ベルは抗う
「ベルちゃん……」
ベルはアグにもらった雷杖をヌゥたちに向けた。
「どうして君が……」
ベルはヌゥに向かって雷を放った。
ヌゥはさっとそれを避ける。
ハルクはその様子を呆然と見ていた。
(ベルさんが何で…? 一体何が起きて……?)
「む…無駄ですよ……ヌゥさん……あなたは私を攻撃できませんよね……服従の紋が発動しますよ……」
「……」
ベルはまた雷を放つ。
避けた先の倉庫の棚は粉々に砕かれた。
「やめて、ベルちゃん。俺たち、仲間じゃないの?」
「…何言ってるんですか? この状況で…」
裏切り者は、ベルちゃん…。
「私ですよ…皆の情報をヒルカ様たちに流したのは……」
「ベルちゃんはそんなことしないよ…」
「しました! 私なんです! 裏切り者は私ですよ!」
「じゃあ、何で、泣いてるの……?」
ベルの目には、涙が溢れていた。
ベルは本当は、既に一度、死んでいた。
母親が死んだショックで、部屋で1人自殺したのだ。
しかし、ベルの死体は見つからず、誰も彼女が死んだことを気づかなかった。彼女は行方不明扱いとなった。
彼女の死体を盗んだのは、ヒルカ達だった。
「ヒルカ…何なのよ! この女…」
メリは言った。
「天才ドクターのリウム・ベルだよ…。彼女の潜在能力なら、すごいシャドウが産まれると思わないか」
「そーう? こんなひょろひょろ、まず成功するとは思えないけど」
死体がシャドウになれる可能性はその頃10%もなかった。
しかし、奇跡的にベルはシャドウとして、この世に蘇った。
ヒルカの命令には必ず従わなければならない、そのように造られた。
死体がシャドウとなった時、その生前の記憶を失うと言われているが、ベルには何故か、全ての記憶があった。
しかし、使える禁術は、物の大きさを変えることだけ。
「どこがすごいシャドウなのよ! ただの雑魚じゃない!」
「いやいや…記憶があるなんて…初めてさ。普通のシャドウとは違うさ」
ヒルカはベルを大切に扱った。
その事が、メリはあんまり気に食わなかった。
ベルの医療技術は、シャドウになっても衰えることはなかった。知識も全て覚えているし、物の大きさを変えられる禁術は手術の時に大いに役立った。臓器を大きくして細かい作業をしたり、傷口を小さくして出血を防いだりと、たくさん応用がきいた。とはいえ、あんまり大きさを変えすぎると死なせてしまう。そうならないギリギリのラインを見極められるのは、ベルの知識と技術あってのものだ。
「特別国家精鋭部隊…?」
「そう。俺たちの敵だ。君はそこにスパイとして潜り込み、奴らの情報を俺たちに提供するんだ」
「…わかりました」
ヒルカの命令は絶対だった。
服従の紋とは違うが、それに似たようなもので、シャドウにされる時にその命令がすりこまれ、反対することができない。
ベルは父親であるカルトの家に帰った。
ベル行方不明者扱いされていたので、彼女が帰ってきてカルトは大いに喜んだ。
カルトのコネで、特別国家精鋭部隊に入ることは容易だった。
「はじめまして。隊長のジーマ・クリータスです。君が噂の天才ドクターのリウムか!」
ジーマはベルのことを明るく迎えてくれた。
手を差し出されたので、ベルは彼と握手をした。
(この人たちが、敵…)
「いやぁ〜リウムみたいな優秀な医者が専属でついてくれるなんて、本当に助かるよ! 何か困ったことがあったら言ってよ」
「あの…」
「ん? どうしたの?」
「名前……好きじゃないんです…」
「そうなの? じゃあ、ベルでいい? ベルも名前みたいで可愛いし、呼びやすいしさ」
「は、はい……!」
はじめてジーマさんに会った時、なんだかホッとするような気持ちになった。
「へ〜医者か! まあ確かに専属の医者がいるのは悪くねえな!」
そのあと大広間に案内されて、部隊の皆を紹介された。
赤髪の怖そうな青年はそう言って、ベルを迎えた。
「この子のことはベルって呼んであげて。その方がほら、呼びやすいから! ね!」
ジーマはニコニコ笑って、ベルのことを紹介した。
「がっはっは! また可愛い子が増えたのう!」
「おっさん! エロい目でみてんじゃねーよ」
「見とらんがな! 孫の次は娘ができた気分だよ!」
「誰が孫よ! そこまで子供じゃないわよ!」
「てかおっさん結婚すらまだしてねえだろ!」
なんだか賑やかな人たちだな……。
「うるさいでしょう、この人たち」
この人は、ハルクさん…だったかしら。
「私も入ったばかりなんですよ。お互い早く慣れるといいですね」
「そ、そうですね…!」
そうだ。私はスパイ。
彼らと打ち解けなくては……
情報を持ち帰るんだ…。
ベルはちらりとベーラと名乗っていた女性を見た。
彼女は無口でとっつきにくそうな雰囲気だ。
「なんだ?」
「い、いえ…なんでも…」
「ふふ……腹が減ったんじゃないか?」
「え…?」
「おいジーマ!」
ベーラはジーマに呼びかけた。
「え? 何?」
「ベルが腹が減ったみたいだ。今夜も出前をとってベルの歓迎パーティーを開こう!」
「お! いいね〜! じゃあ今夜はパーッと! な!ジーマ!」
「え…あー、うん…そうだね! そうしよう!」
(ここ最近ずっと赤字…国から追加支援頼むのなんて無理だよなぁ………前もハルクの歓迎したばっかりだし……また僕の自腹か……)
そうして初日に私の歓迎パーティーなんかも開かれて、今までに経験したことがないほど楽しい時を過ごした。
駄目だ……あんまり感情移入しては……
この人たちのことは、いずれ殺すのだから……
「どうしたベル。これもうまいから食べてみたらどうだ?」
ベーラは、ひたすらに食事を食べ続けていた。
レインとアシードは馬鹿騒ぎして、それを皆楽しそうに見ていた。
「ごめんね〜うるさくって。ベルの歓迎パーティーなのに、勝手に盛り上がっちゃって」
ジーマはベルの隣に座った。
「い、いえ…こんなに賑やかなの初めてでびっくりしましたけど…」
「はは…そうだよね。でもみんな、いい人たちだから、安心してね」
「は、はい……」
すると、ベーラも話に入った。
「ジーマ、ベルのために治療室を作ろうか?」
「そうだね! 医療器具も集めないとね! 僕は詳しくないんだけど…ベルの希望を言ってね。必要なものは、すぐ揃えるからね」
「あ、ありがとうございます…」
私、また医療ができるんだ……。
「おいジーマ! レインが吐いてるぞ!」
「ええ?! 何やってんの…。ちょっと、ごめんね」
ジーマは席を立った。
すると、シエナがベルの横にどんと座り込んだ。
こんな小さい子もいるんだと、シエナを見たときは驚いた。
「ちょっとあんた! ジーマさんと何楽しそうに話してんのよ!」
「え…? いえ、治療室を作ってくれるって…」
「なに? 治療室ですって?! 私のために道場作ってくれたと思ったら、今度はあんたのために治療室をぉぉ〜?!?!」
「いや、作ったのは私だぞ、シエナ」
「うるさいベーラ! ベル! あんたジーマさんに色目使ったらただじゃおかないわよ!!」
「うふふ……」
ベルは必死になるシエナを見て、笑った。
「何笑ってんのよ!」
「いえ、可愛いなあと思いまして……」
「はぁ〜〜?!?! 何なのよこの子! 何なの?!?!」
「ふふ……すみません……隊長さんのことが好きなんですか?」
「そうよ! 悪い?! あんた、私がまだ子供だからって…」
「応援しますね。シエナさん!」
「へ……」
パーティーは夜遅くまで続いて、私は久しぶりにたくさん笑った。
それから私はこの部隊の皆と、毎日一緒に過ごした。
皆のケガを、必死で治した。
ヒズミさんが入ってきて、そのあとヌゥさんとアグさんが入ってきて、ますます部隊は賑やかになった。
ヌゥさんとアグさんのことは、実は彼らが来る前から知っていた。父から話を聞いていたからだ。変な2人がいるんだと聞いて、会えるのを少し楽しみにしていた。
元からいたメンバーの情報はもう、ヒルカ様に伝えた。
今度は新しく入った彼らの情報を、伝えなくては…。
不思議な2人だった。
ヌゥさんは、少し変わってるけど、よく笑う明るい子だった。
ヌゥさんはアグさんのことが大好きだ。
その事でレインさんともケンカしていたけど、気づけば仲良くなっていたので驚いた。
ある日ヌゥさんが、アグさんを殺そうとした。
呼ばれて駆けつけた私は、それを見て驚いた。
私は夢中でアグさんを手術した。
今までにしたことのないくらいの大手術だった。
禁術が使えなかったら、正直助けられなかったと思う。
「ありがとう…ありがとう……ベルちゃん…」
ヌゥさんは私に泣きながらお礼を言った。
どうやらヌゥさんには、意思とは無関係に人を傷つける呪いがかかっているらしい。
皆で話し合って、私達を攻撃しないように命令が下された。
これで私が、ヌゥさんに殺されることはなくなった。
ヌゥさんは変わっていたが、そんな彼が大好きなアグさんは、一体どんな人なんだろうと気になった。
もちろん情報集めのためでもあるが、私はアグさんに近づくことにした。
正直、最初は普通の人だなって思った。
ヌゥさんは彼のどこにそんなに惹かれて執着しているんだろうと、不思議だった。
確かに頭はすごく良くて、あっという間に禁術解呪の薬の開発を軌道にのせた。
それは本当にすごいと思う。
でもそれだけで、あとは普通の男の人のように思えた。
いや、普通ではないか。
彼は犯罪者だ。
レインさんの結婚相手を、城1つもろとも破壊した張本人だ。
きっと本当は怖い人に違いない。
そんな風に思っていたけれど、彼からそのような狂気的なものを感じることは一度もなく。
気づけば彼に、自分の過去を話していた。
どうして彼に話そうと思ったんだろう。
話の成り行きだったのかもしれないけど、何だか聞いてほしくなった。
それから彼は、レインさんに泣きながら頭を下げた。
彼は自分の罪を悔いている。
普通は犯罪者に同情なんてしないものなのかもしれないけれど、私はなんだか彼が可哀相に思えた。
最初は多分、同情のような気持ちだった。
でも、次第にその気持ちが、違うものなんじゃないかと思い始めた。
彼のことを、もっと知りたいと。
いや、だめだ。これは情報のためだ…。
だって私は、この人の、敵なのだから…。
アンジェリーナに乗って、アグさんと2人、アリマへ飛んだ。
あの時の星空は本当に綺麗で、つい言葉が漏れた。
アグさんと2人きり、話をして、なんだか緊張するけど、なんだか落ち着くような。心臓が高鳴っているけど、なんだか安らぐような、不思議な気持ちになった。
「なる? 友達」
友達になるか?なんてこと、初めて言われて、照れくさいような気持ちになった。
「なります! 友達!」
私は気づいたら、彼の手を握りしめていた。
初めての友達…。
嬉しかった。
彼は普段はぶっきらぼうなところもあるけど、本当は優しいんです。
ヌゥさんが彼を好きなことも、今ならよくわかります。
彼といると安心するんです。
どうしてでしょうか。
ベルはアグにもらった雷杖を握りしめていた。
「ベルちゃん……」
「うう……でも駄目なんです……私は皆さんの敵ですから……私は、シャドウなんですから……」
「……!」
私は人間と、何が違うのかな……。
どうして私は、皆の敵なのかな…。
「ヌゥさん……薬をおいて、逃げてください……!」
ヒルカ様に、言われていたことがある。
ヌゥを、捕まえろと。
ヌゥさん、あなたは……このままじゃおそらく…
私と、同じように……
「きゃぁっっ」
「ベルちゃん!」
命令に反しようとしたベルは、酷い痛みに襲われた。
私はヒルカ様に…あの男に服従している……。
ベルは雷杖をヌゥにむけるしかなかった。
ベルちゃん…
アグは気づいていた……。
俺は信じられなかったけど…。
「え? どういうこと?!」
「だから、ハルクさんが裏切り者じゃなかった場合、ベルがそうだって言ってんだ」
アグはある時、俺に言った。
「ベルちゃんがそんなわけ…」
「俺は、その可能性の方が高いと思ってる」
ヌゥは唖然とした。
「ハルクさんが裏切り者じゃないかと俺たちが推測したのは、ベルがハルクが荷物を持って研究所からでていくのを見たと証言したからだ…。だから俺たちは考えなかった。ハルクさんが奴らに、連れ去られたという可能性を」
「そんな……」
「例えば、奴らの国でハルクさんが捕まっているのを見つけたら……それはベルが嘘をついたことを意味する。それは……ベルが裏切り者だってことを……裏付けるんだ……」
ベルちゃんが俺たちを裏切る?
そんな…そんなこと……。
「そうだとしても、何か事情があるんじゃ……」
「そうかもしれない。だから、これをお前に渡す」
アグは雷杖をヌゥに渡した。
「何これ…」
「ベルにも同じものを渡した。ただ、お前のにはボタンがついてる。これを押したら、ベルは感電して気絶するだろう…」
「ええ?! だめだよそんなこと!」
「少しショックを受けるだけだ。死ぬことはない」
「……」
「もし、ベルが裏切りの行動に出るとしたら、俺とヒズミさんが中に入った後だ。ベルはお前の近くにいる。何か仕掛けてくるかもしれない。気をつけろ」
「………」
アグの言ったことが本当だなんて…。
ベルちゃんが、俺たちのことをあいつらに……。
でも…ベルちゃんは
泣いてる……
ベルは雷杖を振った。
(どうして? 身体が勝手にっ……)
ヌゥはそれを避けた。
「うう……私は……皆の敵…なのに…」
ベルは痛みに襲われた。身体が彼を攻撃しようとする。
ウォールベルトの人たちは、私を機械のように、扱った。
ヒルカ様は私にやさしかったけど、それは私が珍しく記憶を持ったシャドウだったという理由だけだ。
メリにはいつもいじめられた。
他のシャドウも、メリにおもちゃのように遊ばれて。
酷かった。
彼らにとって私は、ただの奴隷だ。
思い知らされた。それがシャドウだ。
私はシャドウ。
でも、部隊の皆は違った。
私を人間のように扱った。
皆私に優しくて、暖かくて。
彼らと過ごす毎日は、本当に楽しくて。
彼らの、本当の仲間に…なりたかった……
「私、皆のこと……本当は大好きなんです……」
ベルは泣きながらそう言って、ヌゥを攻撃した。
しかし、彼女の攻撃は当たらない。
「ベルちゃん……君にこんなことをさせるのは、誰なの……?」
「……ヒルカ様……あの人が生きている限り、私は逆らえない……」
「わかった……」
ヌゥは雷杖を取り出した。
「そ、その杖は……」
「ベルちゃん…ごめん…君のこと……必ず助けるから」
ヌゥは雷杖のボタンを押した。
「やっっ」
ベルは感電して、気絶した。
ヌゥは彼女を受け止めた。
「ハルクさん……ベルちゃんを…いいかな……」
「は、はい……」
ハルクはわけもわからぬまま、ベルを支えた。
ヌゥは雷杖をハルクに渡した。
「念じて振るだけで、雷で攻撃できる。ベルちゃんがやっていたみたいに。ここは危険だ…。これを持って、ベルちゃんを連れて、外へ逃げて…」
「わかりました……ヌゥさん、これを」
ハルクは禁術解呪の薬をヌゥに渡した。
「飲ませるだけで、何日かは禁術が使えなくなります…持っていってください」
「わかった。ありがとう…」
ヌゥは薬を受け取ると、先に倉庫を出ると怒りに満ちた表情で、先へ進んだ。




