不条理な双子
私が双子だということは、部隊の誰も知らなかった。
別に隠していたわけではない。特に、聞かれなかっただけだ。
その昔、私はアイラで、弟はベーラだった。
ベーラは本来、男の名前だったから。
私は女で、弟は男で、でも顔は瓜二つの双子。
私は弟が大好きだったし、弟も私を慕っていた。
二人共、呪術を扱うことができて、その才能は幼い頃から開花して、たぐいまれなるものとなった。
一族の村の中でも、私達は有名な双子で、みんなに可愛がられて、親しまれて、その力を称賛されたりした。
私達は本当に仲が良くて、小さい頃から毎日一緒に遊んでいた。弟は呪術を使って土のお城を庭に作った。
「すごいわね!ベーラ!」
「ふふ! こんなこともね、できるよ」
弟は土を造形して、花を咲かせた。
弟は器用で、呪術でよく土を作り出して色々なものを作って見せてくれた。
私も真似しようとしたが、土は崩れてしまって全然花の形にならなかった。それを見て弟は笑っていた。
「ねえ姉さん。土って不思議だよね。ここに種を植えると花が咲くんだ」
「ベーラは花が好きね」
「うん。父さんが言ってたよ。母さんはこの庭に花壇を作っていたって」
「そうだ。私達も、ここに花を植えない? また花壇を作ろうよ」
「うん! すごく素敵だね!」
母親は、私達を産んだ時に死んでしまった。
昔の医学では、双子の出産はそれほど難しかった。
母親がいないことで寂しい思いもしたが、顔も知らない母親にすがるようなことはなかった。
父親は優しく、私達二人を育て、家族は幸せに暮らしていた。
その頃の私は明るくて、よく笑っていた。髪も長く伸ばして、女の子らしかった。
ベーラの生み出した土に種を植えて、毎日水をやった。
私はよく忘れることがあったけど、ベーラはかかさず水をやっていた。
ベーラが鼻歌を歌いながら1人水をあげていると、父親がやってきた。
「おい、そういうことは姉さんにやってもらいなさい」
「え…?」
「女の子みたいで周りから変に見えるぞ? ベーラは男の子なんだから、そんなことやってないで鍛錬したらどうだ? ほら、父さんみたいに!」
「…うん」
父さんは呪術が使えなかったが、国の騎士団として働いていた。よくベーラに剣の修行をさせたりしていた。
そして、仲良しだった私たちの仲にヒビが入ったのは、ある日のことだった。
「ベーラ、何してるの?」
その時まだアイラだった私は、弟のベーラが化粧をして、私の服を着ているところを見つけた。
「ね、姉さん…友達のところに行っていたんじゃ……」
「急用ができて遊べなくなったから、帰ってきたの……」
弟はその姿を見られた恥ずかしさに、顔を真っ赤にして、わんわん泣いた。
弟は、性同一性障害だった。
「いつからなの……」
「何年も、前から……」
「父さんは、知ってるの…?」
弟は首を振った。
気が付かなかった…。
ずっと一緒にいたのに……。
「ごめんね……気づいてあげられなくて……」
「うう……うう……」
弟は泣き崩れて、私はそれを支えることしかできなかった。
弟は、女の子として生きたかった。
でも、幼い頃からそのことで嫌な目にあった。
姉と同じようにままごとや人形で遊んでいると、ベーラは男の子なんだから外で遊びなさいと、無理矢理外に連れ出された。誕生日には、可愛い服をもらっているアイラを見ながら、騎士団として働く父から剣のレプリカを渡されたりして、嫌な気持ちになった。
父はセントラガイト国の騎士団として、国のために戦うことに誇りを持っていた。
ベーラが女の子がする遊びなんかをするのを見つけると、父は時には怒ってそれをやめさせた。
ベーラは男なんだ。今から鍛錬して、国のために役に立つ男になるんだ。
父にそう擦り込まれ、自分は女の子だと思うことは、いけないことなのだと、思い知らされた。
しかし、いけないこととは思いながら、父とアイラが外出したときに、こっそりと姉の可愛い服を着て、化粧をして、女の子みたいになった自分を鏡で見ることが、ベーラにとっての幸せの時間だった。
私は苦しかった。大好きな弟が、苦しんでいたから。
どうして同じ双子なのに、私は女で、この子は男で、この子だけが悲しい思いをしなければならないのか。
私はベーラをなだめながら、自分のアクセサリーをあげたり、服をあげたりして、彼を…いや彼女を、喜ばせようと自分なりに努力した。
でもベーラは、心を閉ざしてしまった。同じ顔で女の私に、ずっと嫌悪感を抱いていたのだ。それも仕方のないことだと思ったが、私にはどうすることもできなかった。
そしてある日、国家専任の呪術師が募集され、父が勝手にベーラを推薦し、ベーラが選ばれたのだという。
次の日には城に行って働くことを父から言い渡され、ベーラは絶望した。
父が寝静まったあと、私はベーラの部屋に入った。
「何しに来たの…」
私は呪術でナイフをその手に作り出した。
「な、何する気? 姉さん?!」
怯えたベーラの前で、私はその長く伸ばした髪をばっさりと斬り落とした。
ベーラは唖然としていた。
「え………?」
髪が短くなった私の姿は、ベーラと区別がつかなかった。
「今日から、私がベーラになる」
「な、何言ってるの……?」
「私がベーラで、あなたはアイラ。あなたは女の子として、生きるのよ」
「そ、そんなの無理だよ……あ……」
私はアイラとなった彼女に花を押し当てて、匂いを嗅がせると、眠らせた。
私達が花壇で育てた眠り華だ。
この花粉を吸い込むと、半日は目を覚まさない。
そして私は、ベーラとなって、城に向かった。
そこで国家専任の呪術師となって、働いた。
笑うのはもうやめた。
誰かと深く関わらないように、感情を表に出すのもやめた。
私が本当は女だと気づく者も特にいなかった。
ここでは仕事さえしてくれれば、他の奴らもそれでよかった。
何年か働くと、特別国家精鋭部隊というものを立ち上げるという話が上がって、王から直々に、私もその部隊に入ってもらえないかと推薦があり、了承した。
隊長はジーマという、騎士団から王族の護衛までこなしたことのある凄腕の男で、騎士団の頃から面識があった。
部隊に入隊し、アジトで共に生活するうちに、私は女だということがバレてしまうことになったが、それはまた別の話だ。
男のふりをする必要もなくなって、そこから私は女としての生活を送っていた。
まあだからといって、特に大きく、変わるようなことはない。堂々と女風呂に入れるようになったくらいだ。
私は何年も村に帰っていなかった。アイラは私に会いたくないだろうと思ったからだ。
しかしある日父が、仕事中に不慮の事故で命を落としたとの連絡があった。
悲しかったが、涙は流れなかった。
私はそのこともあって、暇をもらい、久しぶりにアイラの様子を見に村へ戻った。
しかし、そこにアイラの姿はなかった。
「おや、ベーラ君じゃないの?」
近所に住んでいた優しい雰囲気のおばさんから声をかけられた。
「お久しぶりです……」
「おやまあ、やっぱりベーラ君ね。何年ぶりかしら!働きに出て随分雰囲気も変わったねえ」
「あの…アイラは…?」
「アイラちゃん…いや、アイラ君…だったのかしら?数年前に村を出ていったのよ」
「え…?」
「私もびっくりしたわ……アイラちゃんが男なんだって知った時…」
「……」
結局アイラの居場所はわからず、懐かしい村の様子を見て帰るだけとなった。
そして、それが私の見た最後のみんなの姿だった。
三年前の例の事件が起きて、村の皆はウォールベルトの奴らに拉致監禁され、殺されたのだ。
アイラは多くの氷柱をベーラに向かって放つ。
ベーラは土の盾を作り出した。土は氷柱を受け壊れてしまったが、ベーラまでは届かない。
対抗するように土の柱を地面や壁から生えさせ、アイラを襲う。
「ちっ! 目ざわりですね、その呪術は…。さっきみたいな鉄の盾をだしたらいいでしょう」
アイラは舌打ちして、土の柱を凍らせて、動きを止めた。
「いいんだ。私はこれで戦う」
「姉さん……土の造形は苦手だったでしょう」
「ああ」
「ならどうして、この攻撃にこだわるんですか? 情報は入ってますよ。あなたは戦闘中、土の柱しか出さないと。造れるものは他にも色々あるでしょう」
アイラは氷を生み出すと、それを美しく剣のように形どってみせた。
「ほら、この氷の造形! 美しいでしょう? 鋭く尖らせ極限まで凍らせた氷の刃は、時に鉄をも砕く力を秘める!」
アイラはその剣を手に取り、ベーラに襲いかかった。
ベーラは土の柱でアイラの接近を妨害するが、氷柱に妨害されて当てることができない。
アイラは剣を振り下ろした。ベーラは避けきれず、右の頬を浅く斬られた。
「ははは……顔にキズがつきましたね……」
アイラは嬉しそうに、ベーラの頬から流れる血を見ていた。
「土の攻撃だけじゃ私は倒せませんよ。もっと本気で来てくださいよ! 私と姉さん、どちらが強いか、試しましょうよ…!」
アイラは氷の剣でベーラを追い詰めていく。
ベーラは土の盾を作るが、ひとふりですぐに壊されてしまう。
しかし負けじと、何度も何度も盾を作り続けた。
「何でアイラは、ウォールベルトの味方をする?! 一族を殺した、奴らに……」
「はは……あんなやつら、死んで当然ですよ。私が男だとわかったら、あいつらみんな、私を気持ち悪いものを見るような目で見て……」
ベーラが村を出て、父と二人、村で生活していたアイラだったが、村の一人に男だとバレてしまった。
あっという間に村中に噂が広まって、父親はその恥ずかしさで、村に帰ってこなくなった。
行き場のない私はアイラはただ一人、村のみんなに蔑まれながら、生活した。
「そんな時…私の力を見込んだヒルカ様が声をかけてくれたんです…。一族を引き渡し、自分に一生従い続けること…そうすれば、私を本当の女性にしてくれると…。私は条件を飲みました。ヒルカ様に服従し、一緒に一族の皆を捉えました。そして私は、身体も心も本当の女性になれたのです」
なんと言うことだろう……
アイラが村のみんなを……
私は何もできなかった…
村のみんなを救うことも
アイラの心を守ることも
何も……
アイラはベーラの身体に斬りかかった。
ベーラは避けようとする勢いで尻もちをついた。
「うぅっ…!」
「身体にもキズがつきましたね。女性にとっては致命傷ですよね…ふふ……」
アイラは苦しむベーラを見て、笑っていた。
大嫌いでした…姉さんのことが…
どうして同じ顔なのに
姉さんは女で、私は男なんだって……
私の欲しいものを全部もらって
私のやりたいことを全部やって
私がベーラで、あなたがアイラ…?
それで私を、助けたつもりだったんですか…?
そんなの無理ですよ…
私はアイラになったって、
私の心が女だと言ったって
私の身体は男なんだから……
私の受けた心の痛みが、貴方にわかるわけがないんです
でも、もういいんです
だって私は女になれましたから
私はアイラ
あなたはベーラ
私の片割れ
もう一人の私
でも、貴方は私の敵
アイラはこの世に一人
貴方はもう、いらない
「姉さんに私は倒せません…」
アイラはフラフラと立ち上がったベーラの足元を凍らせた。
地面と一緒に足は氷漬けになり、ベーラは見動きが取れなくなった。
足元からゆっくりと、身体を凍らせていく。
「さようなら、姉さん」
アイラはベーラに向かって、微笑んだ。




