復讐のわけ
ある日、メリは真面目な顔で、話をした。
「ねえ、お金をためて、この街を出て、一緒にお店をだそうよ。私が剣を打って、アグが道具や薬を作るの。どうかな…」
「店か。いいね。絶対うまく行くと思う」
メリはアグの顔を見ると、顔を赤くした。
「あ……」
アグも今のメリの言葉にハっとして、赤面して目をそらした。
「それって、私とずっと、一緒にいてくれるってこと…?」
「うん……」
「ねぇアグ、私のこと、好き?」
「うん…好きだよ…」
「私も……好き…」
アグが彼女の方を見ると、彼女もこっちを見てくれていて、目があった。そしてその目を、そらすこともできない。
「こういうとき、大人は…キスするのかな…」
「……するかも…」
「私たちも、してもいいのかな…」
アグはメリの顔に手をかけると、そっとキスをした。
生まれてきて、一番、心臓が鳴ってると思う。
ずっと一緒にいよう。この子と。
そう、思った。
それから数カ月たつと、謎の疫病が流行り、貧困の街の子どもたちが死亡することが相次いだ。死亡した子供たちは疫病の解決策のためと、城に強制的に連れて行かれた。
病気にかかると、身体中が火傷のあとのようにだんだん変色していき、その症状が起これば1週間ほどで死ぬのだという。
俺とメリは無事であったが、ただ事ではないと恐怖した。
「こわいね……どうして子どもたちだけなの?」
「わからない……医者によれば、うつる病気ではないらしい…。何か原因があるのかもしれない…」
ある日、仕事から帰った2人だっが、メリは自分のお金の入った袋を忘れたことに気づいた。
「すぐとってくるから、先に帰っていて!」
「うん…」
メリはダンネの家まで戻った。ドアの鍵は空いていて、メリは中に入ったが、部屋の電気は真っ暗だ。
奥の研究室の電気がついている。
中からは、ダンネと別の男の声がしていた。
メリはそっと聞き耳を立てた。
「おいダンネ! 何やってんだよ。お前のとこのガキにも早く飲ませろよ」
「わ、わかっておる…だが…しかし…」
「貴族1人につき1人差し出せって言われてんだろ。そうじゃねえと、お前の首が飛ぶともな!」
「1人……1人だな…仕方ない……」
「さっさとやれよ。国王命令だぞ」
男がそう言って部屋から出ようとしたので、メリは急いで家から逃げ出した。
(なに?! なんの話?! 飲ませるって…一体何を?)
メリは必死で走ってアグのところに帰った。
(あの城には…秘密がある…)
メリは、勘付いていた。
子供たちの疫病は、城の実験なんじゃないかって。
何のためかはわからない。
でも、貴族たちは、子供に何かを飲ませて、差し出すようにと言われている。
もしかしてダンネさん……
「メリ、どうした? 血相変えて」
「…何でもない」
メリは頭の中がぐるぐるとまわったまま、アグにも何も言えずにいた。
次の日、2人はいつものように仕事場に行った。
「おはよう、メリにアグ君」
ダンネはいつもと変わらぬ表情で、彼を迎えた。
午前中、いつもと同じように仕事をした。
メリは剣を打ち、アグは研究室で実験をしている。
すると、ダンネは水を持って、アグの元へ向かった。
ダンネの様子がおかしかったのに、メリは気づいた。
「喉が乾いたろう、アグ君。お水、置いておくよ」
「ありがとうございます」
アグはその水に手をかけた。
「アグ!! 飲まないで!!!」
メリはすかさずその水を奪い取ると、自分が飲んだ。
「メリ! 何を! 何をしているんだ!」
ダンネは焦った様子でメリにかけよった。
「吐き出しなさい! 今すぐ! 吐きなさい!!!」
(な、なんだ? 何がおこったんだ…?)
アグは状況が飲み込めず、立ち尽くした。
メリはダンネのことを見ると、言った。
「アグを殺さないで。私を城に渡して」
「メリ…なんで……なんでそのことを……」
「聞いちゃったの。昨日話しているのを。そうしないと、ダンネさんが殺されちゃうんでしょう?」
「そんな…だからって…メリが……死ぬこと……」
「ダンネさんには、すごく感謝しているの。平民の私にこんなに良くしてくれて、今までずっと働かせてくれて、ありがとう」
「メリ…メリ……」
ダンネは泣き崩れた。メリのことは、娘のように可愛がっていた。彼女が死ぬなんて……。
すると、メリの身体から病気の症状が現れた。
「メリ…お前……疫病が……」
「この薬はね、疫病を発症させるものだったのよ。貴族たちは子供にこれを飲ませ、城に差し出すことを強要された。もちろんみんな、自分のところの貧困層の奴隷に目をつけたわ…」
メリはだんだん苦しそうになって、横に倒れた。
「アグ、お願い…ダンネさんを責めないで」
「なんで……だからって、なんでお前が……」
「2人共、助けてあげたかったの……」
そう言って、メリは気を失った。
「アグ君……」
「メリを…あなたには渡さない…」
ダンネは彼を見て何も言えなかった。ダンネは自分がメリを殺したことにショックを受け、それどころではなかった。アグはダンネを睨みつけたあと、メリを抱えて貧困の街に帰った。
俺は絶望した。
メリが、死ぬのか?
俺たちは家と呼んでいるその場所に着くと、メリを横にした。
なんで突然、こんなことになった?
実験ってなんなんだ…?
なんでこんな、酷いことを……。
許さない。絶対に…。
城の奴らも……貴族の奴らも……もろとも……
殺してやる…………。
俺はもう仕事にも行かないで、ずっとメリのそばにいた。
メリはもう寝たきりになって、なんの治療の手立てすらなく、ただ時間だけが過ぎていった。
しかしある日、そいつがやって来た。
「見つけたよ。メリ・ラグネル」
黒髪の細目の男は、突然俺たちの前に現れて、そう言った。
「だ、誰ですか…? あなた?」
「俺はヒルカ。メリを助けにきたんだよ」
「メリを……助ける………?」
絶望のどん底にいた俺は、そいつが誰なのかも知らないけれど、何か希望があるのかと思って、彼の話を聞いた。
「シャドウ…?って、なんですか?」
「まあ、くわしく説明すると長くなってしまうけど、メリはシャドウになれる可能性を持っている子なんだ。人間の中に呪人の核っていうものをいれるとね、シャドウになっちゃうんだけど、まあでもあんまり人間と変わらないよ。シャドウになれば、病気で死ぬことはないんだよ。だからメリを助けるには、メリをシャドウにするしかないんだ。わかるかい?」
ヒルカは子供向けに話をわかりやすく話そうとしたようだが、アグにとっては逆にわかりにくかった。
まあでもとにかく、シャドウにしてもらえばメリは死なずに済むらしい。
それが嘘でも、本当でも、俺はもう、すがるしかない。
「わかりました。それじゃあ、メリをシャドウにしてください。メリを助けてください」
「ああ! 良かった。話のわかる子で」
「あなたは、何でメリを知っているんですか?」
「はは…メリはね、元々私の児童施設にいたんだよ。そこではシャドウになれる子を見つける実験なんかもしてるんだ。でもね、ある日子どもたちがみんないなくなってしまったんだ」
「そう…なの? メリ…」
「知らない。覚えてない」
「メリはまだ小さかったからね。でも大丈夫、子どもたちがどこにいるかは、俺にはわかるんだ」
「…? どうして?」
ヒルカは笑みを浮かべるだけで、何も答えはしなかった。
「まあとにかく、メリのことは治そう」
「ありがとうございます!」
「しかし、条件がある」
「条件…?」
ヒルカは頷いた。
「条件は、君からメリの記憶を消すこと。俺の話したことも、全部ね」
アグは目を見開いて、沈黙した。
「そんなことが、出来るんですか…?」
「ああ。俺には特別そういう力があってね。まあ詳しいことを話しても仕方ない。君はもう全部忘れてしまうから。これから君は、メリのことを考えるだけで、酷い痛みを感じることになる。思い出すことを君の身体が拒否する。やがて君は、彼女のことを思い出すことさえしなくなる。そしてメリもまた、同じように君の記憶を消す。もう二度と、会うことはない」
でも、仕方ないのか…。
メリ、君をたすけられるなら、俺は…俺は…
アグは、条件を飲んだ。
この男に、メリを委ねることを決意した。
「ありがとう。準備をして、明日の朝、また迎えに来るよ。それまで2人で、最後の夜を」
ヒルカはそう言って、立ち去った。
「アグ…私…嫌よ……あなたのことを、忘れるなんて…」
「作るから…俺…あいつの術を解く方法を見つけるから。」
「無理よ、そんなの…」
アグは、横たわるメリに顔を近づけ、キスをした。
「お願い…メリ…生きて……。必ず、会いに行くから」
「アグ……」
そして次の日になった。2人の別れの時間が近づいている。
アグはメリの左の薬指に、シルバーリングをはめた。
「これ……」
「婚約指輪。約束したから…大人になったらメリと結婚するって。昨日作った…即席だけど…」
メリは手を開いて、顔の前に持ってくると、その指輪をまじまじと見ていた。
「綺麗ね……」
「メリの打った、銀で作ったんだ」
「ありがとう…アグ……」
メリは涙した。
ヒルカがやって来ると、メリは先に馬車に入れられた。
「じゃあアグ君、これから君の記憶を消す。じっとしていてね」
アグは頷いた。
ヒルカはアグの頭に手を軽く添えた。
「……!!!!」
頭の中に、何かが流れ込んで来るようだ。
「くぁっ!!」
「動かないで」
アグの頭の中の、メリの顔がだんだんと消えていくのがわかる。
メリ…メリ……
駄目だ……消えるな……
メリ……! メリ……!
メリ……って、誰だ?
「終わったよ、アグ君」
アグは頭を抱えて、その場にへなへなと座り込み、倒れてしまった。
「それじゃあね」
ヒルカはアグのことを見ながら、馬車に乗り込み、どこかへ行った。
そしてアグは目を覚ますと、メリのことを、すっかり忘れていた。
そして彼の頭の中には、たった1つのことだけが残っていた。
城を、壊そう。
跡形もなく。
アグは職場にむかったが、誰もいなかった。
ダンネは王の命令を守れなかったとされ、既に殺されていたのだ。
アグはその研究所で、何食わぬ顔で爆弾を作り始めた。
アグはそのことだけに、夢中になっていた。
もっとすごいのを作ってやる…。
あの城が、粉々になって、吹っ飛ぶくらいの、最強の爆弾を。
そこからの記憶なら、全て覚えている。
アグは一瞬のうちに、あの街で起こったすべての記憶を取り戻した。
ハァ…ハァ…
今まで…全部……忘れていたんだ……
アグはその驚きに、興奮が止まらなかった。
しかし、落ち着くまもなく、ヌゥはすぐさまメリに剣を向けた。
「やっ、やめろっ……!!」
アグは叫んだが、ヌゥはメリの腹を突き刺した。
メリは立てなくなって、その場に倒れた。
「きゃは……駄目だ…ヌゥ君、強すぎ……」
「苦しませてやるよ…。その上で、殺す」
「うう……げほっ…げほっ…」
メリは血を吐いた。
アグはメリに、駆け寄ると、彼女を支えた。
「メリ……メリなんだろ?」
「何…あんた……」
アグはメリに、禁術解呪の薬を飲ませた。
「……!」
メリもまた、記憶を取り戻したようだ。
「私…私は……何を……? げほっげほっ」
「メリ…俺だよ! アグだよ!」
「アグ…アグなの? ううっ」
「しっかりしろ! メリ!」
「アグ…アグ……会いたかった……ううっ! かはっ」
メリはそのまま気絶した。
2人は再会を分かち合う暇もなかった。
ヌゥはまた、メリに剣を向けたのだ。
「やめろ…ヌゥ…!」
アグはメリの前に立って、彼女をかばった。
「アグ……どいて………その子は敵だよ……」
「違うんだっ! メリは…違うんだ…。お願いだ、正気に戻れ!」
「何を、言ってるの……?」
(だめだ! ヌゥのやつ…戻らない……)
「早く、どいて。とどめ、さすから」
「やめろ! メリはもう、敵じゃない! メリは俺の大切な人なんだ……お願いだ……元に戻ってくれ……ヌゥ……」
アグは泣きながら彼に訴えたが、彼の覚醒したその姿が元に戻ることはなかった。
「どけ…」
「どかない!」
「どけええええ!!!!!」
ヌゥはその赤い目を大きく開いて、アグに襲いかかってきた。




