クラッシャー・嫁
良くある家庭の良くある風景。
目覚めたら嫁が居た。
勿論棚に飾ってある初音ミ○じゃあ、無い。
眼が覚めたら嫁が部屋の扉を開けて、某有名メーカーのラップを突き出してこう言ったのだ。
「……これ、剥がしてくんない?」
見ると、巻き戻り防止シールを付けた食品密閉シートを振っていた。俺は差し出されたそれを手に取り、確かめる。
言われて見れば、そのラップはビリビリと縦に破れて非常に質の悪い状態である。有名メーカーとは思えないその有り様に、内心(ホントにクレラッ○なのか?)と思いつつ、へいへいと言いながら捲り始める。つーかまだ布団の中なんだが。
しばしラップと悪戦苦闘してながら、特売品だったから? や、古かったからか? 等と二人で言葉を交わしていたのだが、ふと見上げると嫁が手にしたラップカッター付きの箱で、何かをトントンと叩いている。
トントン、トントン。リズミカル且つ、執拗に。
……何を? と、よく見てみると、昨夜「あ、これ食べたい」と思い、何故か判らぬうちに手に取った、一掴み分のミックスナッツを部屋に持ち込んだ際、結局食べずにティッシュにくるんで放置していた上から、トントン、トントン。
「あー、こんな所にミックスナッツがあるー」(トントン、トントン)
「……ああ? それ……酔って持ってきたけど、食べなかったんだよね」
「ふ~ん、これって、クルミが食べたいって言ってたから、オタ娘(娘の仮名だと思ってくれ)の為に買ったんだよー」(トントン、トントン)
「そっかー。じゃあ、クルミは食べない……ってお前何してんのッ!?」
「……何してんのって? ナッツ叩いてんだけど?」(トントン、トントン)
「砕くなっての!! ちゅーか(積み重ねた洗濯済み衣類の上で)何してんの!?」
「えー? ナッツ砕いてるんだけど、何?」(トントントントントントン)
本気でクラッシュナッツ製作を始めやがる嫁を追い払い、何とかラップを元に戻した。
全く意味は判らないが、そんな所に置いていた俺も悪い……のか?
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それから二時間後、今日の予定(昼飯のレシピ伝達とモツの下茹で)を話した後、仕事に向かう嫁を玄関まで見送ろうと居間を出た俺が目にしたのは……
執拗にトントントントントントントントンと、部屋の入り口付近に置かれていた洗濯済み衣類の上にそのままのナッツに向かって……
「だからミックスナッツを叩くなってのっ!!」
トントントントントントントントントントントントントントン!!!
振り上げた空のペットボトルを振り下ろし続ける嫁の姿があった。
その様子はまるで、逃げ出そうとするリスが口の中に急いで木の実を頬張るかのように、大慌てで(物凄く楽しそうに!!)ナッツを叩き続けているのだ!!
いやいやマジで何してんの!? ちゅーか何で砕く必要があるの!? ミックスナッツをクラッシュド・ナッツにして誰得なの!?
「お前はラッコか!?」
「きゃははははははははは~ッ♪」
そんな愉快そうな笑い声を残しながら、嫁は部屋から抜け出すと、素早く靴を履いて玄関から出て行った。
……部屋の片隅には、やや砕けかけたミックスナッツと、空きペットボトルだけが残されていた。
そんな一日の始まりでしたとさ。
……リアルに。
ちなみにほぼ全て実話、そしてラストは大爆笑で終わりました。そーゆー事、良くありませんか? (ミックスナッツを良く叩く必要は皆無)