失墜する異邦
ねえ、何でその子を守るの?
さっきまで君を殺そうとしていたその子を、
俺たちの敵であるその子を、
何で、アグは、守るの?
ヌゥはアグに向かって剣を振り下ろそうとするが、服従の紋に阻まれて顔をしかめた。
しかし、それに抗うようにヌゥは痛みを振り切って、アグに斬りかかる。
(服従の紋もきかないのか?! この覚醒状態は……くそっ……このままじゃメリが…)
アグはヌゥに向かって手榴弾を投げた。
ヌゥはそれを受けて、後ろに倒れた。
ヌゥは、喪失とした表情で、アグを見ていた。
アグは、メリを抱きしめて、ヌゥのことを睨んでいる。
アグに攻撃された、そのことがショックで、ヌゥは今までに味わったことのない哀しみに襲われた。
ヌゥはゆっくりと、立ち上がった。
「来るな!」
アグが叫んだ。
なんで……
なんでその子を……
アグに拒絶され、ヌゥの心は、怒りが遠のく代わりに、哀しみに支配された。
ヌゥの目から、涙が溢れた。
「来るな…」
アグはもう一発、手榴弾を投げた。
「ううっ」
ヌゥはまたその攻撃を食らって、後ろに飛ばされた。
痛い……痛い………
身体の痛みなんかじゃない……
心が……痛くて………
痛くて……
「アグ……」
アグにとって、俺は何なの?
俺にとってアグは、
ずっと長い間俺の隣にいた囚人で、
初めてできた友達で、
誰よりも守りたい大切な人で、
君のためなら死んでもいいくらい、
それくらい…大好きな人で……
でも……
アグは、いつも、
何も言わなかった
俺のことを友達だとも、
大切だとも、
もちろん好きだとも、
言ってくれたことなんて、なかった
でも、言わなくても、ちょっとは、そう思ってくれてるんじゃないかって
アグはぶっきらぼうなだけで、
だから何も言わないけど、
本当は俺のことを、少しくらい、大切に思ってくれてるんじゃないかって
でも…
君が俺を、拒絶するなら…
その子のことが大切だと言うなら…
俺はもう……
いらない………?
ヌゥは絶望した。
すると、ヒルカが彼の元に近寄って、言った。
「ヌゥ君、俺のところにおいで」
「え……?」
「君のいるべきところはここじゃない。あの方が君を待ってる。君は、あの方と一緒に、この世界を統べるために生まれたのだ」
(…あの方?)
アグはメリを抱えながら、ヒルカの話を耳にした。
「もう準備はできている。外の大陸では、既に完成したレアたちが先に待っている。君があの方と一緒になったら、その力でこの世界を統べる。そして人間はいなくなる。シャドウだけの世界さ。その世界では、君が哀しむこともない」
(あいつ……何を言ってんだ………?)
「さあ、ヌゥ君、俺のところにおいで。君の哀しみも、全部、消してあげる」
ヒルカはヌゥの頭に手をゆっくり近づけた。
ヌゥは一歩も動けずにいた。
(そうだ…ヒルカ……あいつは記憶を………)
アグは知っていた。
禁術解呪の薬は、数日しかもたない。完全に記憶を取り戻すには、ヒルカを殺して術を解くしかない。
(ヌゥの記憶を、消すつもりだ)
「やめろ!!!」
アグはメリを床に置いて、ヌゥの元に駆け寄った。
ヒルカがヌゥに手を触れる前に、彼を押し倒した。
アグはヌゥに覆いかぶさった。
「アグ………」
「あいつのとこなんかに、行くんじゃねえよ……」
ヌゥは涙の溢れるその目で、アグを見上げていた。
「だって……アグは俺のこと、もういらないんでしょう……」
「なんだよそれ……」
「あの子の方が大切で、そのためなら俺のことだって殺せるんでしょう」
「殺さねえよ……」
「だって……だって……アグは俺のことなんて、なんとも思ってないから…」
こいつは……それで泣いてんのか………?
俺だってお前に執着してた……
何度もお前の気持ち確かめるようなことして……
でもそれは…俺が安心するだけだったんだ……
俺は一度だって、こいつに、自分の気持ちを伝えたことなんてなかった……
「大事だよ……俺にとってお前は……」
「え……」
ヌゥは目を見開いた。
初めてだった。
アグの気持ちを、知れたのは。
「死ねるよ……俺だって……お前のためなら……」
「アグ……?」
アグはヌゥをひっぱり起こした。
ヌゥの髪は黒く、瞳は澄んだ水色に、戻っていく。
「だけど今は死なねえ。こいつを倒す」
アグはヒルカを睨みつけた。
「ははは……せっかくの覚醒が戻ってしまったようだな…。アグ君、君はヌゥ君にとって、特別な存在なんだね…」
ヒルカは二人を見下しながら、そう言った。
二人はゆっくりと立ち上がって、彼を睨む。
(はぁ……メリもやられて、ダハムも…アイラも…くそ……役立たずのシャドウ共め……あの方を呼ぶしか……)
「ぐぅっ!!!」
突然ヒルカは、血を吹いた。
「なっ、なっ、何で…何で俺を………」
わけもわからず、ヌゥとアグは突然苦しむヒルカを見ていた。
【ヒルカ、お前はもう、用済みだ】
低い声が、部屋中に響く。
「ど、どうしてですか……俺は……ちゃんとあなたのために………」
【お前はこいつらに負けたんだ。私が手をくださずとも、どうせお前はこいつらに殺される】
「あなたが……手を貸してくれさえすれば…。」
【私が? どうして? お前を助けるというのか】
「そ、そんな……」
【レアは揃った……お前はもう要らない。ここで死ね】
ヒルカは更に激しく血を吹いた。
【ヌゥ……】
「だ、誰なんだ…お前は…」
【大きくなったね……】
「…?! 名乗れ! 誰だ!」
【私は、ゼクサス。君を、迎えに行くから。待っていなさい】
「ゼクサス…?! 誰?! 誰なんだ!!」
ヌゥは叫んだが、声はもう消えてしまった。
(くそ……俺がここで死ぬ…だと…? 冗談じゃない! 全員道連れにしてやる!)
ヒルカは最後の力で、懐からリモコンのようなものを取り出すと、それを押した。
すると、研究所の至るところから爆発音が聞こえた。
「な、なんなの?!」
「研究所が崩れる! 急いで逃げろ!」
アグはメリに駆け寄った。
「俺が連れてく! アグ、早く!」
ヌゥはメリを抱えた。アグはメリの両手を拾って、走り出した。
「急いで! 天井が崩れる!」
「わかってるよ!!」
二人は必死で研究所の外を目指して逃げた。
ウォールベルトの国全体が、大きな爆発を起こした。
研究所は崩れ去り、ヌゥとアグは命からがら外へ避難した。
「うわっ!」
最後の爆発で、ヌゥとアグは地面に倒れ込んだ。メリはヌゥの隣に横たわった。
「た、助かった…けど、皆は……?」
「ヌゥ!アグ!」
聞き慣れた声がして、ヌゥとアグが振り返ると、レインが走ってやってきて、二人をガバッと抱きしめた。
「レ、レイン?!」
「良かったぁ!!無事で! 心配させやがって……このバカ共!!」
すると、後ろからハルクとアシードもやって来た。
「良かった! 二人共無事だったんですね」
「全く、危機一髪だったのう!!」
「他のみんなは…?」
「無事……とは言えないが、皆、生きているぞ」
ヌゥとアグは、皆がいるところに急いで向かった。
そこには傷ついた皆の姿があった。
「うう…うう…ジーマさん……ジーマさん……」
シエナはジーマの胸に顔をうずめて、わんわん泣いていた。
ヌゥはジーマの両目が包帯で巻かれているのを見た。
「ジーマさん、その目……」
ジーマはヌゥの声のした方へと顔をやった。
「あ~、やられちゃったよね…。まあ左目はベルに処置してもらって、なんとか見えるみたいだよ」
「何でそんなにのんきなんですか! ジーマさんのバカ! バカバカバカバカ!」
「うん。ごめん」
ジーマはシエナの頭を探って、優しく撫でた。
「ヒズミさんは?!」
アグが周りを見渡すと、横になって目を閉じているヒズミを見つけた。
「ヒズミ…ひどいケガ……」
「俺をかばって…あんなことに…」
「そうだったんだ……」
ベルが二人のもとにやってきて、言った。
「致命傷でしたが…なんとか助けられました。お二人は、どこかケガは…?」
「俺は大丈夫。けど、この子が……」
ヌゥは、メリを差し出した。
「メリ……どうしてその子がここに……」
ベルはメリを見ると、青ざめた顔をした。
すると、アグが近寄ってきて、ベルに頭を下げた。
「ベル……頼む……メリを、助けてやってくれ……」
「アグさん……?!」
アグは頭を深く下げたままだった。
「…わかりました」
ベルはメリを手術し始めた。
アグは祈るようにメリを見ていた。
「んん……」
ベーラが目を覚ました。
「おい! 大丈夫か?」
レインがベーラの元に駆け寄った。
「……腹が減った…」
「…大丈夫そうだな」
レインは呆れながら彼女を見た。
「他のみんなは?」
「何とか生きてるみてーだよ」
「どうしてお前たちがここに?」
アシードもベーラの元に近づくと、彼女の前に缶詰の山を置いた。
ベーラは素早くそれを取ると、夢中で食べ始めた。
「用意のいいおっさんだな」
「がっはっは」
「で、何でここに?」
「ジーマから連絡もらったんだよ」
レインは無線機を手の上で放りながら答えた。
「ジーマが?」
「ああ、助けてくれってな」
ベーラは驚いたように、ジーマの方を見た。
(そうか……君は、変わったんだな……)
「目はどうした」
「敵にやられて右目は失明したみたいだぜ…」
「そうか……」
ヌゥはヒズミの元に行った。
「ヒズミ……」
意識を失っているヒズミのことを、心配そうに見ていた。
「う……」
「ヒズミ?!」
ヒズミはゆっくりと目を開けた。
(なんや…わい……まだ生きてるんか……)
目の前にヌゥの顔があって、ヒズミは飛び起きた。
身体の痛さに顔をしかめたが、彼はそれどころではない。
「な、なんであんたが…」
「ヒズミ!!」
ヌゥはヒズミに抱きついた。
「良かった! 生きててよかった!!」
「せ、せやから……そういうの…ほんまやめてくれへん…」
「え? 何が?」
ヌゥはヒズミの顔をまじまじと見つめる。
(あかん…完全に意識してるやん自分……でも死んでもおかしくなかったもんなあ……ちょっとくらい、ええか……)
「……やっぱりもう一回だけさして!」
ヒズミはそう言って、ヌゥを抱きしめた。
「ええ? 何なのもう!」
ヌゥはよくわからないまま、ヒズミにハグされたままだった。
(あ〜ほんま生きとって良かったなあ…ほんまわい、悪運だけは強いんやな〜。神様に感謝せなあかん…いや、助けてくれたのはベルか、あ〜ほんまベル様ありがとう〜)
ヒズミはニヤケながら大好きなその子を抱きしめていると、アグがこっちを見ているのに気づいた。
(げっ! めっちゃ見られとった!)
しかしヒズミは、その腕を離さなかった。
「な、なんよ……」
「……仲直りできて、良かったですね」
「は、はぁ〜?!?! なんやのその余裕はぁ! 腹立つな! もう絶対守ったらへんからな!」
「…?」
(なんで怒られたんだ?)
アグは再びメリの様子を見守った。ベルは手を止めた。
「ベル、メリはどうかな……」
「何とか、命は繋ぎました…。手も縫い合わせましたが、動かせるようになるには時間がかかるかもしれませんね…」
「そっか……ありがとう……」
(アグさん……どうしてメリのことを……)
ベルは意識を失ったメリのことをじっと見ていた。
「ヒズミ、アグのこと、守ってくれてありがとう…」
「え? ああ」
ヒズミはいい加減ヌゥを解放すると、話した。
「あんたと約束したからな…」
(しばらく助けへんかったことは墓場まで持って行こ…)
「ヌゥ君、いる?」
ジーマに呼ばれて、ヌゥは彼の元に向かった。
「ヒルカは、どうなったのかな……」
「死んだよ……でも、俺が倒したんじゃないんだ。ヒルカの上に、黒幕がいる……」
「そいつに、会ったの…?」
「ううん。声だけ聞こえたんだ…」
「そっか…」
まだ、終わりじゃない。
この国が滅んでも、戦いは終わらない。
ヌゥは、壊滅したウォールベルトをじっと見ていた。
第1章完結です!
ここまで読んでいただき、本当にありがとうございました!
第2章に入る前にラフ画像、短編の番外編と続きます。
※ラフ画像は素人ものなので、イメージを損ないたくない場合はそのまま次へお進みください!




