空中戦の果て
「…ロア?」
シャロットは目を覚ますと、ドラゴンたちが大量に草原に倒れていた。
私が…やったの……?
すると、1匹の白い子供のドラゴンが、大きいドラゴンにしがみつき、悲しそうにしている。
「……捕獲…」
シャロットは、最後の力を振り絞り、そのドラゴンを檻にいれた。白いドラゴンはキュウウンと鳴きながら、檻の中で暴れていた。
「シャロット……」
ロアも目を覚ました。
「酷いケガ…大丈夫…? すぐに手当しないと……」
「すまない……君を……守れなくて……」
「いいから……早くここから逃げましょう……誰か来る前に」
ロアは小さくなり、シャロットの手のひらに乗った。
捕獲したその白い子供ドラゴンも連れて、サバンナから退却した。
しばらくすると、ちょうどグザリィータに出払っていた国家精鋭部隊の二人が、サバンナに駆けつけていた。
「酷い有様だね……」
栗色の髪をした若者の男が、大変な火事になっているサバンナを見て呟いた。
「とりあえずこの火事を何とかしてよ」
男は隣の女に顎で命令した。
「うむ…」
灰色の髪の女は、呪術で大雨を降らせた。
二人はサバンナを捜索する。
何とか火事はおさまったが、動物たちのほとんどは死んでいて、生きているものも瀕死の状態だ。
「人間の仕業か…? 自然災害か…?」
男が呟くと、女は死んだドラゴンを見て、言った。
「雷が落ちたようだ…しかし…明らかにドラゴンたちを攻撃しようという意思がある……ドラゴンの誰かの技の可能性もあるが、もしかしたら呪術師の仕業かもしれないな……」
「君たち呪術師は、本当に危険だね…これ以上仕事が増える前に、君のことも先に斬っておいたほうがいいか」
男は黒い刃の刀を抜くと、女に向けた。
「やめておけ。私は国家公認の呪術師だ。仕事がなくなったら、誰も斬れなくなるぞ」
「はは…冗談だよ…」
男は刀を鞘にしまった。
それから何日もかけて、動物たちの保護と治療、サバンナの修復作業が行われた。
シャロットは、少し離れた街までやってきて、宿にとまった。
「ここまでくれば、大丈夫かしら…」
キュウウンとうるさいその白いドラゴンは、防音素材で、中が見えないゲージに閉じ込められていた。
ロアも人間くらいの大きさになり、床に座った。
「シャロット…本当にすまなかった…私のせいなんだ…」
「ドラゴンたちは、どうして貴方を襲ったの…?」
「人間と一緒にいる私のことが、許せなかったのだ…。ドラゴンは自分を神のように思っていて、人間のことを見下している…。ドラゴンが人間と一緒に暮らすなど、言語道断だと思っているんだ」
「そう…。ならどうしてロアは、私と一緒にいてくれるの…?」
ロアは、シャロットの隣に行くと、彼女に寄り添った。
「シャロット………私は……人間になりたい」
「え……?」
「君と同じ、人間になりたい……」
シャロットは驚いた。驚きながらも、嬉しい気持ちがあいまって、ロアのことを抱きしめた。
「どうして……?」
「君のことを……抱きしめたいから……」
ドラゴンの腕は、短かった。
ロアは、ドラゴンなのだ。
「ずっと……出会った時から……君のことが好きだった……」
ロアは、シャロットがもっと幼い頃から、彼女のことを見ていた。
シャロットがまだ呪術師の村で過ごしていたときから。
ある日、シャロットは森で枯れそうな花たちを見つけ、呪術で花に水をあげていた。言葉の通じるはずのない花たちに、優しい歌を歌いながら。
それをみたロアは驚いた。自分より弱い生き物に、優しくできる心が、人間にはあるんだと。
その日から、ロアはこっそりとシャロットを目で追っていた。
またある日は、迷子になって村に迷い込んだ子供の手をひいて、隣町まで送り届けたりもした。
子供はえんえん泣いていたけど、シャロットは子供を元気づけようと、歌を歌った。子供は最終的には泣き止んで、一緒に同じ歌を歌っていた。
ある日、シャロットの母親が病死した。父親を生まれる前に無くしていたシャロットは、その日両親を失った。
それからの彼女の生活は、無惨なものだった。
村を訪れた研究所の研究員に拾われ、何とか生活をとりとめた。
そんな絶望の状態でも、シャロットは屈しなかった。
泣いていた時もあったけれど、また歌を歌って、自分を励ました。
人間のまだこんなに幼い子供に、そんなに強い心があるんだと、ロアは感動した。
ロアは、何とか人間の言葉を覚えようと努力していた。
何とかして、彼女と、話をしてみたかったから…。
ある日、彼女が虎に襲われて、ロアはついにその姿を彼女の前に現してしまった。
自分はこんなに恐ろしい姿だから…
絶対に怖がらせると思って今まで隠れていたけれど…
シャロットは怖がりながらも、思いの外自分を受け入れた。
彼女と言葉を交わしたとき、嬉しかった。
人間の言葉を、覚えたかいがあった。
私は最初から、気づいていた。
この人間に、恋をしているんだと…。
ドラゴンに、性別はない…。
だけど、そんなことは、関係なく。
ただ、この子が、好きなのだと。
そう気づいて。
彼女が獣人化の実験をしていると知って、希望を抱いた。
この実験が成功すれば、自分も彼女と同じ、人間の姿になれる。
こんなおぞましいドラゴンの姿など…もういらない……。
彼女と同じ身体になって、一度でいいから彼女を抱きしめたい。
それだけを夢見ていた…。
「ロア…実験見ていたから、知ってるでしょ…人間になったら、寿命も人間と同じになるの…あなた、今何歳?」
「500歳…くらいか…はっきりとは数えていないもので…」
「ドラゴンの寿命は800歳くらいといっていたわよね…。人間に換算すると50歳…数十年で、もう死んでしまうのよ…」
「構わない……それでも……人間になりたい……」
シャロットはロアを強く抱きしめた。
硬くて真っ黒な、彼の身体を。
「ロア……私も……貴方と同じ気持ちだよ」
嬉しかった。ロアが私と同じ気持ちだったなんて。
そのことが、こんなに幸せだなんて。
二人は、ロアを獣人化させることを決意した。
しかし、研究所は国家精鋭部隊によって既に取り押さえられ、実験用の薬を取りに行くことなど到底不可能であった。
シャロットは、取り壊されていく研究所を、遠くから眺めていた。
「ちょっと、いいですか?」
突然フードを被った怪しい人間に、声をかけられ、シャロットはハっとした。
「な、なんですが…?」
「獣人化研究員のシャロット・アンリさんではないですか?」
まさか…国家精鋭部隊…?! 私を捕まえようと…?!
「落ち着いてください。私は国家精鋭部隊ではありませんよ」
心を読まれているかのように、その男か女かもわからない人間は話を続ける。
「これを、探しているんじゃありませんか?」
そいつは、獣人化の薬を取り出した。
「そ、それをどうして…!」
「ふふふ…それは秘密ですか…どうですか? 私のお話、聞いていただけませんか?」
そいつは、この薬と引き換えに、強く巨大な動物の作成を依頼したいのだと、話を持ちかけてきた。
「そんなの…どうするんですか…?」
「どうもしませんよ。コレクションしたいだけですよ、私の主はね、強くて凶悪な生き物が、大好きなんですよ」
「……そんなにすぐに、つくれるかわからないわ」
「まあ、いいですよ。何年かかっても。薬は先にお渡しします…ただ」
「ただ…」
「約束を、させてもらいますが」
シャロットとロアは、その話をのんだ。
この薬がなければ、最初から作るのにあと何年かかるかわからない。ロアは一刻も早く、人間になりたかった。
二人は、その怪しい人間に目隠しされ、謎の部屋に連れられ、そいつに服従の紋をはめられた。
永久的にされる命令は3つだけ。
依頼した動物の作成に勤しむこと。
自分たちのことを調べないこと。
自分たちに危害をくわえないこと。
これらを破れば、死ぬことになる。
シャロットも呪術師の一人。しかし、その怪しい人間のことは全く誰だかわからなかった。
まあ、薬が手に入ればそれでいい。
彼のことを調べれば、死んでしまう。知る必要もない。
私は、ロアと一緒に生きていければ、もうそれでいい。
彼らがのぞむなら、動物だろうがなんだろうが、つくってあげる。
その動物たちがどうなろうが、何をしようが、知ったことではない。
薬が手に入り、二人は急いで宿に戻った。
ドラゴンに薬を使うのは初めてだったので、試しに捉えておいた白いドラゴンにそれを飲ませた。
白いドラゴンはしばらく苦しんでいたが、最後には見事に獣人化した。
子供だったそのドラゴンは、人間の子供の姿になり、倒れた。
「成功ね…でもロア、本当にいいの? 寿命は縮まるし、ドラゴンは獣人化しても、この子みたいに性別がないのよ」
「私は構わない…ただ、シャロット、君はいいのか?」
「え?」
「私には性別がない。人間になったとしても、君との子供を作ることも、出来ないよ…」
「なんだ、そんなこと…」
シャロットは笑った。
「私は、死ぬまで、貴方と一緒に生きていければ、それでいい」
そしてロアは薬を飲んだ。
(身体が……熱い……!!)
ロアは身体中に激しい痛みを感じた。
「うう……」
「ロア…もう少し…もう少しよ!」
ドラゴンの姿が、少しずつ、人間の姿に変わっていく。
自分の手のひらが人のものになるところを、ロアは見ていた。
(やっと…君と……同じになれる……)
ロアは生まれて初めて涙を流して、その場に倒れた。
シャロットは、彼が眠っている間に手術をした。
完全な人間の姿にするために、そして50歳という、シャロットよりもずっと老いた見た目を、少しでも若く見えるように、彼の姿を美しく変えた。
見た目が変わっても、歳が変わることはないけれど。
でもせめて、目覚めたときにその姿を見て、喜んでもらえるように。
そしてロアは、人間になった。
二人はそれから20年、幸せに暮らした。たくさんの動物たちを犠牲にしながら。
「キュウウウンン!!!」
イースは黒いドラゴンに向かって炎を吐き続ける。黒いドラゴンは身を回転させて炎を避け、イースに向かって黒い光線を吐いた。
「わわわっ! やばいってイース!! ぎゃあああ!!!」
ゼクトはイースに必死でつかまりながら、おぞましい黒いドラゴンはに襲われていた。
イースと黒いドラゴンの攻撃は洞窟内をめちゃくちゃに破壊した。
「ロア! このままじゃこの洞窟が…」
「わかっている…!」
天井が砕け散り、次々に落ちてきた。
「イース! ここでやり合うな! 外に出ろ! 生き埋めになるぞ!」
「キュウウウンン!」
ドラゴンたちは攻撃をし合いながら、洞窟の外に出た。
そのまま空中で、争い始める。
「あそこ!」
シエナが指を指した先には、二匹のドラゴンが空の上で戦っていた。
ドラゴンたちは岩山の周りを飛び回り、激しい攻撃を繰り広げる。
「とにかく行くぞ! 乗れ!」
レインはライオンになった。シエナはレインに跨った。
それを見たリバティは、驚いた。
「お前も…獣人…?!」
「話は後だ! あの白いドラゴンは、お前の仲間なんだろ!」
「仲…間……」
「いいから早く乗るのだ!」
アシードはリバティを抱え、シエナの後ろに乗った。
「ちょ、ちょっと…」
リバティの言葉を聞く耳もなく、レインは走り出した。
「アシードてめえ…帰ったらダイエットしろよ!」
「何を言う。これは筋肉の重さだ」
「レイン! こっちには大きい沼がある! 東から回ったほうが早いわ!」
「ナビゲートが優秀で助かるよ!」
レインは三人を乗せ、岩山へ向かって走った。
ドラゴンは山の周りを飛び回り、攻防をくり返す。
その攻撃で岩山は少しずつ破壊され、近づいたレインたちを落石が襲った。
「ったく! 危ねえなあもう!」
レインは素早く落石を避けて、山を上っていく。
避けきれずに上に降ってきた岩を、シエナは拳で砕いた。
「痛った! ちゃんと避けなさいよポンコツライオン!」
「バカ!重量オーバーだっての! で、とりあえずのぼってっけど、どうすんの!」
「わしがあのドラゴンをきる! アンジェリーナの仇をとらねばならん!」
「どうやってあそこまで行くのよ! あいつら飛んでんのよ!」
「とにかく一番上まで行くのだ!」
リバティは何も喋ることもできず、ただこの状況に飲み込まれていた。
(こいつらは…一体……)
シエナはレインに乗ったまま、黒いドラゴンを見ていた。
(誰か…乗ってる…?? 人間……の…女……?)
シエナにだけは、彼女の表情が見えていた。
(……泣いてる……?)
黒い光線がイースに当たり、体制が崩れた。
「キュウウウンン!!」
「うわああああ!!」
イースは何とか空中で体制を整えた。間髪いれずに黒いドラゴンは襲ってくる。
「イース! 大丈夫か?!」
「大丈夫! イース、絶対あいつを殺す!」
ロアは白いドラゴンに向かって言った。
「お前、あの時の白いドラゴンだろう」
「そう! イースの家族、仲間、お前が殺した! イースまだ子供。でも見てた! お前が皆を殺した! 許さない!」
「お前はもう人間になったのだ。ドラゴンじゃない。だからお前も、その人間と一緒に生きているんだろう」
「ゼクトはイースの家族! ドラゴンの家族はお前に殺された! イースにはゼクトしかいない! だから一緒いる!」
「イース……」
黒いドラゴンにも、誰か乗っている。
彼女もドラゴンと、一緒に生きてきたのか…。
ゼクトが彼女を見ていると、ふと目が合った。
彼女はゼクトに言う。
「お願い。私達の邪魔をしないで。もう、彼には時間がないの」
「時間……?」
「彼はもう、病気で長くは生きられないの…。だから、私達のことは、放っておいて。そうじゃないと、貴方達を殺さなくてはならない」
彼女は悲しそうな表情を浮かべた。
「シャロット……」
「ロア…お願い…無理しないで。貴方の体はもう…」
ロアの年齢はもう70をこえ、高齢となっていた。
歳を取るごとに体はボロボロになっていき、病にも侵されていた。それは人が生きていく上で、必ず通る道だ。老いだけは誰にも、治すことができない。仕方のないことなのだ。
「依頼が……残っている。巨大生物を作り、育て、彼らに提供すると。その邪魔をするというなら、殺さなくてはならない」
ロアは光線を吐き続けた。
イースはダメージを受けて動きが悪くなってはいるが、負けじと応戦する。
その時、岩山のてっぺんから、アシードが飛び下りた。
ちょうどロアが真下に来たタイミングを伺って、カトリーナを大きく振りかぶったまま、飛び降りたのだ。
「ロア!」
シャロットはロアを守ろうと、アシードの前に立ちはだかった。
「むむ…人間の女……?!」
(お願い……私達の邪魔をしないで……彼を傷つけないで……)
アシードは一瞬躊躇し、女を避けようとしたが、振り下ろした剣先を止めることは出来なかった。
剣は黒いドラゴンに突き刺さり、体制が崩れ、シャロットはドラゴンから落下した。
「シャロット!!!!」
ロアは叫んだが、シャロットは岩山の穴の中に吸い込まれるように落ちていった。斬られたロアもまた、岩山の一番下まで落ちていった。アシードは咄嗟に岩山に飛び移った。
「おい! シエナ!」
シエナは咄嗟にレインから飛び降り、シャロットに向かって手を伸ばした。そのまま彼女も、底のみえない深い穴の中に落ちていった。
「嘘だろ……?!」
レインは底なしの深い穴の中を覗き込んだ。
「うわっっ!!なんだ?!」
ロアが地面に落ちた衝撃と、これまで受けていた岩山のダメージがあいまって、山が崩れ始めた。
「レイン! 下りろ!」
「シエナ……シエナがっっ」
「ここにいたら全員助からぬ! 一旦急いで下りるのだ!!」
レインはリバティをのせたまま、崩れる岩に飛び移って地面まで下りた。アシードもまた、その巨体に似つかわない俊敏な動きで、無事に下までたどり着いた。
シエナと敵の女が落ちていった穴は、完全に塞がれてしまった。
「シエナっ…シエナ!!」
レインは崩れ去った岩山を見ながら叫んだ。
「レイン!!!」
中からシエナの声が聞こえた。
「シエナ! シエナ! 無事なのか?!」
「無事よ! 奇跡的にね! ただ完全に出口がない。酸素がなくなったら死ぬわね!」
「わかった! 待ってろ!すぐ助ける!」
「急いで出口をつくるのだ!!」
レインとアシードは急いで岩をどけ始めた。
「キュウン…」
イースは横たわった黒いドラゴンを見ていた。
斬られたところから、止まることなく血が流れ続けた。
「し、死んだのか……」
ゼクトはそのおぞましい黒いドラゴンのキズ口を、青ざめた顔で見ていた。




