会社の事を考えられる訳がないが、ついでに思い出してしまった。
……まてよ? 無断欠勤しているから捜索依頼が出ているかもしれない。
同僚にも旅行すると言っているから可能性はある!
「そう考えたらまだ救出される可能性はあるだろう」
食べる物も飲み物もある。
まだ数日なら生きていけるだろう。
「でも流石にコンタクトは使えなくなったな」
ぼやける視界で見にくいが、先日コンタクトを外した。
旅行のために数日付けられるタイプにしていたが、それも寿命が来たので捨てる事にした。
着け続けて目が痛くなれば着けない方がいいだろう。
それにコンタクトを外しても見えないわけではない。少しでも見えるなら、この数日でどこに何があるのかわかっている。
もう探索する予定もない。
「救出されるまで1ヶ月以上かかる事は無いだろう」
そう思いながら今日の食料を調達しに動いた。
◇
「どうしよう……」
水瓶の中を見て呟く。
その中は残り4分の1を切っていた。
雨が降らない。
初日にスコールが降ってからその後も降ることが多かった。
しかしそれ以来雨がぱたりと止んでしまった。
この島に漂着してから20日は経っている。捜索隊はまだ来ない。
水は何にでも使う。
飲み水として使用する事以外にも顔を洗ったり、手を洗ったり、食材を洗ったりしている。
他に容器があれば分けて使うが、飲み水で手を洗うことはできない。そうすれば自ずと捨てる事になる。
できる限り節約をして、海水でできる事は対応していたが、それでも水は使う。
雨が降っていた時は気にせずに使っていたが、今は殆ど飲み水にしか使っていない。
……この大きさじゃなくて、ポリバケツが良かったな。
雨が降らないのは、もしかすると気温が下がった事が原因なのだろうか。
初日の様な炎天下ではなくなり、涼しくはないが、海風が気持ちいいぐらいの気温になってきている。
「それでも快晴なんだけどな」
ここまで快晴なら関係なく暑い。
やはり雨が降る気配も感じられない。
喉は乾く。でも水は節約しなければならない。
ビニール袋があれば海水で水を作る事ができるのだけど、それも見当たらない。
海風が気持ちいと言っても暑いのは変わらない。
この水もぬるくなり、多分25度以上にはなっているだろう。
氷水が飲みたいよ。
それに野ざらしで置いている事で、砂やゴミなども入っていて、衛生的に悪くなってきている。
今こそ煮沸消毒したいが、熱せる容器がない。
「多分飲み水に適さなくなってきているよな……」
現代人なら躊躇する。
そんな事を思いながら水瓶に入っている水を見て呟くも、喉の渇きを潤すためにその水に口をつける。
そんな水でも美味しく感じるのは、仕方ない事なのだろう。
時々ゴミが口に入って盛大にむせる事もあるけど。
◇
調子が悪い。
多分熱中症だろうか。
お腹の調子が悪いわけではないので、食中毒の線は無いと考えてる。
症状は、最初は匂いと味に違和感があって、今は身体が火照っている。
熱が身体に残っている様な感覚だ。発熱しているのかもしれない。
しかし熱中症にならない様に水分補給はしていた。
数日前に恵の雨が降った事で俺の喉は潤いまくった。
だから水分もついでに塩分も十分補給している。
強いて言えば、栄養を取らないといけない事か。
偏っている食生活は身体に悪い。
でもこんな生活で食に贅沢は言えない。
……ああ、食べたい。
ソウルフードが食べたい。
串カツが食べたい。
とにかく救助されるまで生きていられれば……。
◇
「痛い……」
頭が痛い。
のどが渇く。
木の実を食べても味がしなくなった。
水が不味い。
これはもしかすると熱中症じゃないのかもしれない。
初日ほどの暑さはなくなり、水分補給も十分にしている。
しかし数日前からこの症状が続いている。
これは重症の一歩手前なのだろう……。
もうそろそろ助けが来なければ死ぬ可能性が出てきた。
とにかくここは、より水分を取って、栄養を取るしかない。
でも嘔吐をしている状態では吸収が出来ていない。
いや……やっぱり重症だ。
まさか、この地方だけにある病原菌に感染したのか……? 熱帯だし考えられる。
……いや、もうきつい。頭も回らなくなってきた。
「とにかく水を……」
そう思い、水瓶に近づこうとして……。
「……っ?」
天地がひっくり返った。
「……は?」
俺はその場で倒れたらしい。
あるはずのない地面が目の前にある。
やばい、これはやばいぞ……。
重症だ、かなりの重傷だ。
死に片脚を入れた感覚が身体中をめぐる。
でもなんでだ?
さっきまでは別に立って歩けていただろ? 頭が痛くてもまだ起き上がる力はあったはずだ。
それが急に……体が動かなくなるって……。
……やばい、意識が遠のいてきた。
このままなら多分俺は、死ぬだろう。
1ヶ月過ぎても俺を助けに来なかった時点で詰んでいたのだ……。
「……」
……。
「……ぁ?」
何か聞こえた気がした。
空から何か自然界ではあり得ない音が。
しかし、それを見る気力がない。
だが確信した。
それは俺を助ける何かだと。
遠のく意識の中かすかに聞こえる音。
そこで安心した俺がいたのだ。
……ああ、寿命じゃなくて死ぬなら、トラックに轢かれるか、通り魔に刺されるか、異世界に転生できるような死に方がしたかった。
だからそんな事を考えられたのだろう。
遠退く意識の中、しょうもない事を考えていた。
……そして俺は意識を失った。
――その後この青年は救出されるが、意識不明の重症。病院に搬送された時にはもう処置の施しようがない状態だったらしい。
そして家族の下、死因解剖をした結果……脳が軟化していた。
その青年の体内から採取された原因と思われる物が……
……『フォーラーネグレリア』殺人アメーバーである。――
この短編を読んで頂きありがとうございます。
この話に少しでも興味を持って頂けたのであれば、ぜひ連載している「魔王は倒せるが、スライムが倒せない」も読んで頂けると幸いです。
この話は実は主人公である春原勇の死因となっております。
先に「魔王は倒せるが、スライムが倒せない」を読んで頂いていた方は「へー、こんな死に方したんだ。こわ!」と思っていただけたら嬉しいです。
「魔王は倒せるが、スライムが倒せない ~串カツで幼女(魔王)が釣れた話~」
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