寝言は寝て言え
「お、なかすいた、す〜いた
おっ腹すいた、す〜いた」
小声で歌ってしまった
汎用猫型お助けカラクリ、レアブルーバージョンのあの替え歌だ
「ベスは楽しそうだね」
ハリーくんが優しく話しかける
「ハリーくんは、少しは落ち着いた?」
ハリーくんは、少し考えこんで
「そうだね
ベスが髪を切ると言い出して、本当にこんなに短く切ってしまって
普通の令嬢なら、いや、女性なら考えられない事なのに、前向きで楽しそうで…」
そうか、ふむふむと黙ってハリーくんの話の続きを聞く
「きっと、私はあのままではダメだったんだろうな」
そりゃそうだろう、ダメだろう
否定はしません
「ベスは、以前のベスじゃないんだね…」
「そうだねー、中身は別ものだね」
王子は、納得したのか
「そうか…」
とつぶやく
「それもそうだね
以前のベスなら、私の手を引いてくれたりはしなかっただろう」
王子が、ハハッと寂しそうに笑った
そして、
「どこに行ったんだろうねー」
と呟いた
食事をするもは、先程見た中庭に面した食堂で、最低限に手際よく片付けられていた
若干野営のようだが、十分だ
食事も真っ当な物で
こちらの世界のどの階級の人たちが、どのような物を食しているかは知らないが
ここにいる皆んなが等しく同じ物を食べた
肉と野菜のスープにパン
素晴らしい一汁一菜だ
感謝していただこう
合掌
「いただきます」
あら、美味しい
ジャンクな物になれた舌でも、味の濃い野手溢れる野菜や肉をすんなり受け入れられて良かった
食事の間も目線を合わせないように、こちらを伺う奴ら
絢爛豪華に結い上げたり、キラキラと風になびく長い髪?
それに比べたら、ベリーショートの髪型はさぞや奇異に映るだろよ
鬘屋のご主人のこだわりの前髪がなければ、昭和の坊ちゃん刈り?って奴か(知らんけど)
あーもう、やっぱり寄って来るのはダリウスかよ
代表して何かを言う係さんですか?
「本当に髪を切ったのだな…」
「はい、見ての通り?と言いますか、見てましたよね?」
「いや、女が最も容易く髪を切るのが珍しかっただけだ
まるで、罪人のようではないか」
と、言うダリウスの顔が、苦虫を噛み潰したよう
『虫噛めばいいのに、いやそれでは虫が気の毒』
「私は罪人なのでしょう?」
「そうだ!貴様は王妃になりたかったのだろう?何を企んでいる!」
とダリウスは言うけど、聞いてたよね?
中身が入れ替わってるって…?信じられないと思う方が普通か
そりゃそーだ
「少なくとも、私はなりたくありませんけどね」
「嘘だ!誰もが憧れるのではないのか?」
めんどくさいなぁ
「えーっとですね、もしあなたが、何の訓練もせずに『お前は勇者だ、お前は将軍だ、戦いに行って来い!』と言われて、喜ぶ人ですか?」
「な、何の話だ?」
「命令ならば従うとか無しですよ
剣士でも戦士でも、戦闘狂でも無くて、全くのど素人が戦いに行くんですよ?
しかも役職付きで…私なら『あ、それ普通に無理っしょ、死ぬなー…むしろ味方に目障りだ死ねとか思われてない?』と思いますね」
「何が言いたい」
「何か重大な責務のある仕事を成すためには、十分な教育とか訓練とかそういう事に裏打ちされた、覚悟とかが必要なんじゃないんですかね」
「それは…あたりまえの事だ…」
「でしょう?珍しく意見が合いましたね」
そう言ってにっこり笑ってやる
「いい歳して、何もせずに『王妃さまになりたいのー』って、頭わいてますよ」
ダリウスは目を丸くして、口を開けたままだった
『まさか?まさかとは思うが、ダリウスいい歳して、俺さまは勇者になるとか
世紀末覇王に俺はなる!とか宣言するタイプか⁉︎それはないか』




