人間だった君
「その後にね、すぐに捕まったよ。村の誰かが死ぬ前に、警備隊を呼んだみたい。もちろん、その警備隊を全員殺して逃げることもできたよ。でもね、俺は抵抗しなかった。死刑になってもいいかなって思ったんだ。でも驚いたよ。あんなにたくさん殺したのに、まさか死刑にならないなんてね!」
ヌゥはそう言って、いつものようにニコッと笑おうとした。でも出来なかった。涙が流れていた。
「あれ、なんだこれ」
ヌゥは止まらない涙を何度も拭った。
ヌゥが泣いているところなんて、10年一緒にいて、初めて見た。こいつに涙があることに正直驚いた。ただの頭のイカれた快楽殺人鬼だと思っていた。
「はは…何でかな…。止まらなくなっちゃった…」
俺は気づいたら、ヌゥを抱きしめていた。
初めてこいつのことを、怖くないって思った。
ヌゥはその後しばらく、俺の胸にうずくまりながら泣き続けた。
信じられない。ヌゥが本当はイカれていないだなんて。
イカれているのは、こいつに人を傷つけさせる何かだ。正直、そんな人間がいるなんて聞いたことがない。意識はあるから二重人格ってわけでもないし、知らない病気か? それとも呪いか何かか?
赤ん坊の時から母親をケガさせたと言っていた。普通の赤ん坊にそんなことが出来るわけがない。
辛かっただろう。望んでもいないのに、人を傷つけてしまうなんて。
寂しかったんだろう。まともに誰とも関わることさえ出来なくて。
「でもさ、村人はお前を殺そうとしたんだろ。客観的には正当防衛じゃねえの」
「まあ何事も、やりすぎってのはよくないんだよね。殺しに来なかった他の村の奴らも全員殺しちゃってるからさ」
「そりゃそうだけど。でも父親はお前が殺したわけじゃないんだな」
「あぁ〜、そうだね。でも警備隊には全部俺がやったって言ったよ。面倒くさいしさ、1人も2人も変わんないからね」
落ち着きを取り戻してきたヌゥは、いつもの調子に戻ってきた。その顔にもいつもの笑顔が戻ってきた。
「でも驚いた。アグは信じるんだね、俺の話。全部作り話かもしれないよ」
「作り話であんなに泣くかよ。しかもお前がだ」
「アグの前ではずっと笑顔でいようって思ってたんだけどな。カンちゃんが言ってた。誰かと友達になりたかったらまずは第1印象をよくすること。それには笑顔が1番、手っ取り早いってね」
「最初はその笑顔がサイコパスすぎて、恐怖でしかなかったけど」
「ええ! 酷い!」
ヌゥはそう言いながら笑った。
何故だろう、いつもと同じなのに。普通の、人間の、笑顔に見える。
「信じるよ。お前の話、全部」
今まで悪かったよ。イカれ野郎扱いしちまってさ。
「本当のことを話しても、誰にも信じてもらえないと思ってた」
「まあ一般常識的にあり得ない…んーと、なんだ? 呪い? とでもしとくか?」
「やっぱり悪魔に呪われちゃってんのかな」
「悪魔なんてこの世にいねえだろ」
まあでも、あれだな。呪術もそうだけどさ、俺は科学で説明できないことが大嫌いだ。呪術は、ある一族の特殊能力として国家認定されちゃってるから、逆らえやしないけど。でも呪術だって人間ありきの術だ。ヌゥの呪いも、誰かの仕業なんじゃないか。
だとしたら、呪いを解く方法だって、あるかもしれない。
もう遅いって思うかもしれない。
だってもう実際何人も殺しちゃったし、俺らは終身刑で未来もない。
でも、俺は…そう、呪いを解きたい。そんな風に思った。
別に同情じゃない。
ただ単純に、彼を助けてあげたかった。
俺も生まれて初めて出来た、友達だから。
「外に出るか、ヌゥ」
「例の特別なんとか部隊?」
「特別国家精鋭部隊。覚えろよいい加減」
「ええ〜無理だよ。長いもん」
ハァとアグはため息をついた。
「でもいいの? 死に駒にされるって嫌がってたじゃない」
「天才的に強いお前が一緒なんだから、まあ大丈夫だろ」
「へえ〜。随分信頼されてるんだね! そもそも、俺がアグを殺しちゃうかもしれないのにね!」
「今までお前をこれだけ冷たくテキトーにあしらってたのに、お前は俺を殺さなかったんだ。もう何やったって、お前はキレねーよ。俺といると怒りの感情がわかねえんだろ。俺がお前を止める盾になるよ」
ヌゥが俺を殺さないなんて、何の根拠もない。でも俺は信じることしかできない。怯えて怒らせないようにこいつに気を遣うこともしない。だって友達だから。
「それじゃあさ、アグの昔話も聞かせてよ。アグが何をしてこの独房にやってきたのか、俺なんにも知らないんだよね」
「は? 嫌だよ」
「ええ?! 俺は全部話したのに?!」
「勝手に話だしたんだろ。むしろ聞いてやったんだよ、2時間かけてまでな!(まあ体感で、だけど)」
「ほんとに酷いなぁ…」
話さないよ。絶対に。
アグにはぐらかされ、ヌゥはもう聞くのをやめた。
俺の話なんて聞いたら、友達でいられなくなるよ。
俺はお前とは違うんだ。
自らの意思で、たくさんの命を奪って、ここに来たんだよ。
ヌゥの涙を見たとき、俺は思ったんだ。
本当にイカれてるのは、自分だったって。
ヌゥと会って、自分よりも極悪で、命を奪っても全く反省もしてないイカれたやつがいるんだって、安心していたんだ。
あぁ、こいつよりはマシだなって。
でもそうじゃないと、わかってしまった。
アグは頭の中で、10年前の自分の罪に、重く、固く、カギをかけた。