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black road and over light

作者: apple
掲載日:2020/05/24

 「…」

野中海斗は目を開き、周りを見渡す。あたりは真っ暗だ。状況が呑み込めず、海斗はゆっくりと体を起こす。

「!?」

そこには海斗の他に1人の女性が横たわっていた。全く身に覚えのない光景に海斗は目を丸くさせた。そこで、男が目を開け、起き上がる。

「…ここは…?」

どうやら、男も何があったのかわからない様子。

「君…誰?」

男が海斗に話しかけてきた。

「ええと…野中海斗って言います。高校2年です」

「君は何でここにいる?」

唐突に、高圧的な態度で聞かれた海斗は一瞬後づさりした。

「実は…俺…ええと、僕にもさっぱり…あなたのお名前も伺っていいですか?」

男は少し眉をひそめたが、すぐにいたずらっ子のようににやりと笑う。

「塩田春樹だ。大学1回生。なんかよくわからんが、ここで会ったのも何かの縁だ。仲良くしてくれよな」

「あ、はい。よろしくお願いします」

海斗はぺこりとお辞儀をして答えた。

「まあ自己紹介は区切りにして…とりあえずこの女起こすか」

「あ、そうですね」

男2人は、まだ眠りから覚めない女を起こす。女はすぐに目を覚ましたが、いつもとは違う光景にパニックを起こした。

「お、おい!大丈夫だから落ち着けよ!!」

春樹も若干パニック気味だ。

「ど…どうすりゃいいんだ…おい海斗。何か名案はないか」

「とりあえず…待ってみますか」

「待つって…何があるかも分からないのにお前なんでそんな悠長にいられるんだ?」

「悠長っていうか…互いの顔さえまともに見れないのに、こんな状況で動くなんて危険すぎますよ。それに…見てください。あの窓」

「は?あの窓、絵みたいだぞ」

「ええと実は…」

 海斗が言い終わらないうちに、急に下の方からロボットのような声が聞こえた。

「聞こえるか。君たちはこれから3か月、ここを出てはいけない」

「はあ!?」

春樹は今にも誰かを殴りそうな勢いで声を張り上げた。女性はそんな春樹の勢いに恐れおののき、男性は茫然と立ち尽くしている。ロボットの声は淡々と話を進める。

「黙り給え。勿論娯楽は与える。君たち1人1台、タブレットを支給した。好きなように使ってくれ。食事は自炊。ただし、女が料理すること。男は援助も禁止。以上だ。健闘を祈る」

ロボットの声はそう言い残し、闇へと消えていった。

「タブレットってどこにあるんだ…?」

全員辺りを見回す。しばらくして、海斗がある場所を指さした。

「あれじゃないですか?」

「これか。なんだ。ゲームし放題、動画とテレビ見放題。おまけに料理しなくていい。なんて楽園なんだ。な?海斗もそう思うだろ?」

突然肩を組まれ、海斗は面食らった。反射的に頷き、下を向いた。

「なんだ海斗。ホームシックにでもなったか?」

「ああ…僕じゃなくて…あの子が…」

海斗の視線の先には女…いや、まだ小さな女の子だ。女の子は正座をして下を向き、縮こまっている。

「畜生。なんであんな小さい子が…まあ…って、ん?たしか、ロボットが言ってたよな?食事は女がしろって…どういうことだ?」

「援助も禁止ってことは、あの女の子が一人で料理を…?」

「無理だろ!」

春樹は叫ぶ。

「不可能ですね…」

海斗はため息をつく。

「一回落ち着こうぜ。焦ったって答えは出てこねえよ。おい海斗。なんか案あるか」

「また丸投げですか。まあいいですけど。そうですね…」

海斗は女の子に近付き、海斗は怯える女の子と同じ目線になるように座り込む。

「君、なんていうの?歳は?」

なるべく柔和な表情で海斗は女の子に尋ねた。返事は返ってこない。それでも海斗はめげずに話を続ける。

「君、料理はできるの?」

女の子の反応はまだない。

「反応するわけないだろ。くだらんこと訊いてねえで、これからのこと考えようぜ」

春樹が怒りの口調で割り込んでくる。

「春樹さん…でしたっけ。少し黙っててもらえません?」

「な…」

春樹は怒りの表情で海斗を見たが、海斗のあまりに真剣な表情に何も言えなかった。そこで海斗は、窓から風が吹き込んでくるのを感じた。季節はもう冬になろうとしていた。

「君、随分薄着だね。寒くないの?」

「さむい」

女の子は初めて声を出した。体も声も、お風呂上がりの犬のように震えていた。

「そうだよね…お兄ちゃんのこの服、上に羽織ってな。結構暖かいよ」

そういって海斗は、自分が羽織っていた上着を女の子に着せてあげた。

それから少しの間沈黙が続いた。

「なあ…喋っていいか…?」

春樹が遠慮がちに言った。その声で海斗ははっと我に返る。

「あ、すみません。黙っててなんて口叩いたのに…」

「いや、俺も気が高ぶってた。悪い」

「おにいちゃん…」

女の子が初めて海斗を呼んだ。

「どうした?」

「こわいよ…」

女の子は縮こまったまま、泣き出してしまった。無理もない。こんなに急に親と離れ離れになり、明かりもまばらなこの空間に、知らない人が2人もいるのだから。

「大丈夫だよ。きっとすぐ、ママに会えるよ。そうだ。お兄ちゃんと動画見ようか。何か見たいのある?」

女の子は海斗を見て、涙目のまま首を傾げる。何も知らないのだろうか。海斗はそう直感した。そこで海斗は初めて、女の子の体にあるいくつかの傷に気付いた。

「この傷、どうしたの?」

海斗が尋ねると、女の子は悲しそうに下を向き、か細い声で答えた。

「パパにぶたれた」

海斗はこの言葉で、すぐに女の子が虐待を受けていたことを知った。

「そうか。痛かったね」

「なあ」

春樹がまた間に入ってきた。

「こんな時に悪いんだが…飯、どうする?」

海斗はハッとした。女の子に気がいって、すっかり忘れていた。

黙り、考え込んだ男2人を、女の子は神妙な眼差しで見つめる。

「そういえば春樹さん、大学生って言ってましたよね?料理とかできるんじゃないですか?」

「できないことないが…男は手伝っちゃいけないんじゃなかったか?」

「手伝うんじゃないですよ。教えるんです」

「教える?別に構わんが…本当に大丈夫なのか?」

「分かりません。でも、他に方法はありませんから」

「援助禁止ってことは台所に立って見せながら教えちゃいけないってことだよな?」

「はい。恐らくは」

「おいガキ。包丁持ったことはあるか」

女の子は、怯えて何も反応できなかった。それが不満で、春樹の怒りはヒートアップする。

「黙ってないでなんか言えやこのクソガキ。飯いらねえのか。飢え死にしてもいいのかよ」

「あ、春樹さん、その口調をまずどうにかするべきかと…」

「テメエは黙ってろ。口出しするんじゃねえ」

春樹のあまりの剣幕に、女の子はついに泣き出してしまった。これ以上どうすればいいのか…これからどうなっていくのか…海斗は女の子に寄り添いながら先の見えない不安に押しつぶされそうになっていった。

 それから、一体どれだけの年月が経っただろうか。春樹の暴言癖も収まり、女の子も海斗の働きかけにより随分料理ができるようになった。お互いの距離も縮まり、3人で同じ動画を見ることも多くなった。そんなある日のこと。また下のほうからロボットの声が聞こえてきた。

「諸君。ご苦労だった。これで終了だ。上の窓から外に出るがいい」

男2人はハイタッチをして喜んだ。しかし、女の子はどこか悲しげな顔。海斗はすぐにその顔の真意を理解した。

「お兄ちゃんとお巡りさんのところ行こうか」

春樹はその言葉に動揺する。

「おいちょっと待て。お前このこと警察に突き出すつもりか?でも無駄だぞ。証拠がないと警察は動かない」

「いや、このことじゃないですよ。虐待のことです」

「虐待?どういうことだ」

「この子、虐待を受けてたんですよ」

「そうだったのか。だからずっと、俺に心を開いてくれなかったのか。悪かったな。怖がらせたりして」

女の子は首を横に振った。こうして海斗たちの不思議な生活は幕を閉じた。

 それから何年も経った。

「おはようございますー」

春樹の暴言癖はすっかり消え、真面目なサラリーマンとして某大企業に就職している。今日は新入社員が来るらしい。春樹は新入社員の世話を任されているが、名前も何も知らない。社長の後についてきた青年に、春樹は驚愕して椅子から転げ落ちた。青年も驚きを隠せない。

「もしかしてお前…海斗!?」

「ってことは…春樹さんですか!?」

「久しぶりだな。元気だったか?」

「僕はめちゃめちゃ元気でしたよ」

「だが、まさかこんなところで会うとはな」

「ですね」

「ちょっと塩田さん。早く仕事のこと教えてあげてよね」

同僚の要美保に釘を打たれ、春樹は背筋を伸ばす。

「お前の席はここだ。机の上にマニュアルが置いてある。それ読みながら、まあ適当にやってくれ」

「春樹さんアバウトなところ変わってませんね」

「うるさい。はやくやれや」

春樹は海斗を席の方に押し、業務に戻った。照れ隠しがありありと見て取れるその言動に、海斗はくすっと笑った。

 仕事終わり、春樹と海斗は共に夕食を摂りに近くのレストランに立ち寄った。

「でもまさかだったな。まさか3人が揃うとな」

「え?どういうことですか?」

「なんだ。お前、知らないのか?あの時一緒にいた幼稚園児くらいの女の子。あの子、今同じ部署にいるんだ」

「え!?それってもしかして…」

「今日俺たちが会ったとき、早く教えろって言った人。多分向こうは気付いてないだろうが、背中のタバコの火傷の後でピンときた」

「…信じられないです。こんなことって本当にあるんですね」

2人は顔を見合わせ、ニヤッと笑う。夜に輝く星と店内の蝋燭の明かりがいつまでも2人を明るく照らしていた。





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