悋気
アシード、レイン、シエナの三人はサバンナ付近の街に来ていた。シエナは街で足の治療を終え、しばらく車椅子に座っていた。
シャロットは街の警備隊におとなしく捕まり、馬車に乗せられセントラガイトまで連行された。
彼らと別れる前、シャロットは何度もシエナにお礼を言った。
「シエナ…ありがとう。私に罪を償う時間をくれて……」
「ううん……」
「別の場所で会えていたら、お友達になりたかったわ」
「わ、私も……」
シャロットは手をさしだし、シエナはそれを握り返した。
シャロットの手をよく見ると、少ししわがれていた。
「ねえ、シエナが好きなのって、あの赤い髪の獣人の彼?」
「え? レインのこと? レインは違うわよ、ただの仲間」
「そうなの…。彼、貴方のことをすごく心配していたし、真っ先に駆けつけて貴方に人工呼吸していたから、彼なのかと思っちゃった」
「え?! じ、人工呼吸?!」
「ふふ…余計なこと言っちゃったかしら」
シエナが顔を赤くしているのを見て、シャロットは笑った。
「それじゃあまたね…シエナ…」
シャロットは手を振ると、馬車に乗って、言ってしまった。
「おい! いつまでそこにいんだ。宿に行くぞ」
「え?! あぁ、わかってるわよ!」
三人は宿を借りた。部屋は2つ、アシードとレインの部屋と、シエナの部屋だ。シエナは二人に手伝ってもらってベッドに上がった。もう今日は安静にしていろと言われ、シャワーも浴びれぬまましぶしぶ横になった。
アシードとレインが自分たちの部屋に戻りしばらくすると、定時連絡の時間になって、無線がなった。
「聞こえる? 21時だけど、そっちはどうなった?」
「おお!ジーマ! 無事に犯人を捕まえたぞ!」
アシードは無線を取ると、高らかに答えた。
「そうか! 良かった!お疲れ様。皆、ケガはない?」
「いや…シエナが両足をやられてな……片方は骨折していてしばらくは安静にとのことだ」
「え?! お前とレインの二人がついてて、何やってんの?!」
「そ、そんなに怒らんでも……安静にしていれば治ると医者も言っていたし」
「はぁ……まあ無事ならよかったよ…」
「全く、大変だったのだぞ! 巨大生物はわんさかいるし、ドラゴンは暴れるし、最後はシエナが岩山に閉じ込められて酸欠になったりしてな…しかしレインが人工呼…」
レインはアシードから無線を取り上げた。
「余計な心配させんじゃねーよ! バカアシード!」
「な、なんじゃ…突然…話をしておったのに」
「うるせえ。もうお前は喋んな! これは俺が預かる」
「預けたり取り上げたりせわしない奴だの…」
レインが無線を手に持って、アシードから離れた。
「ジーマ、俺……レインだけど」
「レインか。お疲れ様。大変だったみたいだね」
「悪かったよ…シエナにケガさせちまってよ…」
「はは…君が謝ることじゃないよ」
「……」
レインは少し沈黙したが、また喋りだした。
「悪いけど、そっちの手伝いには行けないぜ。アシードは剣が折れたし、俺も両手がボロボロだ」
戦闘中のケガじゃあねんだけどさ……。
「うん。みんなゆっくり休んでよ。連日働きっぱなしで疲れてるだろうしね。こっちのことは任せて」
「ああ…頼むよ……」
少し間をおいて、ジーマはボソッと言った。
「シエナは……大丈夫…?」
「あ、ああ…別の部屋で休んでるよ。声聞かせてやれよ。あいつに無線渡してくるから、ちょっと待ってろ」
「うん…ありがとう……」
レインはシエナの部屋のドアをノックした。
「おい! 入っていいか」
れ、レイン?!
「い、いいけど!」
レインがドアを開けると、シエナはベッドに横になっていた。
シエナはちょっと顔を赤らめながら、レインのことを睨みつけた。
「おい、なんだよその目は」
「あ、あんた何やってんのよ…勝手なことしないでよ…!」
「は?! なんの話だよ」
「き、き、…キスは…ファーストキスは、ジーマさんとって決めてたのに!!!」
「は、はぁ〜〜?!?!」
シエナの布団で顔を隠した。
レインは大きいため息をついて、隣の椅子に座った。
「ふざけてんのかてめえ! 俺がやんなきゃな、お前は死んでたかもしんねーんだぞ?!」
「う、うるさい! 黙って! バカバカ! レインのバカ! 私のファーストキスを返せ!!」
「キスじゃねえよ! 人工呼吸だよ! 誰が好き好んでお前なんかと!! クソガキ!!」
「な、なによ! その言い方!! もう嫌い!! レインなんて大っ嫌い!!」
シエナは枕をレインの顔面に向かって投げた。
レインは手でそれをキャッチした。
シエナは彼の指をみた。血は止まっているが、爪が剥がれてボロボロになっている。
「あ、あんた…指が……なんで…」
「うるせえ」
レインは枕を投げ返した。
「ていうか、何しに来たのよ」
「ああ、そうだった。ほらよ!」
レインは無線を投げた。シエナはそれをキャッチした。
「愛しのジーマさんがお前と話したいってよ」
「え? じ、ジーマさん?! あ、そっか…定時連絡の時間だもんね」
「じゃ、俺はもう部屋に戻って寝るよ」
「う、うん……」
レインが部屋を出ようとすると、シエナは言った。
「れ、レイン!」
「あ?!」
「助けてくれて…ありがとう……」
「はぁ……。ノーカウントだよ!人工呼吸はな! バーカ!」
そう言って、レインはドアを閉めた。
シエナは、無線を両手で握りしめた。
ボタンを押しながら、おそるおそる声をかけた。
「じ、ジーマさん……」
「……シエナ? えっと………ケガは、大丈夫……?」
大好きな声が聞こえる。
シエナは黒い無線を大切そうに握って、顔を赤らめながら、話をした。
「大丈夫です! 足折れちゃってましたけど…安静にしていればちゃんと治るって……」
「そっか……ごめんね……そばにいなくて」
「い、いえ! こんなの! 大したことありませんから!」
貴方の声を聞くだけで、痛みが消えていく。そんな気がしてしまう。
この向こうに、ジーマさんがいるなんて……
ああ、会いたいなあ……。
「明日、出発するんですか?」
「そうだよ」
「む、無理しないでくださいね! ジーマさんがいるって言ったって、敵はあのウォールベルトなんですからね!」
「はは…大丈夫だよ」
彼の優しい声を聞くたび、心が温かくなる。
少しの沈黙のあと、シエナは言った。
「ジーマさん……あの……」
「ん? どうしたの?」
「………大好き」
無線の向こう側で、ジーマは赤面していた。
もう今までにだって、何度も伝えたわ。
でも、足りないの。何度でも、言いたくなるの。
こんなに貴方のことが好きなんだって、
口にするたび、幸せな気持ちになるから…。
「……ありがとう」
ジーマはやっとのことで、それだけ言った。
うう…可愛すぎる……。
ジーマは無線を持ちながら、額に手をやった。
今すぐ君のところに行きたい…。
好きだよ…シエナ。
「あ、その…明日も早いですもんね! ジーマさんも、早く休んでくださいね」
「え? あ、うん…ありがとう。シエナも、お大事にね」
「はい! それじゃ、おやすみなさい」
「うん、おやすみ」
シエナは顔を真っ赤にして、その無線を抱きしめた。
はぁ〜〜! 至福の時間だっだわ!!
そうよね! 人工呼吸なんてノーカウントに決まってるじゃない!!
ていうか、あいつ本当はライオンでしょ? 犬に舐められるのと一緒よね! ふふ!
あ〜早くジーマさんに会いたいなあ! 会いたい会いたい!
シエナはニヤニヤしながら、無線を抱いたまま眠りについた。
次の日の朝、ヒズミは目を覚ました。
あれ…わいの部屋やん……。
ヒズミは昨日の夜のことを思い出していた。
ヌゥに酔った勢いで抱きしめられて、そのまま自分も眠ってしまった。
あの感触を、まだ覚えている。
「はぁ……どうなってんねん……」
確かに昨日は酔っていた。でも、酔いが冷めた今でも、昨日のことが頭から離れない。
「あかんあかん! 今日はウォールベルトに侵入するんやで?! 集中せな集中! 死んでまう!!」
ヒズミは部屋のシャワーを浴びて、着替えを済ませると、朝ご飯を食べに食堂に向かった。
食堂にはみんなが揃っていた。
「ヒズミ〜いつまで寝てんのさ」
ヌゥはパンを手に持ちながら、いつものように彼に笑いかけた。
「ぎゃっ!」
ヒズミは変に緊張して、変な声が出た。
「今からビビってるのか? 先が思いやられるよ」
ベーラは言った。朝からかつ丼を頬張っているが、通常運転だ。
「べ、別にビビってへんし! いや、それは嘘か…」
「はははっ! どっちだよ〜」
ヌゥはヒズミをバカにしながら笑った。
彼の笑顔を見ながら、ヒズミはぼーっとしていた。
(あかん…可愛い……)
なんで…? いつから?
いつからこんな気持ち……
「ヒズミさん、これ」
「うおぁ!!! な、なんやの」
アグはヒズミにリストバンドを見せた。
「これ、糸で繋がってるんです。俺とヒズミさんをこれで繋いでも、二人共姿を隠すことはできますか?」
「え? あ、あぁ、出来ると思うけど」
試しにヒズミとアグは腕にそれをつけた。
ヒズミは隠れ身の術を発動させる。
「おお! 消えたね!」
なるほど……これでもう外からは見えなくなってんのか。
でも俺は、ヒズミさんも自分のことも見えるんだな…。
なんかうっすら、色が薄い気がする…。術が発動してる証拠だろうか?
全く、なんて便利な術だ……。
ヒズミは術を解いた。
「うん。いいね。これなら二人共どこにいるのか、全然わからないよ」
ジーマもニコニコしながら答えた。
「じゃ、ヒズミもヌゥも早く朝ご飯食べちゃって。ベーラも、ほどほどに」
「は、はい……」
「うむ」
ジーマとアグはもう食べ終わっていたようだ。
ヒズミはリストバンドをアグに返すと、食事の注文に向かった。
「そういえば、ベルは?」
「アンジェリーナの様子を見に行ってるよ」
ジーマは立ち上がると、食堂を出る前に、みんなに向かって言った。
「それじゃ、9時になったら外に集合して。グザリィータまで飛ぶよ」
「はーい!」
アグは立ち上がった。
「アグ、どこ行くの?」
「荷物、もう一回確認してくる。お前もだらだら食ってんなよ」
「わーかってるよ〜。じゃ、後で」
ヌゥはパンをかじりながら、アグに手を振った。
本当に大丈夫か? 緊張感ってものがねえな…。
「ご馳走様」
「あれ? ベーラももう終わり?」
「うむ。ほどほどにしておこう」
そう言いながら、彼女は空になった丼ぶりを5つ重ねて、返却口に持っていって、食堂を出た。
ヒズミは朝食を持ってくると、ヌゥから少し離れたところに座った。
「なんでそんなとこ座るの? こっち来たら?」
「いいんや! ここで!」
「ふーん……」
食堂に二人きりになってしまって、ヒズミは彼と目をあわせないようにして、朝ご飯をかきこんだ。
「ヒズミ」
「なんや」
ヌゥに話しかけられたが、ヒズミはそっぽを向いたまま返事した。
「アグのこと、守ってね……」
「………」
ヒズミは、心が掴まれたような、またはえぐられたような、そんな気持ちになった。
なんなん…これ……
それは明らかに不快で、やっかむような、嫌な感じだった。
「ヒズミ、聞いてる…?」
「……」
「ねえ」
「……うるさいな。食べるのに集中したいねん。もう話しかけんといて」
「…はーい」
ヌゥはふてくされたような返事をして、砂糖をたくさん入れた甘い珈琲を飲んだ。
俺、昨日ヒズミになんかしたのかな…。
うーん、なーんにも覚えてないや。
ヒズミは彼と目を合わさずに、黙々と食べ続けた。
そして9時になって、皆はアンジェリーナの前に集合した。
「アンジェリーナの身体も、すっかり良くなりました! 問題なく飛べると思います」
ベルは言った。
皆はアンジェリーナに乗り込み、ウォールベルトの手前の国、グザリィータを目指した。
ヒズミはアンジェリーナの後ろの方に座って、なんだか黄昏れている。
ヌゥはアグの隣に座った。
「ねえアグ、ヒズミが変なんだけど」
「は?」
「俺、昨日なんかしたのかな。覚えてないんだけど」
「別に。二人で楽しそうに酒飲んでたみたいだったけど?」
「ふーん」
「ウォールベルトに侵入するから、気がたってるだけじゃねえの?」
「そうかなあ……」
ヌゥは何度もヒズミの背中をちらっと見ては、気にしていた。
「そういえばジーマさん、アシードさんたちの方は大丈夫だったんですか?」
ベルがジーマに聞いた。
「うん。巨大動物もみんな制圧して、無事に犯人を捕まえたみたいだよ」
「さすがですね!」
「ただ、シエナは足を折っちゃったみたい…」
「ええ? 大丈夫なんですか?」
「医者にも見てもらって、安静にしていたら治るみたいだけど……アシードも剣が壊れたみたいで…彼らの助けはもうないと思ったほうがいいよ。ここにいる皆だけでやるから…」
ついに、ウォールベルトに侵入する時がきた。
ヒズミさんは見たことがあるみたいだけど、一体あの国の中はどうなっているんだろう……。
アグは不安な気持ちももちろんあったが、それよりも真実を突き止めたい気持ちの方が強かった。
しばらく飛び続けると、グザリィータに着陸した。
その国から少し進んで、ウォールベルトを覆っている壁の前までたどり着いた。
皆はアンジェリーナから下りて、門番からは見えない位置に陣取った。
「いいかい? まずは中の様子を探るだけだ。禁術解呪の薬と、ハルクの所在を確かめる。無理だと思ったらすぐに撤退して」
「わかってますよジーマさん。わいは無理なんてしませんよ。やばかったらすぐ逃げますからね」
「うん。アグ君も、助けが必要になったら無線のボタンを押すんだよ。僕たちはここで待機しているから。それじゃ二人共、頼んだよ」
「わかりました」
アグとヒズミはリストバンドをつけ、完全に姿を消した。
気をつけてね…アグ…ヒズミ…。
ヌゥは二人の消えたあとをじっと見ていた。
ジーマは無線を手にし、ベーラ、ベル、ヌゥと共にその場に待機した。




