好き
仲良くなりたいなんて言われたの、初めてだったなぁ…。
あの日以来、俺とハルクはよく話もするようになって、二人で飲みにもよく行ったんだっけ。
俺と仲良くなったハルクは、他の皆とも少しずつ打ち解けるようになって、あの嫌味ったらしい口の悪さも、いつのまにかなくなっていった。
アンジェリーナに乗ったレイン、アシード、シエナの三人は、サバンナを目指していた。
レインはふとハルクに会ったそんな昔のことを思い出した。
「なあ、本当にハルクが、俺たちを裏切ると思うか」
「まーたその話? 失踪したのは事実でしょ?」
「過労で倒れるほど研究頑張ってたじゃねえか…」
「ふうむ。そんなこともあったのう。懐かしいな。あの頃ハルクはレインのことが嫌いだったなあ〜」
アシードはのんきに笑っている。
「俺だって嫌いだったよ。むかつきすぎて殴ったこともあったしな」
「がっはっは! あったあった! そのようなこともな!」
「でもあいつは、不器用なだけなんだ…本当は悪い奴なんかじゃない…」
「もう! 仕方ないでしょう! うじうじ言ったって! そのことはジーマさんたちに任しておけばいいのよ。私たちは、サバンナの異常動物を倒せとかいう、わけわからん無茶な依頼頼まれてんのよ。たった三人で!」
シエナは指を3の形にして、二人の目の前に突きつける。
「懐かしいのう〜この三人でチームを組むのは。風使いを捕らえたとき以来か」
「そうね〜。でもほんと、異常動物ってなんなのよ。外壁壊されそうとか、どんだけ凶暴なのよ。外壁何メートルあると思ってんの?!」
「がっはっは! 心配無用だシエナ! わしの大剣カトリーナに斬れない物はない!」
「このクソ鳥といい、お前のその意味不明なネーミングセンスはなんなんだよ」
部隊の古株3名は、その後もそのおしゃべりを途絶えることはなく。少しの間の飛行時間を堪能した。
アジトには、ジーマ、ベーラ、ベル、ヒズミ、そしてヌゥとアグが残っていた。
ヒズミの回復を待ち、ウォールベルトに乗り込む計画を話し合った。
ジーマは報告書を書くと言って部屋に戻った。
ヒズミは部屋で安静にし、ベルは手術室の横の治療室で、今後のケガに備えて治療薬を作るようだ。
ベーラは腹が減ったらしく、外においしいものを食べに行きたいらしい。
「お前たちも、来るか? 他に外出したい場所があるなら付き合うが」
「俺はいいや。疲れちゃったし。今日はもう休むよ」
「そうか。アグは?」
「研究所の様子、もう一回見てみます…」
「わかった。じゃあ私はもう行くよ」
「気をつけてベーラ」
「うむ」
皆さっさと部屋から出ていき、大広間にはヌゥとアグが残った。
久しぶりにこいつと二人きりになったな…。
「はぁ〜疲れたあ!!」
ヌゥはそう言うと、机にうつ伏せた。
こいつも疲れたとか口にするんだな。初めて聞いた気がする。
まあそりゃそうだよな。アリマで5日間も野宿すりゃ…しかも徹夜で大戦争。仮眠をとったと言っても、短いし…まああれか、こいつも一応人間ってことだな。
「部屋で寝るんだろ。俺はもう行くぞ」
アグが立ち上がったので、ヌゥはバっと起き上がった。
「待って! 俺も行っていい?」
「え? 研究所にか?」
「うん! 行ったことないし! 駄目?」
「別にいいけど…」
ヌゥはノコノコと俺についてきた。
なんか懐かしいなこの感じ。
独房での授業のときも、こんな風にこいつは俺の後ろを歩いていたっけ。
一方ヒズミは身体が一人で動かせるようになると、ジーマの部屋へ向かった。
ノックをして、部屋に入る。
「ん? どうしたの?ヒズミ」
「忙しいところ悪いけど、ちょっとだけええですか」
ジーマは書類の束を、とんとんと揃えて机に置いた。
「いいよ。なんだい?」
「俺のこの腹の刺し傷、皆にはシャドウにやられた言いましたけど、ほんまはヌゥにやられたんです」
「……そうだったのか」
ジーマは神妙な面持ちであった。
ヌゥにケガを負わされた。それはアグがヌゥに殺されかけたあの日、部隊全員を攻撃しないという命令が、されてなかったことを意味する。
「最初から、疑ってたんですか。裏切り者がおるて」
「…うん。そうだね」
「何で皆に黙っとったんです…」
「確信が無かった…でも、メリと戦った時、彼女と少し話をした。彼女は裏切り者の存在をにおわす発言をした」
ジーマは皆には、途中メリに襲われたが、すぐに逃げられたと報告していた。
「向こうは、明らかにこっちの情報を知っている。アリマへの道中、パリータの村に泊まったとき、ヌゥ君はメリに襲われたよね。メリはヌゥ君の名前を知っていた。部隊メンバーの名前は国家に提出しているが、ヌゥ君とアグ君は犯罪者ゆえ偽名で提出している。だから本当の名前は、部隊のメンバーしか知らないってことになる。その時にはもう、ほとんど確信していた」
「そうやったんですか…。それがハルクいうんですか…?」
「わからないけど、この現状ではその可能性が高い。メリは僕の武器についての情報は持っていなかった。その情報はベーラとアシードしか知らない。だからあの二人は違うと考えている。そうなると、その他の誰かってことになるよね…」
「ベーラはヌゥに命令をかけた張本人やからな。全部知ってんですね」
「…そうだね。ベーラには最初から全部、本当のことを話しているよ」
ジーマは顎を組んだその手にのせ、両肘をついていた。
「わいのことも、疑ってるんですか」
「いや、ヒズミが今ここに来てくれたことで、君ではないとわかったよ。命令のこと、知ってて皆に隠してくれたでしょう。裏切り者なら、ヌゥ君に攻撃されないように、命令をかけてほしいはずだからね。わざわざ隠すなんてことはしない」
「ジーマさん…」
ヒズミは少し沈黙したあと、話した。
「裏切り者が誰かわかったら、どうするんです…」
「わからない……でも、もし仲間同士で殺し合うようなことになるなら…僕がそいつを斬ります…」
「……」
ヌゥとアグは研究所に入った。
改めて棚を見回す。大きな機械や作業用道具は残されているが、素材はほとんど残っていない。
「すごーい!! ここがアグの研究所かあ! 何が何なのかわかんないけど! でもあれだね、独房の実験室に似ているね!」
「ああ…まあ確かに」
カンちゃんの授業には実験の授業があった。そのときはいつも実験室で行っていた。もちろん俺達とカンちゃんの間には特製ガラス板が仕切られている。
俺が独房に入る前、ヌゥが一人で授業を受けていた時、薬を間違えて爆発を起こしたことがあった。実験室が粉々になり、その時大火傷と大怪我をおったとのことだが、次の日になるとすっかり治っていたという、こいつの異常な治癒能力とバカさが明らかになった話だ。
「こんだけあれば無線機1台くらいは作れるか…」
研究所を隅から眺めるヌゥをよそに、アグは無線機を作り始めた。
「アグ、何してるの?」
「無線機を作ってる。作戦じゃ、俺とヒズミさんで最初偵察にいって、薬もろもろを捜索及び見つけ次第奪還するのが第一目標。外に中の状況を伝えるには、もう一台無線機があった方が絶対便利だ」
「そっかあ。ねえ、無線機ってこれでしょ?」
ヌゥはアグの腰につけていた無線機を奪い取った。
「かっこい〜! 俺も使ってみたかったんだよね!」
基本的には子どもみたいなんだよな…。
何がそんなに楽しいんだか。
ヌゥは見様見真似でボタンを押しながら無線機に話しかけた。
「おーい! 聞こえるー? 俺だよ!」
無線はアンジェリーナに乗って上空飛行中のレインに届いた。
「何だ?! ヌゥか?! 何かあったのか?!」
「ううん別に〜! 無線機使ってみたくってさ〜」
「てめえ!ふっざけんな! 定時連絡以外は、緊急事態の時以外連絡してくんな! 心配すんだろ! バカ野郎!」
そう怒鳴りつけて、レインは無線をしまった。
「なんか怒られた」
「当たり前だろ。勝手に使うな! 返せ!」
アグはヌゥから無線機を取り上げる。
そしてまた黙々と、無線機の作成に取り掛かった。
「ねぇ、アグ…」
「何だよ」
「あのさ、俺本当はあの時、ヒズミを刺したよね…。薄っすらだけど、思い出したんだ…」
「俺は…見てないから、わからない。俺がついた時にはもう、ヒズミさんはキズをおっていた。ヒズミさんはシャドウに刺されたと、言っていたけど」
「そう…」
本当のことは、言わない。
言わないでって、ヒズミさんに言われたから。
「あの時は、ありがとう。俺を止めてくれて。アグの声が聞こえて、ハッとしたんだ。アグじゃなかったら、無理だった。あの島の全員、死ぬまで、元に戻れなかった」
「…約束したからな。俺がお前を止めるって」
俺がお前を止める盾になると、偉そうなことを言っておいて、何度もお前に辛いことをさせた。
やっと、約束を果たせた。
これからも、俺がお前を止めるよ。
お前が悲しまないように。
「ありがとう…。アグがいてくれてよかった。アグに会えて、良かった」
こいつは平気でこういうことをさらっと言う。
それが俺にとっては、心の支え。
こいつは俺を裏切らない。
そんな、何の根拠もない、信頼。
だけど、何度も確かめたくなってしまう。
「なんで、俺なの?」
それは、自信がないから。自分に。
「わかんないけど、アグのことが好きだから」
「お前の好きって、なんなの」
「好きは、好きじゃないの? 他に何か、あるの?」
「じゃあさ、例えば、例えばだよ。俺がベルとキスしてたら、お前はどう思う?」
「別に、何も思わないけど。アグはベルちゃんが好きなの?」
「ちげーよ! 例えばって言ってんの」
良かった。こいつの好きは、恋愛じゃない。
そりゃそうだ。ヌゥは男だからな。
何で俺は安心してんだ…。
俺もそうだ。仮にこいつに、誰か好きな女の子が出来たって、何とも思わねえ。
だけど、たかが友達のことを、そんなに好きでいられるものなのか?
なるほど、俺がひっかかっているのはそれなのか。
「うーん…まあでも、アグの為なら死んでもいい。そのくらいには、好きだよ」
ヌゥはいつもみたいに笑って言った。
最初は恐怖でしかなかった彼の笑顔が、今ではとても安心する。
いつもヌゥは、俺の疑心を全く裏切らないような解答をして、俺を安心させる。
それは恋愛とは違う、でもただの友達でもない、特別な感情。
「アグといるとね、何だか懐かしい気持ちになって、安心するんだ…」
同じように、俺も思うことがあるよ。
どうしてかは、わからないけれど。
ヌゥは無線機を作るアグの隣に座ると、彼の膝に頭を置いて、目を閉じた。
「おい。何やってんの」
「膝枕」
ヌゥの顔は髪に隠れて何も見えない。
ちょっと前なら頭掴んでどかしてたはずなのに。
俺は何故か、何もしないで、じっとしている。
「眠くなってきた」
「……」
何故だろう。
なんだか、懐かしい気持ちになる。
不思議な感覚だ…ほんとに…。
ヌゥは寝てしまった。
アグはおもむろに、顔に覆いかぶさる彼の黒髪をかきあげ、左耳にかけた。
「え…?」
耳の後ろ、耳の付け根の部分に、何かの跡がある。
「何だこれ……」
すごく小さい文字で、消えないように掘られているようだが…おそらく、98…?? これは…数字…いや、番号…なのか…?
アグは怖くなって、数字を髪で隠した。
何なんだ…ヌゥはこのこと知ってんのか…?
安堵は一瞬で打ち消されてしまった。
無線機を作る手を止めて、アグはしばらくその場でじっと彼を見続けることしかできなかった。




