特別編・サンタへの手紙②
ガサガサ
(うん?!)
その深夜、ヌゥは物音に気づいた。
(サンタさん!!)
しかしヌゥは寝たふりを続ける。
(駄目だ……サンタさんは寝てる子のところにしか来ないんだ……寝たふり寝たふりと……)
ヌゥはそのまま目を閉じて、気づけばもう一度眠っていた。
「うーん……」
12月25日の朝、ヌゥは目を覚ました。
「サンタさん!!」
ヌゥはハっとして身体を起こした。
「あ……」
しかし枕元には、何もない。
(あれ〜? サンタさん来てたのに!! 何で何もくれないんだよ〜!!)
どうしよう。アグの誕生日にあげられるものが何もない。
ヌゥはちらっと隣でまだ寝ているアグを見た。
「あ……」
アグの枕元には、サンタへの手紙が置かれている。
あれ、昨日から置いてあったかな。気づかなかったや。
(アグの欲しいものって何だったんだろう…。やっぱり本とかかな…)
ヌゥはゴクリと息を呑んで、その手紙をとって開いた。
『欲しいものはありません』
(ああっ!!!)
ヌゥはアグをキッと睨みつけた。
(んもう! アグのせいでプレゼントを貰いそこねた!!)
何でそんなこと書くんだよ…。もらえるものも、もらえないよこれじゃあ……。
(うん?)
ヌゥはその文字の奥に、消されている何かの文字の跡を見つける。
(あれ、何か書いたのに消したんだ…)
ヌゥは薄暗い独房で何とか紙を透かして文字を見ようと試みる。
(アイ……ク……ー……??)
「あ!」
(アイスクリームか!!!)
ヌゥはパアっと顔を輝かせた。
「おい、何見てんだよ……」
目を覚ましたはアグはヌゥの紙をさっと奪い取る。
「アグ! おはよう!」
「こういう日は早起きするんだな…」
「うん! でもねぇ、サンタさん何もくれなかったよ!」
「サンタはここには来ないよ……」
「来てたんだよ昨日! 物音が聞こえたんだもん!」
(何で起きてんだよ……それ、俺がトイレに行っただけだよ……)
アグはふわぁと欠伸をした。
その日はクリスマスだったが、平日だったから普通に授業があった。
「カンちゃんも大変だねぇ、せっかくのクリスマスに、俺たちなんかと授業なんてさ」
「そう思うなら真面目にその問題を解け」
カンちゃんは腕を組んで教壇に立っている。いつもの仏頂面で俺たちを見下す。
アグは聞き耳だけ立てながら、サクサクと問題を解いていた。簡単すぎる問題だ。半分寝てても解ける。
「ねぇ、カンちゃん家族とかいるの?」
「お前らに勉強以外で教えることなんて何もない」
「いいじゃ〜ん。ちょっとくらいカンちゃんのこと教えてくれても! まあでもカンちゃん、結婚とかできなさそうだよね〜」
「……」
「カンちゃんて今いくつ? 俺の倍くらいかなあ」
「……」
「でも実は子供とかいたりして? でもカンちゃんの子供じゃあ、物凄く無愛想な奴に違いないね!」
うざくなったカンちゃんは、完全に無視を決め込んだようだ。
まあ確かに、カンちゃんは結婚とかしなさそうだよな〜…。
ていうか、何で看守になったんだろう。囚人の相手なんかして一生を終えるなんて、俺には理解できねえや。
まあ、人を殺して独房で一生を終えるなんて、カンちゃんこそ俺らを理解できないんだろうけど。
「アグ、もしカンちゃんに子供がいたらどんな子だと思う?」
「え? うーん…結構可愛いんじゃない?」
「え! 娘ってこと?! 娘はさすがにないでしょう! カンちゃんだよ? あはははは!!」
バン!とカンちゃんが教科書で教壇を叩いた。
「ひっ!」
俺とヌゥはびっくりして、ガラス板の向こうのカンちゃんを見ては顔をしかめた。
「52ページから3章の終わりまでの問題、全部宿題。明日まで」
「えええええ?!?!?!」
ヌゥは焦って52ページからページをめくり始めた。
「え? え? え?」
章の終わりにたどり着くまでに、数えきれないほどの問題の山が載っている。
「無理無理無理! 嘘でしょ?! カンちゃん! 今日何の日か知ってる?!」
「クリスマスプレゼント。俺からの」
「えええええ!! いらないいらない! そんなのいらない! 勘弁してよカンちゃん!」
「連帯責任。どっちか1人でもやってこなかったら、明日の昼食、2人共出ないから」
「何それ! ズルい!! ちょっと! カンちゃん!!」
ヌゥが叫ぶと、授業終わりの時間を知らせるチャイム代わりのアラームが鳴った。
「じゃ、メリークリスマス」
「えええええ!!!!」
カンちゃんは颯爽と去っていった。
「アグ〜〜……」
ヌゥは泣きそうな顔で俺を見てくる。
「いや、お前のせいだろ……」
「何で? 何でこんなことに? クリスマスなのにぃ〜〜……」
ヌゥはがっくりして、机にうつ伏せた。
独房に戻った俺たちは、宿題を始めた。
スラスラと俺はノートに解答を書いていく。
(30分もかかんねえな)
ヌゥもだるだるとした様子で床に寝っ転がりながら問題を解いている。
ちなみにあぐらをかいてちょうどいいくらいの高さの机を、必要なら借りられる。というわけで、俺は机で問題を解いている。
「ふわ〜……全然終わんないぃ〜……」
「もう習ったとこだろ。そんなに難しくねえだろ」
「覚えてないんだも〜ん……」
いつも復習しねえからだよ。
天才じゃねえんだからさ、そりゃやんなきゃ忘れるだろうよ。
問題を解くこと数十分、アグは宿題を終わらせた。
「はい、終わり」
「も、もう終わったの?!」
「そりゃ終わるだろ」
「終わんないよ! ちょっと! アグの答え見せてよ!」
「それは無理」
「何で?! 明日の昼食なくなるよ?!」
「ズルは駄目だぞヌゥ。ちゃんと自分で解かないと」
「えええ! アグって真面目だね!」
「普通だから。ほら、頑張って」
「うい〜……」
それから数時間、休憩もはさみながら、ヌゥは問題とにらめっこしていた。
そうして夜の18時になると、晩御飯が運ばれてきた。
なるほど、クリスマスを意識している。
珍しくローストビーフなんてものがあるじゃないか。ご飯もドリアだし。
相変わらずスープの具材は少ないけれど。
「10分前になったらね、アイスがくるよ! ふふ!」
「あぁ、そうなんだ……」
まあ一緒に来たら溶けるからな。
だったらケーキとかお菓子にすればいいのに。
まあアイスの方が原価が安いからだろうけど。
まあどうでもいいや。甘いものはあんまり好きじゃないし。
こいつにやろう。
「いただきます!」
「いただきます」
ヌゥはご飯を食べながら、食事が運ばれてくるその壁際のボックスを、チラチラと見ている。
どんだけアイスが食いたいんだよ…。
まじでガキなんだから…。
それにしてもこのローストビーフ、なかなかうまいじゃねえか…。
ちょうど食べ終わった頃に、アイスとスプーンが運ばれてきた。
蓋がついたカップのバニラアイスだった。
皿にのってる一口サイズくらいのしょぼいやつだと思っていたから、思ったより結構量があるんだな。
「アグ!!」
ヌゥはそれに駆け寄って、2つのアイスを両手にとった。
「ああ、それさ、俺いらないから……」
「誕生日おめでとう!!!」
ヌゥは満面の笑みで、その2つのアイスを、俺の目の前に差し出した。
「は……?」
「俺のもあげる!! アイスクリーム!!!」
「は……?」
アグは顔をしかめた。
(何で?)
「いや、いらないから」
「んもう! 遠慮しなくていいよ! サンタさんに頼むほど欲しかったんでしょう!」
「は?」
「ほら! 早く食べないと溶けちゃうよ!!」
「いや、だからいらないって……はぶっ」
ヌゥは蓋を開けてアイスをすくっては、俺の口にスプーンを放り込んだ。
「冷んめたっっ!!!」
「おいしい? あはは!! おめでとうアグ〜!! 11歳ィ〜!!!」
「い、いらないっ……いらないっての………」
「遠慮しないでってば〜!!」
ヌゥはにっこにこしながら、俺にアイスを無理矢理食わせる。
(何なのこいつ……。まじでいらないんだけど……)
「あはははっ!!!」
(笑うな!! 怖いからぁっ!!!)
こいつ…、駄目だ……。
頭おかしいんだ…。
そう、あれだ…。こいつ、殺人鬼じゃなくったって、友達が出来ないタイプの奴っ!! ありがた迷惑が尋常じゃないぃ……!!!
「じゃあ2個目、開けまーす!!」
「いや、もういらない! 本当にいらないっ!!」
「はい、あーん!!」
(く、口が凍るぅっ……!!!)
ヌゥは終始楽しそうに、俺の口にアイスを突っ込むのだった。
(ふふ! 俺、アグに毎年プレゼントをあげられるね!!)
(だったらローストビーフくれよ〜……)
ねぇ、サンタさんが俺にアグをくれたんでしょう?
いつかアグと友達になれるかな…。
俺頑張るからね、サンタさん!
そのバニラアイスは非常に濃厚で、アグの口の中はアイスの甘味ととろみでいっぱいだ。
そしてアグはその夜、腹を壊すのだった。
番外編・特別編ENDです!
次から第2章をお楽しみください!




