墜落
「ロア、動物たちが、次々に殺されている」
黒いドラゴンに寄り添っているのは、シャロット・アンリという女だった。シャロットは橙色の髪をしていて、その毛先は少しはねていた。白衣を身にまとっていて、左目の下には泣きぼくろがついている。
「…私が行こう」
「お願い……」
黒いドラゴンはその翼を動かして高く舞い上がると、巨大動物たちを殺してまわる人間たちのところへ向かった。
彼の名前はロア・リベルト。暗黒のように全身が染まり、瞳だけが黄色く輝いていた。声は低く、脳内に響くようにずっしりとしている。
アシードが巨大なサイを倒した時、夜になっていた。
サバンナ上空から見つけた巨大動物たちの中で、まだ生き残っているのはヘビ、虎、そして黒いドラゴン。
アシードたちはアンジェリーナに乗り、一旦サバンナからの撤退を目論んでいた。
「あと三匹か。明日には依頼達成出来るんじゃねえの」
「そうね! でかいだけで動きもとろいし、私たち3人いれば余裕よね!」
「ウォールベルトにわしらもいけるかもしれんそ? なあ、レイン」
「隊長さんの許しが出ねーよ、俺は」
すると、突然、背後から禍々しい殺気を感じた。
3人が一斉に振り向くと、後ろから黒いドラゴンが襲いかかってきた。
ドラゴンはその口から真っ黒い光線を吐き出した。
「グワッ!!!」
アンジェリーナは避けきれず、光線は右の羽を貫いた。そのまま体制を崩し、レインとシエナは振り落とされた。
「キャアアアア!!!」
上空から二人はサバンナの熱帯雨林に落ちた。
「シエナ!レイン!」
アシードが叫んで後ろを振り向きながら落ちていく二人を見ていると、白い巨大な生き物がレインたちのところに向かって急降下していったのが見えた。
アシードはアンジェリーナに何とか捕まっていたが、アンジェリーナもバランスを崩し、少しだけ飛んでアシードもろともまた熱帯雨林の別の場所に落ちていった。
黒いドラゴンはアンジェリーナが落ちていくのを見て、シャロットの元へと帰っていった。
「大丈夫か?! アンジェリーナ!」
アシードは起き上がると、アンジェリーナに呼びかけた。右の翼は大きく損傷し、出血している。
「グワ…グワ…」
「何を言っている! 君は立派に戦った。飛ぶことはできるか?アンジェリーナ」
「グワ…ワワワ」
「ようし。ならわしたちのことは大丈夫だ。先にアジトに戻り、傷の手当をしてもらうんだ」
「グワ…」
「なあに! 心配するな! わしは無敵だ! すぐにレインたちを見つけ、依頼をこなし、帰還する」
「グ〜」
二人は敬礼しあうと、アンジェリーナはゆっくりと飛び上がり、帰っていった。
アシードは心配そうにアンジェリーナの姿を見守った。
「全く許せんあの黒龍め! わしのアンジェリーナを酷い目に合わせおって! 必ずその首切り落としやるぞ」
アシードは意気込んで、夜の森を散策した。
辺りは静まっている。あっという間に暗くなり、ほとんど何も見えなくなった。
レインとシエナは、熱帯雨林の真ん中で目を覚ました。
だいぶ高いところから落ちたはずなのに…なんでか無事だ…。
誰かに助けてもらったような…気がするけど…。くそ…気を失っちまってた…。
「な、何なのよもう〜」
「ドラゴンだ。奴らはもっと遠くの谷で大人しくしているって言われてんのに、なんでこんなとこにいんだ…。明らかに俺たちを殺そうとしやがって」
「ねえ、私たちこれからどうするの? もう真っ暗で、何も見えないじゃない」
「野宿するしかねえだろ」
「嫌よ嫌! こんな森の中で! 早くここから出てよ」
「何わがまま言ってんだよ。俺だって嫌に決まってんだろ。大体上から見ただろ。いけどもいけども熱帯雨林。街がどっちかもわかんねえ! てか何も見えねえ!」
シエナはレインにまたがったまま、彼の身体をぽかぽか叩いた。
ったく、このくそガキめ…。
レインはしばらく歩いた。動物たちを起こさないように、ゆっくりと進んでいく。
だんだん目も慣れてきて、周りも見えるようになってきた。
あんなに騒がしかったこのサバンナも、夜になると驚くほど静まっていて、枯れ葉を踏む音さえも響いている。
森を抜けることは難しいが、木々の密集が少し緩和され、広くなっているところを見つけた。
「仕方ねえな。ここで寝るか」
「ほんっとに最悪! 野宿なんて! 虫が出たらどうすんの?」
「虫はいるだろ…森なんだから…」
「もう! 無理無理! こんなところで寝れないわ! お風呂入りたい! うえーん! ジーマさん助けて〜」
「このアホ女…騒いだら動物たちが起きて襲ってくるぞ。まだでかいやつも残ってんだぜ」
シエナは仕方なく声のトーンを落とすが、文句は言い続けている。
ライオンの姿のレインはそのままうつ伏せ、楽な体制をとっていた。シエナも彼をソファ代わりにして、もたれかかった。
「あんた、いいわね。どこでも寝れて」
「俺だってベッドに転がりてーよ。…まあでも、久しぶりだな、この姿で眠るのは」
「不思議ね。本当は人じゃないだなんて」
「そうだな……」
夜になると、ジメジメしながらも、少し肌寒くなってきた。
彼の身体は動物で、毛はふさふさしていて、人間なんかよりもとってもあたたかい。
そのまま空を見ると、星がきれいで、月がはっきり見えて、今自分がこんなサバンナの熱帯雨林に寝転がっていることなんて忘れそうになる。
「ジーマさん、何しているかな…」
「ほんとに好きだな、お前も。あんなおっさんを、よくずっと好きでいられるよ」
「レインは、結婚していたんでしょ?」
「そうだよ。もう何年も前のことになっちまったな」
レインと二人で、こんな風に話したのは初めてだなぁ。
彼は口が悪くて、いつも私を子供だとバカにするけど…、レインだけが、私の恋を応援してくれた。私でも変われると、言ってくれたっけ。
「今でも、その人が好き?」
「当たり前だろ」
「そんなに好きな人がいても、他の新しい人を好きになったり、できるの?」
「さあな。俺はフローリアより好きになる人なんてもういないと思う。まあでも、人生でたった一人しか好きにならないやつの方が少ないだろ。なんだ、まだセシリア姫のことを気にしてんのか。セシリア姫はもう結婚してんだろ。そんなに気にしてもしゃあねえだろ」
「……」
私は、常に不安だ。
どんなに彼が私を抱きしめても、好きだと言ってくれても、私はどうして、彼を信じてあげられないの。
私が子供だから? 大人になったら信じられるようになるの?
ずっと好きだった人がいたのに、私なんかのことを突然好きだなんて、そんなこと、あるの?
「まーた泣いてんのかよ。こんなとこでよ」
「うるさい……」
シエナは目を潤ませて、空を見上げている。
彼女は両手で涙を拭った。
「うう…ジーマさん、私のこと本当に好きかな…」
「好きじゃなかったら、結婚しようなんて言わねえよ」
「まだ…6年もあるの。本当に、そんなに待ってくれると思う…?」
人間は、恋をする。
ライオンのままだったら、誰かに恋をすることなんてなかったのかな。
今でもよく覚えてる。誰かを愛するという気持ち。今も、変わらない気持ち。
あたたかくて、せつなくて、嬉しくて、幸せな気持ち。
その気持ちが強ければ強いほど、彼女がもういなくなった時の、絶望感も強くなる。
「好きなら…待てる…。もしフローリアに会うことができるなら、何年でも、何百年でも、俺は待つよ」
そうだ…レインは…もういないんだ。
大好きな人が、この世界に。
それって、どんな気持ちなの?
「ごめん…レインにこんな話…。嫌気がさすよね。うじうじと」
「別にいいよ…。誰かに聞いてほしいんだろ。気の利いたことは言えねえけどな」
レインはあの時から、私を応援してくれている。
いつも喧嘩しちゃうけど、私が弱っているときは、優しい言葉をくれる。
本当は私なんかよりもずっと大人だ。
「愛した人を殺されるって、どんな気持ちなのかな…。私だったら、地の果まで追いかけてそいつを殺すかもしれない」
「そうだな…。だから人は人を殺し続けるんだろうな」
そのくらい、醜い憎悪しか、心に残らない。
誰かが死ぬのは、誰かが悲しみ、怒ること。
憎悪に心を支配されて、彼女を愛している優しい気持ちさえも、消えてしまいそうで、怖くなる。
「でも俺は…アグを殺さない。そう決めたんだ」
「うん……。もし、今あんたがアグを殺したら、私は…すごく…辛いよ……」
「ああ。俺も辛い…」
静寂な森の中、二人はそんな話をしていた。
いつの間にかシエナはレインの柔らかいそのお腹にもたれかかったまま、眠りについた。
それを横目で見ながら、彼もまた目を閉じた。
「どうしたんだよイース」
「キュウウンン! あいついる! この近く!」
ゼクトたちはサバンナの遥か上空を飛んでいた。
すると、下の方に何やら飛んでいる二匹の動物がいる。
茶色い巨大な鳥と、黒いドラゴンだ。
「あいつ! あいつが!! いる!!!」
「お、おい! イース!」
イースは興奮して、急降下した。
「あの鳥を狙っているのか?」とリバティ。
「なんかあの鳥…見覚えが…あ!」
あの時テレザ鉱山の入り口で眠っていた鳥だ!
背中に、人が乗ってる…?? ん…?
もしかして、あのでかいおっさん…あの時の!!!
「生きていた! 生きてたんだ!!」
ゼクトは叫んだ。
すると、その声をかき消すように、ドラゴンは咆哮と共に、黒い光線を吐き、鳥を襲った。
「ああ! やばい!」
「誰か墜落するぞ」
「キュウウンン!!!」
イースは急降下し、落ちた二人の人間を口でくわえると、そのまま森に置いた。
「キュウウンン!」
そしてイースはすぐに上空に戻るが、黒いドラゴンの姿はもうない。
「あいつ…やっと見つけた…」
「どうしたんだよイース…。あの黒いドラゴンはなんなんだ?」
イースはなぜだか、俺の話も全く聞かず、そのドラゴンのいた場所を睨んでいた。
イースが怒るなんて、初めてだったので、ゼクトはかなり驚いた。リバティも腕を組み、様子を見ていた。