番外編・特別独房①
アグがその特別独房に収容された翌日の朝。
ガサガサ
「!」
突然物音が聞こえたので、ハっとしてアグは目を覚ました。
(あ、朝ご飯だ…)
アグは、部屋の隅のボックスに入れられた2人分の朝食を、お盆ごと取り出した。
ご飯、味噌汁、納豆、そして卵焼きだ。
質素だな…。当たり前か…囚人の朝ご飯なんてこんなもんか。
もらえるだけ感謝しないと…。
ふと隣を見ると、大量殺人鬼ヌゥ・アルバートが、スヤスヤと眠っている。
(お腹が空いた……)
昨日はヌゥのことが怖すぎて食欲がわかなかったから、ほとんど食べられなかった。そのせいで今、物凄く腹ペコだ。
(えっと…朝ご飯きたけど…起こさないとだよな? 30分で返却しろって看守の人も言ってたし…)
「ヌ、ヌゥ……?」
ヌゥは気持ち良さそうに眠っている。俺が呼んでもまるで目覚めやしない。
(……起きないな。いや、何で起こさなかったの?!とか言われて、殺されでもしたらたまんない!)
「ヌゥ! 起きて! 朝ご飯きたよ!」
さっきよりも大きな声でヌゥを起こした。
「うん…?」
ヌゥは寝ぼけ半分で目を覚ました。
「ひっ!」
反射的にアグは恐怖して身体を退けた。
ヌゥは目を開けてアグの姿を見ると、ハっとして起き上がった。
「アグ! おはよう!!」
ヌゥは目を輝かせて俺を見てきた。
(何? 何何? 怖い怖い……怖いんだよ……)
「お、おはよう……」
ヌゥはぐーんと両腕をあげて伸びをすると、にっこりと微笑んだ。
「朝ご飯だぁ!!!」
「う、うん…今きたよ…」
「すごいねアグ! よく起きれたね!」
「うん…お、音がして……」
「そうなの? 何にも聞こえないんだよ俺! だから朝ご飯は3日に1回くらいしか食べられないの!」
「そ、そうなんだ……」
「そうなの! 起こしてくれてありがとうアグ!」
(腹減らねえのかな…。まあいいや。殺されずに済んだ…)
そうだ。とにかくこいつの機嫌をとらねえとな…。いつ殺されるかわかりゃしない。
ヌゥはお盆を1つ、自分の前に引き寄せた。
アグと向かい合い、彼と目を合わせると、顔の前で両手をぱちんと合わせた。
「いただきます!!」
「いただきます……」
(いただきますが言えるとはな。おはようも言えるし、なるほど、挨拶は人並みに出来そうだな)
なんてバカにしてることがバレたら俺の命はない。
だんまりだんまりと。
はぁ…それにしても不味いな〜。
米ちょっと干からびてるし。
納豆にからし付いてないし。
味噌汁の具は少ないし、卵焼きも味付けなしかよ!
腹が減ってるから食うけどさあ…。
不味いよ全部……ああ、不味いマズイ!
「おいしいね〜アグ!」
「うん、マズイ!」
俺は無意識にぼそっと言葉が漏れた。
(やば…間違えた……)
ヌゥはご飯を食べていたその手を止めて、こちらをじっと見てきた。
(やっべえ…まじやっべぇ……。え? 怒った? 嘘でしょ? 殺される? まじ?)
「いや、その、間違えた…美味い! 美味いよ!」
「えー? 本当に?」
「ほんとほんと! 俺和食好きだし!」
「ふーん。俺は洋食の方が好きだよ」
「……」
(何なんだよ……こいつ……。気も遣うし気も合わねえし…嫌だもうこんな生活……)
アグは泣く泣く朝食を平らげた。
(はぁ…食欲失せたから足りたわ…。寿命も縮んだ……)
「ごちそうさまでした!」
「ごちそうさまでした…」
最後に手を合わせると、2人でごちそうさまを言った。
ヌゥは満足そうにニッコリと笑っている。
「アグと一緒に食べたから、すっごく美味しかった! いつもはマズイのにさ!」
「……」
(何だよそれ…。いや、ていうかやっぱりマズイんじゃねえかよ……くそ……)
「終わったらお盆ごとボックスに返すんだよ!」
「そ、そうなんだ…」
独房生活が長いヌゥは、先輩ヅラをしてちょっと気分が良さそうだ。
ヌゥの真似をして、俺もそのお盆をボックスに返した。
(…何かわかりやすい奴だな…子供みたい……。いや、俺も子供だけどさ…)
「8時50分になるとね! 教室に来てって放送が入るんだよ! それまでは自由時間だよ!」
「そうなんだ……」
(なるべく会話したくないな……こいつと…)
アグはヌゥと目を合わさないように視線をそらした。
「……」
すると、ヌゥは部屋の隅に置いてあった本を手に取って、それを読み始めた。
俺はホっとして、そのままそこに座り込んでいた。
えっと、朝ご飯は7時だったっけ?
食べるのに30分もかかってないだろうから…今から1時間半くらい暇なのか……。
ヌゥはその本を黙々と読んでいた。
昨日の夜はずっと話しかけてきたからな…
またあの調子で来られるのかと思ったから、助かった…。
本は持ち込めるのか…
俺もなんか持ち込ませてもらおう。ここでの生活は時間があり余ってしょうがなさそうだし…。
ていうかヌゥ、何の本読んでるんだろ…。
バン!
「ひっ!」
ヌゥがいきなりその本を閉じたので、俺はびっくりしてヌゥを見た。
「アグの趣味って何?!」
「え?」
「趣味! 教えて!」
「しゅ、趣味……?」
何だろ……勉強? 実験?
さすがに爆弾作ることとは言わねえが……。
ていうか何でいきなりそんなこと聞くんだよ…
何を答えたらいいんだ…
えっと……
「ど、読書……とか?」
「へぇ〜! そうなんだ! 俺はあんまり得意じゃないや!」
(何なんだよもう……お前今、本読んでたじゃんか……)
「どんな本が好きなの?」
「えっと…ヌゥは好きじゃないんでしょ…? 読書…」
「うん! 眠くなるんだよねぇ! 特に活字が多いのはね!」
(俺は字が多いのが好きだよ〜物凄く。ずーっと読んでられる。特にむんずかしくって、頭使うやつな)
「で、どんな本が好きなの?」
「化学とか…物理とか……色々?」
「ええー?! 読書って、勉強の本?! 物語とかじゃないの?!」
「う、うん…そういうのはあんまり」
「そうなんだ〜。化学と物理なんてまだ習ってもないよ〜」
ヌゥは何だか不満そうに、顔をしかめていた。
(そんなこと言われてもなぁ〜…ていうかこいつ絶対勉強出来ねえだろ…見た目もアホそうだし…。わかんない、問題作ったヤツ殺そ!とか言いそうだし…)
「アグは勉強好きなの?」
「え? ま、まあ…割と…」
「そうなんだ! すごいねぇ!」
「ヌ、ヌゥは好きじゃないの?」
「好きなわけないじゃん! 勉強好きな方が珍しいよ!」
「そ、そうかな…」
俺は学校というものに行ったことがない。
幼い頃から孤児で、死ぬ物狂いで生活をしていた。
昔のことは、あんまり記憶がない。
ただ何故か勉強は出来た。
誰に教えてもらったんだっけ。忘れた。
まあいいや。思い出したくないんだよ。
昔のことは。
何にも。
まあとにかく、俺は個人的に、これから受けられる授業ってやつを、すごく楽しみにしていた。
ヌゥは先生がすごく怖いなんて言っていたけど、こいつより怖い奴なんて、この世にいるものか。
しばらくこいつと話をしているうちに、放送がなった。
「あ! もう授業だ! すごいすごい! アグと話していたらあっという間だった!」
ヌゥはにこやかに微笑んだ。
教室に向かうための廊下に続く檻が開けた。
その途中に風呂場があった。確か3日に1回だけ入れると言っていたな。3日目なんて頭とかつらそうだな〜。
ちなみに、トイレは独房内に小さな専用の個室が備え付けられている。
当たり前だけど、それ以外の場所には行けそうもない。脱獄は不可能だ。しようとは思わないけど…。
ヌゥはスキップしながら廊下を進んでいく。
俺もその後を追って、教室に向かった。




