無法地帯を経って
「アグさん!この方に解毒薬をお願いします!」
「わかった!」
紅色の長い髪の女に、薬を飲ませる。
(危なかったな…だいぶ身体に毒がまわっている…もう少し遅ければ死んでいたかもしれない)
女は苦しそうにしていたが、なんとか生気を取り戻したようだ。
「うう…私は…生きているのか…」
「大丈夫ですか?」
アグは女に声をかける。
「君が助けてくれたのか…ありがとう…」
「いえ…今、皆さんのことも、優秀な医者がみていますから…」
「……」
(ディラムは死んだのか…。しかし、まだ生きている仲間も敵もたくさんいる…。だが、この戦いを無駄にはしない…。私が…この国を変えなくては)
ベルは、ヒズミの手術を終え、先住民たちの治療に取り掛かっていた。俺も何かできることはないかと、ベルの指示に従って手伝いをした。
「アグ君に…ベル?」
途中でジーマさんがやって来た。状況を見るなり、唖然としていた。
「ジーマさん…良かった…生きていて…」
「どうして君たちが…」
「無線が繋がらないのが心配になって…だいぶ遅くなっちゃいましたけど…」
「そうだ。初日に船から落ちて、壊してしまったんだ…。心配かけたね…ごめん…。この状況は…」
「俺たちもさっき来たばかりで…」
ジーマは辺りを見渡す。
手術後で横たわっているヒズミを見つけた。
「ヒズミ……」
その後、ジーマはヌゥの姿を探した。
「ヌゥ君は…?」
「…あそこです」
アグは砂浜に座り込んで、全く動かない彼を指さした。
「何か、あったの…」
「……」
「まあいい。話はあとでゆっくりしよう。僕も手伝うよ。ベル、何をしたらいいかな」
ジーマもまた、治療の手伝いを始めた。
治療を終えたときには、もう朝になっていた。日差しが差し込み、暗がりだった海岸が明るく照らされた。
先住民たちのほとんどが、一命をとりとめていた。中には間に合わなかった命もあった。仕方のないことだが、人の死に際を見ているのは、心が痛い。
しかしこれだけの人数をたった一人で診てまわったベルは称賛に値する。
疲労と眠気が比例してみんなを襲った。
「おい! どこにいんだ! アグ!」
突然、アグの腰の無線機から、レインの怒ったような声がした。
「返せ。私が話をする」
奥からベーラの声が聞こえた。
「ベーラだ。アグ、聞こえているか」
「…聞こえています。すみません…」
「今、どこにいる」
「ベルとアンジェリーナに乗って、アリマに来ています」
「ジーマたちはいたのか?」
ジーマはアグに変わってくれと手を差し出したので、彼に無線機を渡した。
「ジーマです。ずっと連絡できなくてごめん。僕たちは今……」
ジーマはベーラと話を始めた。
すると、ヒズミが目を覚ました。
「くうぅ…めっちゃ痛い…」
「ヒズミさん! 大丈夫ですか?!」
「べ、ベル…?!」
(あかん…身体、全く動かへん…)
「このキズ、もしかしてヌゥさんに…」
「……ちゃう。シャドウの二人や。シャドウは全員ヌゥが殺りよった」
「そう…ですよね…ヌゥさんがヒズミさんを攻撃したら、服従の紋が発動しますもんね…」
「……」
ヒズミは口をつぐんだ。
「そうだ…ヌゥさんの具合見てきます…」
ベルはヌゥの方に駆け寄った。
話を聞いていたアグは、ヒズミに近づいた。
「ヒズミさん…ですよね。アグ・テリーです」
「知っとるで…。話する前にヌゥにさされて手術室いきよったもんな」
「……ヒズミさんのキズ、本当はヌゥがやったんですよね」
「ちゃう。シャドウにやられたんや。ヌゥはなんもしてへん」
「…ありがとうございます。ヌゥをかばってくれて…」
アグは深々と礼をした。
ヒズミはアグの方をじっと見ていた。
「ヌゥは大切なあんたを刺して、相当辛い思いをしたはずや。その上わいのことまで刺したなんていうたら、ヌゥの心は壊れてまう」
「……ヒズミさん」
「ヌゥはな、命懸けでわいを助けてくれた。あいつはもう、わいの大事な仲間や。ヌゥがこれ以上悲しむところは見たないねん。やからあんたも黙っとき。わいはシャドウにやられた。わかったな」
「…はい」
「…部隊全員を攻撃しないという命令が、本当はされてなかったことを、あんたは知ってたんか」
「いえ…でも、そうじゃないかと…、思っていました」
「そうか…。そのことも皆には言わんでいい。ジーマにはわいから言う」
「わかりました…」
ベルは放心状態になっているヌゥに近寄って、隣に座った。ヌゥは全く気づいていないかのように微塵も動かない。
「ヌゥさん」
彼から返事はない。
「ヒズミさん、目を覚ましましたよ」
「…ヒズミが?!」
ヌゥは顔を上げて、ベルを見た。
ベルはにっこりと笑った。
「またベルちゃんに、助けてもらったね…」
「ヒズミさんのキズはシャドウにやられたものです。ヌゥさんはヒズミさんには何もしていませんよ」
ヌゥの目は赤く腫れている。
ずっと、泣いていたんですね…。
「ほんと…?」
「ほんとです。ヒズミさんが、そう言っていましたから」
「うう…良かった…良かった…」
「ヒズミさんを攻撃したら、ヌゥさんは気絶してるはずじゃないですか。だから、ね、違うんです」
「……」
ヌゥは少しの沈黙の後、立ち上がった。
「ヌゥさん、あなたもケガが…」
「大丈夫…。ほとんど治ってるんだ…。ヒズミ、どこ?」
「あっちです」
ヌゥは横たわるヒズミを見つけて、ゆっくりと近づいた。
隣にはアグが立っている。
(でも俺は、アグがこなかったら、ヒズミを殺してた…。俺にヒズミを殺してはいけないという服従の紋は、本当はかかっていない。ジーマさんとベーラと俺の三人の秘密だった。理由はわからない。俺は命令をかけてほしいと頼んだ。でもジーマさんは命令をかけなかった…)
「ヌゥ…」
ヒズミはヌゥの顔を見て、安心したように笑っていた。
「無事で良かったわ」
「ヒズミ、ごめん…」
「なんで謝るん」
「俺、ヒズミのこと…」
「このケガはちゃうで? シャドウにやられたんや。確かにあんたはわいを襲おうとしたけど、アグが止めてくれた」
「……頭が真っ白になって、何も覚えていないんだ」
ヒズミは横たわったまま、彼を見ている。
呪いってなんなんや…。
なんでヌゥに、こんな酷いことさせるん…。
「たくさん…死んじゃった…」
「わいらが行かんかったら、こいつらはもっと死んどった。ヌゥのせいちゃう」
「でも、まだ生きていたのに…俺が…」
アグはヌゥの肩に手をやる。
「ヌゥ、左手は?」とヒズミは言う。
「うん…治ったよ…。俺の身体、変でしょ。勝手に治るんだ」
ヌゥは左手をグーパーしてみせた。
「良かったわ…ほんまに…」
三人のもとに、ジーマとベルが駆け寄った。
「ごめんごめん。おまたせ。アジトも大変なことになっているみたいだね…とにかく、1回村に戻ろう。シエナも置いてきちゃったし…」
「村…?」
「そうだよ。ああ、でも歩くと少し遠いんだ…」
すると、グワッグワッとアンジェリーナが声を上げた。
「乗せてくれるって、言ってます…」
「大きい鳥だね。アグ君のペットかい?」
「いえ、違います…」
「グワッグワッ」
「まあいいか。ありがとう。それじゃあ皆、乗ってくれるかな。ヒズミは僕が」
皆はアンジェリーナに乗った。
最後にジーマはヒズミを背負って乗り込む。
すると、紅い髪の女が近づいてきた。
「一緒に、村に行きますか?」
アグが呼びかけたが、女は首をふる。
「命を助けてくれてありがとう。どうか、彼らのことは私に任せてほしい」
ヌゥはアンジェリーナから顔を出した。
「ミジータさん!」
「異国の者…ありがとう。私はこの国を変えてみせる。君たちが救ってくれた命…無駄にはしない…」
ミジータは凛とした表情で彼らを見送った。
ヌゥは後ろの方の、皆と離れたところに座って先ほどの海岸を見ている。
見かねたヒズミは声をかけた。
「何やこの鳥! めっちゃ速いやん! なあ!ヌゥ!」
「うん…そうだね」
ヒズミは痛い身体を我慢してヌゥに近寄ると、頭をこづいた。
「痛った! 何すんのヒズミ!」
「いつまでしょげてんねん! らしくないやろ! いたたた…」
ヒズミは腹を抑えてしゃがみこんだ。
「何やってるんですか!ヒズミさん! 安静にしてくださいよ!」とベルが怒って言った。
「すまんすまん。で、この鳥ほんまなんなん?」
「アンジェリーナです」
アグも近づいて、ヌゥの隣に座った。
「アンジェリーナ?! 何なん? 名前?」
「アシードさんが連れてきたんです。どこからかは、知りませんけど…」
「アシードって誰なの?」
「部隊のメンバーや。筋肉ムキムキのアホなおっさんやねん。冬でも上半身服きーひんねんで。やばいやろ」
「えー、何それ!」
ヌゥが笑った。
それを見たアグとヒズミは、目を合わせて、口元を緩ませた。
「せやけど、ほんまよーこんな危ないとこまで来たな。アグは研究チームやろ? 連れてきたのがベル1人て」
「心配で…ベーラさんたちには黙って勝手にきたんです」
「でもアグ、それって無断外出にならないの?」
「…確かに。でも何も起こってないな…」
ベルはクスッと笑って言った。
「アンジェリーナが一緒だからじゃないですか?」
「この鳥も1カウントできるの?!」
「グワッグワア!」
アンジェリーナは堂々たる鳴き声だ。
「そっか〜。君も仲間なんだね。よろしくねアンジェリーナ」
ヌゥはアンジェリーナの羽を優しくなでた。
「グワッワー!」
アンジェリーナもどことなく上機嫌だ。
「そんなこともよく考えずに、ここに来たの? バカだなあアグは」
「……」
アグはなんだか不服そうだ。
「ちゃうで〜アグはな、あんたのことが心配でたまらんかってん! 天才君の頭がまわらんくらいな」
ヒズミはニヤニヤしながらアグの方を見た。
「そうなの?」
ヌゥは目をキラキラさせて、俺の方を見ていた。
なんで嬉しそうなんだよ…。
心配くらいするだろ、友達なら!
はぁ…でも今回はこいつも可哀想だったからな。
仕方ない、機嫌をとってやろう。
「そうだよ」
そう言って、アグはヌゥの頭をこづいた。
「痛った!」
ヌゥはそう言いながらも、嬉しそうだ。
「みなさん! もうすぐ着きますよ!」
ベルの声で、皆は上空からアパシーの村を見下ろした。
「こんなところに村があったんかいな〜」
「真逆の洞窟を拠点にしてたから、わからなかったね」
ヌゥとヒズミは村の存在に驚く。
「二人は5日間も、よく無事だったね」
ジーマも笑って言った。
アンジェリーナは村の前に着陸した。
ジーマとベルは先に飛び降り、ヌゥとアグに支えてもらいながら、最後にヒズミも下りた。
「ジーマさぁ〜ん!!! どこに行ってたんですか!」
到着するなりシエナが駆け寄ってきて、ジーマに抱きついた。
「はは…ごめんごめん」
「心配したんですよ〜! んん?! 何?! え? 何?!」
ヌゥにヒズミ、それに加えてアグとベルと、見慣れた顔が勢ぞろいだ。
私が寝てる間に、何が?!
「何じゃねーよ」
アグはシエナにデコピンした。
シエナはジーマから手を離すと、額に手をやる。
「はあ?! なんでアグがここにいんの?」
「はぁ〜疲れた! 呑気に寝てやがって、先輩はいいご身分だ」
「なんなのよ! 何があったのか教えなさいよ!」
後からハーレも駆けつけた。
「ジーマさん! お仲間が見つかったんですね」
「そうなんだ。武器商人たちも討伐したよ。僕の仲間がね」
ジーマはヌゥとヒズミを見てにっこりと笑った。
「皆さんこの後どうされるんですか? 良かったら朝ごはんだけでも!」
「朝ご飯!食べたい食べたい! めっちゃ腹減ってんねん!」
「いや〜悪いね最後の最後まで」
「いえいえ! では、行きましょう!」
ハーレはジーマの腕を掴むと、一行を家へ案内する。
「まったあの女は!!」
シエナは怒ってハーレたちを追いかけた。
そうしてハーレの手作り朝ごはんを食べながら、それぞれに起こった出来事なんかを話していた。
すると、村の皆が何やら騒いでいる。
「ミジータたちだ! ミジータが仲間をひきつれてやってきたぞ!」
「また私達を殺そうっていうの!」
なんだなんだと、ヌゥたちもハーレの家から外を覗いた。
ミジータを先頭に、仲間たちが後ろに並んでいる。
その数は50人くらいいた。
「アパシーを巻き込むな」
「そ、そうだ! お前たちは村の外でゲームをしていろ!」
アパシーたちが怯えながらも口々に騒いでいると、ミジータは土下座をした。
後ろにいたミジータの仲間たち、そしてディラム軍の残党たちも
頭を下げた。
「申し訳、ございませんでした……」
ミジータは、何人かの無抵抗のアパシーを殺したことを謝り、国を変えたいという思いを訴えた。
ゲームを終わりにし、法治国家を作り、平和な国にしたいと。
もちろん、アパシーたちはすぐには信じられない。
家族を殺された者は納得していなかったが、そうではないアパシーたちからは賛同の声も上がっている。
この国が平和を取り戻すのは、時間の問題かもしれない。
彼らの持っていた武器は全て回収した。それも、二度と戦闘をしないというミジータたちの意思を、表すことにも繋がるからだ。
食事を終えたあとは、あまり長居をする暇もないと、ヌゥたちはアンジェリーナに乗ってアジトを目指した。
各自報告したいことは山積みだったが、アジトに戻ってから皆で話し合ったほうが効率もいいとして、移動中の3時間は皆仮眠をとった。一人ぐっすり眠ったシエナは、眠りについた皆を見守っていた。




