それぞれの小夜
アジトについた皆は、いったんそれぞれの部屋に戻った。
メリはアグの部屋に運んだ。
何かあったら呼んでくれとベルに言われ、アグは頷いた。
「メリ…やっと…会えたな」
アグは眠っている彼女の頬に手を当てた。
「ごめんな。こんなに時間がかかっちゃって……」
禁術解呪の薬を飲んだメリの顔からは、殺気がなくなって、あの頃のメリが大きくなった姿だと、よくわかった。
(ずっと忘れていたんだ…君のこと…)
アグは椅子に座ると、ベッドに横になっている彼女に近寄って、ベッドに両肘をついて、彼女をまじまじと見ていた。
「うう……」
すると、メリの顔がしかめるように動いた。
「メリ?! メリ!!」
アグが彼女に呼びかけると、メリはゆっくりと目を開いた。
「ア…グ……」
「メリ……」
「やっと会えたね…遅いよ…アグ……」
メリだ…。間違いない…。
あの頃の、メリだ…。
「ごめん…。今まで、思い出せなくて……」
「ふふ…いいよ。私だって、思い出せなかったもの。核が私に入ってね、イカれた呪人の核よ…。覚えているわ。そいつにとりつかれたように、私、酷いことばかりしていた」
「そんなの…メリのせいじゃない……」
「私の中に、まだそいつはいるわ…。でも、アグの薬が、抑え込んでくれている…」
メリは自分の心臓のあるところに手を当てた。
「アグ、大きくなったね」
「お前も……」
随分、綺麗になったよ…。
メリはニコっと笑った。
「これ…」
メリは左手の薬指の指輪を見せた。
「指が大きくなって、抜けなくなっちゃった」
「それのおかげで、思い出せたよ…」
「ねえ、約束は覚えてる?」
一緒に店をだす…。そして、結婚すると…。
「覚えてる。だけど…今俺は、終身刑なんだ」
「うん。ヒルカやベルが言っていたのを聞いたわ。あの城を、破壊したんでしょう」
「うん…。たくさんの人を、死なせてしまった」
「だけど、あの城をそのままにしておいたら、もっとたくさんの人が死んでいたかもしれないわ…。国王は何かを企んでいた…。それは間違いない」
「そうかもしれない…。だけど、そのせいで無関係な人たちも、たくさん死んだんだ。俺の仲間の一人も、そのせいで大切な人を失って、悲しませてしまった…」
メリはアグを抱きしめた。
「辛かったね……アグ……」
アグは首を振ったが、メリは彼を優しく抱きしめ続けた。
「そんな仲間がいるのに、君と結婚だなんて、できない」
「うん…いいよ…その代わり、そばにいさせてほしい…」
「……俺はこの部隊で一生働かなければならない。働きたいとも思っている。俺といたいなら、君も…」
「私も、部隊に入れないかな」
「明日、皆に相談してみる」
「ありがとう…」
メリは笑った。
彼女のこの笑顔が、また見れるなんて。
時間はたちすぎてしまったけど、またこうして会えて、俺の気持ちはあの時のままだ。
「メリ…」
俺はメリの顔に手をやると、彼女にキスをした。
彼女も目を閉じて、彼の背中に手をまわした。
「おい! アシードとハルクと飲むんだよ! ヌゥ、お前も来んだろ?」
レインはヌゥの部屋にやって来ると、声をかけた。
「え? 今から飲むの? 元気だね!」
「あんな、お前らは前夜祭やってたみたいだけど、俺らは何もやってねえの! さっさと来いよ!」
「わかったよ」
「他のやつにも声かけっから。まあケガしてるやつは無理だけど! アシードたちはもう待ってっから。先に行ってろよ」
ヌゥは部屋を出て食堂へ向かった。
「おい! ベル!」
レインにドアをノックされ、ベルは返事をした。レインはドアを開いた。
「お前も食堂来いよ! 宴会すんぜ」
「わ、私は飲めませんから…」
「いいから! 部屋にいても暇だろ! 来いって!」
レインはベルの腕を掴んだ。
「私なんかが行ったら、皆気まづくなっちゃいます」
「はぁ?! なんねーよ。いいから来いって」
ベルは半ば強引に部屋をだされ、しぶしぶ階段を降りた。
そこには食堂へ向かうヌゥの姿があった。
「あ、ベルちゃんも行くの? 一緒に行こ!」
「あ、あの…」
「どうしたの?」
「あの…さっきは…助けてくれて…」
「ああ。スカイダイビングってやつ? 初めてやったけど、結構怖かったね〜!」
ヌゥはそう言ってにっこり笑った。
「本当に…ごめんなさい…」
「ベルちゃん…」
ヌゥはベルの頭を撫でた。
「ありがとう。皆を助けてくれて!」
「ヌゥさん……」
「みんな待ってるよ! 行こ!」
「は、はい!」
二人は食堂へと向かった。
レインはアグの部屋にもノックした。
「な、なんですか?」
アグの声が聞こえた。
鍵がかかってドアは開かない。
「飲み会やるから来いよ!」
「えっと…メリが目を覚ますまで、付いてます…」
「わかったよ。食堂でやってっから、気が向いたら来いよ」
「わかりました」
その時ベーラは、一番奥にあるジーマの部屋へ行こうと廊下にでていたが、彼の部屋にシエナが杖を付きながら、食事を運んでいくのを見つけて、行くのをやめた。
「あれ、ベーラ」
「なんだ、レインか」
「あ、シエナのやつ…」
レインもシエナに気がついた。
ベーラはレインの前を通って部屋へ戻ろうとした。
「ああ! ちょっと待てよ! ベーラも来いって! 宴会!」
「私はいいよ。さっき夜ご飯は食べたし」
「いいからとりあえず来いって! な! もう元気になったんだろ?」
「元気にはなっていない。疲れている」
「んもー! いいから行こうぜ! お前がいないとつまんねえからさ!」
「どうしてだ?」
「どうしてもだよ! ほら、行くぞ!」
レインは彼女の手を引いて、食堂へ降りた。
宴会場では既にアシードが悪酔いして、ハルクに無理やり飲ませていた。
ハルクが見たこともないくらいベロベロになっていて、レインは驚いた。
「おい! ペース早すぎか! 何やってんだよおっさん!」
「がーっはっは! わしのせいではないぞ! ハルクが飲みたいと言ったから飲ませたんだ」
「くはぁ〜レイン〜………」
ハルクはレインにフラフラと近づいてきた。
そのまま彼に倒れ込んだ。
「おいおい! どうすんの! まだ始まってねえって!」
「レイン〜……」
ハルクはニヤつきながらレインを見た。
(こりゃ随分なこったよ…絶対覚えてねーんだろうなぁ…この醜態知ったらショック受けんぞハルクのやつ…)
「こらこら、とりあえず水飲めって……」
「うう〜……」
ハルクの顔は真っ赤になって、目がクラクラしていた。
「よーし! さあ若僧も飲むのじゃ! ベルはジュースだぞ!」
アシードはヌゥにお酒を注いだ。ベルにはジュースの入った缶を渡す。
「俺もジュースでいいよ…まずいもん…」
「何を言っておる! 仕事のあとの酒はうまいぞぉ!」
ヌゥはお酒を、ベルはジュースをアシードから受け取った。
レインもハルクを支えながら急いで駆け寄った。
「ああ! ちょっと待てよ! 俺も俺も! ベーラ、お前は? ジュースでいいの?」
「……酒、飲む」
「飲むの?!」
アシードは大笑いしながら二人にもお酒をついだ。
「ようっしゃあ!!! まあここに来れないけが人もでてしまったが、部隊みんなの活躍により、ウォールベルト国の壊滅に成功したぞぉぉ!!! 今夜は祭りじゃあ!! 我が同士たちよ! カンパーイ!!!」
「カンパーイ!!!」
食堂では大宴会が始まった。
あっという間にヌゥもレインも酔っ払って、バカさわぎした。
ベーラは案の定わけもわからずあんあん泣いて、ベルはそれをなだめた。
「うう!! ベルちゃあん!!!」
「よしよし…」
(ベーラさん、酔っ払うと本当に人が変わりますねぇ…可愛いからいいですけど…)
「ほらほら! もうくたばんのかぁ? 先輩の酒が飲めねえとは言わせねえぞ!」
レインは完全に悪酔いして、ヌゥに激強の酒を割らずに渡す。
「はぁー? 誰がくたばるって? 貸してっ!」
「一気だぞー! 一気ぃ!」
「おおー! やるなぁ若僧!!」
ヌゥはその透明なお酒を、一気に飲みきった。
「くはぁー! げろまずぅ〜〜!!」
「おいおいおい! 先輩のついだ酒にげろまずはねえだろ!」
「だったらレインもおんなじの飲んでよ!」
ヌゥはレインの口に彼の手の酒瓶を押し込む。
「てんめっ!うがっっ」
レインも同じものを飲まされて、二人共更に酔った。
ハルクとベーラは既に気絶、というか眠っていた。
ベルはお菓子をつまみながら、1人座っていると、悪酔い三人組がやってきた。
「ねえねえベルちゃん! この中で1番強いのは誰だと思う? 俺だよね? 絶対俺でしょ!」
「いやいや、わしに決まっとろうが! 見るのじゃ!この筋肉をぉ!!!」
「バーカ! ライオン様にお前ら人間が敵うかよ!」
ベルは困ったように笑うしかなく。
「み、皆さんお強いですよ…」
「あぁ〜もう! そういうこと聞いてんじゃねえの!」
「先輩に気遣わないでいんだよ! 正直に! ね!ベルちゃん」
「わしのこの筋肉をよーーく見るのだ!! なんなら触ってみるがいいぞぉ!!」
すると突然、ベルは泣き出した。
「え?! 何で?!何で?!」
「んもう! アシードが気持ち悪いからだよ!」
「何故わしのせいなのだ!」
ベルはうっうっと泣いて、涙を拭った。
「皆さんが、今までみたいに話してくれるのが、嬉しくて……」
「ベルちゃん……」
レインはベルの肩に手をやった。
「バーカ! 当たり前だろ!仲間じゃねえか!」
「うう…ひっく……」
「我々は同士! 一度の過ちで、その絆が壊れることなどない!」
ヌゥはベルに笑いかけると言った。
「ねえベルちゃん。俺たちがこうやって笑い合えるのは、誰も死なずに生きて帰ってこれたから。それって、ベルちゃんのおかげだよ」
ベルは顔を真っ赤にして、涙を拭った。
「皆さん…ありがとうございます……」
「ようし! じゃあ続きだ続き!」
「祭りはこれからよぉ!!!」
「おおー!」
そして3人は朝方まで騒いで、ベルはその様子を笑ってみていた。
ヒズミは1人、部屋でベッドに横たわっていた。
(はぁ……ほんま何やってんやろ自分…)
あんなわかりやすーしてたら完全にバレてんちゃうか…。
みんな引くやろなぁ…わいがヌゥのこと好きやなんて知ったら…。
「はぁ〜…」
彼は大きなため息をついた。
いっそのこと、シエナみたいにオープンで行ったほうがいいんちゃう。
いや、あかんか…。そんなん余計引かれるか。
「あぁ〜もう!」
ヒズミは布団を抱きまくらみたいにしてごろごろ転がった。
やっぱり内緒にせなあかん!
あの子に嫉妬もしたあかん!
よし!もうやめや!
どうせ叶わへんねん……これまでみたいに笑って話せたらそれでええ。
たまにちょーっと、ギューってしてくれたら、更にいいわぁ〜。
ヒズミは誰にも見せられないようなニヤついた顔で、布団を更にぎゅっと抱いて眠った。
ジーマはベッドの上で身体を起こすと、そっと包帯を外して、右目だけを覆うように付け替えた。
ゆっくり左目を開けると、ぼんやりだけれど部屋の景色が見えた。
何日かすれば今よりも見えるようになると、ベルは言っていたけど…。
すると、トントンとドアがノックされた。
「ジーマさん……?」
「シエナ…? どうぞ……」
シエナが食事を持って入ってきた。杖をつきながらだったので、かなり慎重に入ってきた。
「だ、大丈夫…?!」
「はい…すみません。あの…一人じゃ食べられないと思って…それで…」
シエナはジーマの左目が開いていることに気づいた。
「み、見えますか…?」
「うーん…ぼんやり…。でもシエナのことはわかるよ」
「そ、そうですか…」
(ジーマさん……もう本当に片目が見えないんだ…。左目も…少ししか見えなくなって…)
「シエナ、足は大丈夫なの?」
「はい…まだ杖がいりますけど、ゆっくりなら…」
シエナは机の上に食事をおいた。
「食べます…?」
「うーん……後で食べようかな」
「わかりました…」
目だけじゃなくて、身体も傷だらけ…。
レインとアシードとウォールベルトに駆けつけたとき、あなたが酷い姿でエントランスで倒れていて、もう死んだんじゃないかと、頭が真っ白になったわ。
「無理しないでって…言ったじゃないですか……」
「うん。ごめん…」
「うう…うう…でも、生きていて良かった…生きていてくれて…」
彼女はまた泣いた。
君は僕のために、こんなに泣いてくれるんだね…。
「情けない姿、見せちゃったね…」
「何言ってるんですか…情けなくなんて…ジーマさんじゃなかったらダハムを倒せなかったって、皆言ってましたよ。すごく強いやつだって…」
「うん。強かった」
死ななくて、良かった。
みんなを信じて、良かった。
君にまた、会えたから。
もうこの気持ちに、嘘なんてない。
曖昧なことはしない。
君のことが大好きで、君のそばにずっといたい。
「シエナ…こっち来て…」
ジーマはシエナを手招きする。
近づくほど、ぼんやりとした彼女の姿が、よく見えてきた。
「もっと近く…来て……」
シエナがベッドに手をかけると、ジーマは彼女の身体を引き寄せて、キスをした。
「んんん!」
シエナはびっくりして、目を大きく開いたままだった。
(何? 何?! 何?! え? これ何? キス? キスよね? 私、ジーマさんとキスしてる?!)
ジーマは唇を離すと、彼女の顔をまじまじと見ていた。
「好きだよ…シエナ」
はっきりと彼にそう言われて、シエナは顔を真っ赤にして、何も言えなくなった。
(う、嘘……何これ…夢? 夢なの? え? え? ジーマさんの方から、好きって? え?)
ジーマは少し微笑んで、彼女の顔に右手を添えた。
「もう一回、してもいい?」
シエナは赤面しながら頷いて、目を閉じた。
ジーマはまた、彼女にキスした。
(んん…何…? し、舌が……あう……ど、どうしたらいいの…)
シエナは初めての大人のキスに戸惑いながらも、ジーマの身体に手をやって、彼にこたえようとした。
彼はシエナの唇を何度も咥えて、長いキスをしたあと、ゆっくりと顔を離した。
今にも昇天しそうな彼女を見て、ジーマは微笑んだ。
彼女の頭を撫でながら、言った。
「今日はここまで、ね。続きはシエナが大人になってから」
「え…? は、はい……」
(続きってなんだろ……)
頭がぼーっとする。
私、ジーマさんとキスしたんだ。
キスって唇が触れ合うだけじゃないんだ…。
あんなに激しいものだなんて…知らなかった…。
今もドキドキして、心臓が破裂しそう。
「どうしたの?」
「えっ? いや、その…嬉しくて……」
ジーマは彼女の方を見てまた笑っていた。
「ちゃんと、言うから。皆にも」
「え?」
「僕も君のことが好きなんだって。ごめんね、今まで…君の片思いみたいに、皆に見られていたよね…」
「私はそんな…気にしてなんか…」
「でも、言うから」
嬉しかった。
いつも、どこかで不安だったから。
シエナはふと部屋の時計を見た。
もう21時だ。
「あ、じ、ジーマさん、もう遅いから…寝ないと…」
「え? まだ21時だよ?」
「21時は寝る時間ですよ!」
「はは…子供だなあ」
「こ、子供じゃありません! ジーマさん身体もボロボロなんですから、よく休まないと…!」
部屋に帰ろうとしたシエナの腕を、ジーマは掴んだ。
「な、なんですか?」
「一緒に寝よ」
ジーマは彼女を引っ張って、無理やり自分の隣に寝かすと、彼女を覆うように横になって、そのまま目を閉じた。
「おやすみ」
「え?! ちょ、ちょっと…」
彼は彼女の口に人差し指を当てて、黙らせた。
そして彼女と手の平をあわせ、双方の指を交互に重ねるように手を繋いだ。
(ね、寝れるわけないじゃない!!)
シエナは、既に眠りについた彼を見ながら、その日はなかなか眠りにつけなかった。




