表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/341

最後の夜

ヌゥが寝静まったあと、タシルがようやく仕事から帰ってきた。外はもう真っ暗だ。

ベリーはタシルに、今日の出来事を打ち開けた。


「…ついにやったか、ヌゥのやつ」

「ごめんなさい…私のせいなの。私が目を離したから」

「お前のせいじゃない。あの子は悪魔に取り憑かれてしまってるんだ。このままじゃあの子も可哀想だろ。このまま生きていれば、たくさんの人を傷つける。下手すりゃ誰かを殺してしまうよ」

「悪魔だなんて…そんなこと…」

「ベリー、お前はよく頑張った。頑張ってここまであの子を育てたよ。でもな、もういいじゃないか。俺は、お前がこれ以上大怪我させられるのも、あの子が誰かを傷つけるのも、見たくないんだよ」


タシルは涙ぐむベリーを強く抱きしめた。


「殺そう、あの子を」


ベリーは何度も首を横に振った。


「大丈夫だ。俺がやる。俺たちがこの村で暮らしていくには、もうそれしかない」


ベリーは泣いた。泣き崩れた。でも本当はあの子がいなければと、心のどこかで望んでいた。そう思っている自分が本当に酷い母親であることにも、どうしようもない辛さを感じた。


「わかったわ……あの子を殺す…」


そしてベリーも、ヌゥを殺すことを了承した。


タシルは立ち上がると、家の包丁を取り出し、握りしめた。

ヌゥの部屋のドアに手をかけたその時、家の外が何やら騒がしいことに気づいた。


「な、なんだ? こんな夜中に」


タシルが家の扉を開けると、村人たちが集まり、皆くわや包丁などの武器になるものを持って、立っていた。


「な、なんなんですか?!」

「悪魔の家族を、殺しにきたんだ」

「なんだって?!」

「悪魔はいずれこの村を滅ぼす。その前に、殺さなければならない」


そう言うと、村人は部屋に押しかけ、くわを振り上げてタシルに襲いかかった。


「あ、あなた!!!」


ベリーの目の前で、タシルはくわで頭を思いっきり殴られた。鈍い音が家の中に響いた。タシルは頭から多くの血を吹き流し、倒れた。


「やめて! お願い!」


村人たちは聞く耳も持たず、ベリーに向かってくわを振りかぶった。

ベリーは死を悟って目をつぶったが、何も起きない。

目を開くと、ヌゥがくわを押さえていた。サファイアのように美しい水色の瞳で、その村人をじっと見あげた。


「ヌゥ…」


ヌゥはその握力でくわを粉々に折った。ヌゥは平然とした面持ちだ。しかし怒っている。かつてないくらいに、怒っている。


「この悪魔! 許さない!」


子供をケガさせられた母親の1人が、包丁を持ってヌゥに突進してきた。しかしヌゥにあっさりと避けられ、腕を掴まれるとその包丁を奪われた。


「は、早く皆、この悪魔をっ!! ぐはぁあ!」


女は一瞬で、その包丁で首をはねられた。女の生首が床に落ち、村人たちは息を呑みこんだが、ここで食い下がれないと全員で襲いかかってきた。


「死ね悪魔!!!」

「殺せぇええ!!!」


何人でかかってこようと、ヌゥの敵ではなかった。

そこにいた大人たちが全員首をはねられて倒れたのは、一瞬の出来事だった。


ベリーはその残劇を目の当たりにし、その場にへたりと座り込んだ。


「そんな…こんなこと……」


ヌゥは振り返った。顔と服には村人たちの返り血がべったりだ。ヌゥはニコっと笑うと、言った。


「ごめんね」


ヌゥは家を出た。ヌゥは無我夢中で、村中の全ての人間の首をはねてまわった。それが老人でも、同じくらいの子供たちでも、産まれてまもない赤ん坊でも。


数々の悲鳴がこだまする。静寂だった夜の村が、一瞬で地獄に変わった。


村から逃げ出そうとする奴も、絶対逃さない。ヌゥは誰よりも速い。彼からはもう、誰も逃れられない。彼ももう、全員殺すまで止められない。


ヌゥは人間を殺したのは初めてだった。

そして意外にも、それがあっけないことに驚いた。

あぁ、もう誰もいなくなる。


村を全てまわると、ヌゥは家に戻ってきた。


「ヌゥ…何処に行っていたの……」


ヌゥは出ていった時よりもはるかに多くの血を浴びていた。ベリーはヌゥが何をしてきたのかはもうわかっていた。


「母さん、ごめんね」

「ど、どうして…謝るの……」

「今まで、たくさんケガをさせてしまったこと。母さんの言うことが聞けなかったこと。俺を産ませてしまったこと」


ヌゥは血まみれの包丁を持ったまま、1歩ずつベリーに近づいた。ベリーは冷や汗をだらだら垂らして後ずさった。恐怖でもう、立ち上がることはできない。身動きすら取れない。


あぁ、やっぱり駄目だ。もう止まらない。あなたを殺すまで、俺の身体はもう止まらないよ。


「謝らないで…私はね、今夜、あなたを殺そうと、タシルと決めていたのよ」

「うん、聞いていたよ」

「そう。私のことが、憎いでしょう」

「うん…」

「なら、出来るわね、私のことも。皆と同じように」

「うん…」


ヌゥはたくさん涙を流していた。ベリーのことが大好きだった。それは間違いない。例え死んでほしいと思われていたって。


だけどもう、止められないんだよ。


「さよなら、ヌゥ」


ヌゥは最後に、ベリーの首をはねた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ